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風国 作戦の始まり

 私達は、打ち合わせが済んだ後、着替えをしてから、こっそりフェイの転移術で脱出した。


 そのままアルケディウスの離宮へ転移しても良かったかな、とも思う。


 でも、ノアールとは衣装を交換して、私が二人状態だし。

 部屋に戻ってミュールズさんとミーティラ様に話をすると、絶対にセリーナ救出を止められるのが解っていたから、このまま戻らず強行だ。


「モドナック様。アルケディウスの離宮に戻って、随員達の安全確保をお願いします」

「解りました」

「フェイ。通信鏡で皇王陛下にご報告して。指示を仰いで。

 本当に最悪の場合には、皇王陛下にシュトルムスルフトへ来て頂くのも手かな、って思うんだけれど」


『国境を超える転移術は止めた方がいいと思うよ。術者も移動する相手も、負担が半端ない』


「ラス様?」


 ぴょこっ、と、いつものように、いつものごとく。


 私の肩に精霊獣が現れる。


『精霊神』モードの時のこの方達の前では、どんな制止も隠し事も殆ど意味がないことは解っている。

 だから、ビックリはしても驚かない。


 あてこすられたのは解っているけれど、スルーして私は転移術について確認する。


「転移術を国境超えて使うと、そうなるんですか?」

『うん。特に大聖都が邪魔をするから、行って戻ってくるだけでも時間がかかるし、しばらく使い物にならなくなるだろう』


 七王国と大聖都は、それぞれの『精霊神』様と『神』の領域。

 術を使うとなると、見えないセキュリティのようなものが働くらしい。


 私達は国境を超えるのに、そんなに何かが変わる、と意識したことはなかったけれど。


「じゃあ、どうすればいいと思いますか?

