***『長男と親友達の放課後』現在 ***(2)
「朝比奈会長、今は女性側も男性に対してセクハラが訴えられる時代ですよ。
気を付けてください。
特に新入生を無理矢理部活動に勧誘するのはいただけません」
低く落ち着いた別の声が聞こえた。
制服の襟を整えながら道場の奥から現れた人は、でも常識的な人だって言うのが分かる。
どうやら知り合いみたいだ。
「無理な勧誘ではない、高峯氏。
部長の君がいないから私が話をしていただけだ」
僕の肩から手を放して、二人は正面から向き合う。
良かった、この人と二人きりはなんだか、怖い。迫力がありすぎる。
そして僕は気が付いた。
朝比奈会長って、もしかして生徒会長って言う事?
「では、部長権限で言わせてもらいます。
無理な勧誘は弓道部では厳禁です。
すぐに彼に謝罪をして、帰宅を促してください」
ぐんと、二人がにらみ合う。
あれ?ちょっとだけ、朝比奈会長の方が…背が高い?
高峯先輩が悔しそうに朝比奈会長を見上げてる…気がする。
僕も同じだから分かる。
そして、そんな高峯部長に対して、朝比奈会長はにやりと笑った。
美人だからなんだか凶悪な表情に見える…。怖いよぉ!
「何を言うんだ、高峯氏。
彼は佐藤凜、あのヒグマ殺しの息子だ。
彼ほどこの弓道部にふさわしい人材はいないぞ」
「何が、あのヒグマ殺し、なのか意味が分かりませんよ」
冷静に返してくれる高峯先輩。
迫力に負けない強さ、凄い。
凄く誠実そうな、いや、常識的な人で…頼りになる人だってわかった。
見た目は普通の人なのに、凄いメンタルだ。
だから僕も、頑張らないと…!
「あの、僕はただ見学に来ただけで…。
その、道に迷って、変なところから出てきちゃったから注意されてて…」
「彼、佐藤君はそう言っているようですが?」
冷静な高峯先輩の問いは綺麗に無視されてしまう。
「解釈違いだ、弓道部の見学だぞ。
つまり、即入部希望に決まっているではないか!
佐藤凜も遠慮することはない、身長も筋肉も必要ない、とは言い切れないが。
やる気があれば問題ない!」
……ダメだ、本当に話を聞いてくれてない。
やっぱり見学なんて来なければよかったぁ…。
それに、「身長も筋肉も関係ないとは言い切れない」って、中途半端だよ。
どうせならはっきりと断言してよ。
そもそも、ヒグマ殺しの息子がふさわしい部活って…何? 狩りにでも行くの?
僕を挟んで、朝比奈会長と高峯先輩の舌戦が続いているのを、僕はただぼんやりと眺めるしかできなかった。
口を挟める空気感じゃない。―こっそりと離れて、帰っちゃ駄目かなぁ。
「カァー」
唐突にカラスの鳴き声があたりに響く。
先輩二人はハッとして林の方を見た。
僕もつられてそちらに目を向ける。あ…。
「白いカラス?」
んんん? ちょっと待て、あれって…やっぱり…。
「…白烏さま…」
「ああ、確かに…そう見える」
先輩二人が呆然としながら白烏を見つめている。
白烏は枝から的の上にふわりと舞い降りた。
転々と小さく飛び、くちばしでカツカツ音を立てる。
「高峯氏、我々はいま白烏さまに叱られていると思うか?」
「不可解ではありますが、私もそう感じます」
先輩二人の会話から、白烏がなんだかすごく貴重な存在のように扱われているのが分かった。
「先輩、白烏さまって…?」
「君は聞いたことがないのか?
白烏さまは、我が朝比奈神社の〈神使白烏〉、
つまり神様のお使いと呼ばれる存在なのだ」
「え?そんなに凄い鳥なんですか? 白いけど、烏ですよ」
ちょっと珍しいくらいだと思ってた。
「朝比奈神社は、数種類の白い獣が神様に仕えていると言い伝えられているんだ」
信頼できる高峯先輩の言葉なら、本当なんだろうな…、でもなぁ…。
「滅多にお姿を見ることはない。何か重要なお告げがある時にお姿を表すと聞いている」
「特に白烏様は、最上位の眷属でー」
急に熱心に話し出した二人に、僕は凄く申し訳ない気持ちでぼそりと呟いた。
「あいつ…よくうちのベランダとかにやってきてます」
「「えっ!」」
驚いた二人の声が重なった。
もしかして、二人は仲良し?
はっきりした記憶はないけど、でも結構小さいころからよく見ていた気がする。
特に洗濯物を外に干している時、母さんの周りにいるのを見ていた。
「変わった色のカラスねぇ? それとも、カラスじゃないのかしら?
鳩? 白鳥? あ、シマエナガ?」
母さんは思いつく限りの白い鳥の名前を挙げたけれど、全部違うって言うのは僕でも分かった。
そのうち、自然界には突然変異で本来ではない白い色の動物が生まれることもあるって言うのを百科事典で見つけて、それを母さんに伝えたら、「じゃあ白いカラスさんね、」で納得してしまった。
「多分、あいつ、これが欲しいんじゃないかな?」
僕は図書館で借りてきた本を入れているバックの中から、母さん特製のクッキーを数枚取り出した。
本当は部活後の颯太に分けてやろうと思ってたけど、仕方ないよね。
「おいでピーちゃん。
ほら、これが欲しいんだろ?」
僕が呼ぶと、白烏さまことピーちゃん(母さん命名)がばさりと僕の頭の上に降りた。
ツンツンと頭をつつきながら早くよこせと催促をしてくる。
くっ…爪が、髪の毛越しに頭皮にくる…。
ちょっと痛いんだけど、毎回これだよ。
母さんは全然痛くないわよ、って余裕なんだけど。
そういえば、父さんには絶対に近寄らないな、ピーちゃん。
本能的にわかるのかな?
そうして、僕の頭の上でクッキーをくちばしにはさんでバリバリ食べてる。
やめて、髪の毛にクッキーが落ちるー!
片手を寄せるとやっと腕に移ってくれて、もう一枚のクッキーを満足そうにくわえてあっという間に飛び去って行った。
ピーちゃんがいなくなってから僕は頭の上でばら撒かれたクッキーのかけらを払い落とした。
まだちょっと残ってそうな気がするけど、あきらめた。
「本当に…懐いている…白烏さまが…」
「これは…とんでもない奇跡だ…。
白烏さまを…いやわが神社の眷属様と交流を持てるとは...!
さすが、ヒグマ殺しの息子殿!」
「いや、そもそも母さんの…」
がしっ!とまた朝比奈会長の両手が僕の両手を掴んだ。
凄い力だ、痛いです、先輩!
「佐藤凜殿、私と結婚しよう!」
「「!!!」」
僕と高峯先輩は、声にならない悲鳴を上げた。




