大聖都 女性達の会談 後編
どうやら、私の知らない間に大神殿は、私を獲得する為に確実に外堀を埋めに来ているようだ。
オルファリア様がリークして下さった話に、私は震えが止まらない。
「それは、本当でございますか? オルファリア様」
「勿論。政治の場で、嘘などつきませんわ。
エルディランドにも話が来ているのではなくて?」
「来ているかもしれませんが、私はまだ政治関係には関わっていなくて……」
首を横に振るシュンシー様に、そう。とオルファリア様は静かに微笑んだ。
「神官長の名で正式な依頼として来ているようです。
文書ではなく、あくまで神殿長から口頭で伝えられたのですが」
神殿長が、
『神官長からの提案がある。この国にとって損にならない話だから聞いて欲しい』
と言ってきたらしい。
オルファリア様曰く、大神殿の言い分は――
「『神』と『精霊』の祝福をその身に受けたマリカ様を、アルケディウス一国が抱えているのは七国の力の均衡を崩すので、マリカ様は中立である大神殿に招き入れたい」
「マリカ様を神殿籍に入れられた暁には、各国平等に年に一度以上、マリカ様を確実に派遣する」
「移動は神殿の転移魔方陣を使うので経費が削減されるから、かなり安く済むだろう。マリカ様の移動の負担も軽くなる」
「日程が被ることもあるので順番にはなるだろうが、大祭で舞を奉納してもらうこともできるように働きかける」
「故に、アルケディウスに圧力をかけ、マリカ様の大神殿入りを働きかけるように」
ということだそうだ。
うわー、サイテー。
私の意思とか都合とか、ガン無視だ。
「やはり、そういう流れになっていたのですね」
「皇王妃様?」
今まで浮かない顔ながらも、私達の話を黙って聞いていた皇王妃様が息を吐く。
「アルケディウスには要請が無かったのでしょうか?
結局、アルケディウスが頷かなければ成立しない話だと、国王陛下は哂っておいででしたが」
「勿論ございました。
マリカを神殿に正式に入れるように、と。
夏の儀式から本格的になって来て、ヒンメルヴェルエクトで魔王を撃退してからはもう、さっきのように脅迫めいていて」
「ヒンメルヴェルエクトで闇を払ったのは私じゃなくって、『精霊神』様ですよ」
「ですが、『精霊神』様をその身に降ろし、術を使ったのはマリカ様でございましょう?」
「どのような条件だったか、伺ってもよろしいでしょうか?」
私にだけじゃなく、皇王陛下や国にも正式に働きかけていたのか。
なんだか、どんどん話が大きくなって、私を置き去りにしているのが気持ち悪い。
「マリカには転移陣の使用を許可するので、実質、住む家を変え独立したのと変わらない、とか。
今の人民税無税に加え、毎月纏まった額の給与を兼ねた支度金を支払う、とか。
マリカに仕える随員はほぼ全員受け入れ、転移陣の使用許可もマリカに全面的に委ねるとも言ってきましたね。
ただ、面会や外出は神殿の許可がいる。
マリカの持つ食の権利、知識については今後神殿が管理する、と言ってきたので、皇王陛下はあまりにも一方的な言い分だと即座に怒り、拒否なさっておいででしたが」
「それは、当然でございましょう。
あまりにも、マリカ様がいる時といない時の差が大きすぎます」
オルファリア様も呆れるくらいの神殿優位だ。
「正直に申し上げるなら、各国ともにマリカ様は欲しいのです。
マリカ様がアルケディウスに属しておられ、求婚による籍の移動を望まず、アルケディウス皇女であり続けることをお望みであると解っているから言わないだけで。
もし、アルケディウスが手放されるのであれば、我が国が、と皆思っております。
それは、エルディランドも同じでございましょう?」
「あ、はい。その通りだと思います。
今もスーダイ様がマリカ様を想っておられますし」
オルファリア様が振った質問に頷くシュンシー様。
王妃様にこんなことを言わせちゃいけないぞ、スーダイ様。
……って思うけど、今、話題にすべきことはそれではない。
「奪い合いの争いが起きないように。
遊びでは無い戦争を防止する為に。
各国を抑制する為に、大神殿がマリカ様を確保する。
という意図は、解らないでもありません。
正式にマリカ様が皇女として国の表舞台に出て来られて、まだ一年だというのに、世界は驚くほどに大きく変わりましたから。
マリカ様を中心として……。
そして、これからも変わるでしょう。
留まることなく」
オルファリア様の冷静かつ的確な分析に、私は押し黙るしかない。
子ども達が幸せに、自由に生きられる環境整備。
その為に突っ走った七国で、私が昨年一年何をやらかしてきたかは、思い出したくもないくらいだ。
世界を変えたいと思った。
そして事実として、変わり始めてきている。
でも、それは私がどうこうではなく、世界が変わりたがっていたのだと思う。
私が動いたのがきっかけになったのは確かだろうけれど、各国の世代交代や変化はその証だ。
……ただ、改めて言われると、本当に世界の変化は驚くほどに早い。
『新しい食』から始まった人々の意識変革、行動革新は目に見えるようで、私はそれを促してしまった自分という存在が、時に怖くなる。
平和で静かな不老不死世界を。
人々の生き方を。
壊してしまったのではないだろうか?
