**『長男登校する』**
**『長男登校する』**
僕が通うのは市立中学校。
私立受験とか考えもしなかったし、小学校からの友達のほとんどが同じ学校に進んでる。
顔見知りばかりだから通学路はあちこちで声をかけ合いながら登校する。
今日は父さんの見送りがあったから、いつもよりはちょっと遅めになったけど、遅刻の心配はない。
「りーん、おはよー!」
元気に声を掛けてきたのが佐々木颯太。
幼稚園から一緒で、中学に入ったらクラスも一緒になった。
明るくて、運動なら何でも得意で愛嬌があるから男女関係なく人気がある。
元気良すぎるけど、不思議と生意気って思われないから先輩や先生にも可愛がられてる人気者だ。
母さんと同じで地味で平凡な僕となんで仲良くしてくれてるのか不思議なんだけど。
それを聞いたら逆に不思議そうな顔で
「お前、面白いじゃん。幼稚園の頃からそう思ってたし、俺はお前のこと親友だと思ってるんだぞ!」
なんて、逆に熱く語られてしまった。恥ずかしいけど、嬉しかった。
親友って、なんか熱いというか、かっこいい。
でも…やっぱりちょっと照れ臭い。
こいつ、朝から全開の笑顔で話しかけてくるんだよなぁ。
何でもないふりで返すのって、意外と難しいんだ。
「おはよ、颯太」
「なぁ、今日さ、バスケット部の見学に呼ばれてるんだけど、凜も一緒に行かないか?
まだ部活決めてないんだろう?
凜が入れそうならさ、一緒に入らないか?」
「えっ! バスケ? 無理無理無理無理!
颯太だけ入ればいいだろう!」
「なんで、無理?
やってみたら意外にいけるかもしれないだろ?」
「僕には颯太みたいな運動神経はないんだよ。
てか、ふつう、お前みたいにスポーツ何でもOKなんてありえないんだから」
颯太は抜群の運動神経とセンスがいいから、どんなスポーツも一回見ただけで自分の物にできる。
野球部とサッカー部、テニス部に、バレー部、陸上部。
うちの学校の運動関係の部活がそろって颯太を入部させようと躍起になっているんだ。
颯太と一緒に入部して、僕がついていけるわけない。
そもそも、僕は運動に関しては平均以下だと自覚してる。
全くダメじゃないけど、でも優劣をつけないといけないものは、きっと無理だ。
「なんだよ、やる前からビビってるなよ。凛らしくないぞ」
「僕らしいって…ますますあり得ないって。
お前みたいにでかくないんだぞ」
颯太は、中一でもう163センチになってる。
平均値より少しだけ高い153センチの僕と10センチも違うんだぞ。
うう…こんなところまで、母さんに似てる。
どうせなら、父さんに似たかった。
恨めしそうに睨む僕に、颯太はそれがどうした?と言う顔で更に勢いよく話し続ける。
「そんなの、気にするなよ。俺たち成長期なんだから。すぐに伸びるって!」
「僕が伸びた分、颯太なんてそれ以上でかくなるだろう?
それに僕は走るのも遅いし、体力だってないし、そもそも運動部は無理だよ」
今の僕でバスケ部に入ったら、もう、囚われた宇宙人みたいに一人だけ浮いちゃう。
「ええー! 大丈夫だって、俺が一緒だし。
ああ、それならマネージャーとかは? 俺、お前が側にいないと心配なんだよ。
目をはなしちゃ、な?危ないから」
「……」
颯太が心配してくれるのは、分からなくは、ない。
幼稚園の時の、僕が誰かに連れていかれた時に颯太が一緒だったから。
それを今も気にしているんだ。
そんなの、颯太の責任じゃないんだから気にしなくてもいいのに…。
「颯太、お前、ちゃんと凜を見てから話をしろ」
横から、急にもう一人の幼馴染の秋月 律が話しかけてきた。
「え?なにが?俺、ちゃんと、凜と話をしてるじゃん?」
颯太は首をかしげる。
あれ?もしかして本当に僕の言いたい事が伝わってなかった?
