家が恋しい最強自衛官(2)
ちょっと硬い内容になっていきます
家が恋しい自衛官
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東富士演習場―翌朝
起床後、飲み込むようにして食事を済ませると、
午前の訓練が開始された。
インカムから中隊長の指示が入った。
『第二中隊第二小隊、南西の拠点に向かって進行せよ』
「第二小隊、了解。」
すぐに無線手から送られてくる位置情報を確認しながら、地図へ目を落とす。
各分隊からの報告を聞き、指示を出す。
「第一分隊、第二分隊、左翼から回り込み目標点まで進め」
『了解!』
予定通り、昨夜地図を見ていた仮想敵の拠点に向かって第一分隊、第二分隊が進む。
「第三分隊、背後からの攻撃に備え、後方警戒に当たれ。援護せよ」
『了解』
『こちら対戦車班、目標百メートル先に敵、装甲機動車両二両確認!』
インカムから情報が入った。
各分隊からの情報を中隊長へ伝えると、間髪を入れず次の命令を飛ばす。
今回の射撃の訓練は実践を想定したものだ。
空砲の乾いた破裂音が山間に響き渡る射撃。
その中で、周囲に警戒しながら前進を続ける。
インカムから入ってくる隊員たちの声はいつも以上に緊迫していた。
いつもより緊張感があるのは、昨日の久我中隊長からの命令の為だ。
まだ若い隊員たちは、この緊張感を少しでも振り払おうと、昼食の戦闘糧食を口にしながら、お互いの気持ちを吐き出していた。
「結局、俺達はどこに行くんだ?」
「今だと、沖縄かな?米軍との合同演習あったよな?」
「でもそれだと、実任務とは…―――」
ぼそぼそと小さな声で会話をしている。
このまま緊張感が不安に変わるのは好ましくない。
しかし、彼らの気持ちもわからなくはない。
「―――どこだろうと、お前たちなら大丈夫だ」
「「え!」」
俺の一言に、若い二人はかなり驚いた顔で振り返った。
「自、自分…ちゃんとやれてますか?」
無線手の佐久間二等陸曹が、おずおずと聞いてくる。
小隊の中では一番の新顔だ。
無線手としての経験はまだ浅いが、確実に力をつけている有望株だ。
隣にいた矢島一等陸曹が大きく頷く。
「問題ない。お前は佐藤小隊期待の新人だ。」
「―――! は、はい! ありがとうございます。」
先ほどまでの不安げな表情が一気に明るくなった。
俺に言われた時よりも矢島の一言でこんなに元気になる…。
隊長としての俺、これでいいのかな…。
ちらりともう一人を見た。
中原二等陸曹は、最近小さなミスが重なっていた。
無線機の操作、射撃検定の失敗が重なって本人はかなり自信を失っているように見えたので、今回は俺のそばに置いて様子を見ている。
今も、佐久間とは真逆でうつむいてしまっていた。
「中原二等陸曹―――、お前も大丈夫―――」
―――最後まで言い切る前に、無線機から中隊長の命令が入った。
『第二中隊各小隊、演習を中止。』
―――ズン、と重いものが全身にのしかかるように感じた。
『第二小隊、直ちに移動準備。
他小隊はヒトゴーマルマルまで現位置待機。以後移動。』
「第二小隊、了解。」
「聞いたな。急げ。」
俺の返答に、矢島一等陸曹が指示を出す。
佐久間二等陸曹は素早く小隊回線へ切り替え、うなずいた。
「隊長、送れます。」
俺はうなずき、インカムの送信ボタンを押す。
「全員聞け。演習中止。
各分隊は第二小隊拠点に集結、装備を確認し、移動準備。」
―――来た、と全員が思った。
『第一分隊、了解。』
『第二分隊、了解。』
『第三分隊、了解。』
『対戦車班、了解。』
流れるように動き出した部下たち。
空砲を回収し、装備の最終確認。
運び込んだ車両ともども、数分で小隊の拠点に集合した。
「人数、装備、無線機、車両の現状報告。」
矢島一等陸曹が整列をする隊員達へ指示を出し、全員問題なくそろっているのを確認してから、久我中隊長へ無線を送る。
「第二小隊、集結完了。」
『第二小隊、ヘリ駐機場まで移動せよ。』
「了解です。」
俺は整列している隊員の前に立ち、声を上げる。
「小隊は、このままヘリ駐機場まで移動!」
「「「はい!」」」
大声がそろい、部下たちは運び込んでいた車両に乗り込む。
土煙を上げながら部隊は東富士演習場のヘリ駐機場へ向かう。
そして、少し離れた場所からでも、すでに大型の輸送ヘリが待機しているのが見えた。
「あれは…。」
矢島一等陸曹の表情が曇る。
「結構やっかいそう、だな。」
いやな予感が、どうやら的中したようだ。
これからどこに飛ばされるか、おおよそ推測は出来ても、正式な命令は下りていない。
「やっかいではなく、大掛かりですよ。」
そう訂正する矢島一等陸曹も、同じ推測をしているようだった。
展開していた場所がヘリ駐機場に近い第一小隊の一部が集結している最中に、俺たち第二小隊が到着した。
