↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
佐藤家の見る日常-自衛隊最強の父と異世界からやってきた聖女の母を持つ平凡な僕の青春  作者: 小澤りか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/35

***夕凪島の嵐(2)

 本部との通信を終えた。


「ふぅ………」

 思わず漏れてしまったため息に、佐久間がお気の毒さまでしたという顔で俺を見ている。

矢島一等陸曹との違いは、そこで突っ込んでこないことだ。

ちゃんと俺の疲れを感じている。優秀だなぁ、こいつは。

細かい事に気が回って、空気が読める。このままいけば、いつか、矢島のようになるのかもしれないなぁ。

それはちょっと、………怖いかも?


「佐久間、分隊との通信はもうつながってるな?」

「はい、再接続は完了してます。今は、矢島一等陸曹が確認作業も兼ねて、第一から第二、第三分隊を回っています。」

「よし、じゃあ俺もちょっと現場を見てくるか。佐久間、今の時間のある時に何か腹に入れて、休めそうなら休んでおけ。まぁ、この場で、になるが―――食うのも休むのも任務だからな」

「―――了解、ありがとうございます」

 佐久間の返事を背中で聞きつつ、建屋を出る。

あ、鍵を壊したこと…ちゃんと報告してなかったなぁ…。

嫌なことを思い出してしまった…。



 建屋を出ると、運び込んでいた指揮所用天幕はすでに設置されていた。

日没まであと二十分ほど。指揮所内で、自分の荷物を確認し、持ち込んだリュックの中からやや大きめのウエストポーチを取り出した。

 中身は―――聖華の愛情が詰まってる。きちんとジップロックに分けて入っているクッキーを一枚、口にする。おからとホットケーキミックスを使った、少し硬めで優しい味のクッキーは、長期演習の時にいつも作ってもらっている。

 俺にとっては、日持ちも腹持ちもする最高なパワーチャージフードだ。一枚食べると、一気に聖華に会いたい気持ちが大きくなった。

「聖華……」

 トラブルが多くて疲れた心に染み渡る。あの優しい笑顔を、しっかり思い出してやる気とパワーを回復しよう!と目を閉じた時に。インカムから矢島一等陸曹の声が飛んできた。


『隊長、第一、第二分隊の防衛ラインに問題発生です。臨場お願いします』


「了解、すぐ向かう」

 大丈夫、目を閉じなくても聖華の笑顔はいつでも思い出せるから!



 走りにくい欠けたアスファルト道。草や若木の枝が、足元や視界を悪くしていた。

 到着時に感じた生ぬるい風は、いくらか落ち着いているが確実に湿気を増して体に絡みついてくるようだ。

海鳥達はザワザワした空気に落ち着かない様子で、頭上を飛び回っている。けれど、こちらに威嚇や攻撃をしかけてくることはない。

 ちらちらと見える海の色はだいぶ暗くなっている。夜が近い。


 あの先に、船がいる。そう思うと、暗闇が迫ってくるようにも感じた。


雲に沈む直前の太陽がうっすらと見え、わずかな切れ目から明るい光が差した。

 光が見えた瞬間、聖華の笑顔を強烈に思い出した。―――俺の、太陽だ。


 疲れた心が、一瞬で回復できた。





「矢島一等陸曹。 現状報告を」


 第二分隊の展開予定地点には、第一分隊の隊員たちも揃っていた。

俺の臨場に、さっと全員の背筋が伸びた。彼らの前にいた矢島一等陸曹はいつも以上に厳しい表情になっている。

 その表情のまま、矢島一等陸曹は事実のみを報告する。

「南西側防衛ラインの構築作業が全く進んでいません」

「それは…みればわかるな。なぜこうなったかの説明をしろ」

 当初の予定より島の奥に防衛ラインを移動するのを許可している。

不審船の動きから、島の南西ラインがちょうど正面となる。直ぐに上陸を試みるのならここ、回り込んで東南からなら桟橋からだろう。第三分隊を桟橋近くの海岸線に残したのはその為だった。

