『海から来た子供たち(3)』
***『海から来た子供たち(3)』
『こちら第一分隊、頭上を旋回していたドローン二機、離脱していきます』
『対戦車班、ドローン二機の離脱、確認しました』
『第二分隊です。二機のドローン、離脱確認。沖合の大型船方向に飛行しています』
「了解。各隊は、継続して警戒を強化。ドローンの再来、船団の動きに注意しろ」
『『了解』』
小隊内は、警戒を緩めることなく緊張が続く。動きが読めないので今はそれしかできることが無かった。
そして、中原が指揮所に戻り、撮影していた海鳥とドローンの映像を確認した。
途中から第一分隊に向かった矢島一等陸曹も加わり、改めて海鳥の動きに驚かされ、言葉を失った。
中原の言葉の通り、海鳥たちは物凄い勢いでドローンに突っ込んでいっている。
―――ん?海鳥じゃない…小さめの白い鳥が一瞬だけ、映り込んでいる。小さな個体か?
「まるで、意思を持ってドローンを排除しようとしているようですね」
佐久間は、この映像も本部へと送信する。
通信状態はまだ不安定で、ドローンへの必要に応じた射撃の許可が出たのは、残っていた二機が離脱した後だった。
「あのタイミングで建屋に向かってたら、中原も攻撃対象になったかもな」
矢島一等陸曹は、鳥たちが二機のドローンを落としたことに戸惑う一方で、第一分隊は結局、一発も撃たずに済んだことに少なからずホッとしているようでもある。
「はい、そう思います。―――ドローンを排除してからは、興奮はすぐに収まり、自分が周囲を見回っても威嚇をしてくることはなかったです。」
そのため当初の予定通り、予備の無線機とバッテリーも運び出してくることが出来た。
「結局、ドローンは何のためだったのでしょうか? 偵察だけだったとは…」
「第一分隊への発砲は―――もしかすると我々の動きを探る目的だったかもしれない。本気で攻撃をするつもりだったら、もっと撃ってきてもおかしくないが……」
矢島一等陸曹の言葉に答えながら、これも推測の域を抜けられないと頭の中では思っていた。そして、気が付くのが遅かった!と閃く。
「中原、墜落したドローンは建屋の屋根の上のままだな?」
「はい!上に上がって、何枚かの画像だけは撮りました。触れたり、移動してません。」
「賢明だ。何か仕掛けられているかもしれないしな。矢島一等陸曹、戻って来たばかりだが中原と二人で機体を確認、可能なら回収してきてくれ。」
「了解」
「雷の音もかなり近づいてきている。気をつけろ」
「了解」
二人は再び雨の中へと出ていった。
「佐久間、ドローンと海鳥の映像は送れたか?」
「はい、少し時間が掛かってますが……。今、完了しました」
しばらく待ったが、本部からの回答は届かない。せめて文章だけでも、何か届くといいのだが……。頼みの綱の天気図でさえ、朝方に確認したもの以降は、まったく判別のできない状態でしか届かなくなっている。
「…この嵐が収まれば、少しは通信環境が良くなるでしょうか?」
「そうあって欲しい。が、―――いっそ、モールス信号の方がましか?」
「残念ながら、機材を持ってきていません」
「ああ…。そうだよな…。
佐久間と中原に負担をかけて申し訳ないが―――頼むぞ」
「はい! でも、負担だとは感じてないです。自分だからやれるんだと思いながらやっています。」
なんだその理想的な部下の返しは!しかも笑顔付きだ。
「……そういうことを笑顔で言えるところが、佐久間らしいな。」
「え?」
「いや。佐久間は、……女子にモテるだろうな。」
「え?そんなことはないですよ。自分より、中原の方が女性隊員には人気です。」
「そうなのか?」
なんとなく、なんでもそつなくこなしている印象のある佐久間の方が、モテそうな気がしていた。
「中原は誠実なんです。他人のことも、自分のことのように気を配っていて。
自衛官になってすぐのころ、女子隊員がへばってる時とか、バレたら教官に叱られるのにさりげなく手助けできるんです。自分にはそんなことできなかったから、バカなことしてるなって思ってましたが…」
