『海から来た子供たち(2)』
***『海から来た子供たち(2)』
数分後、対戦車班から報告が入る。
『対戦車班、二時方向より複数の熱源飛翔体確認。対象物、正確な数や大きさの確認は取れません!』
視界が悪い中、熱画像観測装置でかろうじて捉えられる状態だ。今、見つけられただけで上等だ。
「この天気の中を飛ばしてくる以上、普通の偵察用ではない可能性がある。」
ここで一呼吸置いた。
「偵察か攻撃かはまだ分からない。だが、少なくとも一機ではない。」
俺の言葉に、矢島一等陸曹たち三人の表情が強張る。
「佐久間、本部に報告を。」
「了解。」
「0755、第二中隊第二小隊、夕凪島沖合五キロの不審船影より、熱源飛行物体の発進を確認。複数。ドローンによる攻撃の可能性あり―――送れ」
「了解。」
佐久間が報告を送る音声は途切れ途切れで、ここまで無線環境が悪いのは初めてだ。
中原は、佐久間のそばで配線や電源コードの確認をしているが効果はない。無線機自体の不具合ではなく、やはり周囲の環境が原因なのだろう。
「本部はどう判断しますかね。」
なかなか繋がらない本部無線に、珍しく矢島一等陸曹が少し苛立った口調を見せた。
「おそらく、『しばらくは待機、すぐには動くな』だろうな」
「そのしばらくが、いつ、どのタイミングなのかをはっきりしてもらいたいですが……」
「それが一番難しいだろう。―――もしもこのまま無線の不具合が…―――」
そこに、小隊内の無線が入る。
『第二分隊、一時の方向に三機の飛翔体を確認。こちらに向かってきています。距離、およそ一キロ、飛行速度は―――不明です。』
「大きさは分かるか?」
『形状、大きさは確認できません。』
直後、別の無線が入る。
『こちら対戦車班、十二時の方向に四機の飛翔体を捉えました。距離は―――およそ一キロ、ひし形、長方形に見える影です』
方角から、第二分隊と対戦車班が同じものを見ていると判断できる。数の違いは、この天候のせいかもしれない。どちらにしても多い方で警戒しておく。
「了解した。第二分隊、対戦車班、そのまま見失うなよ。」
『『了解』』
「第一分隊、第三分隊、警戒を強めろ。空だけじゃなく、海への警戒もだ。」
『『了解』』
「佐久間、中原。本部からの回答はどうなっている?」
焦っても仕方ないと思うが、もどかしさで声が大きくなってしまう。
「こちらの報告は届きました。―――回答は、―――今!
今、入りました。『待機せよ』との回答です。」
やっぱりな! と言う顔をした俺と矢島一等陸曹に、佐久間の方が申し訳なさそうな表情になる。解ってる、お前のせいじゃない。
飛翔体発進の報告を入れてその返事を待っている間に、飛翔体はすでに一キロまで迫っている。今も間違いなく接近している。
「了解。―――佐久間、このまま続けて本部に繋げ。俺が話す」
「了解」
佐久間の座っていた場所に俺が座る。
「本部、こちら中央即応第二中隊第二小隊、佐藤一尉。先ほど報告した飛翔体、複数を確認。現在、島へ接近中。距離、約一キロ」
タイミングが良かったのか、俺の声はスムーズに届いたようだ。
『ザーザー―――第二中隊第二小隊、こちら第十五旅団司令部。ザー、佐藤一尉。状況を報告せよ。』
雑音がかなり入ってくるが、聞き取れないほどではない。
「報告します。現在確認できているのは、夕凪島沖合南西方向五キロに、大型船らしき船影を確認。0755、飛翔体複数機の発進を確認。」
『ザー…飛翔体の―――…は?』
「本部、もう一度お願いします」
少しの間のあと、ザーザーと言う音のみが入る。「本部!」
『ザー…飛翔体の数―――…は?』
「第二分隊で三機。対戦車班では四機の飛翔体を確認。」
『―――ザッ―――距離は』
雑音がひどく、言葉が聞き取れない。
「0810、現在一キロ先。接近中です。」
遠くで、低い雷鳴が響いた。その直後、無線にまた大きな雑音が入る。
『――ザァ―――――――ガァーザァ―――』
「本部!もう一度お願いします!」
『―――武装の―――』
「武装の有無は確認できていません」
反射的に答えた。
『―――夕凪島到達後―――飛翔体の動きによって―――ザァアアアア―――』
肝心な部分が聞き取れない。思わず無線機本体を殴りつけそうになるのをこらえた。
そこに、第一分隊からの無線が入った。
『小隊長、第一分隊。飛翔体四機、確認しました。現在、頭上約十メートルです!』
目の前だ。
「形状は? 武装しているか?」
『形状は―――、長方形のような形です。五十センチより大きく見えます。アームを含めて一メートルほど。アームは……八本あります。』
大型のドローンだ。八本のアーム―――オクトコプターか?これだけの大きさなら、カメラだけではない可能性もある。
こんな時に、本部からの回答が聞き取れない。
『第二分隊、飛翔体四機、確認しました。』
『対戦車班、飛翔体確認。四機、第一分隊頭上で動きが止まりました!』
みぞおち辺りが、ぐっと重たいものを飲み込んだ。
「佐久間、代わってくれ。
―――第一分隊、ドローンに不審な動きはないか? 武装はしているか?」
分隊からの連絡に集中したい。
本部との無線を佐久間と代わり、ドローンの形状を本部に送らせた。
『現在、頭上に、二機確認。残り二機は―――電波塔方向に向かっています』
『対戦車班、三時方向にドローン確認』
『第二分隊、五時方向にドローン一機、確認』
四機のドローンはまとまって移動している様子ではなく、それぞれ別の方向に動いている。
どう動きを止める?
