風国 変わり身の提案
シュトルムスルフトの国王陛下は何を考えているんだ?
と、本気で思う。
「何も、考えていないのかもしれませんね」
辛辣なフェイの表情にも、評価にも容赦はない。
けれど、擁護する気にはまったくなれない。
国賓として仕事を任された筈が、いきなり犯罪者扱いの軟禁幽閉。
私からはどう見ても悪手にしか思えないのだけれど、こうして勝負に出たということは、多少なりとも勝算があると思っての事なのだろうか?
とにもかくにも、私達は軟禁された一室で、今後の事について話し合っていた。
現時点での状況を再確認すると、シュトルムスルフトは、私がオアシスの再生と『精霊の力』が枯れ果てた砂漠の緑化――なんてことを成功させたおかげで、私の獲得に本気を出し始めた。
私がいれば、『精霊神』を復活させなくても大地の緑化が可能。
力を取り戻せる。
とでも思ったのかもしれない。
そして最低な事に、アルケディウスからの文書を偽造。
シュトルムスルフトの行方不明になった王女、ファイルーズ様の血を引くフェイと私をこの国に譲ることに、皇王陛下が同意した――と言ってきたのだ。
少し考えれば、あり得ない嘘だということは簡単に解る。
何せ、私達には通信鏡があるのだ。
即時通信でアルケディウスと連絡を取り、そんなことはないと確認できる。
でも、それを知らないシュトルムスルフトは、私達が素直に騙されて言う事を聞かない上に、契約解除を訴えたことに激怒し、この部屋に軟禁したのだ。
今、ここにいるのは調理実習に同行してきた私と随員達。
私。護衛のカマラ。側近で助手扱いのノアール。リオン、フェイ。
そして、調理関連の契約その他の管理の為に付いてきて下さったモドナック様の六人だ。
本当はもう一人、魔術師扱いで一緒に来て仕事をしてくれていたセリーナがいたのだけれど。
「あの口調、言いぶりからして、セリーナは現在、敵の手に落ちているのだと思います」
フェイは冷静に、現在の状況を分析して見せた。
「彼らの狙いはマリカの獲得です。
僕もそうでしょうけれど、多分、二次的なもの。おまけのようなものです。
マリカを手に入れることが第一目的ですね。
マリカを手に入れ、思い通りにできれば七国の頂点に立てる。
その短慮な行動には吐き気がしますが」
吐き捨てるような嫌悪――いや、侮蔑の表情を、フェイは隠そうともしない。
「でも、手に入れてって……。
私を騙して結婚させたとしても、直ぐに本当の事なんてバレちゃうのに」
「既成事実を作ってしまえば何とでもなる、と思っているのかもしれませんな。
実際問題として、皇女が結婚したとなれば、離婚やその他の騒動は醜聞。
姫君の傷になるので避けたいと思うことはあり得るでしょうし、姫君が人質に取られていれば、アルケディウスも不満はあっても言うことを聞かざるを得ないでしょうから」
「まあ、私は大人しく言う事を聞いたりも、人質になったりもしないけれどね」
正直に言えば、今の現状だって、そんなにどうしようもないほど逼迫したものではない。
何せこちらには、転移術を使う魔術師――フェイと、リオンがいる。
ここがシュトルムスルフトの本拠地である王宮で、国王陛下が仕掛けた国の兵士が相手でなければ、蹴散らして逃亡することくらいは不可能ではなかった。
そしてフェイが風の王の魔術師の力を使えば、今すぐにでもここから脱出し、離宮にいる皆と合流。
通信鏡を使ってアルケディウスに告げ口し、シュトルムスルフトを追い詰めることはできる。
そういえば、離宮は今、どうなっているのだろうか。
私がいないことをいいことに、あちらに手荒な事をしていたら……ふふふ、許すつもりは無い。
ミーティラ様とミュールズさん、それに男性騎士達がいる。
酷いことにはなっていないと思うけれど。
そういう意味で、現状で一番心配なのは。
「問題はセリーナだよね。
彼女を救出しないと」
第一王子と、その後の国王陛下の虚偽、捏造騒動に気を取られてしまい、気付くのが遅れたのだけれど、セリーナの姿が見えなくなっていた。
忘れ物、と言われて取りに行ったのだったか。
さっきの話からして、シュトルムスルフトはセリーナを私達の魔術師と想定。
罪人に仕立て上げて拘束している可能性が高い。
でっちあげにも程がある。
魔術師という超常の力を奪うことで、自分達のペースでことを運びたいのだろう。
今は転移術の使い手だと思っているのかもしれない。
万が一の為に魔術師のダミー役をお願いしたのだけれど、まさかこんなことになるとは。
王宮だと思って彼女を一人にしてしまった、私の気の緩みが招いたミスだ。
「セリーナさえ、救出できれば……」
「セリーナは見捨ててもいいんじゃないですか?
どうせ、多分、もう手遅れですから」
「ノアール!?」
私の背に冷や水を浴びせるような、感情の無い声が響く。
今まで、身分の問題もあってか殆ど口を挟まなかった彼女の冷たい口調と目線に、私達の視線が集中した。
「ノアール。今の言葉、どういう意味?」
「下からの発言、お許しを。
皆さん、なんだかんだで幸せなお貴族様だな、って思っただけです」
震える私の声に、ノアールは小さく笑って見せる。
それは、微苦笑としか言いようのない、苦みを孕んだ自嘲に見えた。
「地位を持った男の汚さとか、解ってないでしょう?