確かに佐久間と中原は同期だったな。
「気が付くと、自分も中原に色々助けられてるんですよ。あいつ、本当に良い奴なんです」
珍しく饒舌に、中原に助けられたときのことを話す佐久間。
中原を褒めて嬉しそうに笑える佐久間も、やっぱり良い奴、だと思う。
若い隊員同士で、きっとこれからもお互いに意識しながらやっていくんだろうな。
心強い返事に、フッと力が抜けた瞬間。ドーンという音が空気を震わせ、あたりに叩きつけられた。
一瞬、左耳の奥にキーンという高い音が響いて耳の奥に残る。
「……っ」
右耳のイヤホンから、佐久間の声が僅かに聞こえている。しかし左側の音は、しばらく何も聞き取れなかった。
「…すまない、もう一度言ってくれ。音が…上手く聞こえない」
自分自身の話し声もくぐもって聞こえる。
一瞬息を止めてから、佐久間が大声で発する一言。
「―――小隊長。本部への無線が、完全に落ちました!」
佐久間の報告に、サーッと全身の血が凍ってしまったように感じた。
今、このタイミングで? 最低最悪な状況―――かもしれない。
数秒ほどたっても、左耳の耳鳴りは消え切らない。
そこに、小隊内無線が飛び込んできた。
『こちら、対戦車班! 電波塔近くに落雷を確認しました』
「「―――」」
思わず、佐久間と顔を見合わせた。
電波塔には矢島一等陸曹と中原二等陸曹が向かっていた。
すぐに二人に向けて呼びかける。
「矢島一等陸曹! 中原二等陸曹! 現状を報告しろ」
『―――』
応答がない。じわりと、嫌な汗が背中に流れる。
大丈夫だ、落ち着け……。
「佐久間、本部との無線の復旧を急げ。―――矢島! 中原! 応答しろ」
もう一度二人に向かって声を張るが、まったく応答がない。
落雷に巻き込まれたのか?
「矢島! 中原! 聞こえるか!」
返事がない。
「対戦車班、そちらから電波塔周辺が見えるか?」
『確認します―――こちらから目視できる範囲の電波塔周辺、人影はありません。
落雷による発火、木々の損傷、建屋、鉄塔にも異常は確認できません』
落ち着け、落ち着け。……落ち着け、まだ何も分からない状態だ。
ぎゅっと無線機を握る手に力が入る。
「対戦車班、雷はどのあたりに落ちた?」
『一瞬でしたが、電波塔奥の避雷針近くです。』
避雷針に落ちたなら、矢島一等陸曹たちへの直撃はなかっただろう。とはいえ…離れているこちらにもかなりの衝撃があった。
二人にも何らかの影響が出ていてもおかしくない。
「第一分隊、第二分隊、第三分隊。落雷の被害はあるか?」
『―――こちら、第一分隊。小隊内無線―――今、復活しました』
『第二分隊、携行型熱画像観測装置に一瞬の画像の乱れありましたが、今は回復しています!』
『第三分隊、無線、装備、異常なし。』
―――よし、あとは……矢島と中原だ。
***矢島一等陸曹視点*
指揮所天幕を出て、中原先導で墜落したドローンのもとへ足早に進んだ。遠くに聞こえていた雷の音が近くなってきている。外での作業には向かない環境だ。
電波塔建屋の屋上への階段を上る。海鳥たちは、中原の言葉の通りこちらに威嚇攻撃を仕掛けてくることはない。じっと巣の中にいて、こちらを見下ろしているだけだ。
今見たばかりの映像との差に、なんとも言えない違和感を感じる。
「矢島一等陸曹、こちらになります」
先に登った中原が、距離をとりながら大型のドローンを指し示す。私も距離をとりながら、まずは外観を確認する。大きく破損している二本のアーム。フロート部分が墜落の衝撃で大きく破損している。映像で確認した通りだ。中原が撮影したのはここまで。
「よし、一度裏返してみるか。カメラと…武器の確認だ」
「了解」
中原に声をかけ、そこそこ大きな本体を裏返そうと手にかけた瞬間―――。
強い光が視界の端を走った。
―――雷っ!
世界が一瞬、無音になった。
ドーンと腹の奥に響く衝撃が、あたりを揺らした。
「がっ―――!」
「―――ぐっ―――、うっ!」
全ての音が消えた。視界も少しチカチカしている。
耳鳴りがひどい。手に力が入らない。今、私は―――立っているのか?