「凜は最初から嫌だと言っている。お前はそれを聞いていない」
颯太が口を開きかけたが、律は続ける。
「それは話しているとは言わない、一方的なお前の要求だ」
律の声が少し硬い。前髪の奥の目が真剣だ。
「部活動は個人の自由で入るものだ。誰かに強制されるものじゃない」
「そばにいないのが心配と言うのは、凜に対しても失礼だと思わないか?」
「凜はお前の弟でも、恋人でもないんだ」
早口でスラスラと颯太をしかりつける律。
前髪で隠れている眼鏡の奥の目で、本気で怒っているのが見える。
代弁してくれてありがとう、って思うけどーー弟とか恋人って…なんだそれ……。
「と、ええと…。そんな感じで、僕は運動部はパスだから。
颯太が好きなところに入ったらいいよ。バスケでも、野球でも、サッカーでも」
なんとなく気まずい感じで律に叱られて、しょぼくれている颯太に声を掛ける。
「……野球部は、…坊主になるから無し。助っ人なら、する」
もそもそした返事だったけど、動くことが、大好きなのは解るよ。
僕さえ巻き込まないならいくらでも応援するよ。
「わかった。じゃぁ、試合のある時は応援に行くよ。試合に出られるなら、な」
しょぼくれた顔がカッとまた眩しくなる。
「よし!約束だ!絶対に応援に来いよ!」
まだ部活動も決めてないのに、すごい自信だ。
まぁ、これが颯太だけどな。
ちらりと横を見ると、律はまだ少し怒ってる。
こっちのフォローもしないと。
「で、律は?何か決めた?―、て。お前、コンビニ弁当なの?」
律の手には、通学路にあるコンビニの袋があった。
「祖母の調子が悪いから仕方ない。祖父も料理は全くできない」
「……あ、ええと…」
律の家は東京にある。
両親と妹はそっちにいるって言っていた。
律だけが小学校の時から、宇都宮の父方の家にいる。
家は地区の個人病院で僕や颯太も予防接種なんかでお世話になってた。
「夕食は?」
「それは大丈夫だ。派遣の家政婦さんが用意してくれることになっている。しかし、保冷材が十分ではない弁当はもしものことがあると困るので、と断られた」
まったく悲壮感の無い律にちょっと心配になる。
別にコンビニ弁当が悪いわけじゃないけど…足りる?
律も颯太と同じくらい背が伸びてるし、僕達育ち盛りだよ。
教室に入り、席についても律のことが気になった。
ちらっと、自分のバッグをみてーそれから僕のすぐ後ろの律の様子を見る。
律は教科書やノートを机にしまい、一時間目の用意をして、もう教科書を開いている。
一番後ろの席にいる颯太は、ほかのクラスメイト達と放課後の予定を話していた。
「律―、あのさ。母さんが作ったおにぎり、余分にあるんだけど……。昼に食べない?」
ぴくっと、律の肩が強張った。
あ、気を悪くしたかな?律は潔癖症なのか?
「あ、あの。潔癖症とかなら、無理しなくてもいいんだけど。
今日から父さんが演習に行くからって、母さんが用意してたおにぎりの残りっていうか…。
あ、僕の弁当はちゃんと持ってきてるから、おにぎりはデザート的な感じで。
鮭とか、オーソドックスだけど、僕のおすすめは唐揚げ入りのやつで―」
何故か焦りつつ説明をしてしまう。
いつもならこんなに緊張しないんだけど、なんとなく律の家庭の事情を思い出したら、気まずいというか。
でも、律のことはすごく心配で…。
早口な僕に向かって、顔を上げた律が小さく笑った。
「-そんなに気を使うな。憐れんでいる訳じゃないって、分かってる」
ああ、本当に律ってば大人だ。なんだかすごくカッコいいよ。
本当はすごくハンサムなんだけど、わざと隠してるところもかっこいい。
「ありがとう、じゃあ昼にその『お薦め』を分けてくれ」
僕の唐揚げ入りおにぎり……、仕方ないな。
さっき助けてくれたし、…今回は特別だ。
かっこいいけど、ちょっとだけ意地悪な気がした。
いやまて…、独り占めしたら、父さんと同じだ!
ここは、僕が大人になって困っている友人を助けるんだ!
悔しくなんてない!
心の中のグルグルした気持ちが全部顔に出てる僕を見て、律が小さく笑ってる。
その笑顔に押されるように言った。
「…おう! しっかり味わえよ!」
「ああ、楽しみだな」
この時、律が人前で笑顔になる事がほとんどない事を、僕は忘れてた。
今までだって、律は律だから気にならなかったから。
だからこの笑顔が特別だって、僕は気が付いてなかった。
******お昼休み***
四時間目終了のベルが鳴って先生が退出するより早く、教室の中はざわめき出す。
それぞれのグループに分かれて机を合わせたり、ほかのクラスにいる友達の所に行く子もいる。
僕も机を向かい合わせて律と弁当を食べようとしていると、颯太が慌てて駆け寄ってきた。
「なんで二人で固まってるんだよ。俺を忘れるなよ」
あっという間に僕の隣の子の机をくっつけて、三人で食べる体制を作る颯太に僕も律もちょっとびっくりした。
「え?颯太は最近中村たちと食べてたじゃん」
みんなとは同じ小学校だから顔見知りだし、颯太は人気者だから色んなところでお昼を食べているんだ。
僕は、基本的に律と一緒が多いけど。
颯太は賑やかな方が好きなんだろうなって、なんとなく思っていたから一緒に食べるというのが単純に不思議だった。
「―あれは、それぞれの部活動の様子を聞いてたんだよ。中村はバスケで、小森は野球で、後サッカーとかバレーとか」
「じゃあ、今日は中村と話し合うんじゃないのか?」
先にコンビニ弁当のふたを開けた律がちょっとだけ不機嫌そうにしてる。
「いいの、必要な話は聞いたから。久しぶりに凜や律とも昼を過ごそうと思ったんだよ」
さっさと座り、颯太は弁当を広げる。
颯太らしい、でっかい弁当箱だ。
ちらっと見えたけど、コロッケ、白身フライ、ゆで卵、スパゲティ?あ、シュウマイとかも入ってる。
ご飯はもう一つの弁当箱にぎゅうぎゅうに詰められていた。
なんだか、颯太らしい弁当だなぁと感心しながら僕も自分の弁当を広げた。
颯太ほどではないけど、それなりに大きめにしてもらってる。
颯太のと比べたら大人と子供くらいの差がある。別に、悔しくなんてないけど。
「凜、おかずの交換しようぜ。その卵焼き一切れと茹で卵1個で交換な!」
言いながら、素早く卵焼きを取り出して茹で卵を1個置いていく。
レートが…無茶苦茶じゃない?
