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大聖都 精霊達の内緒話 三人称 『神』との対話

 マリカの意識が途切れた後も、マリカの身体はその場に立っていた。


 金の髪を揺らし、泰然と緑の瞳で目の前の人物を怯むことなく見つめ。

 傍らに蒼い短剣を構えた少年を従えて。


「あの時とは、ちょうど反対になりましたな。『神』よ」

『娘を放せ。アーレリオス。

『星』が私に寄越した私のものだ。この星の力を動かす鍵を』

「残念ながら、そうではないのです。世の中には色々と柵がありまして。彼女は現世の役割の為にここに赴いた。

 我が子と野望の維持に手いっぱいの貴方には、お分かりにならないことでしょうが」

『なんだと? 使命を忘れた貴様らに言われたくもないわ。

 もう一度言う。娘を放し、アルフィリーガを置いて去れ。そうすれば、お前達のことは捨て置いてやる』

「残念ながら、できない相談ですな。

 マリカも、リオンも。大事な『星』の子どもなのですから」

『アーレリオス!!』

「そもそも、忘れたわけではありません。いや、貴方の方こそ忘れているのでしょう。

 我々の使命。いや、何よりも大事な、彼女との約束を」


 これは、世界を支配する『神』と、世界を護る『精霊神』。

 そして、その道具たる『精霊の獣』達が語る、秘密の欠片。


 精霊達の内緒話。


「そも、貴方は我々の事情をどれだけ解っておいでなのか?

 いきなりやってきて、碌に話もさせぬまま、聞かぬまま封印されて、五百余年。

 我々がどんな思いで過ごしていたと思うのですか?」


 少女、マリカの姿のまま腕を組み、ため息をつくのは、勿論本人ではない。


『精霊神』と呼ばれる者の一人。

 アーレリオスだ。


『お前達の方こそ。

 必死になって追いかけて、やっと見つけたかと思えば。

 子ども達を手放し、根を下ろして……。

 これではもう戻ることはできないだろう!

 使命を、約束を忘れたのか!』

「戻るつもりはありません。これは我々八人で決めた統一意思です。

 この地が、我らと子ども達の新たなる故郷なのですから」

『黙れ!!』


 静かに言い聞かせるように語る炎の『精霊神』へ、銀の青年は怒りと共に触手をけしかける。


 だが、少女は泰然と動かない。


『!!』


 傍らに立つ少年が阻んでくれると、信じているからだ。


『アルフィリーガ!』


 少年が切り落とした触手は床に落ちると、魔方陣の上でしばらく蠢いた後、吸い込まれるように消えていった。


 思いもよらない護衛の行動に、さらに『神』は声を荒げる。


『何故、お前がそちらにいる!

 まだ記憶が無いと宣うのか!

 フェデリクスを殺した時点で、お前には奴の記憶と力が受け継がれている筈だ!』

「はい。あいつも『俺』のバックアップですから。

 俺が死ねばあいつに、あいつが死ねば俺に、役割と力が一時的に受け継がれるようになっていたようですね。

 それを使えば、俺の複製をもっと早く作れたのでは?」


 声に感情は無い。

 けれど、丁寧な態度と立場は崩さない。


 少年の生来の生真面目さが感じられるようで、少女の姿をした『精霊神』は、くすり、と小さな笑みを浮かべた。


『転生の為の(基軸)を『星』に奪われてはどうしようもないだろう!

 手足となるお前を失い、俺がどれほど苦労したと思っているのだ!』

「……貴方の『子』。

 何も知らぬ魔王であった時には、申し訳ないと思ったかもしれません。

 でも、今の俺は『精霊の獣』。

 自意識を与えられ、自己で選択することを許されています。

『魔王』であったマリクは記憶はあっても別人のように遠い。

 何より。

『星』もマリカ様も……マリカも。

 自分の意志で、自分の道筋を決めていいと言ってくれました。

 だから、俺は、俺自身の意志で貴方に反逆し、この星と子ども達を守るのです」

『何故、あいつは。『星』はお前に心を与えた。

 いや、どうして『精霊神(お前)』達は道具に自由意思を与えるのだ!

 精霊といい、あの娘といい、お前自身といい!!

