**『佐藤家の朝の光景(長男の目線)』**
思春期直前、微妙なお年頃の「僕」の少し変わっている、日常をゆっくり書いていこうと思います
お友達も大事、両親のことも大事、その世界がゆっくりと広がる感じが出せたら良いなと思います
4月。
僕は、佐藤凜。
今年から中学生になったから、朝は自分で起きろと父さんに言われた。
目覚まし時計とキッズ携帯を駆使して何とかミッションをクリアする。
よし、六時だ。
小学生の頃より、目覚めがすっきりしているのが不思議。
午後になっても疲れを感じないくらい体調は絶好調だ。
小学校の時は給食がなんとなく苦手だったけど、中学校になったらお弁当になったからかな?
「責任感が出てきたのね」と約束の時間に起きるようになった僕に、母さんは喜んでいるけど、起きられないと父さんに鼻で笑われるから意地で起きている。
初日は30分寝坊して母さんに起こされた。
あの時の父さんを思い出すと、今もムカつく。
「凛、お前は俺がいない時にしっかり、きよ…母さんを守れる様な男になれ。そのためにまず自分のことは自分で出来るようになれ。
一人で起きられないうちは難しいかもしれないだろうがな」
チッ、何が「母さんを守れ」だ。
参観日に来てくれた時は他の保護者の中に埋没してるんだぞ。
気が付くとそこにいて、あれ?凜君のママいつ来てたの?って毎回友達に不思議がられてるくらい、地味で目立たなくて、空気みたいに静かで。
危険なんて、世界中で一番縁のない人だと思う。
誰かに悪意を向けられた事がないんじゃないか?と言うくらい、なんかこう…無害な人だと思う。
佐藤聖華なんてキラキラ名前なのに、完全な名前負けだと思う。
でもまぁ、父さんにとってはとっても大事な人だっていうのはわかるよ。
今でも、僕がいない時は(聞いていないと思っている時は)「聖華」「豪さん」って呼び合ってるものな。
あ、でも父さんと一緒にいるときは母さんも埋没しない。
と言うか、大きすぎる父さんが横にいるから逆に目立ってしまうんだ。
父さんは、自衛官。
北海道にいた時の演習中に300キロ台のヒグマを素手で締め上げて無力化したという伝説があって「ヒグマ殺し」と呼ばれている。
本人は、たまたまで殺してはいないって言うけど、素手でヒグマを制圧した意味がわからないよ。
札幌の動物園でみたけど、かなりでかかったぞ…ヒグマ。
制服に着替えて顔を洗い、ダイニングに向かうと珍しく迷彩服の父さんが母さんにギュウギュウと抱きついている場面に出くわした。
「おはよう!ご飯は?すぐ食べられる?」
「あら、おはよう凛。食パンすぐ焼くわね」
背中に父さんを乗せたまま母さんは準備を始めた。
母さんのトーストは、フライパンにバターを落として、そこにパンを乗せてきつね色に両面を焼き上げてくれる。バターが香ばしくてじゅわじゅわでカリカリで滅茶苦茶おいしい!
「火を使うから、ちょっとだけ離れていて」
「やだ」
「もう…しょうがないわね」
ちょっとだけ恨めしい顔をする父さんが離れるつもりは無いのは、何時もの事だ。
母さんも、結局そのままパンを焼いてくれる。
「了解、牛乳は自分で温めるから大丈夫だよ」
父さんの様子から見て、またしばらく演習で留守にするんだろう。
一週間か、二週間かな?