 矢島が第一、第二分隊の分隊長をにらむ。

その視線に押されて、第一分隊の神谷と第二分隊の坂井は息をのむ。そして、ややかすれた声で、神谷が口を開いた。

「す…砂も、小石も、土も、スコップで掘り出せませんでした。」

「岩が硬くて、残っている石や砂をかき出すのがやっとでした。」

「「土嚢袋を一杯にするほどの量が取れませんでした!」」

 最後は二人の声がそろっていた。

彼らの背後を見ると、確かに土嚢袋を一杯にしようとした痕跡はある。本来の大きさには程遠い袋の口はまだ開いたままだった。

潮風と、飛び散る海水を浴びながら苦労したのだろう。

 ふぅ……と、ちょっとだけ深呼吸をする。矢島が視線で俺を促す。


「土嚢は何の為に設置するか、理解しているか?」

「え?」

「ぼ…防御陣地の構築…です」

 神谷が答える。

「その意味、必要性は?」

「敵の銃弾や砲弾の破片を防ぐ為です」

 坂井は戸惑いながら答える。

後ろにいる他の隊員達も同じ表情だ。


「目的や理由が分かってるなら、この現状を恥じろ!」

「「「―――!!」」」


「できないと感じた段階ですぐに報告を入れろ。連絡をしろ。

経験が少ないなら、俺や矢島一等陸曹に相談をしろ。

報告、連絡、相談! 社会人の基本だ!」

「「「はい!」」」

 俺の大声に、全員がさらに背筋を伸ばして返事をした。

「俺や矢島一等陸曹は、〈できるよう〉に考えるのも仕事だ。」

 少しだけ声の調子を落として、全員を見回す。まだしょぼくれた顔の奴もいるが、分隊長の二人には伝わっているようだ。

「よし…、矢島一等陸曹、手を貸してくれ」

「了解」

 矢島一等陸曹を波打ち際まで下がらせ、俺は海側に向かって段差状に下がっていく岩場からの視線を確認しつつ、実際に触れてみる。

むき出しになった岩肌は、普通の滑らかな岩ではない。

珊瑚の化石などが混じって、触ると手が切れるほど尖ってザラザラしている〈波食棚〉と呼ばれる形だ。

足元に残っている小石も、珊瑚の破片や荒波で削られた硬い岩の礫でできている。

少し歩くだけで、じゃりじゃり、ガラガラと音がする。

 岩陰に身をかがめ、波内側の矢島一等陸曹を見下ろす。

―――いける。

 確信し、俺は部下たちに振り返って指示を出す。


「波食棚は、このまま活用する。天然のトレンチだ」


「―――」


 目を見開く呆然とする部下たちに、戻って来た矢島一等陸曹が神谷と坂井の肩を掴みながら笑いかけた。

「佐藤隊長の命令だ。全員、指定位置につけ。トレンチとしての使い方を教える!」

「「「ええっ―――!」」」

 伝わった瞬間、隊員たちの悲鳴が上がった。




 演習場の土や砂の上に伏せる方が楽だと、全員が思い知ったタイミングで、岩肌で擦れる防弾チョッキや膝当てなどへの最後の注意点を矢島一等陸曹に任せて、第三分隊の陣地構築、防衛ラインへ向かった。

 矢島の指導が終わった後、奴らには食事を摂る様に指示しておいた。

食べられるときに食べることは、自分自身を確認できる大事な時間になる。

あいつら、今日は昼から移動移動で精神的に疲れてるだろうから―――。


 第三分隊に向かう直前。

聖華の入れてくれたウエストポーチを持ったままだったので、中からクッキーの入っている小分袋を二つ、矢島一等陸曹に渡した。

「良いんですか?隊長のパワーフードですよね、これ」

 ものすごく驚かれた。そうだよな、本当は…独り占めしたい。

しかし、俺は隊長だからな!

