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風国 女王(マリカ)と女王

 この国に最初に来た時、マクハーン王太子はおっしゃったっけ。


「私は国と大事な家族を守れる王になってみせる」


 と。


 その誓いを守り、前国王と第一王子を排除。

 シュトルムスルフトの新しい王となった元・マクハーン王太子――アマリィヤ様は、私のお別れ会兼晩餐会で凛々しいお姿を見せた後。


「うん、まあ。実は多分、私はファイルーズに嫉妬していたのではないかと思ってはいますよ」


 アルケディウス居室で、そんな寂しい吐露をこぼした。


「アマリィヤ……。

 王ともあろう者が、そのような事を口にするものではありませんよ」


 同行しているお母様。

 正王妃様は顔を顰めるけれど、そんなに必死感は見えない。


 明日にはシュトルムスルフトともお別れになるので、通信鏡のプレゼンテーションを兼ねてお招きしたのだ。


 通信鏡で繋がったアルケディウスとの連絡回路を知って、アマリィヤ女王は即座に皇王陛下に膝をついたものだ。


「この度は父が大変無礼を働き、申し訳ございません」

『こちらとしても、まさか国王陛下があそこまでの強硬手段を取られるとは思わなかった。

 本来なら我々は、まだ状況を知れぬ状態にあります。

 事が済み、マリカが許すというのであれば、改めて我々が荒立てるつもりはありませんが、二度は許さぬと思って頂ければ幸いです』

「無論、心得ております。

 アルケディウスへの大きな負債を我らは決して忘れず、いつの日か返済できるよう誠実に対処していきたいと存じます」


 シュトルムスルフト前国王陛下がアルケディウスに送った親書は、届いてみれば、


『フェイがシュトルムスルフトの王族である為、こちらに残留すると言っている』

『マリカ皇女はフェイと婚姻し、シュトルムスルフトに残るおつもりらしい。愛し合う二人に許可を与えて欲しい』


 というもの。

 嘘八百もいいところだ。


「これは、通信鏡の早期普及を検討しないといけないですね」


 私は真剣にそう思う。


 人類最大の発明と言える情報通信技術。

 情報を制する者が世界を制する。


 今回の件だって、もしシュトルムスルフト側がアルケディウスと即時通信が可能であると知っていたなら、確実に違う方法を取っただろう。

 より手荒なことになったかもしれないけれど。


「実は、その件ですが。今回の訪問で得た知識を応用して、通信鏡の改良が可能かもしれません」


 話を聞いていたフェイは、そう提案してくれた。


「元々、アーヴェントルクで『精霊神』様から改良案を頂いていたのです。

 それに加えて、今回シュトルムスルフトの風の魔方陣を見る機会がありました。

 移動、転移を司る魔術回路の構造が見えたので、それを上手く応用すれば、声、言葉だけを伝える携帯式通信装置の製造が可能になるかも」

「そんなに簡単にできるの?」

「簡単に、ではありませんよ。

 どうしたって上質の精霊石かカレドナイトが必要ですからね。

 定着の為に必要な魔力も大きいですし、外装技術も含めて試行錯誤が必要かと」

『かかる経費については後でいい。まずは、できるかできないか、だからな。

 後でタートザッヘが魔術回路の概略を見せろと言っている。双方向で検討していこう』

「かしこまりました」

「こちらでも研究を――と言いたいところなのですが、シュトルムスルフトは『精霊神』の怒りをかってのち、本当に『精霊の力』が働きにくくなっていたので、魔術師の数も、子どもの数も本当に少ないのですよね。


 シュトラーシェ女王時代、各領地を繋いだ転移魔方陣も、一部が破損して使えなくなっているものもありますし。

 私も勉強し直して、風の転移陣の復活に尽力したいと思っております」

『老婆心ながら申し上げますが、古い技術の再生には注意が必要ですぞ。

 特に各国を繋ぐ魔方陣は、完成させれば確かにその価値は計り知れませんが、古い悲劇を繰り返すことになりかねない』

「承知しております。肝に銘じて研究を続けていく所存です」


 皇王陛下がおっしゃる通り、各国から直通、どこでもドアのように転移魔方陣で移動できるようになったら便利は便利だけれど、セキュリティとか警備とか意味がなくなってしまう。


