***長男と親友の放課後、部活動の勧め***(4)
「はぁ―――――――――っ」
少しして、深く息を吐いた朝比奈会長がその場に座り込んだ。
会長、スカートのままなんだから気を付けて欲しいです。
体育座りは、本当にやめて下さい!
僕や律の俯く様子もあって(颯太は慣れているらしいのか、まったく気にしてない。
と言うか僕や律の頭をぐりぐり撫でているのに忙しそうだ)、高峯先輩が慌ててパイプ椅子に掛けていた制服の上着を会長の足元にかけようとしたけれど、「大丈夫だって、スパッツを履いてるから」と断ろうとする。
そこをしっかりと注意する高峯先輩。ありがたいです。
「朝比奈会長、その格好のままではやめてあげてください。目のやり場に困ってますよ」
「スパッツ履いてるのに?」
「そういう問題じゃないです、セクハラになりますよ!」
高峯先輩は上着でグルグルと朝比奈会長の足元をくるんでしまう。
「高峯氏は細かいなぁ」
文句を言っても拒否するわけじゃない。
―なんでこの二人、こんなに仲が良いのに…本当に付き合ってないの?
「逆に、弓姉が大雑把すぎるんだよ」
「…お前が言うな…」
僕も思ったけど、律が突っ込んでる。
それより、もう、帰ってもよくない?僕たち。
見学はさっき高峯先輩のを見せてもらったし、あくまでも見学希望で入部は保留って伝えているし…。
「颯太、…もう話は終わったんだし、…」
「おう、そうだな。凜は婿には出さないって決まったし、帰ろうぜ。
で、凜、お礼用意してるって言ってたのは、おばさんのお菓子?あるんだろ?」
ワクワクが隠せない顔の颯太が、なんか大きなワンコの顔に見えてきた。
分かりやすいなぁ。
「あるよ、昨日山ほど焼いてたから、分けてもらった。
パウンドケーキは切れ端になっちゃってるけど」
ちらっと、学生カバンとは別のサブバッグを見る。
父さんも…今頃はどれか食べてるかな?
ちょっとだけ父さんのことを思い出した。
安心できたから、心の余裕ってやつ?
「全然、OK!―帰り、近くの公園で…」
とてもウキウキした様子の颯太を真ん中にして三人で歩き出そうとした時に、
がっしりと颯太の足を掴んだのは朝比奈会長だった。
「―――おばさんの菓子、とはなんだ」
朝比奈会長が体育すわりのまま、すごい迫力で僕たちを見上げる。
「ん?凛の母ちゃんの焼いた菓子。
癖になる旨さって言うか、最高にうまいんだ。
クッキーはサクサクだし、パウンドケーキは端っこでもうまい。
しっとりのマフィンとか、たまにあるスコーンも、しょっぱいのと甘いのと両方うまいんだ」
自分の事の様に自慢する颯太。
母さんのお菓子に対するテンションが高すぎる。
「ほう…?―――佐藤凜、それは我々にもぜひ味わわせてもらいたい」
「「え?」」
僕と律と、声がそろった。
「なんで弓姉達に?
これは、俺と律への『御礼』のお菓子だぞ」
口を尖らせて拒否する颯太に対し、朝比奈会長はがっくりとうなだれる。
「…婿入りを拒絶され、弓道部への入部も保留され、まさに敗残兵だ。
…傷心の私を哀れだとは思わないのか?
お前はそんな薄情な男なのか?」
「う…」
颯太が言葉に詰まる。
「いや、私はいい。
私はいいから、そうだな、高峯氏に、見学の礼として…すこし、
一かけらでも分けてやってはくれないか?
新入部員が無くて、このままでは弓道部も消えてしまう。
彼こそが傷心で…ー」
朝比奈会長の声が震えている。えええっ…。
「朝比奈会長…、僕…私のことは、お気になさらず。
会長こそ、深く傷ついておられるではないですか。
―佐藤君、もしも哀れだと思われたら、私ではなく、どうか会長に…」
すぐ隣の高峯先輩は、僕に向かって訴える。
――そ、颯太…どうするの、これ。
僕は戸惑いながら二人を見る。
律は…また俯いている。肩がちょっと、揺れてた。ん?感動してるの?
