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風国 風国との別れと贈り物

 夜の一月最後の夜の日。

 私達はシュトルムスルフトを後にすることになった。


 今日の服装は、この国に来た時と同じ。

 共通衣装にスカーフ。


 女王陛下の命令で、女性の外出禁止とスカーフの着用は義務ではなくなったけれど、念の為。ね。


 リオンから貰ったこのスカーフはお気に入りだし。

 離宮を片付けて外に出ると、ずらりと人々が集まっていた。


 一人残らず胸に手を当てて跪いて。

 男の人も、女の人もいる。


 この人達は――と思ったところで、最前列に立っていた男性が顔を上げる。


 ああ、解った。

 厨房の人達だ。


「アルケディウスの宵闇の星。皇女マリカ様に、厨房を代表して御礼申し上げます」


 そういえば、最後の方はファイルーズ様のオアシスにお参りに行ったことで、どったんばったんになってしまって、ちゃんと挨拶できてなかった気がする。


「女王陛下から、見送りの場には入れられないが、その前にご挨拶に行くことを許されたので、こうして」

「ありがとうございます。こちらこそ、最後の最後は色々と忙しく、厨房に行くこともできず失礼しました。

 でも、宴席の料理はとても見事だったと思いますよ」

「はい。我々自身が驚き、また懐かしいと思う味でした。

 王太子様――いえ、女王陛下にも直々にお褒めの言葉を賜り、恐悦至極にございます」


 最後の方は忙しくて、私もちゃんと監督できなかったけれど。

 他所より色々な騒ぎで短くなった分、真剣に挑んでくれた料理人さん達。


 僅か十日足らずで、女王陛下の想いを味で伝える見事な料理を作り上げられるようになったのは、努力の賜物だと思う。


「我々も、今回の件で考えさせられました。

 今まで、惰性のように代わり映えのしない料理を作り続けていましたが、ほんの少しの手間暇をかけ、ほんの少しの正しい理を守ることで、料理というものはあそこまで進化する。