鼓動がどくどくと激しくなる。落ち着け。俺が今、焦っても仕方がない。
一度深く深呼吸をして、小隊内の無線で呼びかける。
「第一分隊、第二分隊、対戦車班。見える範囲で、できるだけ細かくドローンの形状を確認せよ。」
監視か攻撃か。判断するための何か情報が欲しい。
『対戦車班、電波塔に向かっていた一機を見失いました。』
こちらに向かっている一機がロストしました。
「対戦車班、最後に向かった方向をおってくれ」
『こちら第三分隊。先ほど電波塔方向へ向かったと思われるドローンを一機確認。頭上約十メートルを飛行中。該当機は桟橋に向かって移動中です。』
「第三分隊、ドローンの特徴でわかる点はあるか?」
『全体はおよそ一メートル。ひし形に見える長方形の本体に、八本のアーム。―――本体底面に、赤く点滅するライトが小さく見えます』
「ライト?」
『ドローンは、桟橋周辺を旋回しながら底面が点滅しています』
「―――偵察でしょうか?」
隣にいる矢島一等陸曹の言葉に、頷く。島を偵察しているのは確実だな。
『第一分隊、頭上の二機、こちらの陣地の上空の旋回を始めました』
「第一分隊、旋回しているドローンの様子は?」
『頭上を旋回中です。―――赤外線確認!! 榊! 伏せろ! かわせ!』
神谷分隊長の悲鳴のような声が上がった。直後、俺も叫ぶ。無線が、途切れた。
「矢島!第一分隊へ!状況確認を」
「了解!」
雨具をすでに羽織っていた矢島一等陸曹はすぐに駆け出す。俺は、第一分隊に呼びかける。
「神谷! 無事か! 何があった!」
『ドローン、発砲! 赤外線センサーで榊を標的に、急降下で接近。―――発砲後急上昇しました!』
「榊は? 無事か! ほかに発砲されたものはいるか?」
『全員無事です!』
雨の中でも、ナイトビジョン越しにドローンの接近を捉えられたのが良かった。
だが、これではっきりした。
あれは、撮影だけではない。攻撃能力がある。
拳を強く握り締め、小隊内の無線で呼びかける。
「全員、頭上のドローンの警戒を強化。攻撃能力がある」
『『了解!!』』
「ただし、こちらへの挑発行為ともとれる、むやみに発砲するな。―――自分、または隊員が撃たれると判断した場合に限り、防衛のための発砲を―――許可する。」
「えっ!」
本部との無線機の前にいる佐久間が驚く。そう、本部からの回答はまだ届いていない。
これは―――俺の独断になる。
「佐久間、無線は繋がったか?」
「回答はまだ入りません。こちらの状況は、音声と文で送り続けています。」
「よし。こちらからの報告は途切れないように。今の状況もそのまま送れ。
中原、電波塔に残していた無線機器の予備を繋ぎ直せるよう準備をしておけ。」
「了解!」
「一機、近くにいるかもしれない。気を付けろ。」
中原は、電波塔一階に積んでいた予備無線機を取りに向かった。
今まで気にしていなかったが、雷の音がかなり近くなって、雨は降り続いている。
天気図で確認していた前線の動きと重なる。天候が予測よりも早く悪化しているのか?天候悪化が、通信状態にも影響しているのかもしれない。
そこに、第三分隊から無線が入った。
『こちら第三分隊。桟橋周囲を飛行していたドローンが電波塔方向に移動を開始しました。』
「了解。―中原、聞こえたな? 頭上に注意しろ。」
『了解です。』
その瞬間、ザワリとした胸騒ぎを感じる。
「中原! 戻れ!」
『は、はい?―――うわっ!』
中原の声に、全身に鳥肌が立った。まさか撃たれたのか?
