大聖都 新年の騒動 後編
神官長は新年の儀式を経て、私の取り込みに決意を固めたようだ。
けれど。
「嫌です。嫌です。ぜーったいに嫌!」
私の答えは決まっている。
絶対に神殿になんか入らない。
私は魔王として、この世界に逆襲すると決めている。
少なくとも『神』は不倶戴天の敵に近い。
世に不老不死をはびこらせ、子ども達の生きる世界と未来を奪った『神』は許せないし、その『神』の巫女として神殿に入れられるなんて選択肢は絶対にありえない。
でも、神官長の方も。
「姫君の御意思はこの際関係ございません。
『神』が姫君を求めておられる。自らの色に染める程に深く、強く。
であれば、お仕えするのがこの世界に生きる、『神』の恩寵を受ける者の義務にございます」
引く気は無い様だ。
「そんな義務知りません。そもそも私は不老不死も持ってないですし、『神』の恩寵も受けてません」
でも、私も負けないもんね。
むしろ『神』には嫌がらせばかり受けてる気がする。
身体を乗っ取られそうになったり、触手で掴まれたり。
「この星に生きる事、そのものが『神』の恵みを受けているという事なのです。『神』がその気になれば、世界中の全ての人から不老不死を奪い、死の恐怖と隣り合わせの世界に戻すことも可能なのですよ」
「不老不死は確かに素晴らしい事かもしれませんけれど、私は人々が永遠を生き、動かないこの世界が凄く良い世界だとは思いません。
そのせいで各国の王家は澱みや問題を発生させてましたし、子ども達の多くは生きる機会を奪われて、奴隷みたいに扱われてたんですから」
「この世界は『神』によって完成された世界。時を留めることで誰もが衰えず、失わず、永遠の幸福を得ることができるのです」
「七国を巡って感じましたけど、時が止まった世界に人々は飽きています。
だから『新しい食』や科学とか、変化を求めているんです。人間は本来、立ち止まっていることのできない生き物なんですよ」
未来に向かうエネルギーを、不老不死という形で奪われているから、今は前に進めないでいるけれど。
ほんの少しのきっかけで目覚め、思い出せば後はもう止まらない。
「神官長も儀式でおっしゃっていましたけれど、変化の年を経て、今年はさらに七国は変わっていくと思います。七国中三カ国で今年、王の交代がありますし、他の国も世代交代が始まっている。
世界は、星は大きく変わる。この流れは不可逆で、戻りません。
いつまでも神殿や『神』が、不老不死を餌に人々を支配する時代じゃないんですよ」
多分、不老不死が消えれば、それはそれで問題が出てくるし、混乱も起きるだろう。
悲劇も悲しみも多分、たくさん生まれる。
でも、きっとそれを乗り越えて前に進むことはできる。
それが人間という生き物なのだから。
「世界が変わっていくのは、確かにその通りでしょう。
であるからこそ、その変化の中心たる姫君を、神殿は手放すわけにはいかないのです」
「私を捕らえたって、世界の変化は止まりませんよ」
「変化していくことは止められなくても、その方向性や流れを制御することは可能。
世界の舵取りを一国、人の手に任せることが問題なのです」
「私一人いてもいなくても変わりません」
「変わらないとおっしゃるのなら、アルケディウスにいようと神殿にいようと変わらぬ筈」
「そういう大局的な問題ばっかりじゃなくって、私は、家族や国や友達や大事にしているものや、何より自由を失う事が嫌なんです!!」
話が大きくなって、論点をすり替えられそうになったけれど、基本的なところはそこだ。
私は、私の自由を失ってまで『神』に仕えるつもりはない。
「力を持つものには責任と役割が伴います。
一個人の我儘は通りません」
「私が神殿に籠ることで皆が幸せになれるというのなら、考えなくもないですけど、世界の変化に置いていかれて、神殿が力を失うのが嫌だから捕らえる。
その知識と力を神殿の為に使え、などというのは、それこそ神殿の我儘だと思います」
「神殿には世界の頂点に立ち、人々を導く責任があるのです」
「誰がそんなこと頼んだんですか。不老不死の管理はともかく、政教分離はしっかりとしておくべきです」
お互いに引く気は無いから、話は一歩も前に進まない。
「そもそも、前にも何度も言いましたが、私はアルケディウスの皇女として、要請を受けたから『公務』として仕事をしているのです。
国に圧力をかけるとか、随員や家族を人質にして言うことを聞かせようとしたら絶対に何にもしませんから。舞も踊らないし、儀式もしません。勿論『精霊の知識』も渡しません」
「姫君……」
「知識や技術が必要なら、各国のように正式に要請し、対価を支払い依頼すべきではありませんか?
