第26話 仲間の形-3
「その後は知っての通りです。体力を使い果たして倒れているところを主様に助けられ今に至ります。」
「…。」
息が詰まるようだった。焚き火のパチパチとした音が嫌に耳に響く。
「これが私たちの全てです。」
「今まで隠してしまってすみませんでした。」
「いや、姐さんが謝ることじゃ…。」
「それでも私が話していなかったせいで二人を巻き込んでしまいました。」
「それは…!」
「…。」
ファリンは何かを言いかけもどかしそうに言葉を飲み込んだ。
「主様、すみませんでした。こんなつまらない話を聞かせてしまい。」
分からなかった、なんでそんなに自分ばかり責めるんだろう。この子はなんでこんなに…。
「私は主様が思ってくれているような真面目な人物ではありません。」
「私はただの嘘つきです。自分の負い目を忘れるために必死に覆い隠していただけです。」
「騙してしまって、すみません。」
「…もういい。」
被せるように言葉が出ていた。一瞬の静寂がその場を満たす。
「…話してくれて、ありがとう。」
「今日はもう遅い、この続きはまた明日話そう。」
「見張りは俺がする。ファリンもそれで良いね。」
「アニキ…。」
「…はい。」
畳み掛けるように言葉を紡ぐ俺にファリンは何かを伝えようとして、口を閉じた。そう、それで良い。今日はもう休んでいい。何より俺が耐えられない。
「それじゃ、少し見回ってくるから。」
俺はそうして逃げるようにその場を後にした。アイリスはその間も俯いたまま黙っていた。
意味もなく森を駆け抜ける。そうでもしないと頭がどうにかなりそうだった。踏み込む足に力が入り思うように身体が動かない。それでもがむしゃらに走り続けた。頭の中ではアイリスとの会話がいくつも瞬中する。
自分が発してきた何気ない言葉がどれだけ彼女を傷つけたんだろう。どうして彼女の苦しみに気づいてあげられなかったんだろう。そんな彼女に俺は何度助けられてきたんだろう。
―情けない!情けない!!情けない!!!
気づけばアイリス達の居た場所から随分と離れてしまっていた。辺りは薄暗く虫の鳴き声だけが響いている。俺は少し開けた場所で腰を下ろした。
「俺は、今まで何をやっていたんだろう。」
アイリスがただの獣人ではないことは薄々察していた。だからこそ俺はそれに触れてこなかった。彼女が俺に余計な詮索をしなかったようにそれが正しい気遣いだと思っていた。それが結果としてアイリスを苦しめていたとも知らずに。
アイリスは全て自分のせいだと思っている。無論そうでは無い。悪いのは話に出てきたドクターとやらの一派だ。それでもそう思わずには居られなかったのだろう。後悔か仲間を見捨てたという自責の念からか、彼女は贖罪を望んでいる。
出会った時に役に立とうと焦っていたのも、過去のことを話してあんなに謝っていたのも全てそれが理由だったのだろう。
どこに向ければいいのかすら分からない激情を彼女は抱え続けていたのだ。情けない話だ。俺は結局仲間の形だなんだと語りながら彼女の本当の痛みをわかっていなかった。
「…仲間失格だな。」
きっとこれからもアイリスは自分を責め続けるのだろう。自ら行う終わりのない贖罪に縋り続けるのだろう。―止めなければ。
それなら、今の俺に何ができるだろう。どうやったら彼女を過去から救えるんだろう。俺は、俺が仲間の為に出来ることは…。
朝がやってきた。焚き火は消え辺りには優しい木漏れ日で満ちていた。
「…。」
そこに二人の姿はなかった。当然だ、あんなことを隠していたのだ。私がここに居るということはそれだけで奴らに狙われるという事だ。見捨てられるに決まっている。
「行かないと、せめて六郎だけでも安全な場所に…。」
軋む体を持ち上げ私が動こうとした時だった。後ろから聞き馴染みのある声が聞こえた。
「起きたかい、アイリス。」
その声は責めるようなものではなく、いつものような優しい声でそう言った。
「…主様。なんで…。」
「食料を取ってきたんだ。ほら、朝ごはんの準備をするからそこで待ってて。」
「ウォフ♪」
「六郎のもあるからな。」
そう言うと主様は慣れた手つきで火を起こし下ごしらえを始めた。まるで昨日のことなんてなんでもないように。
しばらくして、元気な足音ともにまた聞き覚えのある声が聞こえてきた。手には大きなの猪を抱えている。
「アニキー!取ってきたっスよ。」
「見てください、中々の上物ッスよ!」
「ありがとう、コレは確かに大きいな。」
「そうッスよね!もっと褒めてくれていいッスよ。」
「はいはい、準備は僕がやるからファリンも座ってな。」
そうしてしばらく待っていると目の前には立派な朝食が並んでいた。
「それじゃ食べようか。」
分からなかった、なぜこんな風に私に優しく接してくれるのだろう。私にそんな資格は…。そう思った時だった。主様が口を開いた。
「アイリス、昨日のことなんだけれど…。」
「…はい。」
「すまなかった。」
「…え。」
思わず困惑の声が漏れる。
「アイリスのことを信じると豪語しておいて途中で話を遮ってしまって、悪かった。」
「いえ、そんな主様が謝ることはありません。悪いのは私で…。」
「アイリスは悪くないよ。」
それは私がずっと避けてきながら、最も欲していた言葉だった。思わずそれを否定するように言葉を並べる。
「私は二人に嘘をついて、騙して。」
「自分を庇おうとするのは普通のことだ。」
「でも、現にそのせいで昨日はあんな事に。」
「襲ってきたのは向こうだ。アイリスを狙っての事だとしてもアイリスが責められる言われは無い。」
「ですが…。」
「アイリス、もういいんだよ。一人で抱え込まなくて。」
「なんで、なんでそんなに優しくするんですか。私にそんな資格…。」
「仲間だからだ。」
真っ直ぐな言葉だった。思わず怯んでしまうような優しい言葉だった。
「アイリス。」
気づけば主様は私の前で頭を下げていた。
「今まで気づけなくてすまなかった。」
「アニキ…。」
「ウォフ…。」
ファリンと六郎も心配そうに私たちを見ている。
「やめてください。…良いんです、もう終わったことですから。」
「終わってない。だって泣いてるじゃないか。」
「え…。」
それは自分でも気づかないほど自然に出ていた。気づいた時にはもう遅く溢れるほどに流れていた。
「話を聞いてからずっと考えていたんだ。どうやったらアイリスが前を向けるようになるのか。」
「…主様。」
「僕は不器用だから、こんな方法しか思いつかなかった。」
真っ直ぐな目で私に語りかける。
「お願いします。僕にアイリスを助けさせてください。」
そうだった、主様はこういう人だった。私を旅に誘ってくれた時も私が私のあり方に悩んでいた時もいつも手を差し伸べてくれた。そうか、私は怖かったんだ。また、失うのが怖くてその手を取れずにいただけで、ずっとそこに…。
そう気づいた時にはもう口を出ていた。
「お願いします。私を私たちを助けてください。」
「はい、喜んで。」
「姐さん…!」
「ウォフ…!」
気づけば私は抱きしめられていた。抑えていたものが一気に溢れ出して私は泣いた。暖かくて胸が締め付けられるようで止められなかった。私はそこで初めて仲間のあり方を理解した。




