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皇国 精霊石との付き合い方

 星の二月に入り、周囲が新年の準備などで慌ただしくなってきた頃。


 私は王宮魔術師ソレルティア様の元へ出向いた。

 理由は――。


「どう? ノアール? 上手くいってる?」


 ノアールの魔術師修行の様子見だ。


「マリカ様。いらっしゃいませ。

 はい。とても頑張っていると思いますよ」


 私の声に、ぐったりした様子のノアールから返事はない。

 代わりに答えてくれたのは、ソレルティア様だった。


「少し休憩しませんか? 差し入れを持ってきたのです。

 新年の参賀の為に作ったチョコレート菓子の試作品ですけれど」


 チョコレート。


 その言葉に、ソレルティア様の目がきらりと輝いた。


「まあ、皇女様ご自慢の高級菓子をご相伴に与れるなんて。

 ノアールも課題は少しお休みにして、休憩にしましょう?」


 促され、膝をついていたノアールも、よろよろと顔を上げる。


 疲れた時には甘いものが一番。

 これはきっと万国異世界共通。


 お茶、はないけれど、ささやかな女子会開始と相成ったのだった。


「上手くいっています、と大きな口は叩けません。

 どうやってもこうやっても、火の術以外は上手くいかない上に、呪文の発音が難しくて……美味しいですね、これ」


 ため息をつきながら、ノアールがチョコレートを躊躇いがちに口へ入れた。


 チョコレートは、プラーミァのカカオで作る。

 でも、まだほとんどの人は口にしたことが無いはずだ。


 鮮烈な甘みに、疲れで濁っていた瞳がぱっと輝く。


「本来、魔術師というのは、自分の精霊石の属性の魔術しか使えない者がほとんどですから、そこまで落ち込む必要はありませんよ。

 自分の石の属性術をしっかりと使い、後は術道具の起動さえできれば十分優秀です。

 まったくのゼロから始めたのですから、焦る必要は無いのですよ」


 息を吐き出すノアールを、ソレルティア様は微笑みながら励ましてくれている。


 けれど、ノアールにはチョコレートほどの効き目は無いようだ。


「そうは言っても、セリーナやゲシュマック商会の魔術師達も複数種を使うじゃないですか?

 精霊石とおはなしする、って魔王城の女の子達は言ってましたけど、私には声とか聞こえませんし。やっぱり才能とかってあるんですかね?」

「精霊石に選ばれ、魔術を使えるようになることそのものが才能です。

 まあ、魔王城のような精霊の祝福の強い場所で暮らしていると、色々と感覚が麻痺するのかもしれませんが、精霊石の声を聞ける者なんて、世界全体でもどれだけいることか。

 後は修練と勉強ですよ。発音と呪文を正しく覚えれば、杖無しで術を使うことだってできるのですから。自分を信じ、精霊を信じて精進するのみです」

「そんな簡単に言わないで下さい。私はまだ共通文字の読み書きだって、ひいひい言っているのに。これだったら、侍女の仕事をしている方がよっぽど楽です」

「大変だね、ノアール。でも、頑張ってると思うよ。

 火の術以外は、ってことは、火の術は使えるってことでしょ?」


 国の精霊術師育成の一環として、素質のありそうな子どもには精霊術師の訓練や教育をさせてみよう、ということになった。


 皇国にある精霊石と、あと、私が魔王城の宝物蔵から持ってきたいくつかの装身具を、孤児院の子ども達や魔王城の子ども達、それから私の随員達に引き合わせてみたのだ。


 その結果、孤児院の子が一人、ノアール、そしてネアちゃんに良い反応が出た。


 力を貸してくれる精霊石がいたのだ。


 魔王城の子ども達も、本人が望めば術師になれそうな子はいるようだったけれど。


「ぼくは術師にならなくてもいいかなあ。リュートがあるし」

「オレもいい。今から勉強とか嫌だし」


 そう言ったアレクやアーサーのように、他にやりたいことがあり、自分の道を定めている子達には無理強いはしない。


 クレスト君やプリエラも、剣術や戦士の方に専念するとのことなので除外。


 ネアちゃんは、もう少し魔王城に預けておくことにしたので、最終的に二人が魔術師の勉強をすることになったのだ。


 慣れない勉強にぐったりきているノアールを、私は励ます。


「火の術が使いこなせると、今後重要になってくる科学素材作りがすごく楽になるから、頑張って欲しいな」

「あくまで傾向なのですが、自分の生まれた国、もしくは親の国の精霊術は、使いやすかったり覚えやすかったりすることが多いようですね。もちろん、杖の属性が重要ではあるのですが」


