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大聖都 『神』との対決

 真っ暗な神殿の廊下を進んでいく。


 周囲は静かで、余計な音は何も聞こえない。


 微かな服の衣擦れと、廊下を叩く靴音。

 それだけだ。


 私と、神官長。

 それから護衛騎士や神官、数名が付き従う中。


 私達はゆっくりと、大聖堂へ進んでいった。


 大きな扉が開かれる。


 ほとんど光のない、夜の大聖堂。

 石造りの神殿は暖房もなく、寒々としている。


 広い、体育館ほどもある部屋を照らすのは、左右に掲げられた魔術の光石と、神官長が持つ不思議な杖のみ。

 中には多くの人達が席に座し、祭壇を見つめている。


 不思議な風景だと感じる。

 微かな光のみが照らし出す聖堂は、神聖な雰囲気を醸し出していた。


 純白の大理石の祭壇の前へ神官長が進み出ても、微かに空気が揺れるだけ。


 人々の視線も意識も、全て神官長と、その隣に立つ『聖なる乙女』。

 私に注がれていた。


「大いなる祝福を預かりし、親愛なる『神』の子らよ」


 力強くも静かな響きが、聖堂を埋め尽くす参列者達の上に広がる。


 と、その呼びかけで気が付いた。


 比較的前の一角に、アルケディウスの随員達がいる。

 お父様もいた。

 心配そうにこちらを見ている。


 でも、大人だけだ。


 子どもは入場が許されなかったのだろうか。


 アルも、フェイも、ノアールも、セリーナも……リオンもいない。


 少しだけ不安になった私の気持ちを知りも、気付きもせずに、神官長は語り続ける。


「『神』の祝福と恵みに満ちた一年が終わり、我らは今、年越しの夜を迎えようとしている。

 この特別な宵、一年を振り返り、『神』に感謝を捧げようぞ」


 流石、聖職者だなあ、と素直に思う。


 けっこうな年寄りに見えるのに、マイクも拡声器も無しで、朗々とした声が聖堂全体に響き渡っている。

 その声は、厳かな雰囲気を見事に作り出していた。


「今年一年は、例えて言うなら、目覚めの年と言えるだろう。

 各国にて、魔王によって封じられていた『精霊神』は『神』と『真実の聖なる乙女』によって復活し、それぞれの国で、人々は今まで忘れていた『希望』『夢』『未来』を思い出し、取り戻し、目覚め、歩み出したのだから」


 確かにその通り、と思う。


 けれど『神』は関係ないのに口が上手いな、とも思う。


 だって『精霊神』様を封印していたのは『神』だし。

『神』が人間から『気力』を奪わなければ、もっと人々は前に進めたはずだもの。


「この暗闇の中、新たな年に向けて己を見つめ直さんことを。

『神』は我らに日々の経験を通じて教えを与え、心を平穏に、豊かに過ごす為の導きの光を与えて下さるだろう。

『聖なる乙女』よ」


 神官長の呼び声に合わせて、私は前へ進み出る。


 と同時に、私の後ろで風が揺れた。


 そして聖堂全体の暗闇に、薄く、微かにではあるけれど、銀粉をまき散らしたような光が散ったのだ。


 差し出された杖を、私は両手で受け取る。


 樫の木をベースに、水晶と装飾で飾られた杖。

 それは美しいけれど、最後の儀式で力を使い果たしたのか、今は静かな石そのものだった。


 思ったより軽い。


 杖を握った後は打ち合わせ通り、私は深く一度だけお辞儀をして振り向いた。


 案内役の小姓の少年の後に続き、隠し部屋へ行くのだ。


 隠し部屋は大聖堂のちょうど真裏にある。


 祭壇の後ろに隠し通路があると聞いたのだけれど、もう一つの入り口が廊下側にもあるのだという。


 去年、賊――多分、リオンと私達――が入って焼けたらしいけれど、修復は終わったようだ。


 でも、儀式ではそちらの入り口は使わず、裏を使えと言われた。


 ちょっと見には普通と見分けがつかない廊下の扉。

 その鍵を開けて、中に入る。


 参列者の前で、秘密の通路を開けられないってことなんだよね。きっと。


 構造的には、七国の『神殿』とそんなに変わりはない。


 そして暗い廊下の突き当たりの部屋に、私は扉を開けてもらって入った。


 足を踏み入れたのは私だけ。

 ぱたん、と扉が閉じられた。


 鍵はかかっていないようだけれど。


 この部屋で、少なくとも新年の鐘が鳴るまでは祈りを捧げ、『神』と対話するように言われている。


 鐘が鳴ったら出てきてもいい。

 出てくるのは鐘と同時でなくても、遅れてもいいとのこと。


 礼拝中は時計が無かったから、はっきりとは解らない。

 けれど、部屋を出たのは空の刻になってすぐだから、あとまるまる一刻はありそうだ。


 純白の部屋。


 窓も無い大理石の部屋は、本当に真っ白で、他の『精霊神』様達の部屋のような色は無い。


 そして部屋の中央に、不思議な……所謂、魔方陣のようなものが描かれていて、透明な水晶が浮かんでいた。


『精霊神』様の時の事例と照らし合わせれば、あれが『神』に繋がる水晶なのだろう。


 以前、『大神殿』に『神』はいないと言っていたから、通信機か何かなのだろうか?


