第28話 ローブの剣士
身体が重い、これまでの無理もたたってか体力の消耗が激しい。分かってはいたことだけれど流石にこの数は厳しい。どうにか突破口を作って離脱しないと…。
「大人しく捕まれ!」
振り下ろされる鉄の刃をいなし何とか切り抜ける。
「くっ…!はぁっ!!」
けれどこのままでは長くは持たない。やはり無理やりにでも…!
「…水よ我が呼び声に答えよ。」
「コレはっ…!」
「魔法の詠唱だ!終わる前に潰せ!」
「我が意を汲みてその身を変じ、敵を貫く刃とならん。」
「水魔法:氷刃!」
詠唱を終えたと同時に向かってくる騎士たちに生成された氷の刃が降り注ぐ。放たれた刃の一枚一枚がまともに命中すれば致命傷になりかねない。一瞬だが全員がそれの対処におわれている。
本当ならあまり使いたくなかったけれどこの状況を打破するには仕方ない。今の内に逃げなくては。
そう思い急いでその場を後にしようとした時だった。ガンッ!鈍い衝撃が横腹に響く。
「がっ…!」
私はそれに対応するまもなく地面に打ちのめされた。
「残念だが想定の範囲内だ。」
冷たく吐き捨てるような言葉、剣を杖代わりにし身体を起こす。目の前にいたのは騎士たちの中でも秀でた体躯の私もよく知る男だった。
「…まさか貴方まで私を追ってきていたとは、ジルヘルム騎士団長…!」
「大人しく投稿しろ。そうすればこれ以上危害を加えることもない。」
「…しないと言ったら。」
「…その時は、好きにして構わないと言われている。」
「それは誰の命令ですか。」
「…反逆者にそこまで答える道理はない。」
「…そうですか。」
「水魔法:氷弾!」
苦しまぎれに魔法を放つ、だがそれはいとも容易くジルヘルムの剣によって叩き落とされた。
「…それが、答えなのだな。」
(ここまで、ですか。)
体力はもう残っていなかった。魔法もこの状況ではもう意味が無いだろう。身体中から力が抜けるのが分かる。
「…残念だ。」
ジルベルトはそう呟くと吹き飛ばされた私との距離を詰め始めた。頭ではこれまでの出来事が思い起こされ頭の中を巡っている。―嫌だ、まだ私は…!
「水魔法:霧の海!」
その時だった。どこからか声が聞こえ辺りに霧が立ち込める。
「これは、魔法…。」
霧が立ち込める中何とか立ち上がる。するとそれを見計らったように何者かが私の手を引いた。
「誰ですか?」
「大丈夫です。私たちは味方です。」
「貴女は一体…!?」
「説明している時間はありません。今は早くこの場を離れましょう。」
「…。」
嘘はついていない、直感的なものだがそう感じた。分からないことばかりだが今は信じるしかないだろう。
そうして私は言われるがまま手を引かれその場を後にした。
「ウォフ!」
「六郎、あっちは大丈夫かい?」
「ウォフン。」
「そうか、ありがとう。」
良かった、どうやらアイリスは作戦通り上手くあの子を連れ出せたみたいだ。
「霧の中は目が聞かないからね、人よりも鋭い嗅覚を持つアイリスに頼んで良かった。」
ファリンの放った魔法により辺りは深い霧に包まれている。どうやら騎士たちの足止めとしてしっかり機能している様だ。辺りからは騎士たちの戸惑いの声が聞こえてくる。
「次は…。」
俺が確認をすると後方から詠唱が聞こえてきた。これで準備は完了だ。後は…。
「俺の番だな。」
そう呟いて六郎に服を預ける。
「よし、六郎。服、頼んだぞ。」
「ウォフ。」
イメージをし、身体を作り替える。身体は見る間に元のムカデの姿に変容する。
「いっちょやってやるか。」
「コレは、一体?」
霧の中では騎士たちが状況を理解できずに慌てふためいていた。
「居ない、逃げられたか。」
「まさか、協力者がいたのか?」
ジルヘルムが状況を分析しようとした時だった。戦場に悲鳴が響く。
「うわっーー!!」
「なんでこんな所に!」
全員が恐怖と混乱に包まれる。
「どうした何事だ!」
「ほ、報告します!」
「現在我々は包囲されている模様!」
「包囲?誰にだ!」
「霧による視界不良でその姿をハッキリと認識できたわけではありませんが影の形からして対象は蟲だと思われます!」
「蟲だと!?ありえない、森からここまでどれだけの距離があると思っている!」
口調を荒らげながらもジルヘルムは分析していた。突如発生した霧にタイミング良く現れた蟲たち、間違いないコレは魔法によるものだ。分析を終え素早く指示を出す。
「全員落ち着け!恐らくこれは何者かの罠だ!取り乱さず防御陣形を…。」
『ぎゃああああ!!』
「この声は…!」
指示を遮るように発せられた咆哮が響き渡る。そこに居たのは巨大なムカデの姿をした蟲だった。突如として現れたそれに全員が目を釘付けにされる。
「あ、ああ…。」
「あんなの勝てる訳が…!」
平静を取り戻そうとしていた騎士たちに再び混乱が伝わる。
「くっ、怯むな!コレは魔法による幻影だ!恐れることはない!」
だが、ジルヘルムはそれをすぐに後悔した。
先陣を切って斬りかかったジルヘルムに蟲の凶爪が襲いかかった。ドンッ、という衝撃音とともに目の前の地面が大きく抉られた。それは決して幻影などではなく当たっていれば確実に命を奪われていたであろうものだった。
(幻影では、無い…!)