 人間と関わるインターフェースとして仕方ない多少の人格や心は必要だとしても、そんなもの。

 あればあるだけ、面倒で辛くて、哀れなだけだと。

 マリク! 誰よりもお前が解っているだろう!?』

「それでも……」


 少年は自らの創造主を前に、静かに、決意を秘めた眼差しで言い放つ。


「俺は、自己を。感情を与えて貰って良かったと思っています」

『アルフィリーガ』

「確かに。

 ただ言うなりに貴方の道具であった時に比べれば、苦しみも、悲しみも、後悔も。

 身を裂くような思いも多かったけれど」


 噛みしめるように。

 抱きしめるように、少年は告げる。


 自分の親に向けて。

 自らが選んだ道を。

 揺るぎない眼差しで。


「その先に、光があったから。

 親友が、相棒が、家族が……そしてマリカが与えてくれた救い、喜びを、俺は失いたくは無いのです」

「心は最終セキュリティだ。

 相手に自分の力を託してもいいという承認と権利譲渡があって初めて、強大な力を動かすことができる。

 強引にマリカを連れ出し、力を奪おうとしても、どのみち無理だ。

 あの子の許しなく最終的な力は使えんし、強制的に心をこじ開ければ、マリカは壊れ、自壊するだろう」

『なっ!!』

「この子はお前の創造物ではない。お前の影響も受けていない。

 簡単に操れると思うな」


 少年と少女の言葉は、しかし彼の怒りという炎に油を注ぐ。


『自分達や『星』だけが幸せであればいいと?

 アルフィリーガ! お前は何の為に生み出された!

 俺や、俺達の『子ども達』がどうなってもいいというのか?』

「お前達も、そろそろ子ども達を自由にしてやったらどうだ?

 いつまでも夢の眠りの中にはいられない。もう限界も近づいている筈だ」

『!』

「外に出た子ども達を何人か見かけた。

 アレは長期保存に肉体が耐えられなくなったからだろう?

 永遠に変わらないものなど無い。

 いつかは終わる。その覚悟は必要だぞ」


 俯く、責任感が強すぎる男に助け舟を出すように、『精霊神』は告げる。


「目覚めさせるなら、受け入れる。

 確かにこの地は、向こうに比べれば狭いし力も無いが、数千年かけて、我々が、『星』が補強してきた。

 生きるに困ることは無い」

『そんなことができるものか!

 一度目覚めてしまえば、もう『帰れない』というのに』

「帰ってどうするというのだ。

 もう、我々がかの地を出てどれくらいの時が経たか、思い出すことさえできないほど。

 彼女は勿論、我々が知る面影さえ、もう残ってはいないだろう。

 ……奴らが残しておいてくれるとは思えない」


 いつの間にか、アーレリオスの口調から敬語は抜けていた。


 子どもに教え、諭すような静かな語りに、『神』はそれでも首を縦に振ろうとはしない。


『それでも、だ。それでも、俺は子ども達と一緒に帰る。

 俺達の故郷を……奴らにいつまでも汚させたままでいられるもんか!』


 彼もまた、かつての仲間を前に『神』の皮が剥がれている。

 本人が気付いているかどうかは解らないが。


「勝てると、思っているのか? 俺達が、あいつらに」

『俺達は無理かもしれない。でも……マリカがいて、アルフィリーガがいれば、きっと……』

「ほう……気が付いては、いたようだな」

『憑依した時に解った。

 俺達ともお前達とも違う、まったく新しい遺伝子。

 あれはきっと……』

「『第三世代(サード)』だな。間違いなく」

『! それが解ってて!!』


 怒りに声を荒げる『神』の前で、少女は――少女の容をした『精霊神』は、目を閉じる。


「言っただろう。戻っても意味はない。

 この星で、我らは根を張った。

 二代、三代と時を重ね、もう我らの子らは移動にも耐えられぬ」

『だから、寄越せ! マリカを。アルフィリーガと一緒に。

 我々は『帰る』。

 お前達はこの星で、勝手に生きて、勝手に滅べばいい』

「それはできぬ。マリカは『星』のたった一人の後継者。

 言っただろう? 『星』がこの地を補強していると。

『星』もいずれ、限界を迎える。

 彼女を失い、そしてその時マリカがいなければ、星は新たな『精霊の力』を得られなくなる。

 子ども達が苦しむのを解って捨て置けぬ」

『お前達や子ども達が滅びようと、俺に関係は……』

「無いと言い切ってくれるのか?

 言い切れるのか?

 お前が?

 この身体を前にして……」

『アーレリオス……』

「敵として対してくれるのなら、我々も本気を出せる。

 正直、マリカの護りを薄くしてお前を憑依させ、外に連れ出して罠にかける、という案もあったのだ。

 こうして、俺が止めにきてやったのは『星』と。

 何より、彼女の姿と心に誠実でありたいと思ったからだ」


 少女に視線を向けた『神』は、悔しげに目を逸らす。


 その姿はまるで少年、いや子どものようだと、アーレリオスは思う。


 仕方ない。

 今の我々に大人も子どもも無いけれど、どうしても意識は引っ張られるものだ。

 あの最期の時に。


『……ズルい』


 憎々しげな呟きが零れる。


 それは、敗北宣言に等しい。


『悪趣味だ。

 あいつは、俺を止める為にその姿を選んだんだろう?

