『海から来た子供たち(1)』
***『海から来た子供たち(1)』
0500(午前五時)、指揮所天幕内にて第一から第三分隊の隊長と、対戦車班の班長が集まった。全員、疲れているはずなのに、少しも表に見せないところがさすがだ。
「おはよう。早くから集まってもらってすまない。まず、本部から連絡が入った」
ここで一旦呼吸を整えてから、今一番伝えておくことを告げる。
「後発部隊の投入が、未定になった。」
一瞬、全員の表情が強張る。しかし誰も姿勢を崩さないし動揺も見せない。
「理由を伝える。本部より、以下の連絡が入った。
一つ、近日中に魚釣島周辺海域で中国海軍が演習を行うとの事前通告が入った」
「…」
「二つ、同時に、千島列島北方ではロシア海軍の艦艇が航行不能となり、救難・曳航活動のためしばらく周辺海域に艦艇が留まるとの通達があった。」
「これらの情勢を受け、周辺海域の警戒態勢が強化される―――以上の状況から、部隊の追加が未定となった」
全員が言葉を失うも、ぐっと感情を飲み込んでいる。
後できっと怒るだろうと思う。分かる、俺もそうだ。
しかし―――すぐに切り替えるしかないことも、わかってしまう。
「よって、今後の防衛ラインと監視方法について、いくつかの変更をすることにした。
まず、この地図を見てくれ―――、―――」
以降、仮眠後に俺と矢島一等陸曹とで組み直した内容を説明し、指示を出していった。戸惑いながらも、気持ちを切り替えて内容を確認していく分隊長と班長。
配置自体はほぼ変わらない。何かがあった場合、直ぐに動ける意識を持たせる。天候は今後荒れていく予報なので、隊員たちの体調変化を見ておくように。小さな不調は早目に申告できるようにも伝えた。
「―――、不確定な内容ばかりの状況だが、俺たちなら大丈夫だと信じている。頼むぞ」
「「「了解」」」
全員そろった返答の後、解散となる。
第二分隊には携行型熱画像観測装置と三脚、バッテリーの一式を渡す。矢島一等陸曹が中原とともに第二分隊に同行、設置の確認となる。
分隊長たちが離れると、天幕の中には俺と佐久間が残された。天幕を叩く雨の音が、幾分強くなったように感じる。風はそうでもないが、雨粒が大きいのかもしれない。
「佐久間、天気図は届いていたか?」
「―――それが…」
眉を寄せ、困惑している佐久間。
「予定では、一時間前には届くことになっていましたが。通信状態が不安定になっています。何とか調整をしているのですが…」
「分かった。この天候だしな。雷が近いのかもしれない。そうなると、本部からの連絡は何も届いていないんだな?」
「はい、こちらの定時連絡も送信していますが、回答はまだです」
岩礁を利用している状況を昨日のうちに画像付きで送り、『諾』の返信があった。
「今朝の送信も二度ほどエラーが表示されました。三度目にようやく受信完了となり、確認したとの回答が入りましたが、その後は特に何もありません」
今朝は配置の微調整と、携行型熱画像観測装置の使用予定報告を送っているが…それに関してまだ何の反応もないとは…。
荒れている天気のせいか、それとも―――本部の方でもっと緊迫した状況が起こっているのでこちらまで手が回らないのか?天気のせいであって欲しいな……。
むぅ……と考え込む俺の前に、佐久間が戦闘糧食のパックを三種類置いた。
「小隊長、このタイミングで朝食をとって下さい。どれか、温めますか?」
「……佐久間、お前、矢島一等陸曹に…似てきたな…」
「ありがとうございます。尊敬している先輩なので、嬉しい褒め言葉です!」
尊敬してるんだな……。佐久間なら大丈夫な気がする。
なんとなく、苦笑いしてしまうのは仕方ないよな。差し出されたパックの中からパンを取り袋を開ける。すかさず、牛乳のパックが差し出された。
「ロングライフ牛乳ですから、飲んでください。それと、インスタントのコーヒーも入れますか?温まりますよ」
「ああ、じゃあ貰おうか。―――お前も、食べろよ」
「はい!」
佐久間も同じようにパンの袋を開ける。素早くお湯を沸かし、二人分のコーヒーを用意した。コーヒーと牛乳かぁ……。
「佐久間は…いつからコーヒーが飲めるようになった?」
「え? ああ…中学生になったころですかね。高校生の兄が飲んでたのでマネしたくて。最初は砂糖と牛乳を入れてました」
