大聖都 皇王視点 大神官への要請 2
魔王襲撃から、もうすぐ丸一日が過ぎようとしていた。
本来なら五日間の会議を終え、各国最後の根回しをしながら、最後の晩餐会と舞踏会を楽しむのが通常であるのだが。
「去年といい、今年といい、騒動が尽きませんな。
マリカ皇女がおわす所には、常に凶運と強運の花が咲く」
「オーティリヒト様」
空国の大公の呟きを、風国女王が諫めている。
だが、議場に漂う乾いた笑いは、彼の表現を肯定しているようだった。
「確かにその通り、ではあるのだが、本人がそうしようと思ってやっているわけでは無いのだから、責めるのも酷だろう。
花に虫が集まるように、良くも悪くもマリカという存在には騒動が集まるのだ。
英傑の才というのは、そういうものかもしれん。なあ、ライオット」
「俺には……なんとも……」
「視野が広く、多角的にモノを見ているように見えて、実はただ一つの事、目的に専心し、その為には手段も目的も選ばぬ。
ああ、隠し子と聞いた時には疑いもしたが、確かにお前とマリカはよく似た親子だ」
隣に立つ我が子は、従兄の指摘に苦く笑っている。
妹を娶っていることもあって、普段は怖いもの知らず、何にも譲らないこの息子は、彼にはいつも一歩引いた様子を見せる。
まあ、仕方が無いだろうと息を吐き、私は議場へ顔を戻した。
この会議は、アルケディウスの正念場なのだ。
「昨年と違い、今年は通信鏡を通して各国には事情が伝わっている。即時通信はやはり便利だな。感謝する、アルケディウス」
「いえ」
「通信鏡の増産についても重要ではありますが、やはり何より先に話し合うべきは、マリカ皇女についてでしょう」
「ああ。どうせ神官長の葬儀までは動けない。帰国も叶わないのだから、その間に懸案事項に筋道を立てておく必要があるだろう」
甥でもある火国王ベフェルティルングは、今回の議長のような役割を任せられている。
彼の言葉に、参加者たちは皆、背筋を伸ばした。
七国王の目視に臆することなく、議長である彼は、今回の事案について纏め、話す。
「今回の魔王エリクスの襲撃において、大聖都が受けた被害は軽微なものではなかった。
調度の破壊その他、物理的な事では無く、奴は安寧と思われていた不老不死世界に大きな傷を付けていったのだ。
『神』の僕――神官長の死、という形でな」
神官長フェデリクス・アルディクスは、魔王エリクスの鎌によって身を切り裂かれ、死に至った。
魔王エリクスが置いていった『不死殺し』の鎌は現在、大聖都に厳重に保管、監視されている。
だが、『神』によって不老不死を与えられた存在が、不老不死を剥奪されたわけでもない状態で殺されたということ。
しかもそれが、『神』の恩寵を一番受けている筈の神官長であったことが、人々に大きな衝撃を与えた。
「今までも、魔性が不老不死者を傷つける、という実例はあったが、今回の件でより警戒が必要になるな」
「今回のような目的をもっての者でない限り、魔性の目的は『精霊の力』の奪取だ。
より強い『精霊の力』を持つ者が狙われる。王族や魔術師、子どもに特に警戒が必要だと、姫君はおっしゃっていたぞ」
地国のスーダイ大王は、魔性に体内へ入られ、精霊の力を奪われかけたことがあると聞く。
実体験を伴う警告に、各国王は頷き、同意した。
だが、ここで藪から蛇が出る。
「そうだ。伺わねばならぬと思っていたのだ。アルケディウス皇王、そしてシュトルムスルフト女王よ。
其方らの抱える、あの銀髪の少年魔術師。
高位の杖を持つとは思っていたが、まさか失われた『真なる魔術師』なのか?」
問いかけてきたのは空国大公だ。
彼は以前から、アルケディウスに力や才能が集まりすぎることを危惧していた。
「変生については、私も知りませなんだ。
ただ、子どもでありながら杖の精霊石と契約ができる高位術師であることは解っていたので、私自身が抱えた次第……」
「私も、あの子が王家へ戻る以前の事は存じません。
ただ、不老不死前の時代、我が国が罪を犯したことにより取り上げられた王の杖を、『精霊神』から授かった稀有な能力者であることは理解しております」
今は、もう同一視され、意味が無くなっていることであるが、不老不死前、精霊術師と魔術師は違うものだった。
精霊石に選ばれ、契約を交わした魔術師は、人ならざる力を持つ者として、そうではない術師より遥かに大きな力を持ち、術を行使したという。
生きた人でありながら、精霊に近い存在であったとされるが、真の魔術師は十中八九『精霊国エルトゥリア』から派遣された者。
彼らは決して、力の由来や精霊の秘密を語りはしなかった。
「……風の王の杖を持つ、真なる魔術師……。
よもや、あの者、転移陣の修復だけでは無く、転移術も使うのか?
