風国 母の肖像
この世界に満ちる『精霊』の力には、いくつかの属性、というか方向性があるようだった。
ベースとなるものが『星』から生まれ、水や火、風のように属性、方向性を与えられて世に出される。
それを司るのが『精霊神』様達、という訳だ。
『精霊神』様の血を受け継ぐ各国の王族は、元は『精霊の力』を操る魔術師でもあり、その力で人々を導き、生活を助けていた。
その為に授けられたアイテムもいくつかあり、その一つが『王の杖』と呼ばれる精霊石。
そして、もう一つが『聖なる乙女』のサークレットらしい。
「このサークレットは、どうやら自身の力を高め、『精霊の力』と交感する為のものであるようです。
古き時代、『聖なる乙女』が身に着け、『精霊神』に祈りを捧げると応えてくれたと伝えられています」
シュトルムスルフトのサークレットを私達に差し示しながら、王太子マクハーン様は話す。
ちなみに、私が『聖なる乙女』のサークレットを見るのは二つ……違う、四つ目だ。
私のと、神殿のと、プラーミァのと、これ。
通信機とブーストアイテムってことかな?
私が生まれた時に持っていたサークレットにも、そんな機能があると聞いていた。
神殿のサークレットも『神』と繋ぐ為のものだと言っていたし。
「このサークレットは、厳密には私のものではありません。
先祖代々、『聖なる乙女』の実家である我が一族に伝えられてきたもので、最後の主は私の妹、ファイルーズでした。
ファイルーズは勿論、私の正体を知っており、ただ二人の兄妹……実際は姉妹として、互いに他の者には言えない相談をしあったりする。
自分では仲が良いと思っておりました。
ファイルーズもそう思っていてくれたのなら良いのですが」
遠い昔を思い出すように、マクハーン様は微笑む。
「サークレットをしていると『精霊の気持ちが感じられて、素敵な気分になる。お姉様も被ってみたら?』と、ファイルーズが貸してくれたのがきっかけですね。
サークレットをしている間だけですが、私は風の精霊魔術と転移術が使えるようになったことに気付きました。
無論、二人だけの秘密とし、誰にも語ったことはありません。
私も私欲で術を使った事も、一度もありません。
ただ一度。
ファイルーズを王宮から逃がした、その時以外には」
寂しげに、悲しげに。
「ファイルーズは以前、話したこともありますが、奔放な娘でした。
王族、しかも『聖なる乙女』となれば、自由な恋愛など許される筈もない。
本人もその運命を受け入れていると思ったのですが、こともあろうか、恋をしたと私に言ったのです。
相手は側に仕える、不老不死を得ていない侍従の青年でした。
しかも、乳兄弟だったのです」
シュトルムスルフトの教えでは近親婚が禁止されており、乳兄弟同士の結婚も禁止だと聞いた。
実際問題として、乳兄弟はまったく血がつながっていないから、遺伝的には大丈夫だと思うけれど。
「侯爵と結婚したくない。彼を愛している。
泣きついてきたファイルーズを見て、色々と複雑な思いが湧き上がりました。
……ただ、私には得られぬ幸せを、ファイルーズに得て欲しいと思ったのもまた事実。
色々と紆余曲折ありましたが、最終的に私はファイルーズを誘拐という形で、二度と城には戻らぬと約束して、二人を逃がしたのです。
母にも伝えずに。
私の独断で」
なるほど。
誘拐ではなく、駆け落ちだったのか。
捜索も、探す方に味方がいれば、見つからないという訳だ。
「その後の二人に、私は極力関わらないようにしていました。
事前にある程度の準備を整えてあり、お金にも不自由は無かった筈。
二人は幸せに暮らしている。
そう思い込んで連絡を取ることを避けていた為に、気付くのが遅れたのです。
彼らが、別の追手に見つかったことに」
月に一回、定期的に様子を見に行かせていた者は、約半年の後、とんでもない知らせを持って戻ってきた。
侍従の青年の死と、ファイルーズ王女の行方不明という知らせを。
「おそらく、兄上か侯爵の手の者に見つかったのでしょう。
部屋中が荒らされ、侍従は酷い拷問の果てに殺されていたそうです。
その時、ファイルーズも連れ戻されたのだと思っていました。
ですが、姫君から伺った葡萄酒蔵の者の証言などからして、一人逃れ、国を離れてフェイを生んだのだろうと思われます。
その後、参賀の際に見つかるのを恐れて大聖都から逃亡。
アルケディウスに流れ、そこで再度見つかり、連れ戻され……殺されたのかもしれません。
オアシスにファイルーズが埋葬されているなら、自然死は考えづらい。
今、侯爵と兄上に取り調べをしていますが。
どうやら、主犯は兄上。従犯は侯爵と父上、ということのようです」
淡々と王太子は告げる。
怒りが無い筈は無いと思う。
声を荒げても王女は返ってこないけれど、やるせない。
「ファイルーズが、最終的にどのような最後を辿ったのかは解らないですが、少なくともフェイの存在と、私の能力と秘密は、命を懸けて隠し通してくれたのだと思います。
……フェイ」
「あ……はい」
話に聞き入っていたフェイは、王太子様の呼び声にハッと顔を上げる。
「君の銀髪は最初に言った通り、一族のものだけれど、瞳はおそらく、侍従の青年から受け継いだ。
真面目で、頑固。
でも頭が良くて、蒼玉色の瞳のように人を惹きつける。
幼馴染の妹の事を真剣に思い、きっと……心から、全てを捨てても愛してくれていた彼と同じ色をしているんだ。君は」
転移術を使わず、ゆっくりと歩いてフェイの所にやってきた王太子は、小さな飾りをフェイに差し出す。
シャラン、という澄んだ音が耳に届く。
フェイの掌に託されたものは、装飾品?
銀色の筒状で、チェーンで首から下げるのだろう。
どこかオリエンタルな作りだ。
精緻な文様が彫り込まれ、吊るしの飾りもたくさんついている。
「それはジュナドというお守りだ。
葡萄酒蔵の者から預かった。
元は聖典の言葉を入れておいたりする、この国なら誰でも一つは持っているものだけれど。それは見覚えがある。
間違いなくファイルーズのものだから、もしかしたら彼と交換したのかもしれないね。
中を開けてごらん」
これ、もしかしたら大聖都で葡萄酒蔵の人が言っていた、フェイのお母さんの形見?
端っこの蓋のようなものを開けて、フェイが中を取り出すと、小さな羊皮紙片が出てきた。
そっと開いてみると……。
「!」
フェイが目元を押さえたのが解った。
震える手で握りしめた小片に描かれていたのは、女性の肖像画。
「きっと、彼の元でファイルーズは幸せに暮らしていたのだと確信している。
そんな笑顔をするあの子を、王宮では見たことが無かったから」
王太子様の言葉は、きっと事実だと確信できる。
フェイによく似た女性。
彼女は、星が煌めくような笑顔で、我が子に微笑んでいたのだから。