 国王陛下に圧力をかけるには」


 通信鏡では今一つ、インパクトが足りない。

 確か神殿には直通の転移陣が在る筈だけれど、大神殿に借りを作りたくはない。

 グルの可能性もあるし。


『ジャハール本人にやらせるのがいいんじゃないかな?』

「本人?」

『いい加減、イライラしてると思うから。幸い、端末を寄越してきてるんだろう?』

「あ、はい。やっぱりこれって、アーヴァントルクの時と同じ『精霊神』様の端末ですよね」


 フェイが私の意図を察して指し示すと、ラス様はうん、と頷いて下さった。


『そう。それをこの国の王族か、君が使えば、ジャハールを一時的に降ろすことができる。

 今、領域展開にアーレリオスが頑張ってるから』


 姿の見えないアーレリオス様も、フォローして下さっているのだな、と思うとありがたくも勿体ない。

 でも、今はそっちを気にしている場合じゃない。


『ジャハールは強いよ。『力』もそうだけど、物理的に、多分僕らの中で一番。

 相手が『ハイ』と言うまでぶん殴り続ける、世紀末交渉術が得意でさ』

「『精霊神』様。それ、交渉術って言いません」

『あれだけ言ってもまだ解んないのか、って怒ってるみたいだし。身体があれば、力よりも物理で王族に鉄拳制裁かますんじゃないかな?』


 確認すべきことは、まだある。


「私か、この国の王族……。それって、フェイは……」

『できるよ。もう気付いているだろうけれど、フェイはこの国の『聖なる乙女』の子だ。

 血の濃さはさほどでは無いけれど、あいつの頑固さを一番受け継いでいるかもしれない』


 血の濃さはさほどではない、と聞いて、フェイが少し安堵の表情を浮かべたのが解った。


 万が一。

 本当に万が一だけれど。


 国王陛下や第一王子との近親婚の子だとしたら――と、私でさえ思ったから。


「でも、フェイがやると『精霊神』に愛された王位継承者、とか何とか言われて騒ぎになったりしませんか?」

『まあ、なるだろうね。

 風の王の杖(シュルーストラム)を持っていることも重なると、『風の王の帰還』って、国から離してもらえなくなる可能性が高い』

「それは困ります。

 僕は皇王の魔術師。マリカとリオンの魔術師です」


 即答。


 いつもながら迷いのない返答は頼もしい。

 でも、どうしよう。

 私がやるのも、できれば避けたい。


『精霊神』を降臨させた巫女、とかなんとか言われて、なお囲い込み願望が高まる。


「王太子に頼むしかないな」


 小さく肩を竦めながら、彼は続ける。


「彼女であるのなら、かなり鍛えているようだし、今の王族の中で一番マシだ。

 今後の事を考えると、この国の王族にやらせた方がいい」

「リオン。気付いてたの?」

「まあな。マリカもだろ?」

「ちょっと待って下さい。リオン殿。今、彼女と仰せられたか? 王太子マクハーン様は女性であらせられるのか?」


 目を剥くモドナック様と側近達に、リオンは頷く。

 フェイも目を見開いている。


 私は、なんとなく解ってた。


 精霊神様が教えて下さったこともあるけれど、仕草とかが優美だし、全体的な雰囲気がね。

 私達に向けてだけのことかもしれないけれど。


「男尊女卑のシュトルムスルフトで、女性の王太子……」

「口外は禁止ですよ。

 聞くまでもなく、どうしようもない事情があったと思われます。

 国王陛下も第一王子も気付いていないようですし。

 五百年もの間、秘密を守るには、かなりの犠牲も払ってきたでしょうから」


 私としては、向こうが話してくれない限り、こちらからはツッコまない予定。

 向こうの世界では、『男性として育てられた女性』という話、創作の中にたくさんあったけれど。

 それだけに、簡単に言える事ではないと思うもの。


「……解りました」

「では、さっきも言った通り、フェイとモドナック様はアルケディウスの離宮へ行って、随員達の安全確保。

 その後、フェイは本国に事情を相談して、指示を仰いでから合流して下さい。

 私達の居場所は……」

「アルに協力を頼みます。風の探査術とアルの目があれば、そう難しくなく合流できるでしょう」

「お願い」

「僕が戻るまで、くれぐれも無理をしないように」


 かき消すように、フェイとモドナック様が姿を消した。


 私とカマラ、そして私の姿になったノアールは、これから台所へ戻り、セリーナを探して少し派手に動き回る。


 陛下か王子に捕まって、セリーナの身柄を確保確認できさえすれば。

 後はフェイと王太子が来るのを待って、お仕置きタイムだ。


「リオン。できれば、マクハーン様を探して。そして連れてきて欲しいの」


 私は振り返り、リオンに向き合った。

 リオンは多分、私と一緒についてきてくれるつもりだったのだろう。

 でも、マクハーン様にこの国の後始末を色々と押し付けるなら、最終局面では彼女にその場へいて貰わなければならない。


 私達が監禁された場にいたマクハーン様は、私達を助けようとして下さった。


 最終的には国王陛下に止められ、追い払われてしまったようだけれど。

 きっと、救出に動いてくれている。


 それは、確信に近い信頼だった。


「どこにいるか解らなくて大変だと思うけれど。お願い」

「解った。ただ……悪い!」

「わっ!?」


 リオンが私の腰へ手を回し、抱き寄せると、そのまま顔を寄せた。


 頭の上からラス様が落っこちる。


 何が何だか解らないまま、半開きになっていた私の唇と、リオンのそれが重なった。


 一瞬、舌が触れ合う。


 電撃が走るような、ピリピリとした感覚が頭の中で弾けて、動けない。


 かくん、と足が崩れた。

 リオンが抱き留めていてくれたので、倒れたりはしなかったけど。


「すまない! マリカの居場所を把握する為に、どうしてもマリカ自身の精霊の力が必要だったんだ」

「だ、だったらそう言ってくれれば……。ビックリした。それも他の人のいるところで……」

「あ……本当にすまない。焦って……その……わっ!?」


 ガツン! ゴン!


 何かがリオンの頭に落っこちた。


 あ、リオンの短剣と、カマラのショートソードだ。

 幽閉される時に取り上げられたやつ。


 取り返して下さったのか。精霊獣様(ラス様)


『……君らの仲を邪魔するつもりはないけど、今はそれどころじゃないって解ってる?』

「は、はい。すみません。

 でも、これでマリカの座標は確認できるので、シュトルムスルフト王城の中であるのなら、王太子を見つけたら直ぐに移動できます」

『よろしい。だったら、とっとと行動開始だ』

「はい。……じゃあ、マリカ。気を付けろよ。何かあったら直ぐに呼べ」

「うん、ありがとう。リオンも気を付けて」


 リオンは短剣を腰へ差すと、そのまま走り出していった。


「リオン様は、マリカ様を本当に大切にしておいでなのですね」


 カマラも自分のショートソードを拾い上げ、腰へ帯びる。

 何も言わず微笑むカマラの優しさが、かえって恥ずかしい。


「そうだと、いいけど……。

 っと、とにかく今はセリーナ救出優先。

 作戦開始。行くよ!」


 私は抜けかけた心と身体に気合を入れるように、パシン、と頬を叩くと走り出した。


 後に続く二人と一匹の顔は、今は見ないようにして。


 なるべく目立つように行動する。

 セリーナがどこにいるのか、私達には解らないから。

 向こうから出てきて貰わないといけないので。


 時間的に、まだ王宮から外へは出されていないと思うんだよね。


 隠れるようなそぶりをしながらも、実際には足音を立てて進んだから、シュトルムスルフト王宮で外国服の少女三人組はかなり目を引いたと思う。


「(ノアール、お願い)」

「(解りました)皆さん! セリーナを知りませんか?」

「皇女様?」


 厨房へ辿り着いた私達は、わざと大きな声と仕草で、厨房に残っていた料理人や女性達へ話しかける。


「魔術師様ですか? いえ、ここには」

「忘れ物をした、と戻った筈なのですが?」

「忘れ物などありませんでしたので。ただ、第一王子の配下の方と一緒に歩いていたのを見た気が……」

「第一王子、ですか?」

「姫君、困りますな。勝手に王宮を歩き回っては……」

「! シャッハラール王子……」

「それとも、お心が決まったのですかな?」

「いいえ……。私達は、私達の家族を助けに来ただけです」


 振り返れば、そこにシュトルムスルフトの第一王子が立っていた。


 見つけた。

 手に入れた。


 そう言わんばかりの、勝ち誇った笑みを浮かべて。

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