大聖都 神殿との駆け引き
新年の儀式を終えて、私はアルケディウスの宿舎に戻った。
ああ、和む。
リオンがいるし、フェイもアルもいるし、何より今回はお父様がいるのが嬉しい。
安心感が半端ない。
「新年の儀式には驚かされたぞ? 一体何があったのだ?」
帰り際、私がお父様にしがみついたからだろう。
戻って直ぐに応接室に陣取って、お父様の事情聴取が始まった。
ゆっくり休みたいとも思ったけれど、お父様に報告しないといけないこともあるから異論はない。
「お父様、リオンから新年の儀式の話、聞いてます?」
「簡単には、な。『神』が現れ、お前を連れ去ろうとした。
それをプラーミァの『精霊神』が降りて助けてくれた、と」
「はい。普通なら『神』の領域に『精霊神』は入れないようですが、お母様がプラーミァから借り受けて下さったサークレットを身に着けていたおかげで、直通の回路が繋がって助けに来て頂けたようです」
「それは……ティラトリーツェの手柄だな」
「はい。とても助かりました」
もし、アーレリオス様がいなかったら、私は儀式とかお構いなしに『神』の領域へ連れ去られていたかもしれない。
アーレリオス様がいなかったらリオンが神殿奥へ転移できたかは解らないし、私とリオンだけでは『神』を牽制できなかった可能性もある。
お母様の贈り物が、結果として私を救って下さったのだ。
「で、その後、儀式を終える為に杖を持って部屋を出たのですが、憑依の影響からか身体に『精霊の力』がいつもより多く残っていたらしくって、私の外見が翌朝まで『精霊の色』を帯びてしまったらしいです」
金髪、碧の瞳はこの世界では『精霊の色』として珍重されている。
これは勇者アルフィリーガ。昔のリオンが金髪、金目をしていたことに由来するとのこと。
でも『精霊神』様達の話からして、生まれながら持ち得ているのとは別に、体内に『精霊の力』を強く持っていると、その影響で髪や目の色が変わることがあるらしい。
『精霊神』が憑依してある程度本気の力を発揮すると、もれなく宿主は金髪、碧の瞳に変わる。
これは『精霊神』様が金髪、碧の瞳でなくても同じで。
『精霊神』様本人も、本気で力を使うと金髪碧の瞳になる。
これは、かつてラス様が私を治療する時に言っていた。
「私の中に溢れていた『精霊の力』は、ラス様が取って下さいました。おかげで私の姿は元に戻ったのですが、私の外見が精霊の色に変わったことで、神官長は私を『神』の巫女として取り込みたいと思ったようですね。
朝になってすぐにやってきて、神殿に残れって迫って来て……」
「断ったんだろうな?」
お父様の問い詰めるような口調に、私は頷く。
断っていなかったら、ここにはいない。
「勿論。でも、あれは諦めていないようで、『私を一国が独占するのは良くない』『大神殿は七国の上にいなければならない』とか色々言って、国王会議で私の去就について話し合うって言ってました」
「なるほど……な。体調の変化などは無いか?」
「奥の間で『神』と対した直後。プラーミァの『精霊神』様が私から離れた直後はちょっとダルダルだったんですけど、リオンが力を貸してくれましたから」
「力を?」
「はい。そのおかげで体力も戻って、なんとか儀式をやり遂げられました」
「……ア……リオン?」
「はい」
ふと、何か考えるような目をしたお父様がリオンを呼ぶ。
「『精霊神』が離れた直後。マリカに力を送った時のマリカの外見はどうだった?
金髪だったのか? それとも黒髪だったか?」
「それは……」
「言えないのか?」
「いえ。憑依が取れた直後は黒髪でした。その後……俺が力を送った直後に金髪になりました」
「え? そうだったの?」
ちょっとビックリ。
あの時、リオンはそんなそぶりを見せて無かった……訳じゃないな。
不思議に優しい眼差しは、私が金髪になってたから?
