第22話 誓い
砂ぼこりが治まり辺りの惨状があらわになる。一帯の地面はひび割れ落ち着いた公園の雰囲気は見る影もなかった。
「咄嗟だったとはいえやりすぎたな。」
そんなことを呟きながら急いでアイリスに駆け寄る。良かった、怪我はあまり酷くは無いようだ。
「ごめん、アイリス。少し手間取った、急いでここを離れよう。」
すぐにアイリスを背負う。その時アイリスが静かに呟いた。その声は震え今にも泣きそうな声だった。
「…主様、わたしは、仲間を。」
「大丈夫だよ、アイリス。」
「話したくないことを無理に話すことは無い。俺たちには時間があるんだから少しづつ、少しづつでいいんだよ。」
「俺はアイリスを信じてるから。」
「だから今はひとまず休んでいい。後のことは僕が何とかする。」
「…はい。」
その言葉を最後にアイリスは気絶するように眠った。ほんの少し背中に雨を受けた気がした、俺はもう声をかけなかった。
気を取り直し、その場を離れようとする。が、辺りからは既に騒動を聞きつけた野次馬の声が聞こえていた。
「任せてとは行ったが不味いな、やっぱり強行突破しかないか…。」
その時だった、野次馬の喧騒の中から聞きなれた鳴き声が聞こえてきた。コレは!
「アニキー!」
「ウォフ!」
「ファリン、六郎!」
丁度いいタイミングだ、コレなら突破口を開ける。
「アニキ、指示通り荷物ちゃんと回収してきたッス。」
「それですごい有様ッスけど、姐さんは大丈夫なんスか…!」
「ああ、大丈夫だ。傷は浅い、今は少し気絶しているだけだ。」
「良かった、アニキが向かったので心配はしてなかったスけど。」
「ウォフ…。」
「六郎も心配かけてごめんな。」
「おーい、こっちだぞ!」
「何があったんだ、そこら中に瓦礫が飛んで…!」
二人との合流の間も喧騒はどんどん近づいてきていた、急がないと…。
「ファリン、来て早々ですまないが今は時間が無い。急いでここを出よう。」
「アレを使ってくれるか?その後は俺が何とかする。」
「アレッスね。了解ッス!」
そう言うとファリンは直ぐに詠唱を始めた。
「よし、俺も!」
それに合わせ俺も身体を変化させる。
「水よ、我が意思に答えよ。我が意に沿いてその身を変じこの身を隠す盾となれ。」
「水魔法:霧の海!」
詠唱の終わりと同時に霧が発生し、数秒経たないうちに辺りは濃霧で覆われた。
「なんだ!?」
「急に霧が…。」
「何も見えん…!」
野次馬たちにも効果はてきめんだ。
(話には聞いていたけどここまでとは、流石にあのミネルヴァさんに魔法を習っていただけはある。よし、コレなら!)
