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大聖都 大神官への要請 1

 大神殿全体が静まり返っている。

 そんな気がした。

 実際には神官長の葬儀の為に、多くの人が忙しく走り回っているのだろうけれど。


「マリカ様……」


 椅子に座ったまま、身動き一つできずにいる私へ、心配そうに女官長ミュールズさんが声をかけてくれる。

 けれど、まだちょっと気持ちの整理がつかない。


 ほんの一日前なのだ。

 あの悪夢のような出来事は。


「ゴメン、ちょっと一人で考え事、してもいいかな?」

「解りました。部屋の外におりますので、何かありましたらお呼びください」

「セリーナや、カマラが多分、傷ついていると思うから、声をかけてあげてくれると嬉しい」

「マリカ様の方が、傷も、衝撃も大きいように思いますが……解りました。お任せ下さい」

「ありがとう」


 本当なら、もう会議は終わり、帰国の途に就いている筈だった。

 でも、無期延期。

 神官長の葬儀と、その後のことが決まらない限りは、帰ることができそうにないという。


「そもそも、私、帰れるのかな? アルケディウスに。

 魔王城に」


 周囲にはリオンも、フェイも、アルもいない。

 一人にして欲しいと言ったのは私だけれど、自分で零した弱音に、誰も答えを用意してはくれない。


 だから、自分で考えなければいけないのだ。

 これからの私のやるべきことを。


 私は意識を失っていて、完全には事情を理解していなかったことがある。

 だから、まず整理してみようと思う。


 今回の魔王と魔性による襲撃は、内と外、両面から行われていたということが調査で判明したという。


 大神殿には結界のようなものが張られており、簡単に魔性などが侵入することはできない。

 だから魔王エリクスは、外を魔性に襲わせ、陽動として騎士団などをおびき寄せ、神殿内の警備を手薄にさせた。


 その上で、神殿の内部にある転移陣から中へ入ってきたのだ。


 大神殿の転移陣は、今の所、世界で唯一、他国へ直通で移動できる優れもの。

 各地、各神殿にも転移陣が残っているところが多い。

 そのおかげで神殿は、情報通信や流通に関して様々なアドバンテージを得ている。


 弱点は、敵の手に落ちると、一気に喉元へ食いつかれるということ。


 今回の場合、調査によると、ヒンメルヴェルエクトの神殿が事前に魔性の襲撃に遭っていた。


 ヒンメルヴェルエクトは神殿長が当時不在で、上層部も一緒に入れ替えられており、全体的に手薄だった。そこを狙ったのだろうと推察される。


 魔王エリクスは、勇者の転生と呼ばれていた時代、大神殿の王子待遇だったから、大神殿と各神殿を繋ぐ転移陣の存在を知っていたし、使い方も解っていた。


 幸い、ヒンメルヴェルエクトの神殿に死者は出なかったけれど、魔性とエリクスの攻撃により怪我人は出たようだった。

 そして彼は、国王会議を襲撃したのだ。


 狙いは本人も言う通り、私の身柄だったとする。


 アルケディウスの居住エリアを狙わず、会議を狙ったのは、通常であるなら、私は会議に呼ばれているから……と思った瞬間、気付いて首を横に振った。


 魔王エリクスは、十中八九『神』の手先なのだ。

 そして、あの襲撃は、私と『神』の賭けの一環。


 人間が『子ども』を、『精霊』を、道具として扱うばかりではない。

 という私の主張を確かめる、証明の為の試験だったのだろうと思う。


 纏まった量の血を捧げなければならない時限爆弾。

 血を捧げることができない不老不死者。

 そして意識を失い、人形のようになった子ども。


 皇王陛下や国王様達がもし、私のことを道具扱いして血を捧げていたら、『神』は「それ見たことか」と大笑い。

 後の展開からして、私に『神』側からの変生をかけ、傀儡か、エリクス側の魔女王にしていた可能性が高い。


 幸いなことに、国王陛下達はそんなことはしないで、全員の血を捧げるという平和的手段で事態を乗り越えて下さった。


 私を返して下さったってことは、『神』もその点は認めて下さった、ということだ。


 ただ、その後が最悪だった。


 七国の王という、最上級の『精霊の力』の含まれた血を吸った時限爆弾は、実は私を魔性変生させる為の術式で。

 それを止めようとした(?)ノアールが、私の代わりに囚われ、術によって変生させられてしまった。


 変生。


 その言葉を最初に魔王城で聞いたのは、もう三年近く前。

 フェイが風の王の杖、シュルーストラムに選ばれた時。


 人間と精霊の狭間の者として身体を作り替える儀式が『変生』だと聞いた。


 意識していなかったけれど、私も『変生』を受けたらしい。

 魔王城で倒れた時。力の封印が解けた、とかで、力を支える為に一時的に大人になって。

 それが疑似的な『変生』で、私の身体はそれ以降、精霊に近いものになっているらしかった。


 他にも色々あって、私の肉体の『精霊化』――実際にはどんなものかは解らないけれど――は、かなり進んでいるようだ。


 最初は、飲食物に混ぜられていた『神』の力にも過剰反応していたのに、今は多少のことなら平気であると言われている。

 力も、多分上がっている。


 そのせいで、おそらく魔王城のエルフィリーネや、『精霊神』『星』が気付かないようにしてくれていた意識妨害が外れて、私は自分が『精霊』――人間じゃないのかも、と気付いてしまったわけだけれど。


 ただ、それはもういい。


 問題は、私達『精霊』の事情と争いに、ノアールを巻き込んでしまったことと、これからのことだ。


 ノアールは魔王エリクスに連れ去られてしまった。

『変生』によって身体を作り替えられたことと合わせて、私の身代わりになってくれたのだと思う。


 私は彼女を連れ戻して、できるなら光の下へ戻してあげたい。

 彼女の思いや意図もあるのかもしれないけれど。


 でも、完全に思考も行動も『魔王』となってしまったエリクスのように、ノアールも変わってしまっているのだろうか?

