第7話 狼の母子〈オオカミのおやこ〉-2
思わず目を疑った。おとぎ話に出てくるオオカミ男のように白狼が姿を変えた。身体は長い毛で覆われ牙と爪は刃物のように鋭い、身長は二メートル程あり人のように二本足で立つ伝承に残るその姿に。
『…驚いた。本当に…。』
あまりの衝撃に言葉が出てこない。獣人ファンタジーの世界でしか見た事がないが本当に…。いや、だが考えてみればそれは今に始まったことではない。現に俺は蟲な訳だし。こう言った超生物が存在しても不思議ではない。
「驚かせてしまいましたね。すみません。」
『あぁ、いや。』
謝らさせてしまった。いけないしっかりしなくては。
隣では子狼が尻尾をブンブンと振っている。おかげで空気が和んでいる。ありがたい。俺は少し間を開けて質問をした。
『獣人と言うことはそれが本来の姿なのかい?』
「はい、一応は。…いや厳密には違いますが。」
『違うと言うと?』
「えーと、それは…。」
なんかもじもじしている。何か変なことを聞いたのだろうか?
「実はその、一応もう一段階変身ができまして…。」
『マジで!!』
「わっ…!」
『あ、すまない。』
いけないいけない。ついがっついてしまった。でもそんなことを聞いたら気になるに決まってる。―さてどっちだ!
『その一応聞くんだけど、そのもう一段階ある変身っていうのは…。』
「ええと、一応もっと人に近い姿になる事が出来ます。」
そっちか〜!いや良いすごく良い。てっきり俺はもっと大きくなれるとか、身体がもっとゴツくなるとかそっちを想像してたけどそれもまた良い。異世界モノによく出てくるあの獣人って事だろ最高じゃあないか。
『ぜひ見せて欲しいんだけど良いかな!!』
「でもそのなんと言うか、今はできないと言いますか。」
『ええ!?なんでどうして!?』
「それはそのなんと言うか…。」
「察して欲しいと言うか…。」
凄くもじもじしている。俺は何か恥ずかしいことを言っているのだろうか。特に思いつかないが。―いやというか待てよ…。
あくまでまだ仮定だが、インセクターは喰らった相手の遺伝子を解析することでその相手と同じ姿に変態を行っていると考えられる。つまりだ人の遺伝子を取り込めれば人に変態出来るという事である。もし仮に獣人の遺伝子が人に近しいものならばもしかしたら…。
思い立った俺はすぐに実行に移した。今までの流れでハイになった弊害である。
『…君にしか頼めないことがある。』
「え、急に何を…。」
『君を食べさせてくれないだろうか。』
「え、」
表情が強ばる。それを見て少し我に返る。
『あぁいやすまない。そういう意味でいったんじゃないんだ。』
「そういう意味じゃないとはどういう意味ですか!!」
『いやだからそういう意味はそういう意味だよ。』
「そういう意味ってそういう意味ですか!?」
この間子狼はずっと尻尾を振っている。
『とにかく食べるって言うのは食事をするって意味じゃないから安心して。』
「余計安心できません。それってつまりそういう意味ってことですよね!!」
『大丈夫、痛くしないから。天井のシミを数えてる間に終わるから。』
「いや、だからその、そう言うのはもっとお互いを知ってからというか、私そう言うのしたことが…。」
『じゃあ食べるね。』
「貴方は素敵な方ですけどそんな急に。」
「くっ…。」
スパッ、白狼の毛が地面に落ちる。
「え…。」
『よし切れた。ほら言ったでしょ痛くないしすぐ終わるって。』
そう俺が欲しいのはあくまで遺伝子、であるのならば何も本人をまるまる食べる必要はないのである。
『あんまり驚くから、焦ったよ。あ、いやていうか先に理由を説明するべきだったね。興奮してて忘れてた。すまないね。』
「い、いえ。私の方こそ取り乱してしまってすみません。…(変な勘違いもしてしまいましたし)。」
『うん?何か言った?』
「いえ、なんでも。」
