第19話 リロード-2
緑芽吹く大地に青く澄んだ空、まだ舗装されていない道は踏みしめる度に土の柔らかい感覚が広がる。
ミネルヴァさんと別れてから一週間、俺達は観光都市マグネスを目指して旅をしていた。
「主様、そろそろ良い時間ですし休憩にしませんか?」
「もうそんな時間か、分かった。それじゃあの木陰で休憩にしよう。」
「やったッス、姐さん今日の晩御飯はなんですか!」
ミネルヴァとの誤解もとけファリンは以前よりさっぱりした様子である。そのおかげで元々の純粋で天真爛漫な部分がよく出ている。
「ウォフウォフ♪」
「はいはい、少し待っていてくださいね。今準備しますから。」
森とは違い危険も少ないので皆ゆったりとしている。少し気を抜きすぎとも思うが皆が楽しそうなので良しとしている。
マグネスまでは徒歩で二週間程度かかるらしく、まだまだ街は見えてこない。なので最初は俺が蟲に変身し直して皆を運ぶと提案をしたのだが「目立ちすぎる」等のマジレスをくらって速攻で却下された。少し悲しかった。
(まぁでも、確かに皆とこうして語らいながら旅をするのは悪くない。時には効率が全てじゃないってことか…。)
俺がそんな風なことを考えていると食事の準備をしていたアイリスが「あ…」と声を上げた。
「どうかした?」
「主様、すみません実は材料が少し足りなくて。」
「そっか、それなら僕が取ってくるよ。」
「ウォフ♪」
「お、六郎も一緒に行くか。」
「ウォフン。」
「すみません、それではお願いしても良いですか。」
「もちろん、任せといてよ。」
「じゃ、すぐ戻るから行って来るね。」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
俺と六郎は魚を釣りに出かけた。
俺達がいない間ファリン達は準備をしながら雑談をしていた。
「へぇ〜六郎ちゃんの名前は姐さんのご友人が名付けてくれたんスね。」
「えぇ、とても大切な友人が。」
「姐さんがアニキ以外にそこまで言うなんて、どんな人か気になるッス。」
「また機会があれば話してあげます。彼女がどんな人だったか。」
そんな会話の中である質問が飛び出した。
「そういえば、名前で思い出したんスけど…。」
「姐さんって、アニキの名前って知ってますか?」
「…主様の名前?」
「はい、今までなんやかんやあってちゃんと聞けてなかった気がするんスよね。」
「でも姐さんなら私よりアニキと長いですし知ってるかと思って聞いたんすけど。」
「…って姐さん?」
「…。」
アイリスは動揺していた。目は泳ぎ額には冷や汗が伝っている。そこにはいつもの冷静で頼りになる彼女の姿はなかった。
「もしかして、姐さんも名前知らないんスか?」
「し、しし知らないわけないじゃないですか。全くおかしなことを言わないでください。」
「いや、姐さんその反応で知ってるってのは無理があるッス。」
「でもそうッスか、姐さんでも知らないとなるとやっぱり直接聞くしかないッスね。」
「うっ…すみません。」
「大丈夫っスよ姐さん。こういう時は素直に聞くのが一番です。」
「僕の名前?」
夕食の準備を進める中でそんな質問を受ける。
「はい、聞いたことないなと思って。」
「ぜひ教えてください。主様!」
二人は目を輝かせながら迫ってきた。その表情からは期待の念が感じられる。だがそれには答えられない。俺は理由を教える。
「僕に名前はないよ。」
そう告げると二人は困惑した様子で質問を重ねてきた。
「名前がないって、それってどういう…?」
「そのままの意味だよ。生まれた時から僕に名前はない。」
「そもそも僕は蟲だから名前を呼んだり呼ばれたりする習慣自体がないんだ。母さんも僕のことは『我が子』とか『坊や』とかって呼んでいたし。」
「そうなんですか…。」
「なんかごめんね、期待に添えなくて。」
「だから気にしないでいいよこれからも今までどうりの呼び方でいいから。」
二人は納得いかない様子だ。俺は気にしていなかったが二人からすると名前がないというのはそれなりにショックだったらしい。
しばらくしてファリンが声をあげる。
「やっぱり納得いかないッス。」
「こうなったら私たちでアニキの名前を考えるっス。」
なんでそうなる。しかし俺が意見を伝える前にアイリスも声をあげる。
「それは良いですね、主様よろしいでしょうか!」
「アイリスまで…。」
俺は仕方なく二人の熱意に押され食事をしながら何時間も自分の名前について考える羽目になったのだった。
夜も更け皆が疲れて寝静まった後俺はひとりで考えていた。
「まさか、二人がここまで真剣に俺の名前について考えてくれるとはね。」
あの後実際に皆で名前を考えた。どうやら話によればこの世界では名前に魂が宿るとしてかなり重要視されているらしい。それ故にあんな反応になったのだ。
実際に出た案は様々で決まらなかったが皆がここまで自分のことについて真面目に考えてくれたのは素直に嬉しかった。
「ここまでしてもらって俺が考えないのはな。」
俺は再び本腰を入れて自身の名前について考え始めた。
「名前か…。」
『いいッスかアニキ、名前っていうのは想いなんです。どんな名前にだって必ず想いがこもってるんスよ。』
『主様には背負いたい想いはありませんか?』
俺はアイリスたちの言葉を思い出していた。
「背負いたい想い、か。」
もしも想いを背負えるのなら、俺は。
「………決めた、俺の名前は。」
「皆、起きたかい。」
次の日の朝、俺はみんなを集めた。理由は勿論名前を教えるためだ。
「どんな名前にしたのか楽しみッス!」
「ウォフ♪」
「そんなに期待されると緊張するな、期待に添えなくてもガッカリしないでね。」
「大丈夫です、主様は主様ですから。」
「そうッスよ、アニキ。」
「ウォフン。」
真っ直ぐだった。嘘偽りのない真っ直ぐな言葉だった。
「ありがとう、それじゃ。」
俺は名前を彫った木の板を掲げた。
「コレが、僕の名前だ。」
全員がそれに注目する。みんなの表情が優しい笑顔に変わる。
「…コレが俺の背負う想いだ。」
それは最期の瞬間まで世界の美しさを信じた母さんの想い。
その名は『クロワール』。信じる心その誓いの名。