 助ける方法はあるのだろうか?


 私が『精霊』でも気にするな、受け入れる。

 と、お父様は言って下さった。


 彼女も、変生を受けて精霊の力を得ただけなら、普通の人間――もしくは魔術師として生きることはできると思う。

 本人が望めば、だけれど。


「はあっっ……。ホントにどうしたらいいんだろう……ん?」


 悩んでいた私は、そこで初めて扉を叩くノックの音に気が付いた。

 いつから鳴っていたのだろう。


「ごめんなさい。どうぞ」


 私の促しに扉が開き、ミュールズさんがお辞儀をする。


「お休みの所、申し訳ありません。

 大聖都の神官達が、大事な要件があるのでマリカ様に面会したいと申し出ておりますが、どういたしますか?」

「神官達? ですか?」

「はい。マイア女官長を始めとする大神殿の重鎮達にございます。

 神官長亡き後について、どうしても『聖なる乙女』に引き受けて頂きたいことがある、と」

「引き受けて頂きたいこと……」


 嫌な予感がする。

 とてつもなく嫌な予感がする。


 ノアールを助けたい気持ちが優先で、後回しにしていたけれど、今回の襲撃で大聖都には最大の被害が出ているのだ。


 大聖都を、世界中の『神』の僕、神殿を司る神官長。

 フェデリクス・アルディクスの死、という。


 不老不死世になって五〇〇年近く。

 今まで世の中から消え失せていた『死者』。


 不老不死。

 永遠の安寧に浸っていた人々を震撼させたのは間違いない。


 ましてやそれが、不老不死を与える『神』の最たる僕。

 神官長であるならば。


 彼の直接の死因は失血死。

 エリクスによる襲撃において、一番に傷を受け、その後長い時間放置されたことが原因だろうということだった。


 実際、不老不死者は直ぐに傷が塞がる、という先入観があり、その後の爆弾騒動、魔性の乱入、私の帰還、ノアールの変生と騒動が続いて――言い方は悪いけれど、誰も彼を気にしていなかったから。


 私を庇って黒い炎、術の残滓を受けたことは最後の後押しになったかもしれないけれど、死因では無い。気にするな。


 と、お父様や皇王陛下はおっしゃったけれど……ちょっと無理だ。


 あの手の中で、命の炎が消える瞬間は、生涯忘れられそうにない。


「引き受けて頂きたい事とは、なにか聞いていますか?」

「いえ。それは直接、と」

「解りました」


 とりあえず、私は立ち上がった。


 お願いしたい事、ではなく、引き受けて欲しい事。

 その時点で、大神殿側が相当追い詰められ、テンパっているのが解る。


 私が引き受けないと、困ることになるのだろう。


「とりあえず話を聞きます。引き受けるかどうかは、話を聞いてからで」

「かしこまりました」


 ミュールズさんに促され、私は応接間へ向かった。


 そこには椅子にも座らず立ち尽くす神官と思しき人数名。

 一番前に立っているのはマイアさん。

 女神官長だ。


 基本的に『神』に仕え、精霊術などを使える神官は男性のみ。

 大聖都にのみ、『聖なる乙女』の世話役と神殿内の細かい運営を司る女神官がいると聞いたのは、夏の儀式の時だ。


 彼女達の長がマイアさん。

 司祭達ほどでは無いけれど、彼女の地位は高いらしい。


 彼、彼女達は、私の姿を認めるや否や跪き、私の前に首を垂れる。


「『神』と『星』と『精霊』に愛される聖なる乙女。

 シュロノスの世よりの御帰還をお慶び申し上げます」

「何故、私が『神』に呼ばれたのかは解りませんが、こうして戻ってきたということは、現世でやるべきことがある、ということなのだと思います」

「正しく。もしマリカ様がお戻りになられなかったら、我々は二人の指導者を失い、途方に暮れていたことでしょう。これも『神』の思し召し」

「指導者? どういうことですか? 私はただ、要請を受けて儀式を行う巫女にすぎませんよ」


 予想通り、怪しくなってきた雲行きに抗議すると、彼らは少し顔を見合わせ、さらに深く私へ頭を下げたのだ。


「『聖なる乙女』マリカ様。

 この要請は今、初めての事ではなく、改めてではあるのですが――大聖都の統一意志として、ここにお願い申し上げます」

「なんですか?」


 緊張に喉が震える。


 そして私の――そして、大げさかもしれないけれど、大陸のこれからを変える要請が告げられた。


「『神』と『星』と『精霊』の名において、『聖なる乙女』に要請致します。

 どうか大聖都の『大神官』として立ち、宵闇の星たる輝きを天地に示されんことを」

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