「………一人一枚だ。残ったら返せ」

「了解。あ、俺の分も貰っていいですね?」

「………残ったら、か・え・せ」

「了解!」

 笑顔で受け取った矢島一等陸曹は、きっと…全部配りきるだろうな…。


 先ほどのやり取りを思い出し、ちょっと寂しい気持ちになりつつ早足で、第三分隊を目指す。砂地の海岸線に入ると、かなり歩きにくくなっている。

風の向きもどんどん変わってきている。


 完全な日没前、薄暗くなり始めた頃に、ようやく第三分隊の陣地が見えてきた。

土嚢を積むのに十分な砂や土があり基本通りの防衛ラインが出来上がっている。

「あいつ等にも、天然トレンチの使用方法教えておいた方が良いかな…」

 第一、第二の奴らの様に悲鳴が出そうだなと思った時に、気が付いた。

足元の砂浜の歩きにくさが今後の展開で不利になるかもしれない。

この砂地では、強い風に音をさらわれて足音が拾いにくくなる。

島の南西方向に向かってこない時は、隣にある桟橋を目指す可能性がかなり高い。

 桟橋に関しては、対戦車班に上から監視させた方が良いか?

そうなると向こうの配置も少し、人を動かすか。


「佐藤隊長…?」


 立ち止まって陣地を見ている時に、中原が呼び掛けてくる声がした。

矢島一等陸曹に言われて、先にこっちに回っていたらしい。

「状況は?」

「防衛ライン構築完了です。隊員達には食事を摂るように指示を出しました」

 こちらに走り寄ってから、きちんと背筋を伸ばして報告をする。

 中原のいいところは、きちんと〈形〉を守る事。生真面目な性格が最大の美点だ。

「あ、すみません! 報告が遅くなりました」

 しかし、すぐに不安になるようだ。小さなミスをずっと引きずってしまう。

「気にするな。現場を見て確認したかったのと、第一、第二の方でちょっとしたトラブルがあったから、そのついでみたいなものだ」

「……は…はい」

 戸惑う表情になる中原。やや俯き気味になる背中を、ポンと軽くたたいた。

「疲れたか?」

「いえ!このくらいでは疲れません。体力には自信があります。」

「そうだな、お前は部隊の中で一番走りこんでるよな。朝も夕方も、一人でよく走ってるだろ?」

「え―――!」

 カーッと、中原の顔が真っ赤になった。

「あ、え? た、隊長…。知ってた…んですか…」

 アワアワとする中原に、俺は話をつづけた。

「中原。」

「はい」

「第三分隊の防衛ラインは完成している。俺が今確認した。」

 スッと、またすぐに自衛官の顔になる中原。

「……」

「お前は俺にちゃんと報告した。完璧に仕事はできてるんだ。」

 言い聞かせるように、ゆっくりと話した。お前はちゃんとできているぞと伝えたい。

「……」

 返事が出来ない中原に、俺は聖華の菓子パックを一つ渡す。戸惑いながら受け取った中原に俺は次の指示を出した。

「俺はもう少し見て回るから、先に指揮所に戻れ。」

「了解。あの…これは…」

「それは優秀な部下へのご褒美…みたいなものかな。

戻って、佐久間と食事休憩の時に、食べると良い。食べるのも仕事だからな。

―――残ったら…返して…くれても…いいが。二人で食べきっても…、いい。」

「ありがとうございます!」

 ビシッ、と敬礼で返すのが中原だ。うん、少しは復活できたか?