アルケディウス皇王よ」
「……然り。国境を越えることはできぬと申しておりましたが」
各国王の顔から、さっと血の気が引いた。
転移術が使用できる術師は、おそらく不老不死後、生まれてはいなかった。
国境を越えることはできなくとも、国内へ入れられたら、一度行ったところへはどこでも侵入可能。
そんな魔術師が、マリカの側近として自国へ入っていたのだとしたら、良い気持ちにはならないだろう。
「あの少年魔術師が、稀有なる知識と力を持つことは理解しておりました。
それに助けられもしましたが、皇王陛下。やはりそれは、事前に伝えて頂くべきことではないでしょうか?」
「申し訳ございません。
ただ、私かマリカの許し無くして転移術を使用してはならないと、キツく伝えてございますれば」
「そういう問題ではございません!」
空国大公の口調は、責めるようなものへ変わっている。
他国からの助け船も、今の所はない。
唯一助けてくれそうなプラーミァの国王も、大きく息を吐き、腕を組むだけ。
「亡き神官長ではないが、確かにアルケディウスに『精霊の恵み』が偏っているのは確かだ。
新しい食、精霊の知識、プラーミァとアルケディウスの精霊獣、真なる魔術師に勇者の転生。そして『聖なる乙女』」
「!!!」
「ベフェルティルング!」
「義兄上!」
周囲が一瞬、水を打ったように静まり返り――そして騒ぎ、いや、どよめいた。
「! ま、待たれよ。プラーミァ国王陛下。今、なんとおっしゃられた?
勇者の転生、と?」
「なんだ? 気付いておられなかったのか? エルディランド大王。
マリカの婚約者にして護衛騎士。リオンを名乗る少年は、おそらく本物の勇者の転生、アルフィリーガだ。
エリクスは偽物だったのだろう」
「な……どうして?」
唖然とするライオット、各国王。
勿論、私を含む周囲の者達の中、ベフェルティルングはただ一人、平然とした顔で哂っている。
「どうして解ったか、か?
少し考えれば解るだろう?
仲間への情愛の深いお前が、大聖都の『勇者の転生』には素知らぬ顔。
一方で孤児を拾い育て、自らの娘の婿候補として側に付け、勇者の形見の短剣まで預けている。
勇者の転生がアルケディウスに生まれたようだ、という大神殿からの報が最初にあったのは、今から十数年前だし、時期も合う。
決定打はアーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子だな。襲撃の時、リオンを別の名前で呼びかけたであろう?
あの時、確信が持てた。皇子も一時はライオット達と旅を共にした。
彼の正体に気付いておられたのだろうとな。
まあ、それ以前から、戦士国プラーミァが誇る王太子を始めとする戦士達を蹴散らす実力と、孤児とは思えぬ立ち居振る舞い。
只者ではないとは思っていたがな」
アーヴェントルク皇帝の背後で、ヴェートリッヒ皇子は血の気が引いた顔をしている。
自分の不用意な一言が――と気に病んでいそうだが、彼のせいばかりではなかろう。
いずれ解ることではあった。
偽物と本物。
並べばその輝きは、一目瞭然であるのだから。
「アルケディウス皇王陛下。
プラーミァはアルケディウスとマリカ皇女に、返しきれぬ借りがある。
故に、彼女が望まぬことを強要するつもりは無いと、最初に申し上げておく」
会場中が騒めく中、アルケディウスの秘密を暴露したプラーミァ国王、ベフェルティルングの表情は静かだった。
おそらく、あのタイミングでリオンの正体を告げたのは、熟考と綿密な計算の上でのことだったのだろう。
「今の話も、本当は言わずに済めばと思っていた。
あるいは、こっそりライオットに告げて、笑い話にできればと思っていた。
だが、このような騒動が起き、神官長が没し、皇女を守る為にも、そして今後の七国発展の為にも、共通理解を図り、一番いい方法を考えていかねばと思ったのだ」
「義兄上……」
「これは、一つの提案だ。誓って神殿側を擁護するものではない。却下して頂いても構わない。
だが、七国の協力関係や今後の事も含めて、一考して頂ければと願う」
ライオットへ向けて微笑すると、彼は一度だけ瞼を落とし。
そして決意するように、大きく一度頷いて口を開いた。
「私――いや、プラーミァは、アルケディウスの皇女『聖なる乙女』マリカに要請する。
マリカ皇女の、大神殿大神官就任を」