二、三度頭を振ってから、呼吸を整える。衝撃から落ち着いてくると、意識もはっきりしてきた。
私は生きている…そして―――。雨粒が顔に当たった瞬間、目の前に中原二等陸曹の姿が見えた。
膝をついて、全身が強張っているが、意識はある様だ。
「……中原…」
声を出したつもりだったが、自分の声すらよく聞こえなかった。それでも、中原とはしっかりと目を合わせることが出来た。中原も、口を開くが…彼の声は聞こえない。
キーンとした音が、周りのすべての音をかき消している。
強張る膝に意識を集め、動け、動けと念じながらなんとか一歩を踏み出す。
「中原…無事、か?」
多分声は出ているが、まだ自分自身で聞き取れない。中原はいまだ膝をついて動けないままだ。
「中原。聞こえるか?」
強張っている肩に、手を乗せた。全身が痺れていて中原の状況が良く分からない。
無理矢理動いた分、私のしびれは落ち着いてきていた。
「矢…矢島一等…陸曹……。しびれてますが……大丈夫です…」
中原は首を静かに振って、ゆっくりと膝を伸ばして立ち上がる。
「聞こえるか?」
大きな声で話しかける。私自身がまだはっきりと聞こえないからだ。
「…耳鳴りは収まってきてます…何とか、聞き取れます」
私の質問に答えられるほどには聞こえていると判断する。
「私では無理そうだ、小隊長に…現状報告を頼む」
自分の耳を指し、中原二等陸曹に指示を出した。
「…矢島一等陸曹は…どこか怪我を?」
はっきりと聞き取れないが、こちらを気遣っているのは分かった。
「聞き取れてない、しかし一時的だ。併せて、小隊長に報告を頼む」
「了解!」
大きな声の返事の後、中原は無線機に向かった。私は、足元にあるドローンに視線を戻し、確認の任務を再開した。
***
『―ザーッ……、ちら…。…こ…こちら、中原二等陸曹。佐藤小隊長、聞こえますか!』
最初は雑音だけだった無線から、ようやく中原の声が飛び込んできた!
「中原! 無事か! 矢島も無事か?」
思わず無線機に向かって叫ぶ。良かった! 声がした、生きている!
『ザーッ……、無線の調子が悪いので途切れ途切れです。現状をこのまま報告しま―――。
矢島一等陸曹、中原二等陸曹―――無事です。回収予定―――のドローンも、無事です。』
「わかった。二人に怪我はないんだな?」
ドローンの状態よりも、それが一番知りたかった。
『自分は少し痺れがあって、矢島一等陸曹は音が聞こえにくいですが―――一時的だと思われます』
「そうか……。良かった。」
緊張が一気に抜けた。大きく息を吐き出す。全員の無事が確認できた。
「痺れで、すぐには…建屋の屋根から降りられないので。ドローンの確認を完了してからまた連絡をします―――と、矢島一等陸曹からの伝言です』
「―――ドローンは後でいい。とにかく一度指揮所に戻れ。と、矢島一等陸曹に伝えろ」
『了解―――――。
―――武器、爆発物の搭載は確認されず。カメラのみ。このまま地上に下ろします、と報告するように―――』
そうだった、中原以上に自分の任務に厳しい男だったんだ矢島一等陸曹は…。
「ドローンの装備がはっきりしたらそれでいい。自力飛行ができないなら後で回収だ。
それでも降りられないなら俺が迎えに行くぞ、と伝えろ。」
『……矢島一等陸曹と、戻ります……』
中原には少し気の毒なことをしたが。雷の余波を受けてるんだから、二人とも、さっさと戻ってこい!
一番近くの対戦車班に、ドローンの回収を指示すると同時に、まだしびれて動きが悪いだろう矢島一等陸曹と中原を地上に下ろすように指示した。
雷は、その後三十分ほど夕凪島周囲で落雷を繰り返しながらゆっくりと移動して、洋上に去っていった。一瞬だったが、雲が晴れて奇跡のように青空が見えた。
夕凪島で初めての青空だった。
その瞬間だった。
迫っていた大型船の全容がはっきりと現れた。
遠洋漁業用の大型船にも見える。
だが、船首を覆うように張られたテント。その内側にある大きな塊が、明らかに投網や漁具とは異なっている。
あれは―――何だ?
濃い灰色の船体が、青空の下で不気味に浮かんでいる。
その周囲には、三隻の船。
風が止み、波が静まった。
俺はしばらく、その船団から目を離すことができなかった。