 俺が『先生』の姿に手出しできないことを知ってて』

「そればかりではないのだがな。

 彼女にとっても、今世が最後の機会。

 でなければ、この肉体を使うことも無かったろう。

 たった一つ残された、最後の卵。

 彼女と……私の娘だからな」

『!』


 白銀の表情に顔色などは見えない。

 けれどアーレリオスには、彼が表情を曇らせたように見えた。


 いつまでも変わらない頑固者。

『星』や精霊が言った言葉が、ふと脳裏を過る。


「帰ってくる気は無いか? 『星』も待っている」

『俺が帰る場所はここじゃない。俺は、帰るんだ。子ども達と一緒に』


 諦めたようにそう息を吐き出すと、『神』は踵を返し、水晶に体を向けた。

 ぴくりと身を震わせた少年を手で制し、少女の姿をした『精霊神』は、去ろうとする『神』を見送る。


『今日のところは諦めておいてやる。

 その娘がお前のサークレットをしている限りは、俺の領域に連れ去れないし、娘の心を得ることがキーだというのであれば、そちらにアルフィリーガがいる以上、焦る必要もないしな』

「俺は……」

『マリク。いや、アルフィリーガ』


 彼は背を向けたまま、離反した『我が子』の名を呼ぶ。


『いつまでも我儘を許すつもりもない。いずれ取り戻す。

 お前は、俺達と共に『帰る』のだ。

 準備が整えば遠慮はしないし、マリカも手に入れる。

 それまで、せいぜい絆を深めておけ』


 水晶の中に、吸い込まれるように『神』が消える。


 それと同時に、床の方陣も光を失い、静まった。

 後に残っているのは、光を宿した杖のみ。

 静謐を取り戻した部屋で、


「ふう~」


 二人はどちらともなく、安堵の息を吐き出した。


「なんとか第一戦目は乗り越えたな」

「はい。ありがとうございます。アーレリオス様」

「ティラトリーツェがマリカにサークレットを被せておいてくれたおかげで、直通の経路が繋がっていたからな。

 そうでなければ、別ルートから繋ぐか、奴を罠にかけるしかなかった。

 ……母の力は偉大だな」


 何かを思い出すように静かに笑んだ『精霊神』は、瞬きを一つ。


 そして、少年に顔を向けた。


「今回は退いたが、奴は今後、本気で動き出すだろう。

 力の回収と共に、マリカ確保に向けて」

「はい」

「身辺に気を付けろ。

 マリカを手に入れるのに一番簡単な方法は、お前に乗り移り、マリカの心と身体ごと奪うことだからな」

「……はい」

「奴は今、端末を持たない。領域の外のことは解りづらい筈だ。

 出て来てくれれば色々とやりやすいんだが」

「フェデリクスもアルケディウスにいますし、奴を使ってくる可能性もあるのでは?」

「おそらく、そのつもりでアルケディウスに転生させたんだろうが、お前とこっちの対処が早かったから助かった。

 結界の中では手出しができまい。

 後は……魔王か」

「はい。魔性と魔王を使って精霊の力を集め、一気に勝負を仕掛けてくるかもしれません」

「不老不死の子ども達を人質に、マリカを寄越せ、などと言って来たら我らには成す術がない。

 まあ……そこまでしてきたら、奴自身も『終わり』だが」

「え?」

「さっき、奴にも言ったが、我々がこんな体になっても人であった頃の自意識を残しているのは、最後のセキュリティだ。

 故に、奴はマリカにもお前にも簡単には手出しできない。

 逆効果になるからな」

「それは、どういう意味ですか?」

「気にするな。いずれ解る。

 いや、もうお前は解っているだろう。

 自己をしっかり持て。大事だと思うものを諦めるな。手放すな。

 それが、ひいては星を、お前を、マリカを守ることになる」

「……はい」


 心臓の上で、ぎゅっと。

 何か見えないものを握りしめるように拳を作る少年は、己の運命と使命を噛みしめているのかもしれない。


 綱渡りの在り方を持つ少年。

 正しく心こそが、この子にとって、最後のセキュリティとなるだろう。


「とりあえず、今はマリカを起こし、儀式を終わらせる。

 思ったより時間がかかってしまったからな。不審がられると拙い」


 少女の身体から威圧が抜けていく。

 話を切り替えると共に、『精霊神』が少女から去ろうとしているのが解る。


「解りました」

「マリカを落ち着かせたら、お前も戻れ。

 ここにいたことを他の連中に知られるなよ」

「はい」

「また、後で。な」


 柔らかい笑みと共にすっと目が細められ、少女の身体がかくん、と崩れた。

 それを支える少年の腕の中で、少女は覚醒する。


「マリカ!」

「え? リオン?」


 大きく鐘が響き渡る。

 彼女の覚醒を待っていたかのように。


 新しい年と戦いの、それは始まりの鐘だった。

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