全身を恐怖が支配した。平静を保とうとする心が悲鳴を上げた。そしてそれは他の騎士たちにも同様だった。
「本物だ!本物だぞっ!!」
「逃げろっ!」
最早止めることはできなかった。混乱と恐怖が全体に波及しまるで雪崩のように隊列は瓦解した。
「騎士団長!」
「…っ撤退だ!」
そうして精鋭と呼ばれる王都近衛隊は脱兎のごとく逃げ出した。まるで今までの行動のツケを払わされる様に。
『良し、もういいだろう。』
男はそう呟くと人の姿へと再び身体を変化させる。それと同時に徐々に辺りの霧が晴れ始める。辺りを見回しても既に騎士たちの気配は無く、そこには地面に残る足跡だけが残っていただけだった。
「アイツらもこれであのやり方を懲りてくれるといいけれど。」
そんな事を呟いていると、霧の向こうから一匹の子狼が駆けてきた。口には男の服が咥えられている。
「ありがとう、六郎。」
「ウォフ♪」
受け取った服に着替えているうちに霧の外にいた蟲たちの正体があらわになる。そこにあったのは蟲の形を模したいくつもの氷像だった。
「水魔法:氷像コレがなかったらもっと手荒な手段を取らざるを得なかったからね。本当にファリンのおかげだ。」
「ウォフ♪」
子狼が相槌を打つように返事をする。男はそれに満足そうに微笑むと語りかけながらに歩き始めた。
「行こうか、二人が待ってる。」
「ウォフン。」
「主様〜。」
六郎と歩いているとアイリスが呼ぶ声が聞こえた。急いで六郎と向かう。
「二人とも無事かい?」
「主様、はい私達は、主様の方は?」
「ああ、大丈夫だよ。」
「それで、あの子達は?」
そう聞くとアイリスは少し悲しそうに説明した。
「ローブの子に関しては相当消耗している様ですが軽い打撲だけでしたので応急処置を行いました。ですが馬に関しては間に合わず…。」
「…そっか。」
「今は馬の埋葬を行ってファリンが一緒にいてくれています。」
「分かった、それじゃ行こうか。」
「はい。」
馬を埋葬したという場所に向かうとファリンとローブの剣士が立っていた。どうやら祈りを捧げているみたいだ。
「アニキ。」
「ファリン、色々とありがとう。」
「いえ、気にしないでくださいッス。」
「それで…。」
声をかけようと近づくとローブの剣士はそれに気づきこちらを振り向いた。
「ごめんね、馬を助けられなくて。」
「…いえ、大丈夫です。少し悲しくはありますが、仕方ないことです。」
「…そっか。」
「それよりも先程は助けていただきありがとうございます。貴方達が居なかったら私はどうなっていたか分かりません。」
「いえ、こちらも思うところがあっただけですので、そんなにかしこまらないでください。」
「そうはいきません。この恩は必ず…。」
「…それなら、失礼かもしれませんが貴女が何者か教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「私についてですか、それは…。」
「先程貴女と交戦していた騎士達、彼らは王都近衛隊ですよね。本来王都を守っているはずの彼らがここまで来て貴女を追っていた。そんな貴方が只者であるはずがない。」
「…。」
「教えてくれませんか?」
俺の質問に彼女は躊躇っているようだった。やはりむやみに聞くべきではなかっただろうか。アイリスと顔を見合せ声をかける。
「すみません、無理強いはしませんので嫌でしたら…」
しかし、彼女はそれを遮り覚悟したようにこちらを向いた。
「…いえ、大丈夫です。」
「皆さんは私を助けてくださった恩人、そんな方々に自己紹介もしないのは確かに失礼でした。」
「では…。」
「はい。」
「私も覚悟を決め、恩を返しましょう。」
そう言うと、彼女はそのローブを取った。瞬間全員がその素顔に釘付けになる。
言葉にならなかった。その髪は月明かりのように銀色に輝き、瞳は空を流し入れたように青く澄んでいた。肌は白く、雪のような冷たさの中にまるで花のような温かさを秘めていた。時が止まったような静けさの中で彼女が続ける。
「初めまして、皆さん。私の名前は『リルヴィア・ラトネリクス・ラピュセル』、この国の第二王女です。」




