***『池辺郷土奉仕部』***(2)
「あの、一つ確認なんですが。
活動するときには必ず『池辺郷土奉仕部』って、名乗らないとダメですか?
例えば…学校に登録の時はその名前のままで、
実際に活動するときには…普通に『ボランティア部』と名乗ってはダメですか?」
子犬のしつけ教室って言ってた律が、静かに朝比奈会長へ提案した。
「宇都宮市立翠ヶ丘中学校ボランティア部、としての活動なら颯太も納得すると思います」
「「え?」」
僕と颯太がそろって思わず声を上げる。
「古臭いから嫌なんだったら、その部分だけ修正すれば良いだろう?
どうだ?颯太」
「え?あ…ああ、うん…まぁ…。それなら…考えなくもない…かな?
それに…兄ちゃん達がやってたなら……」
さっき思い切り朝比奈会長に叱られたばかりだから、ちょっとモゴモゴした話し方だけど…。
さっきまで古臭いとか言っていた態度とはだいぶ違う。
颯太が少しだけ前向きな顔をしたのを見て、胸の奥が温かくなった。
もしかしたら、僕や律も――この部活に関わることになるのかもしれない予感が強くなる。
「朝比奈会長は、このために部活動のかかわり方の改革案を、学校に提出したんですね」
律がさっきちょっとだけ見ていた部活動関係の書類を、改めて朝比奈会長に翳した。
「さすが、学年一の天才だね。そんな書類ですぐに気が付くなんて」
にっこりと笑う朝比奈会長に嫌味な感じは全くなかった。
返す、律はいつもの無表情なままだった。
「天才とは違います。
僕は単純に目の前にある資料や実証を合理的に組み立てて推論しただけです。
―推論は間違ってなかったって、事ですね?」
「ああ、ほぼ正解だよ。
今日やっと学校からの許可が下りたので池辺郷土奉仕部の今後の活動に関して、
かなり自由度が上がったんだ。
今までのような祭りやごみ拾いなどの奉仕活動だけではなく、
地域住民への奉仕活動も、認めてもらえるようになった。
まさに、今の言葉でいう、ボランティア活動、だ。
そして、ボランティア部に関しては、複数の部活動への手伝いも、可能になった。
たとえば『お助け部員』として他の部活動に参加できるんだ」
「…え? それって…」
僕は反射的に颯太を見た。
様々な運動部に勧誘されているけど、どこにしようかと決められない颯太。
体験に行っただけでも、もともとやっていた先輩たちよりも、ずば抜けて才能があったのは有名だ。
「お助け部員は、基本的に池辺郷土奉仕部部長の特権だったけど、
これからは全員にその資格があるんだ」
すごいだろう?と胸を張る朝比奈会長。
―ん?全員…?
朝比奈会長は解る、そして…多分颯太も入部したらそうなる。
全員って、少し違う気がするよね?
「最終的には、池辺郷土奉仕部だけではなく、必ず一人に一つの部活動と固執しないで、やりたい生徒にはもっと自由に活動できるようにしたいんだ。
もともと、生徒不足で試合に出られない部活とかもあるからね。
少しでも興味を持ったりやってみたいって思ったらお試しからでも参加できる雰囲気を作りたいんだ」
怖いだけの人かと思ったけど…ちゃんと真面目なことも考えてたんだ…。
そうだよね、生徒会長だものね。
ちゃんと学校のことも考えているんだ。
「なので、颯太。お前は池辺郷土奉仕部に入るといい。
そうすれば各部のお助けが、できるぞ。
どこに入るか、決めかねていたんだろう?」
美少女の迫力ある笑顔で、颯太が改めて勧誘されている。
「え、あ…まぁ、それは、そうなんだけど…」
ちらちらと僕と律を見る颯太。
なんだろう、いつもの颯太と違う気がする。
いつもなら、思い立ったらすぐに動くのに?
今は、迷ってる?
迷ってるのに、こっちを見るってことは…何か意見が欲しいのかな?
首をかしげる僕だったけど、律は小さくため息をついた。
「颯太、言いたいことがあるならちゃんと話せよ。
こっちを見てるだけじゃわからない」
うん、その通り。迷ってる理由があるなら、聞くよ。
まぁ、僕に解決できるとは思わないけど、律なら大丈夫だと思う。
「あー、ええと…。二人も一緒に。どうかな?」
かなり遠慮している口調の颯太は珍しい。
意外でびっくりした。
「理由は? 僕たちにここに入って欲しいって言う、理由を話してくれ」
「えっ!あー……二人が…だと、……良いな……って…」
歯切れの悪い話し方で、時々小声になるから聞き取れない部分もある。
本当に、颯太らしくなくてどうしちゃったんだ?
「颯太?いつもみたいに大きな声で話してよ」
「うっ…!―――だから、三人一緒が良いんだよ!」
一瞬言葉に詰まった颯太が、吹っ切れたみたいに大きな声で叫ぶ。
声の大きさにも驚いたけど、―子供みたいな理由に思わず笑ってしまいそうになった。
噴き出す寸前に、律が僕の口をふさぐ。
ちょっと、苦しいんですけど。
モゴモゴもしながら律を見ると、小さく首を振って颯太の方を促す。
と、颯太が…真っ赤な顔をして僕たちを見てた。
え…なんだ、颯太が…照れてる!
