家が恋しい最強自衛官
暫く、週一で上げられるように頑張ります
***『家が恋しい最強自衛官』***小隊長「佐藤豪」
宇都宮駐屯地から出て数時間、トラックの荷台に揺られながら現地に到着した。
今回は、二週間の予定で諸職種共同訓練に加えて、夜間の射撃訓練もある。
少なくとも最初の二十四時間は、気を抜く瞬間はほぼない。緊張が続く。
初日の今日は、陣地構築と並行して今後の展開内容を再確認、上官からの指示を正確に仲間や部下に伝え、何を求められているのかを正確に理解して全員の頭に叩き込む。
隊員全員が無意識に動けるようになるまで、何度も繰り返す。
射撃訓練や通信確認も並行して進む。
次々とミッションが示され、次々とこなす。緊張感と疲労に限界がみえない。
限界は見えないが腹は減る。
ようやくもぎ取った食事の時間に、部下たちは順番にそれぞれの待機ポイントで戦闘糧食をとっている。
俺も天幕の中、聖華が用意してくれたお握りを、勿体ないが三口で食べていた。
これを食べきったら、もうしばらく聖華のご飯が食べられない…。
本当はもっとしっかりと味わいたいのに、時間も環境も許されない。
味わいたいが、時間がない。ジレンマだ…。
最後の唐揚げ入りおにぎり……、はぁ……もう、セツナイ…。
「隊長、愛妻弁当とはしばらくお別れですね、ふふふ」
隣で戦闘糧食を口にしている矢島一等陸曹が気の毒そうに、でも目元はニコニコしながら話しかけてくる。
「自分、単身赴任ですから。ずーっと、これですよー。毎回。
愛妻の手料理なんて、暫く食べてません」
「分けてはやらんぞ」
「娘もね、たまに家に帰ってもずーっと無視なんです。
…年頃だからですね、本当に切ないです」
「うちは息子だ」
凜も、かわいい。ちゃんと俺と話をしてくれる。
最近呼び名が「パパ」から「父さん」と変わったのが寂しいが、成長を感じられる。
「うちの娘ね、今年高校二年生なんです。
兎に角かわいいんで、アイドルに向いてると思うんです」
「奥さん、美人だったよな」
「そう、妻も美人なんですよ。
結婚前に、自衛隊のPRポスターにも出てましてー」
矢島一等陸曹の妻と娘自慢は毎度のことだ。
俺だって、聖華と凜の自慢をしたい!
頭の中で返事をしつつ、聖華のお握りを完食してしまった。
ー『各中隊長、直ちに指揮所に集合』ー
一息つく間もなく、一斉無線で、中隊長クラスが呼ばれた。
演習内容の変更か、トラブルか?
俺と矢島一等陸曹の表情が強張る。
とてつもなく嫌な予感がした。
今朝家を出る時に、いつも以上に聖華と離れがたかった。
あの胸騒ぎは、気のせいで終わって欲しかった。
こんな時は、大抵――。厄介なことが起こるんだ。
そして、その三十分後、中隊長が戻ると、今度は各小隊長が中隊指揮所へ招集された。
「失礼します」
俺は敬礼をして、中隊指揮所へ入った。
「第二中隊第二小隊、佐藤一等陸尉、入ります」
天幕の中には、すでに第一小隊、第三小隊の小隊長がそろっていた。
俺のすぐ後で、重火器小隊の小隊長が中に入る。これで全員そろった。
久我三佐中隊長が、演習場の物ではない大きな日本地図の前に立つ。
「姿勢を正せ。」
久我三佐中隊長が、全員を一瞥してから一度深呼吸をする。
このひりつく空気、相当に厄介なことだなとわかる。
誰もが息をのんだまま、中隊長の次の言葉を待った。
「上級司令部から、第二中隊は待機命令が出た。
演習は継続するが、実任務へ切り替わる可能性がある」
全員が息をのんだ。『実任務』―とても重い言葉だ。
「任務内容の秘匿の為、以後の私用の携帯電話での連絡は控えるように。
なお、長期化の可能性もある。
家族への連絡が必要なら今のうちに済ませておけ。
追加の荷物が必要になれば、後日送ってもらうことになる。
ただし、何時受け取れるかは未定だ」
