第6話 狼の母子〈オオカミのおやこ〉
私は振り向いた先のものを見て絶句した。そこには我が子を咥えるインセクターが佇んでいた。
コイツが私を連れてきてのか!?それに今コイツ人の言葉を!いや違う、そんなことよりも今は!!
私は軋む身体を無理やり動かし相手の懐に飛び込む。今は一刻も早くあの子を助けなければ。相手はどうやらいきなり飛びかかってきて驚いているらしい。この隙に!!しかし、この行為はただの杞憂に終わった。
咥えられていた我が子が目を覚ます。そしてジタバタと動きその拘束から抜け出すとあろうことかインセクター相手にじゃれつき始めたのだ。それはもう楽しそうに。インセクターはそれを面倒くさそうに、けれど確かに楽しそうにあやしている。
何、どういうこと?私が理解できずにいるとインセクターが語り始める。
『すまない、もしかしてだけれど僕がこの子を咥えていたから勘違いさせてしまっただろうか。大丈夫、僕は君たちの味方だよ。』
時間は三日前までさかのぼる。
『大丈夫、僕は君の味方だよ。』
そう伝えたものの警戒からか子狼はこちらに噛み付いてきた。なのでつい手が出てしまったのだ。その子を撫でるための手が。
『よーしよしよしよし。』
子狼は最初こそ戸惑っていたが、しばらくすると落ち着きを取り戻した。どうやら信用してくれたようだ。というかスゴいしっぽを振っている、カワイイ。
『けど、とりあえず今は場所を移さないと。』
俺は倒れていた母親とおぼしき白狼を咥え、その場を後にする。
『君も着いてきてくれるかい?』
子狼にそう問うと「ウォフ!」と返事をし着いてきたのだった。
『そうして、君をこの洞窟に連れてきて三日間看病をしている間に仲良くなったっててわけなんだ。』
俺は今までの経緯を母狼に伝えた。襲ってこないのを見るにどうやら伝わったようだ。言葉が通じるか微妙だったが良かった。これで本当に話せたら良かったんだけど…。
『さて説明も終わったし君はもう休んでいなさい。さぁお前もお母さんのそばにいてあげな。』
俺は食料を集めに行こうと外へと向かう。
「…ありがとうございます。」
『いや、お気になさらず。』
…?俺今誰の声に返事をした?
俺はすぐに後ろを振り返る。当然狼の母子しかいない。
(気のせいか…、いやまさか!?)
その予想は当たっていた。今まさにその口が開かれた。
「助けていただきありがとうございます。」
『…マジか。』
俺は驚きすぎると言葉が出てこないのだと初めて知った。それ程の衝撃だった。
(ほかの獣は喋れなかったのにどういうことだ?というか狼の口の構造でこんなに流暢に言葉を話せるのか!?いや、違うそんなことじゃない、そこじゃない問題は。問題なのは使っている言語が俺が超音波による念話で用いるいわゆる人の言語であるということだ。)
「あの…、大丈夫ですか。」
『あ、あぁすまないね。少し驚いてしまって。』
心配させてしまった。いけない、落ち着け俺こういう時こそ冷静に。
『えーと…。君喋れたんだね。』
「私も驚いています。まさか言葉を喋る蟲がいるとは…。」
『普通は喋らないのかい?』
「はい、普通は人の言葉は喋りません。せいぜいが意味の分からない奇声をあげる程度です。」
『そうなんだ…。』
すごい情報である。ある程度予想通りとはいえそれを確定情報として得られたのは大きい。
俺はさらに質問を続ける。
『君たちはなんでこんな場所で倒れていたんだい。もしかして蟲に襲われて?』
「それは…、はい、その通りです。」
(うん?なんか間があったな。まぁいいか。)
「あの…。」
『うん?なんだい。』
「助けていただいた方に失礼ですが、貴方は私たちのことを襲わないのですか、なぜ私たちを助けたのですか。」
『あぁ…。』
それもそうだ。彼女たちからすれば当然の疑問だろう。何せ彼女たちを助ける理由なんて俺にはないはずなのだから。それこそ危険を犯し他の蟲から奪ってまで。―でも重ねてしまったんだ。自分と彼女達をだから。
『考えるより先に体が動いてしまっまたんだ。君たちを助けるために。そこに理由なんてない。』
「…。」
『信用は出来ないかもしれない。それでもこれが僕の伝えられる真実だ。だから…。』
「…フフ。」
『え…?』
彼女は優しくいたずらっぽく微笑んだ。
「いえ、失礼。もう十分です。ありがとうございます。」
『でも、こんなんじゃ僕を信用するなんの根拠にもならないんじゃ…。』
「えぇ、そうですね。でもだからこそ貴方の真摯さがよく伝わってきました。」
「それにそもそも助けていただいた恩人である貴方を私達が疑う権利などありませんしね。」
「ウォフン♪」
『…ありがとう。』
なんというか嬉しかった。自分が信じようとした心の美しさに触れられた気がした。
「貴方が真摯さを見せてくれたのです。私もお見せしなくては。」
『それはどういう?』
彼女はさらに言葉を続ける。
「貴方も疑問に思いませんでしたか?なぜ、私だけが言葉をしゃべれるのか。」
彼女の身体が人間のように変化していく。これはもしかして…。
「私はただの獣ではありません。」
「私は獣人です。」
その言葉と共に身体の変化が止まる。目の前にはまるで物語に出てくるオオカミ男のように二足で立つ白狼の姿があった。