「中原! 大丈夫か!」
指揮所を飛び出しそうになるのをこらえる。答えてくれ!と思ったときに中原からの返答が入った。
『だ、大丈夫です。―――あの…海鳥に』
「海鳥?」
『海鳥が激しく威嚇してきます!―――酷く騒いでいます。今も頭上から―――あっ!
小隊長!ドローン、です! 電波塔の鉄塔周囲に一機。 さらに一機、桟橋の方から飛来してくるのが見えます』
「一度戻れ、中原。」
『でも、予備通信機を運ばないと―――』
「命令だ。戻ってこい」
連携しているだろうドローン二機を、一人で対応は無理だ。みすみす標的にさせるわけにはいかない。
『―――了解』
渋々の気配があるが、戻って来るならそれでいい。ほっとした瞬間。再び中原から無線が飛び込む。
『小隊長、あの―――海鳥が―――ドローンに威嚇攻撃をしています』
「あ?」
―――中原二等陸曹の目。
電波塔に向かう途中から、海鳥たちが異常なほど騒いでいる鳴き声が聞こえていた。
雨の中でも頭上を飛び回っていて、興奮というより怒っている。
海鳥の群れ全体が、ドローンに対して酷く反応しているようだった。ドローンが電波塔に近づくたびに何羽も急降下していく。さっき、俺の目の前に突っ込んできた海鳥も、その中の一羽だ。
海鳥の鳴き声と羽音で、雨音すら聞こえにくい。何羽、何十羽の海鳥が、交互に勢いよく二機のドローンに向かっていくのは、現実とは思えない光景だった。
かろうじて、無線の向こうから聞こえる佐藤小隊長の声だけが、いまが現実だと伝えている。
『中原、海鳥が威嚇攻撃を仕掛けているというのか?』
さすがにすぐには信じてもらえない。そうだよ、俺自身もびっくりしてる。
「はい。映像は、撮っています。―――鉄塔にある巣を守っている……のだと、思います。」
しっかりと全体の動きを見ると、海鳥たちはドローンが鉄塔に少しでも近づかないように攻撃している。
事実を伝えて、判断を仰ぐ。心情的には、この状況をもう少し見たい。
『現在、お前は危険ではないか?』
「今は茂みの中まで下がりました。海鳥にも、ドローンにも見えていないです。」
『……ふぅ』
あ、佐藤小隊長がため息をついた。
『中原二等陸曹、そのまま現場で待機。動けるタイミングで、無線機を運べ』
「了解!―――っ、あ!」
前方、約五メートルの高さで。電波塔の建屋の上で一羽の海鳥が、一機のドローンのアームに激突した。衝撃で大きく傾くドローンが姿勢を戻そうとする。
衝突した海鳥はそのまま上昇していった。すぐに、別の海鳥が二羽続けて反対側のアームをかすめる。完全にバランスを崩したドローンは、モーターが異常な音を立てながら電波塔根元近くの、建屋の上に落下していった。
バフッ、と何かが弾けるような音がした。
「佐藤小隊長! 海鳥が、ドローンに衝突、接触。一機がバランスを崩し墜落。建屋の上に落ちました!」
『―――!』
佐藤小隊長が息をのむ気配を感じた。
俺も、まさかの展開に驚くだけだった。しかも、海鳥たちの威嚇はまだ続いていた。
***
中原の報告。想定外の展開に、俺は言葉を失う。
「海鳥が威嚇して攻撃? そんなことがあるのか?」
「…抱卵期の鳥は、結構狂暴になる事があるらしいですが……それでしょうか?」
隣で同じ中原からの無線を聞いていた佐久間が、可能性の話をする。多分それが一番納得できる。鳥が意思を持ってドローンに攻撃を仕掛けることは―――無いはず。
そう思った瞬間、中原から無線が入った。
『佐藤小隊長! 二機目のドローンも海鳥が接近!
―――あっ!機体が大きく揺れています!制御できていないです!』
「「えっ!」」
俺と佐久間の声が重なったタイミングで中原からの無線が入った。
『海鳥の威嚇攻撃を受け、飛行不能! 電波塔裏の断崖に落下していきました!』
―――海鳥の威嚇って、そこまで攻撃的だったのか?
「中原、周囲の状況を確認、一度指揮所に戻って報告しろ」
『了解』
二機のドローンが墜落した直後、第一分隊の上空を旋回していた二機も、その場を離れていった。