 我々も女王陛下のように、変わっていかなければならないと実感したのです」

「私が教えたのは、ほんの基本だけです。

 私の方こそ、この国の方々にたくさんのことを教えられました。

 どうかこれから、その基本を元に、この土地ならではの『新しい食』を見つけて下さい」

「はい。

 今後は試験制度により、女性も正規の地位を得て職務に当たることになると思います。

 暫くはいろいろと難しい点もあるかと思いますが、姫君のお言葉を胸に、互いに力を合わせてシュトルムスルフトの『食』その発展に力を尽くしていきたいと思います」

「頑張って下さい。心から応援しています」


 私は精一杯の思いを込めて、彼ら一人一人の手を握った。

 なんだか涙ぐんでいる人もいたけれど、この国で私がちゃんと何かを残していけたのならいいな、と思う。


 厨房の人達から挨拶を受けてから、謁見の間へ。


 最初の時と同じように大きな扉が開くと、最初の時には無かった輝きが見える。


 国を導く銀の光。

 女王アマリィヤ様だ。


「マリカ様。シュトルムスルフトでの二週間の教導、真に感謝申し上げます。

 そして、我が国の王族がしでかしました罪を、どうかお許しいただければ幸いです」

「シュトルムスルフトには十二分に誠意を見せて頂きました。

 今後は同じ七国の盟友として、遠くて近い友として、一緒に歩んでいけたらと思っております」

「お優しい心遣いに深く感謝申し上げます。

 シュトルムスルフトは、いつなりともアルケディウスの友としてあり続けましょう。

 今回の非礼の賠償も、いつか必ず」


 アマリィヤ様は、今もなお恐縮してくれているけれど、シュトルムスルフトが今回賠償として差し出したものはかなり大きい。


 まず、女性の地位向上と子どもの保護を約束して貰った。

 シュトルムスルフトは、女性でさえまともな地位が得られていなかったので、子どもの待遇はお察しだ。

 今回、私は滞在中に一人も子どもと出会うことができなかったくらいである。


 でも今後は、国として調べて、子どもを保護して、孤児院を作ると女王陛下は約束して下さった。

 女性だから、その点少し安心できる。

 私もアルケディウスの孤児院の概略をお渡ししたし。


 また、お土産として糸や見事な刺繍細工なども頂いた。

 デーツやココの実なども山ほど。


 あと、精霊上布もたくさん分けて下さった。

 貴重な輸出品目だって言ってたのに。


 艶やかで優しい色合い。

 肌触りも良くって、正しくシルク。

 スカーフや帯に、女性陣はみんなうっとりしていた。


 そして、一番驚いたのは油田一つ分の権利を譲渡されたことだ。


「これはマリカ様とセリーナへの賠償です。

 国王と第一王子がしでかした罪への、国からの謝罪とお受け取り下さい」


 大きくは無いけれど、質はかなりいい油田らしい。


 今後、石油の価値が上がると解っているのに申し訳ない、と固辞したのだけれど、女王陛下も頑固で引かなかったので。

 アルケディウスが必要とする分を定期的に送って貰うこと。

 送料と手数料として、送って貰う分以外の石油の販売や使用はシュトルムスルフトに委託することで手を打った。


 アルケディウスに届いた石油は買い取って、セリーナの資産とする。


「そんな。とても受け取れません。私の分はマリカ様に献上します」


 と、セリーナは言ってくれたけれど、これはけじめだし、セリーナの被害への賠償だから。


 必要になる時の為に、貯金しておこうと思う。

 女王陛下の従属の誓いと合わせても相当だ。


 けれど――


「これは、私達がやるべきと思って行っていること。

 どうかお気になさらず。

 今後、国を近代化し、新体制へと変化させて行く為には、アルケディウスとマリカ様の御協力を欠かすことはできません。

 我が国の王子、フェイ共々、末永いご友好を賜れれば幸いにございます」


 大貴族達の前で、誠実に女王陛下にそう頭を下げられてしまえば、異論もない

 あんまり固辞しても、女王陛下の顔を潰してしまう。


「解りました。今後とも、どうかよろしくお願いいたします」


 私は感謝の気持ちを込めて、シュトルムスルフトの誠意を受け取った。


 これからの友好で、その分を少しずつ返していこう。

 誠意には誠意を。

 恩は倍返し、恨みは十倍返し――っていうのは、向こうの世界の好きな言葉だ。


「これにて、マリカ皇女のこの国での契約の終了を宣言いたします。

 お疲れ様でございました」


 ホッとする。

 一度は契約解除なんてことになるかと思ったけれど、ちゃんと役目を果たせて良かった。


「ありがとうございます。今後とも、どうぞよろしくお願いします」


 深くお辞儀をして退室をする。

 その直前に。


「フェイ」


 アマリィヤ様は、フェイを呼び止めた。


「あ……女王陛下……」


 何と呼びかけていいのか解らないように戸惑うフェイに、王座から立ち上がったアマリィヤ様は近づき手を伸ばし、抱き寄せる。


 優しく、暖かい仕草に、下卑た視線を向ける者はいない。

 それは誰がどう見ても、母が我が子に贈るものと同じ、無垢な愛情だ。


「風の精霊に愛された、シュトルムスルフトの希望の子。

 君の幸せを、遠い空からいつも祈っているよ」


 かさっ、と小さな音がした。


「! これは」

「さあ、お行き。

 姫君と、この世界を頼んだよ」

「ありがとうございます。女王陛下……いいえ、伯母上」


 伯母上、とフェイに呼びかけられた女王陛下は目を丸くすると。


「はは、いいな。それ。

 これからは是非、その呼び方で頼む。

 女王陛下って呼んだら返事をしないからね」


 破顔一笑。

 輝くヒマワリのような笑みで見送ってくれた。


 最初に訪れた時は、怖さに震えたムスタクバル宮。

 でも最後には、好きになって離れがたいと思う私。


 我ながら単純だ。

 好きなものが増えるのは嬉しいから、いいのだけれど。


 そして――


「フェイ。今のって、まさか?」

「ええ」


 宮殿の扉を出て馬車に乗り込む私に、フェイはポケットの隠しから小箱をそっと取り出して見せてくれた。

 蓋を開けて中身を確認する。


 思った通り。

 精霊石が虹色の光を弾き、輝いていた。

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