『そう、それじゃ改めて食べさせてもらうね。』
「はい。」
俺は白狼の毛を食べる。
思った通りだった。白狼の毛の遺伝子には人のものも含まれていた。
(狼と人の遺伝子が複雑に絡み合っているみたいだな。)
他の生物には無い遺伝子だったが、解析は問題なく終わった。
『よし、これでついに…。』
俺は早速人への変態を開始した。しかしその判断のせいで俺は後悔することになる。
(ベースは前世の肉体を使おう。)
徐々に自身の肉体が変化していく。―そして。
前世いらい約一月たって俺はついに人の身体を手に入れた。
「やった成功だ!!声も出る!手足も問題なく動く!ありがとう君のおかげだ。早くお礼を…。」
白狼の方を見ると顔を酷く赤面させ、目を逸らしている。
「えっと、どうかした?」
近づこうとすると白狼はそれを静止してくる。
「い、今は近ずかないでください。」
「え、なんでなにか僕したかな。」
「と、とにかく今はダメなんです!!…だって。」
その時、下腹部より少し下の部分に妙な涼しさがする事に気づいた。俺はそれを見る。…やっちまった。俺は二秒ほど天井を見つめすぐにムカデの姿に戻るとそのままの流れで土下座した。
『汚いもの見せて本当にすみませんでしたーーーー!!』
『ハイになって全然考えが及びませんでした。本当にすみません。』
そう、俺はやっちまったのである。やっちまったつまり、服を着ていなかったのである。
(今まで蟲の姿だったから全然意識できていなかった。そうだよ俺服着てないよ。だからさっきこの子は人の姿になるのを躊躇って…。こうなるとしばらく人の姿にはなれないな。)
頭の中でぐるぐると考えが回る。しかし、今はひとまず許してもらうのが先決だ。俺は全身全霊をかけて全力の詫びをこうた。
『もう二度とこのようなことはしないので許してください。お願いします!!』
俺の思いが通じたのであろう。白狼は狼狽える俺を励まし許してくれた。ちなみにその間も子狼は尻尾をブンブンと振っていた。
その日の夜、俺は落ち着くために狩りを行い獲物を仕留めた後皆で食事を取っていた。
『本当、今日はごめんね。疲れてるだろうに僕のせいで。』
ちなみに俺はまだ昼間のことを引きずっていた。
「いえ、もう大丈夫ですよ。」
「ウォフン♪」
『ありがとうございます。』
久しぶりに静かで落ち着く時間が流れている。俺はその中で話を切り出す。
『この後二人はどうするんだい?』
「それは…。」
静かな空間がより一層静かになり辺りには焚き火のパチパチとした音が響いている。
『もし、良かったらだけど…。』
『僕と一緒に行かないかい?』
「え…。」
白狼の顔が火に照らされる。その表情には不安が写っていたが、俺の言葉に少し希望を見出しているように見えた。
「良いのですか、私たちがついて行っても…。」
『あぁ、もちろん。』
「ですが私たちを連れていては、助けていただいた時のように危険に巻き込むことになるのでは…。」
『そうかもしれない。けど二人で旅をするよりはまだマシなはずだ。それに一度助けた君たちを見捨てるなんてこと僕には出来ないよ。』
『でも、これはあくまで僕の勝手な意見だ。だから君が決めてくれて構わない。』
また少しの沈黙が流れる。子狼は不安そうに白狼のことを見つめている。それに気づき白狼は子狼に微笑みかけると決心したようにこちらを向き口を開く。
「私たちを一緒に連れて行ってください。お願いします。」
『…あぁ、これからよろしく二人とも。』
『よし、そうと決まれば今日はお祝いだ。どんどん食べよう!』
「はい!」
「ウォフン♪」
そうして新しくできた仲間と共に夜はふけていく。まだ名も知らないのに仲間なんて言うのは不思議な気分だ。けれど確かな実感がある、母さんに感じたあの温かい感覚が確かにある。今日も一日が終わる、明日はその名を聞けるだろうか。