「あ―――、もう!小芝居をやめろってば、弓姉!」
僕と律の肩を抱えていた颯太は、その手を放して大声で上を向いて叫んだ。
「え?小芝居?
今のって、会長と先輩のお芝居だったの?」
「気が付いてなかったの?凜。
物凄く棒読みの大根演技だったじゃないか」
律が説明してくれた。
それで肩が震えて笑うのを我慢してたんだ…。
本当に気が付かなかった…。
ショックでちょっとぼーっとした僕に、颯太が少し疲れた声で尋ねてくれる。
「―そんなわけでさ、おばさんの菓子を少し、分けていいか?
このどうしようもない人達に」
「それは…別に構わないけど…。
お芝居するほど食べたいとか、本気ですか?
ただの主婦の手づくりのお菓子ですよ」
朝比奈会長と高峯先輩に確認する。
単純にふざけてるだけじゃないの?と疑ったからだ。
「実は―昨日の、白烏さまに与えていたクッキーと同じものなのかと思って。
そうだとしたら、どうしても気になってしまったんだ」
うんうんと、朝比奈会長の言葉にうなずく高峯先輩。
それならそうと、最初に言ってくれたらよかったのに。
わざわざお芝居なんてしなくても…。
「ピーちゃんは、ほぼおばさんのペットみたいになってるから。
おばさんのお菓子食べ放題なんだよ、羨ましいぜ」
「白烏さまをペットに…おお…」
改めて感動している朝比奈会長と高峯先輩。
ピーちゃん、そんなに凄いのかなぁ…?
白いだけだよ、ふつうの烏だと思うんだけど…。
首をかしげる僕を、律と颯太は、なんだか…呆れてるような目で見てる気がした。なんで?
さすがに弓道場内での飲食は禁止だからと言う事で、全員で何故か生徒会室に移動した。
良いのかな?僕たち、ただの一年生なのに。
一度着替えてくるからと言う高峯先輩以外、生徒会室の大きな六人用の机に着席した。
他の生徒会役員は、それぞれの部活動いるから心配するなって、
朝比奈会長は残っていた資料を手にして言うけど、それでもちょっと場違いかも、と思う僕。
それに対して、小学校の時に児童会に入っていた颯太や律は(単純に人気と成績で先生に選ばれてた)、珍しさと感心した様子で室内を見回していた。
堂々としてるのは、こういう場所に慣れてるからなんだろうなぁ…。
慣れてない僕は、さっさと食べて、さっさと帰りたい気分だった。
まぁ…家にいる、母さんのことも気になるしね。
父さんとは、本当に昨日の演習の追加と変更の連絡以降完全に連絡が付かなくなっていた。
今朝も携帯を見て凄く寂しそうだった。
…やっぱり、今夜も一緒に寝てあげようかな。
「凜?どうした?」
律が僕の様子に気が付いて声をかけてくれる。
「あ、いや、何でもないよ。
ちょっと、慣れない感じの所だから落ち着かなくて…」
へへ、っと笑ってみせたけど疑ってるみたい。
部活動の事が落ち着いたから、今度はどうしても母さんのことが気になってしまう。
これって、仕方ないよね?
父さんが演習に行くのはいつもだし、それこそ二か月以上帰ってこない時もあった。
急な変更もや、連絡なくいきなり災害派遣で出発ってことも、慣れてるはずなのに。
今回の母さんの反応はなんだか少しおかしくて。
その雰囲気に僕も形にできないもやもやとした不安を感じてた。
これは、僕と母さんの問題だから、律や颯太には相談は出来ない。
父さんの仕事のことだから、簡単に話しちゃいけないって言われてるし(国防に関係するから守秘義務がある、って幼稚園のころから言われてた気がする)、
それで不安になっているのを二人には相談できない。
しちゃいけないって、思うんだ。
この時の不安が、後でどんな形で現れるのか僕はまだ知らなかった。
「お待たせして申し訳ありません」
焦った声で生徒会室に飛び込んできた高峯先輩は、きちんと制服に着替えている。
さっきの道着も似合ってたけど、制服もすっきりとしていてやっぱり似合っている。
そうか、真面目なのを突き詰めると、こういう「しっかりとした真面目な服」がすごく格好よく着られるようになるんだ。
勉強になる!
