『海から来た子供たち(4)』
***『海から来た子供たち(4)』
一瞬の青空の中ではっきりと姿を見せた大型船と三隻の船を前に、小隊は一気に警戒を上げた。
対戦車班は特にスコープで大型船の船首、操舵室部分を確認しようとしたが、窓部分は黒く、中を確認することはできなかった。
「すぐに動く様子はないようですが…いつ動き出すかが、読めませんね」
双眼鏡を覗きながら、矢島一等陸曹が呟く。俺も同意見だ。
指揮所天幕を出て、低木の林に隠れながら船の様子を伺っている。
幸い、空を飛ぶ海鳥たちには我々に対して威嚇攻撃はない。
我々に慣れてしまったのか、おとなしいくらいだ。
「今まで隠れて動いていたんだ。上陸をするつもりなら不意打ちの様に、風雨の中や夜の闇の中を狙うだろうな。実際、今は全く動く気配がない。」
せめてこの間に、本部との無線が復活して欲しいのだが。
佐久間と中原の二人がいろいろと試しているが雑音さえも聞こえてこない。落雷の衝撃で、何かが大きく損傷を受けた―か。
もしくは……妨害されている?
「本部との無線を妨害するにしても、無音になると言うのは…無いよな」
「とんでもない新兵器でもあるなら別ですが…。こちらの無線を封じても、向こうにそんなメリットはないと思います」
確かに、無線を封じられたくらいでは戦力は落ちないだろう。だが…。
「――――指示がないと、攻撃できないと……思われてるかもな」
苦い顔をする矢島一等陸曹。俺も、苦笑しながらさらに言葉を続ける。
「だからといって、こちらが先に手を出すわけにはいかない。
とにかく、今は監視を続けるしかないな。」
「……了解です…」
矢島一等陸曹が双眼鏡を船へ戻す。
その時だった。
頬に当たる雨粒が、急に大きくなった。空気も、再び湿り気を増してきた。体にまとわりつくような、嫌な空気だ。
「雨、強くなってきましたね」
「ああ」
見上げる空は、先ほどまでの雲の切れ間がなくなっている。
代わりに、深い灰色の雲が、再び島の上空を覆い始めている。
風も変わった。
低木が大きく揺れ、雨が横から叩きつけてくる。
「台風が……近づいているのでしょうか?」
やっと嵐が去ったと思っていたが、そうではないようだ。逆に…。
「―――天気図は、明け方前に届いたのが最後だったな?」
「はい」
こんな時に、通信手段が断たれているのがもどかしい。
最終の天気図では、まだ離れていると思った台風だったが…。
さっきまでの雷の集団が、その前哨戦だったのか……。
「これは、台風だろうな。そうなると―――向こうもそろそろか?」
胸騒ぎが強くなる。
雨が激しくなり、風も出てきた。
つい先ほどまで双眼鏡で見えていた大型船が、風雨で白く覆われ始め、再び姿を隠してしまう。
周りにいた小型船も姿を消してしまう。
「第二分隊、対戦車班。警戒範囲を広げろ。―――動き出すぞ」
『了解!』
「第一、第三分隊も、気をつけろ。向こうは、ドローンがまだ残ってるはずだ」
『了解』
俺の言葉に、全体の緊張感が更に増した。
「小隊長、そろそろ一度指揮所に戻りましょう」
雷が去った後で、大型船の姿が見えたという報告が上がり、指揮所を出てきていた。
再び嵐に飲み込まれ、姿を見せた船団の動きが分からない中でここにとどまるのは得策ではないだろう。わかってはいるが―――。
矢島一等陸曹に促され、指揮所に戻ろうとした。瞬間、対戦車班から緊張した声の無線が入った。
『こちら対戦車班! サーマルで複数の熱源を海上に確認。島に向かって移動しています』
「船か?」
予想通り、動き出した。
『違います』
少しの間を置いて、戸惑う口調で告げてくる。
『……人と思われます』
苦いものが胸にこみあげた。念押しをする。
「第二分隊は、何か見えるか?」
『―――こちらも、複数の熱源を確認しました。船上に人がいるようです』
大型船の前にいた三隻の船が移動を始めた。人が乗っている…。
そうだ、俺たちは人を相手にしているんだ。
俺は、指揮所で無線復旧の作業をしている中原を呼び出す。
「中原二等陸曹、携帯型拡声器を持ってきてくれ」
『拡声器ですか? 了解です!』
「小隊長…」
矢島一等陸曹が眉を寄せる。
仕方ないだろう、危険かもしれないが―――まずはきちんと挨拶をしなければな。
俺と矢島一等陸曹は低木の林を抜けて、もう少しだけ見晴らしのいい丘陵地へと進んだ。両脇に、第一分隊と第二分隊の陣営があり、海の様子もよく見える。
まずは、しっかりとした状況確認が大事だ。
「第一分隊、第二分隊、最大限の警戒態勢をとれ。
第三分隊、対戦車班は監視を強化。海と、頭上の両方に注意しろ」
『了解!』
ヘルメットに当たる雨と風の音が大きくなる。
目を凝らし、双眼鏡を覗き続けた。
白波が立って、海もまた荒れ始めている。
かすかに、双眼鏡越しに小型の船団が見え始めた。
距離にして三百メートルほど。ようやく……だ。
「小隊長、拡声器です」
中原が俺の後ろで拡声器を差し出す。
「預かろう」
俺の代わりに矢島が受け取り、中原はそのままその場に立ちつくす。
今まで以上に緊迫している空気に、飲み込まれたように動けなくなっていた。
「……そろそろ、見えます…ね」
「ああ」
波に揺さぶられながらも、少しずつ小型船は確実に接近している。
今にも転覆しそうな大波を受けて、思わず息を詰めるが、何とか水平を保ち船は進んできた。
距離にして、二百メートル。
船に一番近い第一分隊から、悲鳴のような声が上がった。
『第一分隊、二隻の小型船を確認。船首に複数の人影を―――馬鹿なっ!』
「どうした、神谷」
『……子供です。―――船首に子供がいます!』
『こちら第二分隊。こちらでも船上の人影を確認しました。
子供に見えます。複数の影が確認できます。全員ほぼ同じ体格です』
待て、待て、待て!
子供? なぜだ?
『こちら対戦車班! 同じく船上に子供の姿を確認しました。
全員、戦闘服装備、銃と思われる武器を所持しています』
分隊からの報告を受けた直後、俺にも見えた。
子供だ。船上にいたのは…間違いなく、子供だ。
衝撃に、息が詰まる。
――――――なぜ!




