家が恋しい最強自衛官(3)
***嵐の前の
厚木基地から飛び立った小隊は、那覇空港到着までの三時間ほどを任務遂行のためのさらに細かい打ち合わせに当てる。
機内の赤い照明の中、矢島一等陸曹が第一、第二、第三分隊長、対戦車班長を呼び、俺が渡した資料袋を手渡していく。
「一般隊員は、分隊長の説明を聞け」
「「了解」」
俺と矢島一等陸曹の前で、四人がそれぞれ分隊員の輪の中央に移動し、地図を広げた。
「中原、地図」
「はい」
中原二等陸曹はすぐにホワイトボードに島と周囲の地図を貼った。
「佐久間、最新情報を」
「はい、こちらになります」
佐久間は離陸前に渡された最新の気象情報と、不審船団の動きを書き込んだ用紙を渡していった。
「これより任務説明を行う。
今回の任務は諸島防衛だ。
南端の離島にある電波塔と関連施設の防衛となる。」
ボードに貼られた地図に載っている島とその周囲を示す。
「海上自衛隊の情報では、不審船団は五隻を確認。
現在百海里地点。徐々に速度を上げつつも動きは不規則だ」
矢島一等陸曹が、俺の言葉に続ける。
「敵戦力は不明。小型、中型の船団。不自然な動きではあるが、確実に接近している。」
「「…」」
分隊長たちの表情が一層厳しいものになる。
トントン、と島の地図を叩いて島の情報を伝える。
「島は一周約五キロ。車両は投入しない。」
矢島一等陸曹が追加情報を告げる。
「現在の天候は晴れ。南東の風、風速は十メートル。
ただし、気圧の変動が大きくなり、夜半にかけて崩れる予報が出ている。
最新の情報は那覇についてからになる。」
情報に関しては佐久間がきりっと表情を引き締める。
「上陸後は、第一分隊は船団の正面部分になる海岸線に塹壕を設置。
第二分隊は、南西の海岸線、第三分隊は南東の海岸線にそれぞれ土嚢を設置。
対戦車班は、島中央から電波塔近くに監視拠点を設置。防衛ラインとする。
指揮所は電波塔地下動力室に設置する。」
「「了解」」
さらに矢島一等陸曹の発破がかかった。
「島への到着は夕刻予定、日が沈む前に設営を完了させる。
今の時期、天候も不安定だ。―――気合を入れて動け。」
「「了解!」」
唸るように力強い声が響く。
最後に、俺から彼らにとって最も重要な内容を告げる。
「那覇でCH-47に乗り換える。
搭乗前に実弾を受領。
上陸後、命令により装填。」
「「了解」」
一息に説明した言葉を、部下たちはすべて飲み込む。
難しい任務ほど彼らは動きが良くなる。
どんどんと成長していく。
頼もしいが―同時に心配にもなる。
…まだまだ、俺は甘いのかもしれない。
****
厚木基地から沖縄那覇空港まで、予定時間よりも早く到着した。
一般旅客機の発着するエリアとはフェンスで隔てられた駐機場。
その先には、俺たちが乗り換えるCH-47はすでに待機していた。
長距離輸送機が停止すると、ほどなくCH-47のエンジンが唸りを上げる。
「中央即応連隊第二中隊第二小隊、小隊長佐藤以下四十名、到着しました。」
輸送機から降り立った俺たちを迎えたのは、那覇駐屯地司令だった。
この対応からも、今回はただの任務ではないことが伝わってくる。
敬礼を交わす。
その直後、以前の演習で顔見知りになっていた第十五後方支援隊長が弾薬箱を前にして、俺のもとへ歩み寄ってきた。
蓋を閉じたままの弾薬箱が、いくつも並んでいる。
「厚木から連絡は受けている」
隊長が弾薬箱へと視線を落とす。
「これが、お前たちの分だ」
そして、一瞬だけ俺の目を見て、低い声で続ける。
「―――頼んだ。」
短い言葉だった。
しかし、その場にいる全員が意味を理解している。
実弾だ。
そこには小銃用の実弾だけではない。
84mm無反動砲、12.7mm重機関銃の実弾も含まれていた。
実任務―なのだと、いまさらのように任務の重さが増す。
「了解しました」
苦しそうな支援隊長の表情に、俺はわずかに笑ってみせて敬礼で返す。
「矢島一等陸曹、中原二等陸曹、佐久間二等陸曹、積み込み開始。」
「対戦車班は二組に分かれて運べ!」
「了解」
三人と対戦車班四人が、弾薬箱を積み込む。
厚木基地から積み込んだ荷物は、那覇駐屯地の隊員によって移動完了していた。
「第二小隊、搭乗」
「「「了解」」」
全員が素早くCH-47に乗り込む。
最後に俺と矢島一等陸曹がハッチに立ち、那覇駐屯地司令、後方支援隊長や先ほどまで荷物の移動をしてくれていた隊員たちにも見送られる。
誰もが強張った表情をしていた。
―――彼らの気持ちが、ありがたい、と思った。
『現着予定、一時間後』
パイロットからの連絡が入る。
那覇までの時間が思ったよりも短かったので、夕暮れまでに荷物を下ろし指揮所の設置までは済ませられそうだ。
「佐久間、現地の天候と不審船団の動きの最新情報はどうなっている」
「はい、こちらです」
先に目を通していた佐久間からの用紙には、チェックが入っている。
矢島一等陸曹と数値を読み合わせ、今後の天候がかなり荒れるのを確信した。
不審船は、厚木で受け取った情報とほぼ変わりはなかった。
進んだり戻ったり、止まったりを繰り返しつつ、本日午前中には少し大きな船が近づいて何か荷物を載せているように見えた、という海自の偵察機からの報告が増えていた。
「補給…か?」
「漂流、という点はなくなりましたね。」
半月も漂流していたら、どこかのタイミングで救助を求めるはずだ。
少なくとも、海保や海自が何とか接触を試みようとした報告はある。
しかし結果は―返答なし。その後、外洋へ出たとの記録しかない。
「新人の…慣らし訓練…か?」
「ずいぶんと過酷な慣らしですね。」
大型船ではなく、小型、中型の船だ。
いつ転覆してもおかしくない。
しかも半月以上の長い期間。
こちらが気が付く前から船団は存在していたのかもしれない。
目的は分からないが、船がどうなってしまうかをまったく気にしていないのだけは解る。
つまり―乗っている人間のことなどは考えてはいないのだ。
そこまで考えて、背中がぞっとした。
俺たちが対峙するものは―――生きている人間なのか?