「そうかぁ…。じゃあ…凜も、もうそろそろかなぁ…」
朝は牛乳だけたっぷり飲んでいる凜もコーヒーを飲むようになるのかぁ…。
最近、少しだけ生意気な口調になってきてるけど、それも可愛い。可愛いと思って見てしまうと、途端に不機嫌になって…。反抗期かなぁ…。
「小隊長……?」
佐久間の怪訝そうな声に、一気に意識が現実に引き戻される。
家のことを思い出してぼんやりしてしまった。矢島一等陸曹にばれたら、今度は矢島の娘さん自慢になってしまう。
「気にしなくていい、すまない」
「は…はぁ…?」
首をかしげる佐久間。矢島一等陸曹なら、すかさず突っ込んでくるので、この反応に少しホッとする。
俺と佐久間がパンを食べ終わったころに、矢島一等陸曹と中原が戻って来た。雨具を着ていたがすっかり濡れている。天幕を叩く音からもわかるが、雨はだんだん激しくなってきているようだ。
「二人ともご苦労さま。佐久間、二人にもコーヒーをいれてやってくれ」
俺の声に、佐久間が立ち上がろうとする。
「大丈夫です。 自分がいれます。佐久間二等陸曹は、そのまま無線対応を続けてください」
すかさず、佐久間に手で合図をしながら中原が雨具を外して動きだす。
「ありがとう。お湯は多めに用意しているから、温め直してくれれば二人分は大丈夫だ。」
「助かる。」
若い二人が会話をしながら動く。演習初日は微妙な緊張感の空気があった二人だったが、今はかなり馴染んできてるようだ。
「第二分隊の携行型熱画像観測装置の設置、完了しました。分隊長と、あと二人でローテを組んでの監視になります」
濡れた雨具を外したあと、敬礼をしてからの報告。いかにも矢島一等陸曹らしい。
「了解した。―――と、これも報告をしたいが…」
ちらりと佐久間を見るが、首を振る。通信はまだ不安定のようだ。
「タイミングを逃さないで送ります」
「頼む」
二人は温かいコーヒーと、俺たちと同じパンの袋を手にする。簡単な朝食を二人がとっている間、俺はまた机の上の地図を見た。
机に置いた島の地図にはまだ俺の付箋が貼ってあるが、今回の変更箇所部分はすでに剥がしてある。残りは―――不審船団の動き次第で変わる部分だ。
だが、船の動きが明確になる前に、こちらの監視体制が崩れたらどうする? 第二分隊の熱画像観測装置を設置した。第三分隊の警戒線も維持している。それでも、この雨と通信の不調が重なると、見落としは起こり得る。
時折聞こえる無線機のザーザー、と言う不協和音と雨の音以外はない。
部下たちへの指示、対処は適切だったか…と、また自分の判断に迷いが出てしまいそうになる。そうすると、またそわそわとしてきて…。
雨具に手を伸ばした瞬間、矢島一等陸曹がその手をがっしりと掴んだ。
珍しくパンを口にくわえたままだった。
「失礼、小隊長―――見回りに行こうとしてますね。」
「あ…、ああ。雨の降りが強くなってきたから、現場の様子が―――」
「今、各分隊長から定時連絡が入りました。全員、異常なしです」
佐久間が、無線機の前から報告をする。
「了解した」
渋々答え、雨具に伸ばした手を引く。矢島一等陸曹の手が離れる。
「おとなしくしていてください。気になることがあって動くなら、自分か中原二等陸曹を動かしてください。小隊長が直接出る必要はありません。」
矢島一等陸曹の言いたい事は分かる。この第二小隊の隊長の俺がそわそわしていたら、それだけで全体が落ち着かない空気になる…。解るんだが……。
「動かないと、体がなまる気がする…」
絞り出して言った一言に、矢島一等陸曹の視線がとても残念そうに見えた。
「あ、自分もです! 天幕の奥でスクワットしますか?」
中原の邪気の無い誘いの言葉に、少し救われた。
せっかくなので、中原と二人でスクワットとプランクをすることにした。
天幕の奥、二人で並んでスクワット、プランクを繰り返す。
「中原、無理しなくていいからな」
「……は…いぅ、…まだいけます!」
毎朝走り込んでいるだけあって頑張って付き合ってくれているが…、そろそろやめておいた方がいいかな。息がだいぶ上がっている。
「小隊長、最新の天気図が届きました」
矢島一等陸曹に声を掛けられた。
「了解。―――中原、スクワットは終了だ」
「は、…はい!」