まあ、アルケディウスの上層部そのものが、信じられないくらいの上澄みですけれど。
シュトルムスルフトに来て、私はむしろ懐かしくなりました。
ああ、この国にもこういう当たり前の『男貴族』がいたんだなって」
「それは……」
「女は、抱いて身体を奪えば男に逆らえない。
そう思う男は少なからず存在するってことですよ。
シュトルムスルフトは、むしろそういう国なんじゃないですかね?
男尊女卑、徹底しているみたいですし。
女性は男の道具。
性欲を解消して、子どもを産むための道具。
そういう女性しか知らないから、反撃されるなんて思ってもいない。
だから、姫君も身体を奪ってしまえば言う事を聞くなんて思っているんですよ。
きっと」
ノアールは、プラーミァで大貴族に飼われていた元女奴隷だ。
『そういう世界』については、多分、なんだかんだでぬるま湯に浸かっている私達の中で一番詳しく、そしてシビアに見つめている。
「セリーナが忘れ物って厨房に向かったのが、シュトルムスルフトの計画なら、あれからもう一刻以上経っていますからね。
捕らえられた女の捕虜。しかも魔術師。
あの国王陛下とか、王子とか、それと同じ思考の男性貴族が、紳士な対応をしてくれているとは思いません。私は。
王太子は少しマシに見えましたけど。
とっくに辱められて、彼女を手に入れた男は、いい魔術師を手に入れたってほくそ笑んでいると思います」
ギリリ、と唇を嚙み締める音が聞こえた。
多分、カマラのものだ。
けれど、私の心もきっと同じ音を立てている。
ノアールの言葉は、多分事実だと解ってしまうから。
「だから、セリーナを置いて、全員でシュトルムスルフトを脱出。
通信鏡を使うか、大神殿に言いつけて神官長でも連れてきて、国王をより立場の強い人間で責め立てるのが一番だと思いますよ。
ああいうタイプの男は、自分より下の人間には強気ですけど、上から責められると弱いもんですから。
運が良ければ、セリーナもその時に取り返せま……」
「イヤ」
「マリカ」
無意識に声が出た。
ノアールの言っていることが正しいのも、事実なのも解る。
「私は、約束したの。
みんなで無事にアルケディウスに帰るって」
でも、嫌だ。
もう手遅れだとしても。
この上、一瞬、一秒たりとも、セリーナを昏い環境に置いておきたくない。
「セリーナの救出が最優先。
その後は上の人の力を借りるにしても、何としても助ける。今すぐに」
「ですが、危険すぎます。
セリーナを助けるためにマリカ様を使うのは本末転倒で……」
「まあ、そういう人ですよね。私達の主は。
解ります」
モドナック様は私の宣言に、大人の目線から制止を掛ける。
けれどノアールは肩を竦めている。
呆れたように。
諦めたように。
解っている。というように。
でも、その眼差しには決意と光が宿っていて……。
「だったら、取り返しましょう。
私も、セリーナさんをこのままにはしておきたくないですし」
そう告げてくれた。
「ノアール」
「マリカ皇女を餌にしないと、敵は釣れないでしょうけれど、ここには皇女の『変わり身』がいますから」
「いいの?」
「皇女の命令で使うのでしたら、契約には引っかからないんですよね?
むしろ、こういう場面でないと使いどころは無いかと」
ノアールの言葉にカマラが顔を上げた。
その眼差しには絶対の決意が宿っている。
「私もやります!
私がセリーナと一緒に行っていれば、こんなことにはならなかったんですから」
私を餌に使わなければ、相手は乗って来ないだろう。
けれど、私自身が奪われたら本末転倒。
相手の思う壺。
モドナック様の言い分は解る。
なら、私が二人いればいいのだ。
ノアールが力を貸してくれるならそれが出来る。
そうして油断させたところをぶっ飛ばす。
蹴り飛ばして往復ビンタ、倍返しだ。
「リオン、フェイ、モドナック様。
どうか協力して下さい。
このまま、シュトルムスルフトの思い通りにはさせておけません」
「……それなら、計画を煮詰めましょう」
「フェイ」
フェイが深呼吸する。
手にはシュルーストラム。
風の王の杖。
『少し、解った気がするな。
私が『国』から離された理由が』
「ええ。この国の王族には、しっかりと思い知って頂かないと。
何故『精霊神』がこの国を『見捨てた』のかを」
「こっちが落ち着いたら、直ぐにそっちに行く。
無茶をするなよ」
「我らが聖なる乙女のお望みのままに」
どこか呆然としていたフェイの顔に、力と意思が宿るのが見て取れた。
仲間達の信頼に私にも力が入る。
大人で、男であることが随分自慢のようだけれど。
そんなことで、人の価値は決まらない。
男も、女も。
子どもも、大人も。
変わることのない一つの命。
一人の人格。
守るべき、尊重すべきものだ。
それをきっちり理解してもらうと、決めたから。