「―――」
「…以上だ。質問はあるか。」
誰一人、口を開かなかった。
「よし。詳細は追って伝える。
各小隊、それまでは演習を継続。
ただし、いつ命令が下っても動けるようにしておけ。」
「「了解。」」
俺たちは一斉に敬礼し、それぞれの小隊へ戻った。
小隊の天幕に戻ると、矢島一等陸曹が難しい顔をして待っていた。
中隊長が呼ばれ、次に小隊長が呼ばれるという意味を正確に読み取っている。
そして、俺がいない間に午後の予定の作業を隊員達に指示していた。
「現状は?」
「問題なく午後分の作業を全班で進行中です」
「そうか―、では『―全員、作業を一時中断。小隊本部前に集合。』」
インカムで呼びかけた。
数分後、すでに土埃まみれになっている隊員たちが天幕の前に整列した。
「第二中隊、久我中隊長より命令が下りた。」
俺の第一声に全員の表情が引きしまる。
「演習は継続。ただし、実任務に切り替わる可能性が生じた」
「「―――…!」」
思わず息が洩れた者がいたが、声は漏らさない。
「任務には秘匿義務がある。
携帯電話は本日中に必要連絡のみ済ませていいが、それ以降は使用を控えよ。
追加の物資が必要な場合は、俺か矢島一等陸曹に申し出るように。
そして、詳細は未定だが、――いつでも動ける態勢を維持せよ。」
二十代前半の隊員たちは少々戸惑いを見せているが、それでも一人ひとり真剣な表情で命令を受け止めている。
「―以上、質問はあるか」
隣で聞いている矢島一等陸曹の表情は変わらない。
「「――ありません」」
全員が声を揃えた。
移動場所も内容も聞かされていないが迷いはない。
さすが俺の部下たちだ。
「よし、作業を再開。」
「「了解しました!」」
集合時以上、きびきびとした動きで全員が持ち場に戻った。
「矢島、様子をみながら必要な物資があるか聞き取りを頼む。
それと…―――」
「必要になる可能性がありますから。
隊長の『必要な物資』をすぐ動かせるよう手配しておきます。先に連絡をどうぞ」
「…頼んだ」
こちらが言う前に察してくる矢島一等陸曹。
そんなにわかりやすかったか?俺は。
戸惑い眉を寄せる俺に、矢島一等陸曹はにこやかに微笑みながら嫌味を言う。
「いいですね―、うちなんて変更の連絡したら、「了解」の一言で終わりです。
単身赴任の夫なんてこんな扱いですよ。隊長も気を付けてくださいね」
俺は―――…単身赴任なんて絶対ごめんだ!
聖華と凜の二人と離れて暮らすなんて、俺の人生じゃない!
矢島一等陸曹が天幕を出て、部下たちの様子を見に行く。
そのわずかな時間に、携帯を取り出し聖華に電話をしようとした。
時間は、大丈夫かな?
今は午後の早い時間で、普段なら…何をしてるだろう?
買い物とか、友達とお喋りとか?
普段は考えたことが無かったけど。
聖華の日常って…どんな感じなんだろう?
友人は、いないわけではないと思う。
ああ…でも、官舎に住んでいた頃は緊張の連続みたいだったな…。
『上司の奥様』グループに中々馴染めなくて大変そうだって言うのを、同じ官舎にいた同僚にこっそり教えられたんだった。
ちょうど妊娠が分かったタイミングだった。
なので、ご近所のストレスが心配すぎて、慌てて官舎を出て民間に家を借りて…。
結局、聖華は周りに親しい知人がいない中で、出産、育児…。
……あれ…俺は……全然、まったく聖華を助けてやれてないのか?
サーッ、と血の気が引いた。
なんで今頃気が付いたんだ、俺!
遅すぎるだろうがっ!
『もしもし、豪さん?どうしたの?』
無意識にリダイヤルボタンを押していて、携帯の向こうから大事な大事な嫁、聖華が俺を呼ぶ声が聞こえた。
「き、聖華?…今、大丈夫か?」
喉が喉がカラカラになりそうだ、妙に緊張してしまう。
『大丈夫よ、…何か、あった?」
俺の嫁、優秀!勘が良い!
