第25話 地獄が始まった日-2
「お前たち、この子らを運んでくれ。」
男がそう言うとどこから来たのか鋭い目つきをした手下がやって来ました。その者たちは抵抗する私たちを押さえ付けるとそのままどこかへと連れていきました。
「ぐっ!」
「ここでしばらく待っていてくれ、すぐに実験を始めるから。」
「…っここは。」
投げ出された痛みと変容していく体の倦怠感を堪え、私は辺りを見渡しました。そこは地下牢でした。地面と壁をカビの生えた石レンガで囲まれ、部屋の中心には異彩を放つように手術台がランプで照らされていました。
「なんとか、逃げないと…!」
私がそう呟いた時でした。
「…無駄よ。」
声の方向を見ると牢屋の暗がりから一人の少女が現れました。
「あなたは…。」
「私はリルア、まぁ、もう名前に意味なんてないけれど。あなたと同じよ、あの男に騙されてここに入れられた。」
暗がりに目が慣れ始めその姿が鮮明に見え始めた時です。私は絶句しました。そこに居たのは私たちと同じように体の一部を獣のように変じさせた少女たちでした。その顔に生気はなくほとんどが体の痛みを抑えるようにうずくまっていました。
「リルアさん、ここは、何なんですか…?何が起こってるんですか?」
「…分からないわ。でも、この体の変化がけしていいものでは無いことだけは確かだわ。」
異様な生暖かい空気が張り詰めていました。静かだった部屋には苦しそうな息遣いが溢れ、それが嫌にうるさく思えました。
しばしの沈黙が流れた時、コツコツと足音を鳴らし男が戻ってきました。
「お待たせ、それじゃあ早速実験の第二段階を始めようか。」
切る、抉る、刺す、剥がす、縫い付ける。それはまさしく地獄と言うにふさわしいものでした。私たちは番号で呼ばれ、その順番に磔にされ拷問に近しい実験を行われました。今考えれば私たちから反抗する気力を奪うためだったのでしょう。麻酔を用いず行われるそれは凄惨なものでした。痛みから泣き叫び、身体をのたうち回す。失禁や気絶は当たり前、食事もわずかしか与えられず、衰弱から少しづつ少女たちは数を減らしていきました。私自身もストレスから赤毛だった髪は白く変容し、体はやせ細っていきました。
「アンナ、生きてますか…。」
「うん…、生きてるよ。」
「リルアさんは…?」
「大丈夫よ、他の子達もなんとか生きてるわ。」
「良かった、今日は誰も死ななくて…。」
「明日も、頑張りましょう。」
「そうだね、アイリス。」
私たちは互いを支えにただ終わりを祈ることしかできませんでした。
一体どれだけの時間をそこで過ごしたのか、度重なる実験で私たちの身体は完全に獣のように変容していました。獣のような毛は全身を覆い、手足の爪は鋭く研ぎ澄まされ、顔はまるで狼のように変わっていました。あれだけ居た少女達は私やアンナ、リルアさんを含め六人にまで減っていました。
それからしばらくのことでした。男はいつものように牢にやってくると、私たちに語り始めました。
「おめでとう、これで実験の第二段階は終了だ。まさか六人も残っくれるとは嬉しい誤算だった。」
「さて、それじゃあ次は遂に第三段階だ。」
すると男は持ってきた鞄から何かを取り出しました。
「コレは注射器と言って液体を注入したり、逆に吸い出すしたりするために用いるものだ。」
「そしてこの中には培養を行ったとある『獣』の遺伝子が含まれている。」
「何を…。」
「おや、これじゃあ伝わらなかったか。」
「つまりはね、君たちには苗床としてこの獣の子を産んでもらう。そう言っているんだよ。」
全身に寒気が走り、脳が理解するのを拒みました。男はそんな私たちを気にすることなく嬉々として語り始めました。
「この遺伝子の元になった『獣』は強力でね、私はどうにかしてその力を扱えないかと考えた。」
「最初は似た遺伝子の獣にこの『獣』の子を産ませようとしたり、直接人にこの遺伝子を移植したりしてみたのだけれど、上手くいかなくてね。」
「そうして、行き着いたのがこの方法だった。」
「今の君たちは人の身体に獣の遺伝子が混ざりあった状態、さしずめ『獣人』と言ったところだ。」
「その獣人である君たちにこの『獣』の子を産んでもらう。」
「そうすれば獣に子を産ませた時のように暴走することもなく、人に移植した時のようにパワーダウンすることもない。」
「人の知恵を持ち、『獣』の力を十全に振るう、制御できる最強の生体兵器の完成だ。それこそ奴ら蟲どもにも対抗できるほどのね。」
「………。」
「少し語りすぎたね。御託はここまでにして早速実験に取り掛かろう。」
男はそう言うと、手下を呼び寄せ私たちを磔にしました。
「やめ、ろ…。」
私たちは抵抗しようとしましたが、衰弱しきった体にそんな力はなく、ただ受け入れることしかできませんでした。
そうして私たちは『獣』の種を植え付けられました。
そこから私たちの暮らしは皮肉なことに良くなっていきました。『獣』の子を安全に産ませるためでしょう、それぞれが専用の部屋を与えられ何不自由なく過ごすことが出来ました。食事は三食用意されそれを食べた時私は涙が止まりませんでした。怒り、悲しみ、喜び、様々な感情が混ざり合い抑えることができませんでした。しかし、そんな屈辱的な日々の中で衰弱しきっていた私たちの体は確かに回復し、そのおかげで身体を制御し人の身体と獣の身体を行き来できるようになりました。
そうして四ヶ月程が過ぎ。男が検診をしにやって来ました。
「うん、そろそろ良いだろう。」
「良い、とは?」
「子供を産めるということさ。」
「そうですか…。」
「全員を集めようか、出産だ。」
そう言って男は手下に指示を出すと私たちを大部屋に集め台の上に寝かせました。
「それでは今から子供を取り上げる。全員その場で待機していてくれ、抵抗すれば私の部下が君たちを制圧する。くれぐれも歯向かうなんて考ないように。」
そうして始まったそれは出産と言うよりも手術に近く麻酔を行い、腹を切りそこから子供を取り上げるというものでした。しばらく待つうちに鳴き声が部屋に響き、また一匹、一匹と増えていき、遂に私の番がやって来ました。
「さて、君で最後だね。」
痛みはありませんでした。腹を裂かれ子供が産まれて来るのをただ見ていました。―そして。
「キューキュー!」
「おめでとう、無事に産まれたよ。」
手渡されたその子はまだ小さく、甲高い声で泣いていました。姿は子犬のようで赤毛で覆われていました。
「…こんにちは。」
それが後の六郎でした。




