第21話 刺客
無我夢中だった。煮えたぎるような怒りが全身を巡り視界が歪むのを感じた。止まれなかった、止まることなどできるはずがなかった。私は冷静さを失った。
アイリスの鋭い一撃が男を襲う。だが男は何事もないようにそれらを躱し、挑発するように語りかける。
「半獣化か、器用だね。すごい身体能力だ。けど、技術の方はお粗末と言わざるを得ないね!」
空を切るアイリスの一撃を嘲りながら男は蹴りを加えアイリスを軽く吹き飛ばした。
「ぐっ…!!」
吹き飛ばされた身体をすぐに起こし、すぐさま男に向き直す。
(この男、人の体でここまで獣の力を扱えるなんて…、)
そんな姿を見て男は薄ら笑いを浮かべながら語りかける。
「なぜそんなに必死になって抗うんだい?勝てないことは分かっているはずだろう?」
落ち着け、これは挑発だ。しかしその心を見透かしたように男は畳み掛けるように言葉を浴びせた。
「ああ、なるほどね。もしかして彼らのため?」
「初めて見た時は驚いたよ、あれだけのことをしておいてのうのうと仲間を作っているんだから笑」
「まさか、まだ自分が他人と同じ幸せを掴めると思っているのかい?友すらも切り捨てた君が?」
噛み締めた歯茎から血が流れる、口全体に鉄臭い怒りが広がる。
「それにしてもあれは傑作だった。」
「ありもしない希望に縋り付き最後には全員が野垂れ死んだのだから。」
「彼女たちの悲鳴、今でも思い出して笑えるよ。」
「本当に無様だった笑」
「黙れ!!」
わかっていた。これは挑発だ、それでも気づけば体が動いていた。その瞬間私の敗北は決定した。
怒りのままに振るわれた一撃は一笑にふされ、返しの一撃で私は地面に這いつくばった。
「そんなんだから勝てないんだよ。」
「ぐっ、うう…。」
最早その言葉には嘲りすらもなく、残っていたのは弱者への蔑みだけだった。
「本当に愚かだね、ありもしない希望に縋り付くその姿、彼女たちにそっくりだよ。」
「安心しなよ、すぐにアイツらも同じところに送ってやるから。」
その言葉と共に冷酷に命を絶つため一撃が振るわれる。
(結局何も変われなかった、あの時と同じように奪われるだけで何も出来なかった。せっかく助けてもらったのに。)
後悔が走馬灯が脳内に瞬中する。私は死ぬのだ。恩も何も返せぬままに。
(…ごめんなさい。)
衝撃音とともに石畳が砕かれ破片と砂埃がまう。確実に命を絶っていたであろう一撃、しかしその感覚はない。
(どういうことだ、あの女はどこに?)
疑問を感じ辺りを見回すと答えはそこに立っていた。
砂ぼこりが治まり男が姿を表す。その腕の中には女が抱えられていた。
「…主様?」
「ごめん、遅れた。」
アイリスたちの戦闘が始まる少し前俺達はファリンが忘れ物をした店に来ていた。
「ファリンどうだい、見つかったかい?」
「はい、アニキ、ちゃんとありました!」
「ウォフ♪」
「よし、それじゃ早くアイリスのとこに戻って…。」
その時だった、六郎がなにかに気づき吠え始める、その姿はまるでなにかに怯えているように見える。
「ちょっ!六郎ちゃんどうしたんスか!?」
「ウォフウォフ!!!」
「この反応、もしかして敵か!?」
「でも、辺りには居なさそうッスけど。」
「もしかして、アイリスの方か!」
「ウォフウォフ!!」
六郎はそれを肯定するように俺を見つめている。
「姐さんが!でも一体誰が!」
「…誰かは分からないが、急がないと。」
落ち着け俺、俺まで焦っては意味がない。俺は何とか自分をなだめ二人に指示を出す。
「ファリンと六郎は宿に行って荷物を回収してきてくれ、直ぐにこの街を出る!」
「アイリスの方へは俺が行く!」
「アニキ、少し待って!」
まだ状況の飲み込めない様子のファリンの声を振り切り俺はメロスの如く駆け出す。
(間に合ってくれ!!)
「…主様?」
「ごめん、遅れた。」
ギリギリ間に合った。俺は男の足元を見る、あの威力あと少しでも遅れていれば確実にアイリスは死んでいただろう。
アイリスを地面に寝かせ、男に目を向ける。
(何者だコイツ…。いやこの感覚何処と無くだがアイリスと似ている?)
疑問が脳を埋め尽くしたがそれは相手も同じようだった。男は突然現れた俺を慎重に観察し、それを終えると話し始める。
「驚いたよ、まさかただの人に僕が不覚を取るなんて。」
「本当に驚いたよ。」
警戒と不快感、その感情があたりの空気を殺気立たせる。
「主様…ダメ、です。早く逃げて…。」
「大丈夫だよ、アイリス。俺が何とかする。」
そうコイツは俺がケリをつける。コイツは俺の仲間を傷つけた、許すはずがない。俺は疑問を振り切り男に向き直す。
そんな俺の表情を見たのだろう、男はここぞとばかりに挑発を仕掛けてきた。
「可哀想に、なんにも知らないんだな。」
「なんの事だ。」
「その女の事さ、そいつには助ける価値なんてないよ。」
「そいつはな、仲間を裏切って逃げたんだよ。助けを求める仲間の声を無視して。」
「…。」
「そんなやつを助けて何になる?いずれ必ずお前たちのことも裏切るぞ。」
コレがこの男のやり方なのだろう。挑発で相手の思考を奪い行動を誘導する。姑息で卑劣、だが確実な手段だ。
「だったらなんだ。」
「は?」
返事られた言葉に男は理解できない様子だ、そんな事を気にすることなく言葉を紡ぐ。
「俺は現在のアイリスを知っている、優しく仲間思いでいつもひたむきな彼女を知っている。」
「それがなんだ、だからと言って過去は消えない!」
「確かに過去は消えないかもしれない、だがそれは決して現在を否定することにはならない。」
「俺は現在のアイリスを信じる。」
「断片的な過去だけで現在を知ろうともしないやつがアイリスを語るな!」
それが答えだった。俺は現在のアイリスを信じる。あの時アイリスがそうしてくれたように。
問答が終わりしばしの静寂が流れ男が動き出す。
「…くっハハ、そうかよ、なら問答無用だここで死ね。」
言葉を放つと同時に男の足元の地面が大きくヒビ割れ追って衝撃音が広がる。男の凶爪がまっすぐに心臓に向かう。
「主様!!」
アイリスの声が響く。だがその言葉が届くより先に決着は着いた。
なんだ?何が起きた?体の感覚がない、おかしいこれは、回らない頭で思い出す。そうだ俺は。
「死ね。」
渾身の一撃を見舞う、凶爪が空を裂きながら心臓に向かう。音にも負けない速度だった。だがそいつはそれよりも早く俺を…。
その瞬間全てを思い出す。顔には燃えるような痛みが走り、すぐに身体中に地面の冷たい感覚が突き刺さった。そうか、これは、―走馬灯だ。
衝撃音が響き、追って砂埃がまう。その中には一人の男が立っている。足元には陥没がありそこにはもう一人の男が倒れていた。
砂埃が晴れその姿が現れる。
「…主様?」
問いかける声に男は優しく答える。
「言ったろ、大丈夫だよって。」