「聖華、…これ以降、連絡が出来なくなる」
『っ………はい…』
電話の向こうの声が少しふるえて強張った。
「任務秘匿の為だ、すまない」
『…うん…解ってる…』
声が小さくなる。それが、けなげだ…。
「長引いて、いつ戻れるか分からない任務になるかもしれない。
本当に、すまない」
一瞬、息をのんでから、わざと明るくした声で聖華が答える。
『―――豪さんは〈最強の自衛官〉だから、仕方ないわ』
「聖華……」
今、そこで仲間うちの冗談みたいな呼び名を言わなくてもいいよ。
「俺は、最強の自衛官じゃなくて、聖華の〈最愛の夫〉でいたい」
『……うん。』
一呼吸の後、聖華の言葉は続く。
『出会ったときから豪さんは私の〈最愛〉の人よ。
最愛の人で、最強の自衛官なんて凄いよね。
―――ありがとう、豪さん。私を選んでくれて』
「俺が―――、俺が聖華に選んでもらったんだよ。
ごめんな、家の事とかろくにできない男で。」
さっき気が付いた、いまさらの自分の鈍さに項垂れそうになる。
『私は、どんな豪さんでも大好きよ。
…それだけは、絶対に変わらない。』
ささやく聖華の言葉に、胸の奥が熱くなる。
『だからね、私の心を思い切りお菓子に詰め込んでおくってもいい?』
「聖華…?」
『送り先は…分からないけど…』
「大丈夫だ!送り先が決まったら連絡する。必ず受け取る!」
かぶせ気味に返事をしたところで、矢島一等陸曹が戻ってきた。
くそっ、仕事が早すぎる!
急いで別れの言葉を交わした。
「では…また」
『はい、体調には気を付けてね』
「ああ。ありがとう。じゃ―――」
名残惜しいが、諦めて通話は終了。
近くで様子を見ていた矢島一等陸曹が申し訳なさそうに、軽く頭を下げる。
「お邪魔をして申し訳ありません」
「いや、用件は伝えた。問題はない」
あ、でも、回収してもらう事は、メッセージで伝えておこう。
「…さっき、自分も妻にメッセージで連絡したんです。演習が伸びるかもって。」
「ん?」
「即返信がありました。『り』でした」
「り?」
「了解、の頭だけです。一文字だけです」
「…い、今どきの流行なのか?」
「もう何年も前から流行ってるみたいです。…一文字かぁ…、り…かぁ…」
深い深いため息をつく矢島一等陸曹。
「そ…うか……」
普段、冷静でとても頼りになる補佐だけど。
こちらが申し訳ないと思うほど、背中が丸くなってる。
こうなると掛けてやれる言葉も思いつかない。
すまないな、矢島一等陸曹…。
短くても聖華の声が聞けた俺はかなり幸せなんだと痛感。
頭の中でもう一度聖華の声を思い出し、優しい響きに胸が熱くなる。
「若手のほとんどは、追加の希望はありませんでした。
妻帯者は、夕方までにメッセージを送って家族に希望を伝え、結果をこちらに上げてくることにしました。
隊長が率先して追加を求めてくれたので、奴らも安心して申告できそうです」
隊長が率先して――か。
少し照れくさいが、まぁ仕方ない。
夕刻、日没の少し前に本日分の演習は終了。
その後矢島一等陸曹と俺のもとには、妻帯隊員からの追加希望が届いた。
駐屯地に残っている隊員へ、荷物の受け取りと回収を依頼した。
第二中隊が演習から実任務変更の可能性に関して、すでに通達がなされていたので話は簡単だった。
簡単な夕食後、各分隊長を呼び、矢島一等陸曹も交えて明日の予定を再確認する。
当初の予定では、明日は朝一で射撃関連をこなしてから、敵陣攻略模擬戦へ移る。
……もっとも、その予定通りに進むとは誰も思っていなかった。
****
消灯前。天幕の外に出る。
演習場は、夜も無音ではない。
近くでは発電機の低い音や、小声で話し、見回る夜番の隊員の気配。
一瞬だけ入る無線の雑音に混じって、遠くの車両のエンジン音。
夜露交じりのかすかな風に混じるのは、土と鉄と油と火薬の匂い。
限りなく日常ではない、現実の世界だ。
それでも薄雲越しに月が輝いていた。
胸騒ぎが、ゆっくりと形を持ちはじめていた。
多分、明日は何かが動き出す。
「聖華……、凜…」
耳に残る聖華の声を思い出しながら月を見上げる。
この月を、聖華も見ているだろうか。
そんなことを思っていたから、
遠く離れたどこかから、聖華の祈りの声が風に乗って届いた気がした。
―――私の大切なあなたが私のもとへ無事に戻りますように
私の最愛を守り慈しみたまえ―――
週一で上げられるように、毎日いろいろ調べるのが楽しくなりました。
少しでも楽しんでもらえるように!頑張ります