「え?」
「律は…、よし、これとこれを交換な」
漬物とカップに入ったサラダと交換したのは、大きなコロッケとウィンナーで、これこそレートが変だよ?
颯太の不自然なおかず交換に、僕も律も完全に動きが止まってしまった。
「…おかず交換と言うのは、同じレベルの物をお互いに納得して行うものだ。
颯太の提供したものに対して、僕の持っている物で提供すべきものはそれではない」
律がコンビニ弁当のメインの唐揚げ四個から、二個を颯太に差し出した。
でも颯太は手でブロックして、おまけに信じられない一爆弾発言を落とす。
「いいんだ、これで。
あんまり食いすぎて午後から眠くなるとまずいだろ?」
―――真面目過ぎて、逆に信じられないよ!
ありえない回答に、僕は焦って颯太の顔を覗き込んだ。
「えっ! 颯太が午後の授業の心配?
どうしたの? もしかしておなか痛い?」
「違うって!…いいから。二人ともさっさと食えよ。
俺が作って、っていうか冷凍のおかずを詰めただけだけどな。
茹で卵は兄ちゃんのをパクった。
大丈夫だ、兄ちゃんは凜には甘いから許してくれる」
「颯太……?」
何が起こってるんだ?
颯太が、自分で詰めた?弁当?ええええええ?
驚きすぎて口をハクハクさせる僕だけど、律はむっとした顔で少し考えた後でふぅ、とため息をついた。
「昨日の午後、颯太のおばあさん、うち(病院)に来たな?」
「……」
無言は、正解ってことだけど。え?
「そこで祖母が体調不良で寝込んだのを、誰かから聞いたのか?」
「………」
颯太、嘘はつけないから目が泳いでる。
「で、それを聞いたお前が、…まさかとは思うが、僕の分まで作ったのか?」
―――颯太ぁ!
僕はびっくりして颯太を見た。颯太は耳まで真っ赤にしてる。
いつもなら笑ってごまかすとか、何でもないって言うんだろうけど。
律に指摘されて何も反論できなかった。
「「「……」」」
無言な僕たち。
颯太は恥ずかしがってるし、律は物凄く戸惑っているのが分かった。
僕は―。
「颯太、すごいなぁ…」
ハッとした二人が僕を見る。
僕は本心で凄いと思って、颯太を見た。
「な、何言ってんだよ。このくらい、親友なら当然だろう…」
「親友…、僕が?颯太の?」
律の一言に、さっと颯太の顔色が悪くなる。
「何今更なこと言ってるんだよ。
お前も凜も、親友だろ? 小学校の時そう宣言したじゃん!
あ…ええ?もしかして俺だけが親友だって思ってたのか?
それじゃ、俺の片思いじゃないか!」
颯太、ちょっと言葉間違えてると思うよ。
片思いって、そういう使い方じゃないと思う。
がっくりとうなだれる颯太に、律はまた小さくため息をつく。
でも、怒っているんじゃなくて、しょうがないなぁっていう、そんな感じのため息。
これは、母さんが父さんと一緒にいる時に、時々困ったように笑いながらつくため息と似てる。
律がちょっとだけ笑ってるのも見えた。
もしかして、颯太をからかってた?
そして、僕の母さんはすごい!と感動した。
特製の唐揚げ入りおにぎりも、ノーマルのも、ちゃんと三人分あった。
結局母さんのおにぎりは、僕たち三人で平等に食べた。
午後の授業は、居眠り無しで乗り切れた。
居眠りはしなかったけど、胸の中はずっとあったかくて、幸せな気持ちが続いていた。
……僕の親友たち、本当にかっこいいなぁ。
こんなに仲良くなれたのが、奇跡みたいな…気がする。