 火の国生まれは火の術が、風の国生まれは風の術が覚えやすい、ということか。


「新しく入ってきた子も、木の術が得意な様子です。

 今日はフェイが外に連れ出して、土壌改良や害虫除け、病気除けなどの術を練習させています」

「フェイも風国生まれだったみたいですからね。あ、ソレルティア様は?」

「私はまあ、天与の才で」

「「…………」」

「冗談ですよ。私の杖が優秀なのです」


 ソレルティア様も明るくなったなあ、と思う。


 元々、美しく賢く輝かしい宮廷の華と言われていた人だけれど、杖と契約して力が高まり、術師寿命が遠のいてからは、もう本当に自信に満ち溢れていて、眩しいくらいだ。


「魔術師として独り立ちできれば、お給料も上げられますし、私の侍女以外の道も開けますから、頑張って下さいね。ノアール」

「……私は、マリカ様の侍女以外の仕事には就けませんから」

「あ……」


 しまった。


 軽い気持ちで励ましたけれど、失敗した。


 寂しそうな顔で微笑むノアールに、私はハッとする。


 確かに、ノアールは『能力』の関係で、私以外の人間に仕えることはできない。


 彼女の『能力』は変身。

 しかも私に特化している。


 万が一、他所で私の姿になって何かをされたりすると困る、とお父様と皇王陛下が口封じの魔術までかけているのだ。


 ノアールはそんなことをしないと言っても、聞いて下さらなかった。


「でも、お気になさらないで下さい。

 十分、良い待遇とお給料を頂いていますし、男の相手をしなくてもいいというだけでも、ここは天国です。

 引き立てて頂いた恩は、精一杯返していきたいと思います」

「ノアール……」

「さあ、ソレルティア様。続き、よろしくお願いします」

「随分と元気になりましたね。ええ。では、またビシビシ行くとしましょう」

「頑張って下さいね」


 二人が空気と話題を変えてくれたのが解ったから、私はそれに甘え、その場を後にした。


 ちょっと気になることもできたし。


 そして夜。


 私は寝室で目を閉じた。


(ラス様、少し聞きたいことがあるんです。出て来て頂けませんか?)

『呼んだ?』

「はい。聞きたいことがあって」


 七国訪問を終え、アルケディウスに帰って来てから、フリーダムに動いていらっしゃる『精霊獣』様達。


 必要な時は来て下さるけれど、必要ない時にはいないことも多い。


 でも、扱い方のコツは解ってきた。


 心からお願いして、来て下さいと呼びかければ、駄目な時以外は来て下さるのだ。


「フォルトシュトラムを、ヒンメルヴェルエクトに置いてきて良かったんですか?」


 私から口出しできることではなかったから、あの時は言えなかったけれど。


 最後まで『精霊神』様達は、フォルトシュトラムを連れ戻すとか、オルクスさんから取り上げるとか、言い出さなかった。


 特に火の『精霊神』様にとっては、子孫に与えた大事な杖。

 直属の配下のような存在なのではないかと思って、ちょっと心配になったのだ。


 シュトルムスルフトでの風の『精霊神』様とシュルーストラムの様子を見たり、アルケディウスで木の『精霊神』様とアーベルストラムの仲良さげな関係を見たりすると、色々と複雑なのではないだろうか。


『ああ、うん。まあ、色々と複雑ではあると思うよ。

 精霊石というのは、僕らにとっては力を分けた分身であり、頼りにする手足みたいなものだから』

「『星』の手足」


 精霊石の杖は、自己紹介の時によくそう口にしていた。


 力はあっても自由に動けない『精霊神』様達を助ける存在なのだろう。


「じゃあ……」

『でも、仕方ない。前にも言ったけれど、子ども達の命が最優先だから』

「子ども達の命?」

『あの子には、強い精霊石の助けが必要だということ。

『神』にしても簡単に作れるものじゃないから、手に入れたものは有効活用するのも仕方ない。無理に取り上げて命を危険に晒すことはできないから』

「オルクスさんは、特別な『神の子ども』だって言ってましたっけ? 能力は高くて、ある意味では強いけれど、弱いって……」

『そう。この大陸がもう少し住みやすくなって、精霊石の代わりを用意してあげられるようになるまでは様子見かな』

『気にするな』


 ドガッと。


 寝台の私とラス様の間に割り込むように、白い精霊獣が落ちてきた。


「アーレリオス様」

『フォルトシュトラムのことは気にするな。死んだ訳でもないからな』

「いいんですか?」


 アーレリオス様の精霊獣は、静かに頷いて下さる。


『奴は今、自分を封じて魔術師の杖、そしてあの子どもの存在維持の為の補助装置に徹している。人格を表に出している余裕が無い、というのが実際のところだろう』


 フェイやエリセ、ソレルティア様のように互いを認め合い、杖の持ち主が気力を与えれば、杖にも余裕が出てきて、人格を表に出し、話すこともできる。


 でも、それができない相手の時は、精霊石は力の限界まで魔術師を助け、その後眠りにつく。


 それが、ずっと聞いていたこの世界の精霊石と術師の関係の基本だ。


『精霊石は人に使われる道具だ。

 奴が自分の判断で役割を果たしているのであれば、私が余計な口を挟むことではない』

「無理やりやらされている、とかではないんですか?」

『最初はそうであったかもしれんが、今は自分が手を離せば子どもが危機に陥ることを理解しているはず。

 それができぬほど腑抜けているとは思いたくない』


 つまり、自分の意志で、オルクスさんの命――もしくは魔術師としての立場を守る為に、自分の人格を出すことなく、杖としての役割に専念しているということか。


 かなり強い性格の杖らしいけれど、精霊石はやっぱりみんな優しいんだな。


「では、本当に様子見でいいんですね」

『ああ。いずれ奴が敵に回る。そんなことになった時は、私が責任を持って処理するから心配するな』

「処理って……壊したりしちゃ駄目ですよ」

『……善処する』


 この間のリオンといい、『精霊神』様といい、情が深いわりにシビアなんだから。


 ……でも、そうか。


『精霊神』様達との会話でヒントを貰った私は、翌日、また術の練習に苦戦しているノアールに少しだけアドバイスをした。


 結果、ノアールは前よりも術が使いやすくなったらしい。


 発音を少し間違えても、術が発動してくれるとか。


「精霊だけじゃなく、精霊石にも力を借りるつもりでやってみて。

 一緒に働く同僚みたいな気持ちでお願いしてみるの」


 誠実に石と向かい合ったノアール。

 きっと、石の方も嬉しかったのだろう。

 いずれノアールが本気で術師を目指したら、契約もしてくれるかもしれない。


 道具は道具。


 でも、大切にすれば、きっと応えてくれる。

 私が付喪神とか擬人化文化の激しい元日本人だからかもしれないけれど。


 それはきっと、万国共通で変わらないのだと思った。

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