ほわぁっとして、高峯先輩を見てる僕に、颯太がちょっと面白くなさそうな顔をする。
「凜は、真面目そうな人が好きだよなあ」
「え?普通はそうだろう?
おかしなテンションで回りを振り回す人とか、
物凄く感情がグルグルする賑やかな人よりは、
真面目な人と一緒にいるのが静かで安心だろう?」
ちょっとだけ朝比奈会長の手にしていた部活動関係の資料を借りて読んでいた律は、
僕の言葉に小さく笑う。
「…どっちの人物像にも心当たりがあって、つらい…」
今回はすぐに自分のことだと分かって、ちょっとだけへこむ颯太。
「まぁ、颯太に自覚が出来ただけでもよしとしてあげたら?凜」
颯太に対して少しだけ厳しい。
その分、僕には親切だから、よしとする。
僕たちがこそこそ話している間に、高峯先輩はどこから出したのか紅茶の入った紙コップを差し出してくれた。『暖かいものでなくてすまないね」』という一言付き。
「わぁ―――」
これが『出来る相棒』の姿、だよなぁ…と思いながら素直に紙コップを受け取る。
すごいなぁ、中学の生徒会って、お茶なんかも飲めるんだ。
一気におやつタイムみたいになって、ちょっと気分が上がる。
なので、母さんのお菓子をサブバックから取り出して、机の上に並べた。
オレンジのシロップ漬けを入れたパウンドケーキの切れ端。
アーモンドのフィナンシェ、雑穀とおからの入ったクッキーに、はちみつ味のマフィン。
チョコチップ入りのクッキーの割れたのも、入ってる。
ベーコンのしょっぱい味のスコーンと、クルミとチョコの入ったスコーンも。
シンプルなビスケットはバターの香りがしっかりしてる。
机の上は甘くて優しいバターやオレンジ、チョコレートの匂いが広がった。
懐かしい気持ちになる、僕の家の幸せな時間と、母さんの笑顔を思い出す。
「やったー! ベーコンのスコーン!」
颯太はあっという間に自分の好きなものを手に取る。
律はちょっと考えてからクルミとチョコの入ったスコーンを選ぶ。
先輩二人は、並んだお菓子にびっくりして動きが止まっていた。
「会長、早く選んで食べないと、颯太に全部食べられちゃいますよ」
僕が声をかけてようやく朝比奈会長はビスケットに手を伸ばす。
うん、確かに昨日ピーちゃんが食べてたのはクッキーだった。
高峯先輩は、雑穀とおからのクッキーを手にしている。
そして、最初の一口でバッ!と二人の目が見開かれた。
「…すごいな、母君は…」
「販売されている物の様に…いや、それ以上に…」
「「おいしい!!」」
二人の感想がそろってる。
本当に、仲良しだなぁ…って思いながら、僕もビスケットをかじった。
一番いっぱいあるし…母さんがずっと昔から作っている父さんとの思い出のビスケットだから。
なんとなくそうなった。
いつもの味なのに、ほんの少しだけ塩気が強い気がした。
母さんの、涙の代わり…なのかな?
お菓子の山は、放課後の中学生の集団らしくあっという間に無くなった。
高峯先輩の用意してくれた紅茶を二杯飲んで、ホッとする僕。
さぁ、お菓子も食べたし、もう、いいよね?と両隣にいる律と颯太を見た。
お菓子全種類を制覇した颯太は大満足してニコニコだ。
だけど、反対に座っている律はなんだか難しい顔をしている。
普 段は甘いもの食べないけど、母さんのお菓子は嫌じゃないって言ってくれてたから…気にしてなかったけど…。
もしかして、苦手なものがあった?
もしそうなら…押し付けることになってた…?ごめん、律…。
「それで、ここ(生徒会室)にまで案内した本当の目的は何ですか?」
唐突な律の言葉に、僕と颯太はびっくりした。
「本当の、目的?どういうこと?」
「弓姉、何か企んでるのか?