濃い霧の中身体の変態を終え、二人に指示を出す。
『二人とも俺の背中に乗れ!』
「なんだ?何が起こって。」
その時、霧の中状況も掴めぬ野次馬の上空を巨大な影か通り過ぎる。
「あ、あれは!」
それは蝶であった。巨大な蝶の羽が公園一体に影を落としていた。それに気づいた人々が次々に悲鳴をあげる。
「アレは…蟲!!」
「ば、化け物だ、喰われるぞ!」
「なんでこんな所に!?」
しかし、その蝶はそんなことを気にすることなく空高く飛翔した。飛翔とともに夕焼けに照らされた空気がキラキラと光を散らしている。まるで宝石のようなそれは驚き空を見上げた野次馬たちの目に吸い込まれるように消えていった。
「うっなんだコレ急に目に…!涙が止まらない…!」
「目が!目がー!」
人々が目の痒みに悶える中を蝶は静かに飛び去っていった。落ち着きを取り戻した時にはそこには何も無くただ荒れ果てた公園だけが静かに夕日に照らされていた。
「なんだったんだ一体…。」
「…。」
目が覚めるとそこは見知らぬ森の中だった。空には既に星が輝き夜空を彩っている。ふと、暖かい何かが私に寄りかかっていることに気づく。少し硬い毛の感触、小さくも力強い脈動がそれが何なのかを教えてくれた。
「六郎…。」
まだ朦朧とする意識の中で確かにその名を呟く。それに反応し耳をぴくりと動かすや否やその子は私の顔を舐め始めた。それは喜びと言うより安堵の現れだった。
「心配を、かけましたね。」
「ウォーフ。」
「六郎、他のみんなはどこに?」
私がそんなことを呟いた時だった。焚き火の向こうから二人の人影が近づいてきた。何度も聞いてきた足音、間違えるはずがなかった。
「姐さん…!」
声の主は私を見てそう呟くと優しく気遣うように私を抱きしめた。
「すみません、ファリン。心配を、かけました。」
「良かったッス…。目を、覚ましてくれて。」
噛み締めるように紡がれた言葉だった。短い言葉だったがそれがより確かに心中を語っていた。
「アイリス、目を覚ましたか。」
その様子を静かに見ていたもう一人の影が語りかける。その目は焚き火越しだからかいつもよりも揺らいでいるように見えた。
「主様、ありがとうございます。助けていただいて。」
「いいんだよ、仲間を助けるのは当たり前だ。」
「それでも、ありがとうございます。」
「…真面目だね、本当に。」
「なるほど、そんな事が。」
アイリスが目覚めてしばらくして俺達は街を出たあとの経緯を説明した。
「まさか空を飛ぶことになるなんてびっくりしたッス。それにあの鱗粉を散布してのかく乱、流石アニキッス!」
「いや、アレはファリンが魔法で時間を稼いでくれたおかけだよ。本当に助かった。」
あの後、街を出た俺達はひとまず姿を隠すために街から離れた森に降り立った。周りに集落は無く俺たち以外に人の気配は無い。
「さて、現状はこんな感じだね。とりあえず追っての気配は無いけど念の為今日は僕が見張りをする。三人は疲れているだろうから今日はもう寝てしまって大丈夫だよ。」
そう言って俺がその場を離れようとした時だった。アイリスが口を開く。
「主様、少し待ってください。」
「…。」
「そんなに気を使わなくても大丈夫です。もう覚悟はできてますから。」
「姐さん…。」
「ごめんね、ファリン。せっかく気を使って休ませようとしてくれたのに。でも良いの、いずれ話そうと思っていたことだから、それが今来たってだけ。」
「二人とも私の、私たちの話を聞いてくれますか。」
その声には強い覚悟が滲んでいた。分かっている、俺には聞く義務がある。
怖い、コレを聞いてしまえば何かが壊れてしまうんじゃないか、もう一緒に笑いあえないんじゃないか。そんな事が頭によぎる。でも、きっとそれはアイリスだって同じだ。聞かなくては、俺は彼女を信じると誓ったのだから。
「…分かった。話してくれ、君に、君と六郎に何があったのか。」
「はい、主様。」
そうしてアイリスは自身の過去について語り出した。
同じ頃、街外れにて闇夜を蠢く影があった。
「なんとか、なんとかここまで、これた。」
その顔には最早薄ら笑いを浮かべる余裕はない。身体は軋み今にも倒れそうだ。
クロワール達による脱出劇の裏でその男は密かに逃げ延びていた。まるで虫が物陰を這いずるように。
「詰めが甘かったな、相手の息も確認しないとは。」
「あるいは無意識下で人の命を奪うことを躊躇ったのか。」
そんな事を呟きながら殴られた頬を撫でる。痛みを堪えながら男はその姿を変じさせる。月明かりがその姿を照らす。そこに男はおらず、一匹の黒い狼が佇んでいた。
「行かなくては、あの方に伝えなくては…。」
そう言うと獣は軋む身体を引きずって夜の闇に消えていった。