「あ―――、矢島一等陸曹はもう第一分隊の方で食べてるはずだから。渡さなくていいからな」

「はい」

 先ほどよりは肩の力を抜いた様子で、中原はそのまま島の中央部へ駆けていった。


 中原の背中を見送ってから、また海へと視線を戻した。

太陽は完全に沈んだが、まだうっすらと日の光の余韻がある。波は濃い藍色に変わり、風にあおられた波しぶきが近くまで飛んでくる。

 その風の中に、聞きなれない音が混じっていた。海の中からの音だ。

「なんだ? 機械の音じゃない…これは…」

耳を澄ませても、はっきりとは聞き取れない微かな高音だ。


―キィーピューー

―ギギギギ…キューゥ――――

―ケケケケ、カカカ―――

 会話をしているような音の応酬に聞こえてきた。これは…。



〈パパ、おきなわには、バンドウイルカがいるんだって。ぼく大きくなったら見にいきたい!〉


 凜がまだ俺のことをパパと呼んでくれていたころ、テレビに映っていたイルカの鳴き声に似てる!

 イルカが、この海域にいるとは聞いていた。

イルカは知能が高く、群れで行動することが多い。番組の中では、仲間同士で”会話をする”とも説明されていた。


なにより、彼らは水中の異変には敏感だ。

 そして今の彼らは、ずいぶんとお喋りなようだ。こんなに鳴き合っていたか?


 俺はすぐに陣地に飛び込んだ。

「森下!」

 思わず大声になってしまった。

「えっ!隊長!」

 いきなり飛び込んでいったので、戦闘食糧のパックを開けたばかりの森下がビックリして立ち上がった。その場にいたほかの隊員達もつられて立ち上がる。

「ほかの者はそのまま食事を続けてくれ。森下、ちょっとこっちに。あと―二宮も」

「……?」

 食事をその場に置いて、二人は戸惑いながら俺について陣地を出る。

二人を連れて、俺は再び海岸線近くまで戻った。

イルカの声らしいものはまだ聞こえている。

「あの、隊長?」

「海に…なにか?」

「風の音で聞き取りにくいが、―――イルカの鳴き声がする。

目を凝らせ。あの桟橋先端からこちらの方の一角に―――イルカの群れが集まっている。」

「―――!」

 驚いた二人は俺の示した部分に小型双眼鏡を向けた。それがないと見えないのか?

「本当だ!イルカが…、います!」

「隊長…なんで見えたんですか?」

 双眼鏡を構えたまま驚き、興奮する二人。なんだろう、水族館で初めてイルカを見た時の凜に似ている…、って、そうじゃなく…。今は任務の話だ。

「嵐が近いから、一時的にここに避難しているんだろう。

どうやら、まだ幼い個体もいるようだしな」

「……そんなとこまで見えるんですか?」

「隊長だからな」

「……」

「つまり、船の動きがあるかと同じように、イルカの動きにも気を付けておけ。

イルカは海中での異変には敏感な存在だ。」

「―――!」

 ようやく俺の言いたいことが伝わったようで、二人は目を見開く。

「ただでさえ、ここは砂地で音が拾いにくい。―――頼んだぞ」

「「了解!」」

 ビシッと、敬礼を返す。

中原は元々ここにいたので、こういう反応は第三分隊の特徴なのだろう。

 そのまま、じゃあ…と、二人と分かれて戻ろうとしたが。足を止めた俺は、また聖華の菓子パックを一つ、森下に渡した。

「食事の途中で悪かった。妻の作ったものだが、一人一枚くらいは食べられるだろう。

あ、の、残ったら返して―――」

「「ありがとうございます!いただきます!!絶対に残りません!」」


 ものすごく嬉しそうに言われてしまった。

 


 二人と別れ、謎の桟橋を自分の目でも確認してから島中央に設置した最終防衛ラインになるだろう、対戦車班の陣地へと向かう。

辺りはすっかり日が落ちてしまって、薄暗い中、緩やかな坂を早足で登る。アスファルトはほとんど意味がなく覆いかぶさるように草が生えている。

 CH-47から装備品を運んだ隊員たちが、何度か往復して踏みつけている部分だけが道のようになっていた。

この足あとを進めば、対戦車班の陣地に到着だ。

 通常、第二小隊は小銃小隊で対戦車班は組み込まれていない。

東富士演習の二日前に急遽組み込まれた編成だった。小隊との連携の訓練、という名目だったが…。

もしかして…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。