予定よりも一時間以上遅れて、本部からの天気情報が届いた。
次いで、携行型熱画像観測装置の設置の報告に対しての返事も『諾』と短い一言で届いた。音声は近くに雷雲があるためか、途切れ途切れでほとんど会話にならなくなってきている。
不審船団の情報も、船団の数がはっきり判別できない画像が座標とともに送られてくるが、新しい情報は届いていない。
「前線が発達してきていますが、予想よりは遅いですね」
「ああ、最初の予報では今頃は大雨と猛烈な風、だったが…」
天幕の天井を見上げる。打ち付ける雨の音は大きいが、風はまだそれほどでもない。
外でずっと監視をしている部下たちにとっては厳しい状況だが、風が強くないだけまだましかもしれない。
その時―、小隊内無線に一報が入る。
『第二分隊、二時方向、約五キロに、船影らしきものを発見しました。』
キュッと、胃が引き締まった。
「第一分隊。そちらはどうだ?」
少しの待ち時間の後、回答が入る。
『第一分隊、同じく船影を確認!』
とうとう来たか、と俺と矢島一等陸曹が顔を見合わせて小さく頷く。腕時計を確認してから佐久間に指示を出した。
「佐久間、本部に連絡。0730-夕凪島、沖合五キロに不審船団と思われる船影確認。」
「了解。本部、こちら夕凪島、第二中隊第二小隊。0730―沖合五キロに不審船団と思われる船影確認しました。」
『―――、ガ――――――、こちら―――、ほんーーぶ、了解―――』
音声での応答は不調だった。
小隊内の無線がきちんと稼働しているのが幸いだ。
「第一、第二分隊、警戒を強化しろ。少しの変化も見逃すな。第三分隊、対戦車班、南東方面には異常はないか?」
『第三分隊、異常ありません』
第三分隊の監視用装備はナイトビジョンのみ。夜ならともかく、雨の中では遠方の変化への対応は不利な状況だ。
『対戦車班、サーマルにも異常は―――。あ、訂正します。小さな飛翔体らしき熱源を発見。』
「飛翔体? 詳しく分かるか?」
ドクン、と嫌な心臓の音がした気がした。
『見えたのは一瞬でした。すみません、見失いました。引き続き、監視強化します』
「頼んだ!」
一気に天幕内に緊張が高まる。
地図に張り込んだ付箋に書き込んだ、『重火器への対応』の文字。
最悪の状況として想定した一行だ。
もし本当にあの船から、何らかの攻撃手段が持ち込まれたら…対応が難しい!
と、雨の音に混じって別の音が聞こえる。
「―――?雷では…ないな?」
小さな違和感だったが、気になる。これは、矢島一等陸曹や中原に上手く伝えられない感覚だ。
「小隊長?!」
引き留められる前に、天幕を出た。
雨はしっかり降っていて、生温かいと感じる。そして、本来は聞こえないはずの「声」がすぐそばにあった。
ギャア、ギャアアア、ギャッ―――。
電波塔の鉄柱や、太陽光パネル近くのいくらか背の高い木々の上で巣を作っていた海鳥たちが一斉に騒いでいる。
電波塔と指揮所天幕の周囲を飛び回りながら騒いでいるのは、我々がチヌークで上陸した時と同じだ。鳥たちはチヌークが飛び去るまで騒ぎ、警戒して飛び回っていた。
少なくとも、異物は『上』からやってくる可能性がある。
「小隊長、どうしたんですか?」
追いかけてきた矢島一等陸曹に振り返ることなく、空を見上げる。
目をこらすが、灰色の雲と雨の中には何も見えない。
それでも、俺は一つの確信を持った。
天幕内に戻り、小隊内の無線で全員へ向けて指示を飛ばす。
「全分隊、対戦車班、「空」を確認しろ。海鳥が異変を感じて騒いでいる。」
海鳥たちは雨の中、さらに興奮し始めている。
「雨で、姿と音が分かりにくいが―――、おそらくドローンを飛ばしてくる。」
『『―――了解。』』
まさかこんな雨の中に、アレを飛ばすなんて思わなかった。
読みが、甘かった!
「ドローン、ですか?この雨の中を?」
中原と佐久間が戸惑っている。
「いや、小隊では天候を考慮して今回は偵察には使ってないが―――。偵察目的ではなく、最初から攻撃目的なら話は別ですね」
矢島一等陸曹は俺の言いたいことがすぐに理解できたようだ。
「対ドローン用の携帯式妨害機材は―――、追加装備の中には?」
「ありませんでした」
「海鳥の騒乱が―――天気のせいだといいんだが……」
ぼそりと呟く俺に、矢島一等陸曹も小さく頷いた。