 とりあえず、不安しかないけれど、私は杖を魔方陣の上に置き、正座した。


 手を祈りに組み、目を閉じる。


(『神』様。神官長が、杖に力を賜りたいそうです。お力を分けて下さい)


 喧嘩を売るような物言いは控える。


 私は魔王です、とか。

精霊の貴人(エルトリンデ)』です、とかも言わない。


 とりあえず、頼まれたことを熟すだけに留める。


 そのつもりであったのだけれども。


「え?」


 突然、床の魔方陣が蒼く光を発し、力を放ち始めた。


 触ると火傷しそうなくらい熱くて、私が逃げるように後ずさると、中央の巨大水晶が明滅し始めた。


 ヤバッ。

 これ、何かが来たやつだ。


 そして……水晶の中から、手が伸びた。


 誰かが出てくる?


 まるで、マジックか何かを見ているようだった。


 大きな六角柱から手が、そして人間の身体が出てくる様子は。


 それは間違いなく人間。

 若い、男性の姿に見える。


 きっと二十歳前。

 ハイティーンと言っても通用する気がした。


 身に着けている衣服は、意外にも現代というか、SF風味?

 神様、というからギリシャ神話とか想像していたけれど、ぴったりとした袖無しのラバースーツに似ていると思う。

 けど、何より異様なのは、金属のようなその外見だ。


 人間の身体に銀の被膜塗装をしたような、つるんというか、ぬめっとした色合いが人間離れしていて怖い。

 髪の色も銀。

 服も銀。


 そんな中で、瞳だけが緑の色を宿しているのが、不思議に目立つ。


 水晶柱から現れ、私の前に立ったその男性は、頭をふるん、と揺らした。

 後ずさりして腰を床につけた私を見据えて、言う。


『……まったく。悪趣味だな』

「え?」


 開口一番の言葉がそれ?


 この部屋にいるのは私と、目の前の男性だけだから、多分、悪趣味とは私か、もしくは私の衣装を指しているのだと思うけれど。


 まさか、何を言われるよりも先に駄目出しされるとは思わなかった。


 この衣装、悪趣味?


 シュライフェ商会が全力を挙げて作ってくれた最高級品なんだけれど。


『アルフィリーガを連れてきた時も思ったが、どうしてこの姿にする必要がある。

 私が、この外見に戸惑い、手を出しにくくなるとでも思ったのか?』

「外見?」


 どうやら、この男性がお気に召さないのは、私の服ではなく私の容姿らしい。


 なんで?


『まあいい。確かにやりづらくはあるが、いつまでも引きずってはいられない。

 やるべきことは同じだからな。さあ、私の目を見ろ』

「え?」

『『星』がようやくお前を渡すつもりになったのなら、それでいい。

 お前がいれば、そしてアレが戻れば、ようやく長年の悲願が叶う。

 子ども達をかの地に連れ戻すことができるのだ』


 緑の瞳が光を放った、と感じたのは私の気のせいだと思う。

 けれど、その視線に心が射抜かれるようだった。


 感情面ではなく、物理的に。

 力で、否応なく私の心をねじ伏せようとしてくる感じ。


 だから。


「や、止めて下さい!!!」

『!!』


 私は全力で、心の中に入ってこようとするそれを振り払った。


 パチン、と聞こえない音がして、私の中に入ってこようとした『神』は追い出されたようだ。


 よかった。

 できた。


『精霊神』様達に身体を貸した時もだけれど、憑依は私に主導権がある。


 物理的に介入された神のサークレットの時はともかく、私が許可を出さない限り、勝手にはできないはずだ。

 気持ちをしっかり持て、と言われてもいたし。


『な、なんだと?』

「私の中に、入って来ないで下さい。私の心も体も、私のものです!」


 強く、負けないように相手を睨む。


 振り払われたのが意外だったのか、彼からぎりり、と歯噛みするような音が聞こえた。


『……の分際で……』


 目の前の男性は私を睨み、小さく指を動かす。

 すると今度は、水晶から無数の触手めいた何かが現れて、私に向けて迫ってきたのだ。


「な、なんです? 止めて? 離して下さい!」

『抵抗するな。心を操作できないのなら、身体ごと持ち帰るだけだ』


 白銀の触手が私を捕らえて、雁字搦めにする。

 そして、ほのかな白い光を放ち始めた。


「あ……」


 私の身体から力が吸い取られていくのが解った。


 心臓がどくどくと、やけに大きな音を立てて鼓動する。

『精霊神』様に舞で捧げたりするのとは全然違う。

 ダイレクトに力を持っていかれているのが解った。


『まだ……として使うには体の成長が足りないが、それは後で加工すればいい。

 とにかくお前は貰っていく。

 それであいつの裏切りは許してやるとしよう』


 言っていることがよく解らない。

 頭も体も朦朧として、働かない。

 身体を動かす全部が、吸い取られていくようだ。


『さあ、行くぞ』

「あうっ!」


 触手が、私を拘束する力を強めた。


 このままだと、儀式とかお構いなしに、水晶の中へ連れていかれる。


 嫌だ。

 イヤだ。

 嫌だ。

 イヤだ。

 絶対に嫌!!!


 そう思った時、私は声の出ない喉で叫んだ。


(助けて! リオン!!!)


『目をつぶっていろ。マリカ!』

「え?」


 頭の中に電流が奔ったような感覚。

 そして、リオンではない声が響いた。


 と同時に、手足が軽くなる。


 解放されたのかな。

 そう思った直後、温かい何かに包まれるようにして、意識が遠のく。


『やっと、戻ってきたのか。アルフィリーガ』

「…………」

『勘違いしてもらっては困る。戻ってきた、ではない。

 この子達の居るべき場所は、貴方のところではないのだから……』


(アーレリオス……様?)


 そんな声を、意識の遠くに聞きながら。

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