「言ってくれれば良かったのに」
「大したことだとは思ってなかったんだ。金髪でも黒髪でもお前はお前だし、どうしてそうなったかもわからなかったし、送った力を元に戻す為に取ったら意味なかっただろう?」
「それは、そうなんだけど……」
変化したと教えて貰っていたら、少なくとも心の準備はできてたと思う。
大騒動は止められなかっただろうけれど。
「理由は解るか?」
「多分……さっきアルケディウスの『精霊神』も言っていたのですが、『精霊の力』の相乗効果だと思います」
「相乗効果だと?」
「はい。マリカはこの儀式の前に『星』から『精霊の力』の元を預かっていたらしいです。
身体の中にあったそれが、『精霊神』の憑依や……俺の力で活性化し、マリカを回復させたものの、体内で増幅して外見を変化させたのではないかと思います」
「そういう事もあり得るのか?」
「俺達にとっても初めての事なので、あくまで推察です。
ただ、注意深く対処すれば、同じような事になるのは避けられると思います」
リオンの話を聞いていて、私はほっぺが赤くなるのを感じていた。
多分、あの状況下で身体の中の『精霊の力』が相乗するほどに増加した原因があったとしたら、リオンとのキスだ。きっと。
身体が熱くなって力が高まった。
リオンとキスしなかったら、私の外見は変わらなかったのかも?
まあ、その時は身体が動かなくて詰んでた可能性が高いか。
「とにかく、終わったこと、起きてしまったことは仕方がない。
問題はこれからの対処だな」
「神殿は私の取り込みに本気になってきそうですしね」
「そっちに関してはあまり心配しなくてもいい」
「そうですか?」
一通りの話を聞き終わって、お父様は平然とそう言い放った。
私としては一番の懸案事項だったのだけれど。
「父上はお前が秋国に行っている頃から、色々と動いておられる筈だ。
各国を敵に回さないためにな」
「敵に?」
「正確には『神』の側にしない為に、だ。
今回の国王会議。一番の議題は、騒動が起こる前から変わりなく、お前と、お前から出てくる様々な知識だからな」
「あー、そんなことをおっしゃっていましたね」
「だから父上は、アルケディウス最強の武器を使って根回しを行っている」
なんだか解るか?
と言いたげなお父様の視線に、少し首を捻りながら私は答えた。
「最強の武器? 『食』ですか?」
「違う。通信鏡と転移術だ」
「通信鏡……ああ、情報通信!」
情報通信が、人類にとって世界を変える最強武器なのは解る。
今まで早馬や飛脚、精一杯頑張って精霊水晶の声だけ電話だったのが、通信鏡の完成で即時通信が可能になった。
今はまだアルケディウスと各国の相互通信のみだけれど、アルケディウスを経由させることで、例えばプラーミァとフリュッスカイトなんていう会話も不可能ではなくなる。
互いに離れすぎていて交流が無かった国々が、知識や技術を共有して発展させることもできるのだ。
「『神殿』の一番の武器も転移陣だろう。
転移陣でマリカを派遣するから言う事を聞け、と言ってくる。
不老不死の解除は諸刃の剣だ。脅迫に使うのならともかく、実際に使えば、むしろ敵を増やす」
「はい」
「だから、先に根回しをして、いくつか貸しを作っておけば各国を味方につけられる。
新しい通信鏡を作るとか、通信鏡を通して新しいレシピを知らせるとか。
上手くやれば『神殿』の思い通りにはならない筈だ。『神殿』はいつも上から命令することに慣れているから、そういう取引や交渉に疎い」
なるほど。
そういう見方もあるのか。
「何より各国とも、お前を怒らせ、敵に回したくは無いだろうから、『神殿』に入りたくないと言えば助けてくれるだろう。アルケディウスならともかく、大神殿にお前を取られるのは面白くないだろうしな」
「そうだと、いいんですけれど」
「俺はむしろ、『神』と奴が操る魔王エリクスが心配だ。
『神』も『精霊神』に良いようにされたままではいないだろうからな」
「何か仕掛けてくるでしょうか?」
「確実に」
お父様は断言する。
私も、きっと来るだろうと思う。
『神』がなんで引いてくれたのかも分からないし。
「まあ、あまり心配しすぎるな」
「お父様」
「その為に、俺が来たのだからな。父上ももうすぐ到着する。
俺達がいる限りお前は守る。
『神』にも神殿にも好き勝手はさせん」
「ありがとうございます」
暖かい笑みに見守られて嬉しくて、ホッとしたけれど、気持ちを改めて引き締め直す。
儀式は終わったけれど、新年の騒動は、国王会議は、これから始まるのだから。




