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風国 精霊の力 助けの力

 シュトルムスルフトの王太子マクハーン改め、女王アマリィヤ様との最終会談は、結局朝方まで続いた。


「最後の夜だというのに、ゆっくりすることもできず申し訳ないね」


 アマリィヤ様はそう謝って下さったけれど、つい話に夢中になってしまったのは私達の方だから仕方ない。


 ちなみにアマリィヤ様、女性らしい話し方は意識して使っている時だけで、本音で話す時は気さくな男口調の方が話しやすいのだそうだ。

 私達には気にしないでと言って下さったので、普通の会話の時には男性口調で話されるようになった。


「お別れした後は暫く移動になりますので、馬車の中で寝ていきます」


 ミュールズ様は顔を顰めたけれど、アマリィヤ様とのお話は今しかできないことだから許してもらおう。


 実際、この会談でシュトルムスルフトとアルケディウスの技術力が、一気に上がる可能性が見えた気がするのだ。


 特に石油の精製。

 今まで獣脂や植物油、薪や、良くて石炭などを利用していた様々な工業分野で石油が活用できれば、一気にコスパが良くなるし、蒸気機関などを始めとする様々な発明も発展が見込める。


 船に利用すればエンジン搭載の帆船とか。

 自動車もできるようになるかもしれない。


 今の私達ではエンジンの設計とか無理なので、その手の技術が書かれた精霊古語の本を探すしかないけれど。


「転移術が実用化できれば、移動手段は必要ないのではありませんか?」


 と、フェイは言ったけれど。


「勿論、転移術が使えれば一番楽ですけど、無料で誰でも利用できる、という訳にもいかないでしょう?

 作るのにカレドナイトが必要ですし、魔術の素養が無い人は陣を起動させられないでしょうし」

「ああ、そう言われればそうですね。それに、陣からはみ出るような大きなモノは運べませんから」

「転移陣を作れる術師は私だけだし、それだけに専念して作っても、一往復分に一週間以上はかかる。

 国外には特に私が出るのも難しいから、そうそう増やせないかな?」

「「…………」」


 風の王の杖の術師であるフェイなら、一日くらいでできます。

 移動式の方も、たぶんできます。


 ――というのは、お口チャック。

 今は言いません。


 それが遠因で、シュトルムスルフトは滅びかけたわけだしね。


「だから、当面は道路の整備が主になるかな。この間発見されたアスファルトが、いい仕事をしてくれそうだ」


 シュトルムスルフトは農地に恵まれない。

 けれど、他の資源や技術を輸出することで、他国と今後渡り合っていくことになるだろう。


 精霊の力が戻ってきたから、徐々に農業もできるようになるかもしれないけれど。


「今のシュトルムスルフトの主産業は、紡績と染色、それから刺繍だからね。

 それらを大切に守りつつ、新しい産業を育てていくよ」


 アマリィヤ様はそうおっしゃっていた。


「紡績って糸を作ることですよね。布作りまではされてないのですか?」

「個々人ではやっているだろうけれど、現時点でのシュトルムスルフトは半分近い大地が砂漠で、遊牧をしている民の割合がかなり大きい。

 彼らは大きな機織り機などを用意している余裕が無いんだ。

 小型の織機で家族の分を織るのが手いっぱいだと思う。

 一方で、糸紡ぎなら折り畳み式の糸車をどこでも回せる。

 暗い蝋燭や灯りの中でも仕事ができるしね。


 飼っている羊やヤギの毛、北の麻や綿花や繭を糸に紡いで売るのが、彼らの貴重な収入源なんだよ。


 大規模な織機などによる布作りはヒンメルヴェルエクトに任せた方が安上がりだからね。

 精霊上布以外は、布を輸入している感じだ」

「そうなんですか」


 なるほど。

 各国の事情が産業に密着しているのだなあ、とふと思う。


 ――ん?


「精霊上布はこの国で作られているのですか?」

「糸を吐いて繭を作る特殊な虫がいてね。

 その虫と餌になる葉は、温暖湿潤なところでしか育たないんだ。

 自生しているのはエルディランドとシュトルムスルフト北東部だけだった筈だけど。

 綺麗で強く、柔らかい布ができるから、国外持ち出しは基本禁止。

 貴重な輸出品目だよ」

「輸出……そうですよね」


 少しホッとした。


 精霊上布と聞いて私が思い出したのは、私が捨てられていた時に包まれていたという、おくるみのことだ。


 精霊しか作れない貴重な品と言われていて、アルケディウスでは入手困難だと聞いたけれど、売っているものなら、何らかの方法で入手可能なのだろう。


「昔の精霊上布と、今の精霊上布は厳密には同じではないと思うけれど」

「そうなんですか?」

「本当に昔の――魔王降臨前の品物は、色々と質が違う。

 当時はシュトルムスルフトも裕福だったから、いくつか品物が残っているけれど、本当に素晴らしいよ。


 特に『精霊神』が花嫁となる『聖なる乙女』に贈ったドレスが凄くてね。

 今も国宝として保管されている」

「え? 布製品ですよね?

