第18話 巣立ち
その言葉は震えていた。怖かったんだろう自身の思いをここまではっきりと口にするのは。
「私を…これからの旅にも同行させてくれませんか。」
空気が張り詰める。まとわりつく程度だった空気が確かな重さを持った。
「…良いのかい?」
「はい。」
「僕らとしては願ってもない話だけど、それはつまり…。」
「守り人としての責務を放棄するということじゃな。」
話に割って入る。その瞳に曇りはなく真っ直ぐにこちらを見つめている。
「守り人の責務は森の環境を管理し、人と森の生物との関係を取り持つこと。故にその責任は大きく欠かすことは出来ない。そう、教えたのう。にも関わらずそれを放棄すると。」
「そういう意味で間違いないんじゃな?」
自身の言葉で空気がひりつくのがわかる。だがその空気の中でもその瞳は揺らぐことなく私を真っ直ぐ見つめている。
「師匠、いえ、おばあちゃん。」
「私にとって世界はここだけで守り人の責務だけが絶対だと、そう思っていました。」
「けど、アニキ達と出会ってこの世界はもっと広くて、可能性に溢れている。そう思うようになりました。」
「私はそれを確かめたい。この世界がどんな希望に満ちているのか知りたいんです。」
「お願いします。どうかアニキ達について行かせてください。」
「…その言葉に嘘はないな。」
「はい。」
「……良いだろう、同行を許可する。」
「ただし今後一切守り人の道にもどることは許さない。」
「ファリン、主を破門とする。」
「!ミネルヴァ様それはいくらなんでも…。」
ファリンが抗議しようとするアイリスを静止する。
「良いんです。最初からこの覚悟はしてましたから。」
「許していただきありがとうございます。」
「…明日にはここを出よ。今晩中に荷物をまとめておけ。」
「…。」
その言葉を最後に私は席をたった。
少し湿った空気が頬を撫でる。春の夜は涼しい。黙って出ていった彼女を追いかけ俺は外に出た。
庭に出ると彼女が立っていた。庭にはブランコがあった。きっと彼女がファリンのために作ったのだろう。その背中は少し寂しげにもう揺れることのないブランコを見つめている。
「あれで良かったんですか。」
彼女に問いかける。
「あぁ、あれで良い。」
彼女は寂しげに微笑みながらそう言った。
あの時、ファリン達が食料を取りに出て行ったあと彼女はこう言った。
「ファリンを一緒に連れて言ってくれぬか。」
「…僕はいいですけど、そのいいんですか貴方はそれで…?」
「正直に言えばまだ手を離したくはない。」
「じゃが主らを見て託しても良いと思った。」
「僕らを?」
「主らといる時のあの子はとても楽しそうで、嬉しそうで、私といる時とは違った表情を見せてくれる。」
「それに、初めてだったんじゃよ。あの子があんなに真っ直ぐ自分の意思を伝えてきたのは。」
「子供をいつまでも引き止めたいというのは親のわがままじゃ。」
「じゃからどうか、頼まれてはくれぬか。」
「………分かりました。それじゃ僕はどう動けば。」
「私に合わせてくれ、後はなるようになる。」
「そう、言ってましたけど。何もあんな突き放すようなやり方をしなくても。」
彼女に問いかける。彼女は少し俯くと語り始める。思い出をなぞるように静かに。
「昔のあの子は身体も小さく、病気がちであまり外で遊ぶこともなかった。近くに他の子もおらんかったからな。」
「じゃから私は寂しくないよういつもつききっりじゃった。」
「色々なことを教えた。礼儀作法、魔法、生物と環境、そして守り人のこと。」
「そうして色々なことを学び、実践し、それがあの子の世界になった。」
「最初は良かった。あの子が健やかに成長していくことがこの上なく嬉しかった。」
「じゃが、いつの日からかその世界があの子を縛る鎖になった。」
「そうしてそれに、あの子自身も気づいておった。」
俺は問いかける。
「だから、あんな方法を?」
「半端に許せば優しいあの子じゃ必ず負い目を感じる。」
「じゃから突き放してでも枷を外してやる必要があった。」
「………。」
俺がため息を漏らすとそれに反応し彼女は笑いかける。
「主がそんな顔をする必要は無い。いずれこうなる運命じゃった。むしろ主らのような者たちにあの子を任せられて良かったと思うておる。」
「でもそれじゃあなたの想いは…。」
彼女は少し俯き、静かに答える。
「良いんじゃよ…。」
その声は泣いていた。そう思えるほどに優しく静かだった。
「今日はもう遅い、主も明日の準備をしておけ。」
そう言うと彼女は部屋に戻って行った。俺はもう何も言えなかった。
早朝、準備は終わった。俺達はミネルヴァに感謝を伝え家を出ようとしていた。
「色々あったけどありがとうございました。ミネルヴァさん。」
「ウォフ♪」
「申し訳ないです。服や路銀まで用意していただいて。」
「よい、これはほんの餞別じゃ。」
「…。」
「ほら、ファリンもなにか。」
「…。」
ミネルヴァとファリンの間には未だ気まずい沈黙が流れている。
「クゥーン…。」
(やっぱり俺からちゃんと伝えた方が…。野暮かもしれないけどこのまま想いが伝わらないまま別れるなんて…。)
そんな考えがよぎり、俺が言葉を言いかけた時だった。その考えは杞憂に終わった。
あの子たちが出て行く。私には結局こんなことしか出来なかった。一度も想いを口にすることなく、見送ることしか出来ない。後悔がつたう。ダメだ、せめて今だけは笑顔で…。
その時だった。服越しに伝わる暖かい肌の感触、少し体が重い。私は抱きしめられていた。
「おばあぢゃん。」
その声は涙でかすれていた。懐かしい、小さい頃もそうだった。いつもこうして私についてきて、それが可愛くて、愛おしくて。
「こんな子でごべんなさい…、あんなに良くしてくれたのに、たくさん教えてくれたのに。」
そんなことない、私の方が沢山のものを貰った。
「立派な守り人になるって約束したのに、守れなぐてごめんなさい…。」
優しく抱き返す、それは想い出をなぞるようで気づけば自然と言葉が出ていた。
「良いんじゃよ、それがお前の決めた道なら。」
「その道を行くと決めたなら真っ直ぐ進めばいい。どんな姿でも私はファリン、主を…。」
「愛しているから。」
「なんだ、ちゃんと伝わってたんじゃないか。」
自分の認識の甘さを実感する。二人はちゃんと家族だったんだ。
「主様。」
「ウォフ。」
「うん。」
ファリンは声をあげて泣いていた。子供のようだったがミネルヴァはそれを笑うことなく優しく、いつまでも寄り添っていた。
俺はそれを見て心が温かくなって、なぜだかとても誇らしく思った。