しばらく会えなくなるからしっかり今のうちに母さん補給してるんだ、仕方ないか。
母さんも慣れているから全く気にしていない。
小さな頃から見慣れた光景だよ。
それにしても、3人で朝ごはんを食べてるけど、膝の上に母さんを乗せて食べさせて貰う父さんの姿からは、「ヒグマ殺し」なんて連想できない。
小学二年生の頃、母さんに何であんなの許してるの?と聞いた事があったけど
「はじめて一緒に食事をした時、5分で食べ終わってしまったの。
でも、それじゃ健康に悪いので心配だって注意したら、じゃあ食べさせてって言ったの。
それからこうなのよ」
まるで当たり前のことみたいに説明された。当たり前なのか?これ。
何だよ、僕には自分のことは自分でしろって言ってたくせに…。
あの頃、張り合って僕もっ!って母さんにくっついてみたけど、父さんは二人一緒に膝に乗せて、自分は母さんに食べさせて貰って、僕には父さんが食べさせてくれた。
母さんと違って、父さんがすくう一口がやけに多いから、中々飲み込めなくてしばらくモゴモゴしていたなぁ。
一週間しないで、僕は父さんの膝から卒業したよ。
父さんと違って僕はずっと母さんと一緒だからね。
ここは僕が大人になって、譲ってあげたんだ。
「じゃぁいってくる」
「ハイ、気を付けてね」
扉を開ける前の玄関先で父さんが母さんを抱きしめている。
同じ会話をもう5回も聞いたよ。毎回毎回、良くやるなぁ。
しかも今回は、いつもより一回一回が長い!毎回記録更新だよ。
背中には大きな演習用のリュックを背負っている。
演習で使う荷物、持ち込み可能な私物、主に飲み物とか軽食らしい。
あんまり汚れていないけど、帰ってきたときは使用済みの着替えが入っている。
小さいころから不思議なくらい、父さんの制服は汚れてない。
母さんの洗濯が上手いから汚れないんだって言うけど、そんな訳ないだろう?どんな防水加工だよ。
てか、ちゃんと訓練してるのか?
隊長になったらそんなに汚れないって言うけど一か月山奥にいて、汚れないのはおかしくないか?
「いつもの軽食は…」
母さんは、ホットケーキミックスとおからで手作りのクッキーを焼いて毎回渡している。
素朴で僕も大好きな奴。
父さんは、演習先では母さんのご飯が食べられなくてシオシオになるから、日持ちするクッキーを持たせてもらっているんだ。
ここ数年は、定番クッキー以外にもいろんな焼き菓子を作って父さんに持たせている。
もちろん、僕にもちゃんとおすそ分けがあるんだけど…。
「大丈夫よ、多めに50枚くらい焼いておいたら。
食べきれなかったら同僚の方とかと分けてね」
「それはヤダ!」
即答で、父さんは更に母さんを抱きしめる。
いい加減、骨折しそうじゃない?
ヒグマより強いのに、抱きしめられてて平気なのか?
「たとえ一枚でも、破片でも、他の奴には渡したくない!」
ああ、もう……。こういうのを独占欲っていうんだよなぁ…。
フン!と鼻息荒く断言する父さんに、母さんは静かに笑う。
そう、すごく幸せそうに。
「ねぇ、そろそろ出ないと本当にまずくない?僕まで遅刻しちゃうよ」
「あっ!」
「あら」
僕の一声で二人の世界が現実に繋がって父さんはようやく母さんを開放する。
名残惜しそうに、ゆっくり母さんに背を向けて玄関扉に手を掛ける。
「行ってらっしゃい、怪我しないでね。
お昼は、向こうでも食事が出ると思うけど、おにぎりを入れておいたから。
食べられるようなら食べてね」
「……、具は?」
おいちょっと鼻声になってるぞ…父さん。
「梅干しと、鮭と、昆布。唐揚げ入りもあるわよ」
父さんの好きな具ばかりだ。
しかも、唐揚げ入りは特別な時のおにぎりだ。
非常呼集の時なんかに、特別に作ってもらえるおにぎり。
この時の為に、母さんは唐揚げを少しだけ冷凍で取り置きしてるんだ。
「きーよーかぁー」
悲しさと喜びが同時に爆発したらしい父さんは、グインと振り返るだけで空気が動くほどだ。
そのまままた母さんを抱きしめようとするのを阻止する。
涙ぐみながら父さんの目が見開かれるが、ここは引けない。
「ほんと、いい加減にしろよ。僕まで遅刻するだろう!」
「……ぐぅううう」
唇をかみしめて、また玄関扉に手を掛ける。
扉が少し開いたところで、そっと母さんの手が僕の後ろから父さんの腕に触れる。
「無事に帰ってきてね」
玄関扉が開いて朝のひかりが玄関に入ってきたのか、父さんの全身がふわりと光に包まれたように見えた。
え?後光がさしてる?