 それが五〇〇年とか、千年以上?」

「流石に着用はしないけれど、今でも着れそうなくらいに美しい。

 今回はちょっと宝物蔵から出して見せるわけにはいかないが」


 虫食いとか無いのかと思ったけど、王宮保存の国宝だし。

 布はけっこう長持ちするし、聖骸布とか皇帝が着た服とか残ってるから、有りなのかも。


 考えてみれば、王勺やサークレットとかも、それくらいの時代を経ているものだし。


「『精霊神』が加護の祝福を与えているというよ。

 軽くて、火にも、水にも強い。

 刃物なども通さないそうだ。

 かつて『聖なる乙女』に恋慕した男がナイフを突きつけたが、通らなかったという伝説が残ってる」

「……凄いですね」


 私、精霊上布はシルクみたいなもの~、と認識していたけれど、柔らかくて軽いうえに、耐熱、耐火、耐水、防刃とかも出来るのか。


 私のおくるみは、多分そこまでの品じゃないと思うけれど。


「……もしかしたら、再現できるかもしれませんよ?」

「え? ホント? フェイ?」


 話を聞いていたフェイは、ええ、と頷いて見せる。


「精霊のアイテムには『不変』と『強化』の術がかかっているものが多いです。

 王勺しかり。サークレットしかり。

 大きなものだと、各国の王城も。


 強化はともかく、『不変』は『精霊神』や『神』の領域なので再現は困難なのですが」

「王城も?」

「ええ。

 各国の王城は『精霊神』が作り、『精霊の力』で守られているので、基本燃えたり壊れたりは無いようです。

 主が許可を与えれば、改修、増築などは可能と聞きます」


 言われてみれば。

 各国、どの王宮もかなり長い間使われているだろうに、どこもピカピカだった。

 メンテする人達の熱意と愛情もあるのだろうけれど。


「それと同じような感じで、魔術師が糸や布に術をかけたら、『不変』は無理でも守りにならないかな、と今思いました。

 気休めかもしれませんが、何か危機が及んだ時、少しは時間稼ぎになるかも……」


 頭の中に、ふとセリーナのことが浮かんだ。


 切り裂かれ、破かれた服。

 もし、それが切れにくい丈夫な布地だったら?


 脱がされてしまえば意味がないかもしれない。

 けれど、ほんの少しの時間が稼げれば、間に合うこともあるかもしれない。


「大したものだね、君は。

 我が国の魔術師は生活魔術を嫌がるんだ。

 そういう発想さえ、きっと出てこない」

「『精霊の力』は助けの力である、と精霊神様はおっしゃっていました。

 ですから本来は、生活を助け、便利にするものこそが精霊魔術の本領なのだと思います」

「……特殊な防御魔術のかかった布や糸は、付加価値にもできる。

 いい気付きを頂いた。研究させてみよう」

「ありがとうございます。フェイも調べてみてくれる?」

「解りました」


 部屋に戻ってから、以前ラス様から貰った長衣のドレスの端っこで、ちょっと実験してみた。

 これも精霊上布みたいなので、しまい込んでおくのはもったいないと、夜着にしてるやつ。

 柔らかくて、袖なしでもかなり暖かい。


 お母様は『精霊神』様からの賜りものを寝間着になんて、と眉をひそめておられたけど。


 柔らかくて、本当にシルクのようなのに。

 本当に火をつけても燃えない。

 水につけても弾く。濡れにくい。

 ナイフで切ろうとしても切れない。

 引き裂くこともできない。


 ビックリするほど丈夫な布だった。


「向こうの特殊素材も顔負けじゃない性能じゃない? これ」


 よく見てみると、布の表面が何かでコーティングしてある感じだ。

 それがスベっとしていて、より肌触り良く感じる。

 これは『精霊神』様直々の手によるものだから特別かもしれないけれど、こういう加工が人間の手でできたら、色々と役立ちそうだ。


 消防服とか、戦士の鎧の代わりとか。

 不老不死者にはあまり意味がないかもしれないけれど、子ども達が今後外へ行く時に、守ってくれるかもしれない。


 私は『精霊の力』その奥深さを、改めて感じたのだった。

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