ジープから降りた時に第一小隊隊長の小関一等陸尉と、視線が合う。
お互いに黙礼だけで言葉を交わすことはなかった。
しかし、顔見知りの隊員同士は小隊の垣根を越えて言葉を交わしているようだ。
佐久間や中野も、若者たちらしい普通の顔で声をかけ合っている。
「気をつけろよ。」
「足を引っ張るなよ。」
「お前こそ。」
「…生きて帰れ。」
「………お互いに、な。」
漏れ聞こえた言葉に、すっと身が引き締まる。
そこへ、ジープに乗った久我中隊長が到着した。
空気が一気に引き締まる。
すぐに集結中の第一小隊は少し離れた後方へ移動し、俺たち第二小隊は久我中隊長の前に整列した。
俺は大型輸送ヘリの激しい風圧を受けながら、中隊長の前でピタリと足を揃えた。
迷彩服の右手を鋭く跳ね上げ、額に当てて挙手注目―完璧な敬礼をする。
「中隊長! 佐藤一尉以下40名、到着しました!」
輸送ヘリの爆音に負けない腹の底からの大声を張り上げて、中隊長の耳にぶつける。
中隊長が敬礼を返し、手を下ろすのを確認してから俺も手を下ろした。
まっすぐな俺の視線に、久我三佐は一瞬目線を下ろしたがすぐに強い力で見返してくる。
「佐藤、すまない。
米軍の奴ら、直前になって降りた。」
「……―――」
ここで、俺に返す言葉はない。しかし、政治的な色々だろうとはわかる。
「半月ほど前から沖合にいる、例の国籍不明の船団の動きがおかしい。
上(防衛省)は、米軍のキャンセルの内容と合わせ、演習の名目のまま―――、
お前の小隊を最前線の孤島に滑り込ませることに決めた。」
最前線の孤島―電波塔を置いている島だ。
国籍不明の船団の話は、演習参加が決まった時から話題になっていた。
徐々に接近したり、離れたりを繰り返している数隻の小型、中型の船の集まり。
動きが活発になったことで、米軍が今回の演習から降りたと言う事は―。
「……―――実弾は那覇基地で受け取れ。
これから厚木基地で長距離輸送機に乗り換え、那覇へ向かえ。
那覇からはCH-47(チヌーク)だ。
現地に着いたらすぐに装填しろ。」
久我三佐の口から出た「実弾」「最前線」という単語に、思考が一瞬、完全に停止した。
脳裏に、聖華と凜の笑顔が浮かび―。
しかし、次の瞬間には、自衛官としての本能で動いた。
「……了解しました!」
爆音の駐機場に、俺の声が響いた。
その声はわずかに震えていたかもしれない。
しかし、覚悟は決まった。
もう一度、久我三佐に向けて右手を鋭く跳ね上げる。
久我三佐もまた、苦渋の滲む目を向け、力強い返礼を返した。
ー生きて戻れー
無言の圧力が、無線のノイズを超えて伝わってくるようだった。
久我三佐が手を下ろすのと同時に、俺も手を下ろす。
俺は素早く反転すると、背後で巨大なローター音を響かせるヘリへ向かって、一歩を踏み出した。
「佐藤小隊は、諸島防衛任務を受けた。
これより小隊は厚木基地で長距離輸送機へ乗り換え、那覇空港に入る。
那覇からはCH-47で現地に移動、すぐに哨戒任務に就く。」
ザワッと、整列していた部下達の表情がこわばった。
が、すぐに表情は引き締まる。
「これより搭乗、かかれ!」
「「「了解!!」」」
四十名が一斉に返し、一切の乱れなく輸送ヘリに乗り込む。
84mm無反動砲と12.7mm重機関銃も積み込んだ。
さすが俺の部下達だ。やるべき事が体に染みついている。
最後に、俺と矢島陸曹がシートに座り固定ベルトを締めるかどうかのタイミングで機体が動き出した。
厚木基地までの数十分、機内は静まり返っていた。
俺と矢島一等陸曹は、事前に積まれていた資料ケースから電波塔のある孤島の地図の確認をしていた。
不審船の情報はどんどん入れ替わっているらしく、最新の物はまた厚木基地か那覇で受け取る事になるだろう。
一周五キロほどの島だ。
徒歩で十分展開できる規模であり、車両を持ち込まないことも想定済みだった。
隊員総出で荷下ろしを行い、同時に一部はすぐに周囲の偵察に動かす。
ここで俺の判断が少しでも遅れたら、取り返しがつかないことになるかもしれない。
指揮所は、電波塔地下の動力室を使うしかない。
隊員たちの配置場所を大まかに押さえたところで、厚木基地に到着した。
駐機場にはすでに長距離輸送機が待機していた。
隊員たちがきびきびした動きで輸送機の前に並ぶ。
人数、装備の漏れ、無し。
矢島一等陸曹に視線を送る。俺に代わって号令を発する。
「全員、搭乗」
「「「了解!」」」
誰一人ためらうことなく乗り込んでいく。
彼らの背中を見ている俺に、厚木基地の航空責任者が一枚のボードを差し出した。
「宇都宮駐屯地からの荷物、積み込み完了しています。」
差し出されたのは、荷札のリストだった。
そこには―――。
「―ありがとうございます」
誰もが俺たちを想ってくれている―――そうわかるだけでも心強かった。