「え?……ええ?」
思わず瞬きしたけど、光はもう見えない。
なんだ、あれ。錯覚だよな?
「行ってくる! 凛、後は頼んだぞ!」
大声で叫んで父さんはそのまま駆けて行った。
駐屯地まで5キロ以上あるけど、今日は車じゃなくて走ることにしたらしい。
そうだね、今の精神状態で運転は危ないよね。
「ふふ、戻ってくるときは私が迎えに行かないとダメね」
父さんの後ろ姿が見えなくなるまで見送る母さんの横顔は、なんだかすごく楽しそうだった。
「……それはそれで、またひと騒ぎありそうな気がする…」
母さんは運転免許は持っているけど、致命的に運転のセンスがない。
超ノロノロ運転だから周りの人にものすごく迷惑をかけているのを僕は知っている。
「大丈夫じゃないかな?父さんなら全力疾走で駆け戻るよ」
どんな長期の演習の後でも任務の後でも、父さんは最速で家に帰ってくる。
「さ、凜も。気を付けてね、変な人について行っちゃだめよ」
「いつの話だよ、幼稚園の時だろう」
あの時は、公園で遊んでいる時に知らない人について行っちゃったんだけど、なんでそんなことになったのか覚えてないんだよなぁ。
まぁ、母さんが迎えに来てくれたけど。
普段ぼんやりしている母さんがピンポイントで僕を迎えに来てくれた時はびっくりした。
何の目印も無い、雑木林の入り口だったけど…。
あれって、どこだろう?
近くに、そんな場所無かったような気がするんだよなぁ。
なんて、僕的に黒歴史を思い出してたら、母さんは更なる黒歴史を思いだした。
「そうよねぇ、もう中学生だものねぇ…。
早いわぁ…。小学校の時は毎朝愚図りながら行きたくないって言って、ご……お父さんとそっくりで。
ふふふふふ」
「ーーー!」
にこやかに息子のメンタルを削らないで欲しい!無自覚なのがたちが悪いよ!
「もう、いいから。僕も行くね、行ってきます」
バックを持ち直し、僕も玄関を出る。と、いつもよりもバッグが少し重いので首をかしげると、
「お弁当のほかに、お父さんのと同じおにぎりも入れておいたから」
「えっ!マジで!」
やった!父さんのと同じおにぎり!
正直、うれしい!
唐揚げ入り、僕も大好きなんだ!
「良かったらお昼とか、放課後に颯太君や律君にも食べてもらってね」
なんでそこで颯太や律の名前が出てくるんだ?
確かに小学校からの友達だし仲はいいけど。
大丈夫、弁当の後でも食べられる!
なんならあいつらに分けなくても、僕だけでも食べられる!
あ…これって、父さんと同じことしてる?
……それは、ちょっとヤダな。
「あ、う、うん。わかった。…二人が食べるって言ったら、そうする」
そう、あくまでも二人が希望したら、だ。
無理強いはしない。
世の中には、他人の握ったおにぎりが嫌だっていう人もいるって聞いたことがある。
…潔癖症ってやつ。あいつらは…どうかな?
まぁ、そうなったら仕方ない。
僕が全部食べる。母さんの愛情をむげには出来ない。
うん、僕って孝行息子だよなぁ。
……父さんの気持ち、少しわかる気がしてしまった。
…ものすごく、悔しい。
玄関を出たら、父さんの背中が見えたような気がした。