―子犬のしつけ教室って言った律の言葉をまた思い出して、本当に颯太が子犬に見えてきたよ!
颯太が照れるなんて、珍しい。
きっと、本気で僕たちと一緒にいたいと思ってるからだ。
うわぁ……なんだろう、胸の奥が…じんわり熱くて…嬉しい…。
律に口元を押さえられてなかったら嬉しくて笑ってる僕の様子がばれちゃう。
それはちょっと恥ずかしい。
僕は、中学生になったらもう颯太とは一緒にいる時間は減るだろうなって無意識に思っていた。
運動部で、颯太と同じ運動神経が良い友達と一緒の時間が増えて、
僕と一緒にいる事がどんどん減るんだろうなって思っていた。
もし一緒に運動部に入ってマネージャーになったら、颯太のおまけみたいに扱われるのはつらいだろうなって、わかってたから。
一緒にいちゃ駄目だって、思った。
寂しいなって言う気持ちを見ないふりして、颯太から離れるように部活動は別なものを選ぼうとしてたんだ。
けど…。本当に、颯太が「一緒に」って思ってくれるなら…。
「凜はどうする? どうしたい?」
律の質問に、僕は反射的に頷いて答える。
「うん、僕も池辺郷土奉仕部に入りたい」
瞬間、颯太の顔がパッと輝いて、がっしりと抱え込まれた。
颯太の腕の力は容赦なくて、温かかった。
やっといつもの颯太だ。
「颯太、そんなに抱きしめたら凜がつぶれるぞ」
「うわっ、ごめん! 嬉しすぎて力加減を間違った」
律の一言で慌てて僕から腕を離す颯太。
そして、律の返事がまだなのに気が付いた。
「あ…律は?もうどこか決めたのか?」
ちょっとだけ不安が戻った颯太の言葉に、律は肩をすくめる。
「そうだね、科学部とか、生物部はなかなか面白かった。
自分の興味がある分野を個人で研究しているのは興味深かったよ」
「……え…?り…つ…?」
ますます不安な気持ちが強くなるのが、分かりやすい颯太。
「僕は、初めてあった時に言っただろう?うるさい、賑やかなのは嫌だって」
「う…」
思い当たる事がたくさんある颯太の顔色はますます悪くなる。
そして、おそらく池辺郷土奉仕部は、にぎやかな行事が多そうだ。
「じゃあ…律は、他に?」
声がちょっとふるえている。
ああ、そこまでショック?
そうだよね、颯太は昔から律が大好きだったから。
嫌がられてもぐいぐい距離を詰めてたよね。
六年生の時にやっと、名字じゃなくて名前で呼ばれて、無茶苦茶喜んでたのを思い出した。
僕はつい、小さく笑ってしまった。
それを見た颯太が、もっとショックを受けた顔になる。
「り……凜…は、律がいなくても平気なのか?」
「まさか! 僕だって律がいないと寂しいし不安だけど、でも、律を信じてるもん」
「え?」
「律は、颯太のことが好きだから一緒にやってくれるって、確信してる。
颯太は、違うの?」
「いや! 律とも一緒が良い!
だけど…、科学部とか興味深いとか…言うから…」
モゴモゴとする颯太に、律があきれたようにため息をつく。
「朝比奈会長、こいつさっきの話を全然理解してないみたいですよ」
「…そのようだな…。しかし―君の態度も悪いんじゃないのか?」
「え?ええ? 何、どう言う事?
弓姉も、なにを言ってる?」
「―――改めて確認ですが、基本的にここに所属して、
後は興味のある部活動にも顔が出せるんですよね?なら、大丈夫です」
「―――!」
ようやく、颯太が気が付いた。
最初から複数の部活動に参加するのは自由だって言う事、
まさか自分だけの特権だと思ってた?
「想像してみろ、颯太。
そもそも、颯太が一人で、凜と奉仕活動の部活動を続けていけると思うか?
運動部に顔を出して、お祭りや地域のイベントにも協力をするなんて…。
ぐちゃぐちゃになるのが目に見えてるだろ」
コクコクと何度も大きく頷く颯太。
半分くらい理解してなくても、勢いでうなずいているのが分かる。
「僕が必要だろう? 颯太」
表情を見えにくくしている眼鏡と長い前髪を、はっきり見るように片手ですきながら律がにやりと笑った。
嫌味じゃなくて、勘違いして慌てた颯太をうまく騙せたことが面白くてたまらない、そんな満足した笑い方だった。
「りーつー! ああ、お前が必要だ! 凜も、必要だ!
俺たち三人で、親友同士で、この古臭い部活動を盛り上げていこうぜ!」
「古臭いというな!バカ者!」
朝比奈会長からまた拳骨を貰った颯太だけど気にしてない。
颯太だよなぁーって、思いながら僕も律もつられて笑った。
池辺郷土奉仕部は、こうして存続の危機をまぬがれた。
僕たち三人の所属する部活動が決まった瞬間だった。