そうだよな、弓姉は昔から悪だくみが得意だった!」
颯太が朝比奈会長に嫌そうな顔をする。
子供の時、何かあったのかな?
人聞きが悪いぞ、颯太。
悪だくみではない、計画的な利益追求だ」
「…正月にもらったお年玉、ゲームに誘って全部巻き上げたこと、忘れてないからな」
「全部ではないだろう?半分はちゃんと返したじゃないか」
「…でも巻き上げたんだ…」
朝比奈会長って、やっぱりちょっと…関わっちゃいけない人だ。
不信感一杯で会長を見ると、違う違うと手を振る。
「いやいや、正確には、違う。
クレーンゲームで私の欲しい商品をゲット出来たらお礼をするって言ったら、それに乗ったのは颯太だ」
「…もしかして、颯太…」
『お礼』と言う言葉に誘われたのは颯太らしくて、しかも、失敗したら逆に燃えちゃうのも颯太だ。
そうして結局…。なんとなく、展開が容易に想像できる。
「お年玉、全部つぎ込んだんだ」
律がバカだなぁ…って言う顔で見ている。
耳まで赤くなった颯太が、ちょっと可哀そうになった。
「だって、成功したら『凄い、ウマい、天才』って褒めて。
『これは取れる?あれは?』ってどんどん頼んでくるから…」
「リクエストに全て成功するとは思わなかったし、そこでお年玉を全額つぎ込むとも思わなかったから、驚いたよ」
言いつつ、笑っている朝比奈会長は、たぶん…全部計算してる……様な気がする。
「それに、半分はちゃんと返しただろう?成功した分の料金は」
「……その四倍くらいの値段で文化祭のバザーに出したって聞いたぞ」
恨めしそうな颯太に、朝比奈会長は静かにフフフっと、笑う。
「バザーは、家庭で不用品になった物を出すところだからね。
値段は、お客さんが決めてくれるんだ。
希少なものばかりだったから、とても盛況だったよ。ありがとう、颯太」
「―――確かに、悪だくみ…だが。乗せられる颯太も…」
「うううっ! 解ってるよ、俺がバカだった。
弓姉に頼まれたら、断れないんだよ、昔から!
小っちゃな頃からずっとそうなんだから」
そうだったね。小さな時から颯太はいつも誰かの為に動くんだ。そ
れは、朝比奈会長に限らずみんなに対して、そうなんだよね。
単純で、まっすぐで、だまされてない?って思う事あるけど…。
不思議と、颯太騙すような悪い人はいなかったと思ってた。
―――身内に、いたんだ。だます人…。
改めて、朝比奈会長が怖い人って言うのは解った。
あれ?それでその会長が僕たちをここに呼んだのって、新しい悪だくみの…罠?
僕たち、何かに巻き込まれる?
僕はまたぎゅっと律の制服の袖を掴んで身構えた。
「ああ…―――ええと、そこまで警戒しなくても良いんじゃないかな?」
苦笑いの朝比奈会長。ちょっとは自覚、あるみたいだ。
「颯太の話を聞いた後だと、それは無理ですね」
律がバッサリ言い切った。
「いや、君たち二人は、佐々木君よりは警戒心も理性もあるから朝比奈会長も仕掛けたりはしないですよ」
高峯先輩の言葉に、颯太が言葉に詰まる。
「う…俺だけ?そんな仕打ちなのか?」
なんだか本格的に颯太が気の毒になってきてしまった。
ここで、大丈夫だよって言ってあげたいけど、気休めにもならないよね、きっと。
「では、仕掛けも何もなく、どうして僕らがここ(生徒会室)に呼ばれたのか教えてください。
のらりくらりしていると、信用をさらに落としますよ」
制服の袖を掴んでいる僕の手をポンポンと叩いてなだめながら、
律はしっかりと朝比奈会長を見ながら伝えた。
朝比奈会長は、律の言葉に表情を引き締めた。そして―。
「では、単刀直入に。『池辺郷土奉仕部』に入って欲しいんだ」
「池辺?」「郷土奉仕部?」「…」