「リュゼ・フィーヤ」
俯き、知らず震えていた私の頭にそっと手を当てて。
「安心して頂戴。
プラーミァは今の所、大聖都の話に乗るつもりはございません」
オルファリア様はきっぱり、はっきりと宣言した。
今まで絶妙に緩急をつけた話で情報を操作していた、舞踏会という政治交渉の場で。
驚くくらい、はっきりとした言質を頂いた形だ。
「え? いいのですか? そんなにはっきりと口にして」
のらりくらりと話を躱し、大聖都に協力するかもしれない、とアルケディウスから有利な条件を引き出した方が、プラーミァとしては良かったのではないかと素直に思う。
けれど。
「良いのです。
これはもう、プラーミァ王家が出した結論でございますから」
まったく迷いの無い表情で言ってのけるオルファリア様。
「数多の恵みと恩を与えて下さった借りを返すことなく、マリカ様にご負担をかけることはできませんし、マリカ様が望んでいないことを押し付けようとも思いません」
「オルファリア様……」
「それに、何より。
プラーミァとアルケディウスは家族です。
助け合うのが当然でございましょう?
マリカ様は、これからも自分の信じる道を進んで下さいませ。
プラーミァはそれを支え、助けて参りますわ」
私に向けた微笑みは優しくて……。
私という存在を丸ごと受け入れてくれたお母様を思い出させて、目元にじわりと雫が浮かんできた。
政治交渉の場で泣くなんて、弱みを見せてはいけないと思うけれど。
ちょっと、止められない。
「す、すみません。なんだか、目にゴミが……」
目元を擦る私に、随員達がハンカチを差し出すより早く。
「よろしければ、これをどうぞ。マリカ様」
「シュンシー様」
横に座るシュンシー様が、上布のハンカチを差し出してくれた。
豪華ドレスのどこに入れていたのだろう、と思いつつ受け取ってお借りする。
「素晴らしい方でいらっしゃいますわね。オルファリア様。
いいえ、プラーミァが、でしょうか?
強く、揺るぎなく、燃える炎のようで……」
「はい」
「あら、お若い方に褒められるなんて嬉しい事」
「私も、いつかオルファリア様のように強く、揺るぎなく立って、大王様をお支えできるようになりたいと思います」
これは政治的駆け引きでは無い。
一人の少女が、先を行く一人の大人に憧れた言葉。
それを贈られた大人は、嬉しそうにそれを受け取って。
「ありがとうございます。
でも、私などを目指すより、もっと上を目指すことをお勧めしますわ。
マリカ様とか、皇王妃様とか。
貴女なら、きっとできますから」
確かなエールを返してくれたのだった。
「私は真似しちゃ駄目ですよ。
周囲にいつも迷惑をかけてばかりですし」
「それが解っているなら自重しなさい、といつもティラトリーツェに言われているでしょう」
「努力はしてますが、本当に何故か私が良かれと思って動くと騒ぎになるんです」
「止まられたら、マリカ様ではございませんものね。
プラーミァはマリカ様を信じ、ついていきますわ。
ですので、どうぞご存分に」
「マリカをけしかけないで下さいませ。オルファリア様」
多分。
私の行動も、世界の変化も止められない。
もう、私個人で動かし止められる範囲は超えてしまっている気がする。
以前、『精霊神』様がちょこっと零しておられた。
私の行動は『星』の意思。
『星』が人々に成長を求め、それを促す為に私という転生者を生み出したのだとしたら。
ならば、皆が健やかに向こうの知識や科学、その恩恵を受けられるように、これからも仲介をしていこう。
向こうの世界を知る者として。
同じ失敗を繰り返さないように。
私なんかがコントロールしていいのか、とは思うけれど。
『精霊神』様の言葉を借りるなら、それも『星の意思』なのだろう。
きっと、その為に私は転生者として記憶をもってここにいるのだ。
頑張ろう。
与えられた信頼と友愛に応える為に。