『現着まで三十分、着陸態勢の用意願います』
パイロットからの機内放送で全員の表情が変わった。
「全員、聞け」
機内に張り詰める緊張感。空気が変わる。
「着陸後、直ちに展開する。
これより実任務となる。
―――各員、実弾への切り替えを確認しろ」
若手の顔から、わずかに表情が消えた。
那覇で実弾を受け取った時から、これはもう訓練ではない。
「各分隊、班の担当者。弾薬、配れ」
矢島一等陸曹の合図で、弾薬を管理していた隊員が実弾を入れたパックを各隊員に回していく。
受け取った隊員たちは、無言で自分の装備を確認していく。
金属が触れ合う小さな音が響く。普段の演習で聞きなれているはずの音が、今は妙に耳についた。
俺も自分の装備を確認しようとした時に、すぐ後ろにいた中原二等陸曹の手の動きが視界に入った。
小刻みに震えている。
俯き、唇をかみしめているのが目深にかぶったヘルメットの奥に見えた。
中原は、三十発入りの弾倉が指先から滑り落ちそうになる。
「あ!す、すみませ―――」
青ざめた顔、声を詰まらせる。
その瞬間、その震える手を上からがっしりと包み込んだ。
「小隊長……」
「中原、深呼吸をしろ」
インカムの音量を下げ、中原の耳元で告げる。
「怖いのは全員同じだ。俺も、そこの怖い顔の矢島もな」
中原の目がこわごわと俺を見上げる。
「俺達の後ろには、誰もいない。ゆっくりでいい、確実に、込めろ」
俺の声に、中原の瞳にわずかに生気が戻る。
「…ありがとうございます」
大きく息を吐きだし、再度実弾と向き合う。
その姿を見つめながら、胸の奥を締め付けられる錯覚を覚えていた。
こいつも、家にいる凜と同じように、誰かの『子供』なんだ。
絶対に、全員を親の元、家族のもとに帰さなくては…。
「安全確認を徹底しろ。
撃つ必要がない限り、撃つな。だが―――」
一度、全員の顔を見渡す。
「撃つべき時には、迷うな」
「「「了解!」」」
短い返事が返ってきた。
まもなく、CH-47の機体が大きく傾く。
窓の先に、薄暗くなり始めた海が見えた。
その先に、俺たちが守る島がある。
そして、更にその先には―――正体不明の船団がいる。
この先で何が起こるのか、俺には分からない。
******那覇空港の一角で
「あー、やっぱり日米の演習は中止になったみたいだわー」
「まじ? 上手くいったらちょっと覗けるかも?って思ってたのに。残念。」
数人の若者が、それぞれのスマホを眺めながら話をしている。
昨日から予定されていた日米合同の諸島防衛・奪還演習。
一般人が気軽に見られるものではないが、『裏技』で見られる場所があるという話を聞き、興味本位で現地まできていた。
「まぁ、でも……。ほら、あっちの自衛隊エリアの方に大型の輸送機が来たみたいだよ」
「おお、大型の輸送機だ。演習の為に…アメリカじゃなく、どっかからきたのかな?」
「ふぅん? そういえば……、あ、あったあった。」
一人がスマホを操作し、画面を仲間に見せる。
「この投稿。――近くに、不審船が増えてるって。」
「不審船って?」
「どこの誰の船か分からないって事。海運業者とか国とかも不明」
「気持ち悪いな、それ」
「しかも、その船のせいで遠くまで漁に出られなくなってるって。」
「へぇ………。あ、じゃあ、自衛隊が呼ばれた?」
「なんで自衛隊?」
別の仲間が首をかしげる。
「ヤバい船だったら…武器持って攻撃とかされるかもしれないじゃん」
「海保じゃ、難しいってこと?」
だよなあ…と、一同が納得する。
「ふぅん…どんな隊員さん達なのかなぁ?」
その時だった。
着陸した大型輸送機から、大勢の自衛官が降りてくる。
きびきびした動きは遠くから見てもわかる。
「なあ、望遠で撮れる?」
望遠レンズを付けたカメラを持つ仲間に声をかける。
「顔は無理だろうけど……、まぁ…雰囲気くらいなら…」
ファインダーを覗く。
「おお……。顔は判別出来ないけど、自衛官ってのは分かるな。」
「くぅー、スゲェ迫力!」
シャッターが切られる。
フェンスの奥の一部の世界が、切り取られていく。
そして直後、その数枚の写真がネットに上がった。
―沖縄に自衛官集結。
―近海に不審船。
真偽の確認もされないまま、投稿は一気に拡散していく。
さらに、そのタイミングで流れ始めた臨時ニュース。
これまで地方ニュースで小さく扱われていた『不審船』の情報が掘り起こされて、全国へ向けて報じられた。
誰も知らない。
その大型輸送機に乗っていた自衛官たちが、すでに沖縄を離れていることを。
そして―――彼らが向かった先に、何が待っているのかも。