 設置場所などにも慎重な検討が必要だ。

 国内だけでも魔方陣が使えたら、それはそれでかなりの流通革命だけれども。


「当面は、国内の転移魔方陣の修復と、構造の把握、ならびに新設を目指します。

 カレドナイトが大量に必要なので、そう簡単に増設はできないかもしれませんが」

「なら、アスファルトでの道路整備の方が先に実現するかもしれませんね」

『道路整備?』

「はい。シュトルムスルフトで採れる黒い油は、色々と加工が可能なようです。

 本格的にやろうと思えば時間と設備が必要ですが、試験的には成功しているので」


 現時点で、原油を加熱分離させて軽油、灯油などを作ることには成功している。


 廃油と言って最後に黒い油が残るのだけれど、それを砂利と混ぜ、敷いて固めることで、風雨に影響されない固い舗装道路ができる。


 灯油精製の時にできたものを王宮近辺で実験して貰ったのだけれど、固くてしっかりとした懐かしい歩き心地だった。


 誠実には誠実を。


 フェイが読み解いたシュトルムスルフトの技術は、全てシュトルムスルフトにも残していく。


 精霊の力が必要なものはともかく、蒸気機関や原油の分離精製など、技術力でなんとかなることはこの国でできるところもあるだろう。


「道路舗装技術と灯油については、新年までにある程度、各国に公開できるところまでもっていくことが可能かもしれません」

『楽しみにしております。内容によっては、技術や灯油を買い取らせて頂くことで、シュトルムスルフトをお助けできるかもしれません』

「ありがとうございます」


 灯油が確保できれば、ストーブなども作れるし、灯油、ランプに使っていた各種油を食用に回せる。


 冬が厳しいアルケディウスはかなり楽になるから、皇王陛下も真剣だ。


 で、そんなこんなで国同士の話が終わった後、アマリィヤ様は、


「やっぱり、君はシュトルムスルフトに残って欲しかったな」


 フェイにそんな寂しげな目を向けた。


「……僕の帰る場所はアルケディウスです」

「解っている。何度も言っている通り、強制するつもりは無いよ。

 ただ、ね。私は多分、ファイルーズに嫉妬していた。

 私が得られない女性としての幸せを、すべて持っていたあの子に」


 そう語りながらフェイを見つめるアマリィヤ様の瞳は優しく、そして悲しい。


「女性が幸せを求めるなんて、望むべくもないシュトルムスルフトだけれど、ファイルーズはその中で人生を謳歌していた。

『聖なる乙女』として美しさを讃えられ、人を愛し、愛され、子どもを授かって……。

 楽しいことばかりでは無かったことは承知しているけれど」

「……貴女から、女としての喜びを奪ったのは私です。

 恨むなら私を恨みなさい」


 静かに告げる正王妃様に、アマリィヤ様は首を横に振る。


「恨みはありません。

 私は死んだ兄や乳兄弟の分まで、シュトルムスルフトを支え、良くしていかなければならない。

 それが生き残った者の使命と解ってはいますから」


 強いその瞳には、確かな覚悟が宿っている。


「ただ、唯一自分を出すことができた理解者ファイルーズを失い、孤独で押しつぶされそうだったのもまた事実。

 妻達は、私が女であることを理解した上で、協力者として嫁いでくれた信頼できる者達ばかりですが、やはり違いますからね」


 それはそうだろうな、と思う私の横で、アマリィヤ様はフェイを見つめる。


「だから、本当に嬉しかったのです。

 フェイ。君がこの国に来てくれたことが、嘘偽りなく」


 まだ細い少年の肩を、アマリィヤ様は抱きしめる。

 そして最初に出会った時のように、唇をその額に落とす。

 愛し子に祝福を与えるキスだ。


「知識や、術師としての才能は勿論だけれど、フェイ。

 君は生きて、そこにあるだけで、ファイルーズ、そして精霊からの贈り物だ。

 シュトルムスルフトで独占できないし、してはいけないことも解っている。

 だから……幸せにおなり。フェイ。

 私は遠い、この国からいつも、君の幸せを願っているから……」

「アマリィヤ様……」

「私にとっては、唯一の孫です。

 いつか戻ってきてくれることを願っています。

 貴方が無理なら、ひ孫を期待してもいいかしら?」

「王妃様」

「母上……フェイが困っていますよ」


 王妃様の冗談半分、本気半分の言葉に苦笑しながら、アマリィヤ様と王妃様は私達に膝をついた。


「マリカ様。この国に『精霊の恵み』と知識と、光を齎して下さった女王(マリカ)

「え?」

「マリカというのは、この国の言葉で女王を意味します。

 シュトルムスルフトはアルケディウスとは七国として対等の立場でありますが、それとは別にマリカ様には、我々は忠誠と従属をお約束します」

「いいのですか?」

「マリカ様には大恩があります。

 それにマリカ様は女性であり、子どもにも慈愛深きお方。

 女性の力を知り、尊重して下さる方。

 国を傷つけるようなことはなさらないと信じていますから。

 困りごとがある時には、なんなりとお申し付けを。

 シュトルムスルフトは『精霊』の加護深き『女王(マリカ)』の御為なら、いついかなる時もお力になると誓います」


 契約書も、制約もない、ただの口約束に思える。

 けれど、精霊獣の見守る場での誓いを、きっと女王陛下は破らないだろう。


 そう信じられる。

 だから、私も膝を折り、アマリィヤ様の手を握りしめた。


「ありがとうございます。

 一緒に新しい未来を作っていきましょう」


 手を取り合う私達を、みんな。

 多分、『精霊神』様達も優しい微笑みと共に見守ってくれていた。

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