そうすれば協力を考えなくもないのに」
神官長が言い淀んでいるうちに畳みかける。
とにかく、向こうのペースに巻き込まれちゃいけない。
「アルケディウス前神殿長の騒動もお忘れなく。
子どもを人質にして私を神殿に入れようとした彼は、『精霊神』様の怒りをかって不老不死をはく奪されました。あまりお力を笠に着たくはありませんが、万が一の時には『精霊神』様も私をお助け下さると思います」
「『精霊神』様、ですか……」
「私は七国全ての『精霊神』様の封印を解き、各国に貸しがあります。私を強引に手に入れようとすることは、七国と七国の『精霊神』様を敵に回すことかもしれませんよ」
基本的に『精霊神』様は私に優しくして下さる。
救出の貸しがあることを差し引いても、悪意を向けてくる方は一人もいない。
だから、勝手に……名前を出してしまったけれど、多分助けて下さるだろう。
キッと睨みつける眼差しを崩さない私に、神官長は大きなため息を一つ零す。
「…………解りました」
「解って貰えましたか?」
「姫君は儀式を終えてお疲れのご様子。気持ちも高ぶっておられるようです。
まずは一度、アルケディウスにお返しいたします。その後、前にも申しましたが、国王会議や舞踏会での話し合いを経て、正式な姫君の去就を定めたいと存じます」
「勝手に定めないで下さい。私にも選択権というものがあるんです」
「子どもには基本的に人権や意見を言う権利はございません。姫君は皇族にして『聖なる乙女』でございますので、我々に逆らうことはできませんが、保護者や国王の命令には従わざるを得ないでしょう」
「お父様も皇王陛下も、私の意見を無視して、私を神殿に収めるようなことはなさいません。
絶対に」
「人の考えや立場は変わるものでございます。まだ、子どもであらせられる姫君にはお分かりになられないでしょうが……。私は、姫君の存在を一国が独占するものではない。公平な立場からの管理制御が必要だという思いは変わりませんので」
神殿として圧力をかけると言ってるな。これ。
がるるるる。
威嚇するように睨む私の思いは、神官長にとっては子猫の抵抗のようなものなのかもしれない。
軽く鼻で笑うと。
「マイア。姫君のお戻りの準備を。
国王会議の舞の時にも使うので、衣装や装身具はそのままで良い」
話は終わりと言わんばかりに立ち上がり、側に控えるマイアさんに指示を出す。
「サークレットや装身具は持ち帰ります。無くなったり壊れたりすると困るので」
「神殿が信じられませんか?」
「信じられません。こんな騒ぎの後ですから」
「……神官長」
強引すぎる。
と、神官長を目で叱るマイアさん。
私の神殿と神官長への株価は急降下。大幅安に突入だ。
絶対に買いたいとは思わない。
「姫君」
神官長は私の前に膝をつく。
「私は姫君を心から尊敬申し上げております。姫君は、我らと『神』の悲願の実現の為には必要なお方」
「悲願?」
「故に、我々の誠実と思いを示して、ご理解頂けるように全力を尽くす所存でございます」
表向きは礼を尽くしているように見えるけれど、その瞳に燃えるような意志が宿り、私を必ず手に入れると言っている。
それが解ったから。
「互いの立場と思いを尊重してほしいと望みます。
それが、双方の為になると思いますよ」
しっかりと釘を刺しておく。
神官長に通じたかどうかは解らないけれど。
……多分、通じてないと感じるけど。
その後、迎えに来て圧力をかけてくれたお父様のおかげもあって、私は無事アルケディウス宿舎に戻ることができた。
マイアさんは帰り際。
「神官長の態度、言動は強引に過ぎると私も思いますが、神々に愛される姫君に神殿にお入り頂きたいと思うのは、神殿で働く全ての者の願い。
どうかご考慮下さいませ」
って言ってくれたけれど、私は無視してお父様にしがみついた。
悪いけど。
本当に、絶対に嫌だから。




