風国 真実の一欠片 前編
調理実習を終えた仕込みの後、私は王太子様を自室へお招きした。
私の有能な随員達は、挨拶と調理指導の間におおよその準備を整えていてくれたみたいで。
「事前連絡も予約も無しの会見は、なるべくお控えください。
お互いに誤解される原因になりかねません」
そうミュールズさんには注意されたけれど、応接間の準備は整えられていて、お茶と作り置きのお菓子でおもてなしすることができた。
「先ほども見ておりましたが、『新しい味』は今までとは次元の違う喜びや感動を与えてくれますね」
お出ししたプラリネを口へ運びながら、マクハーン王太子様は嬉しそうに微笑んでいた。
「甘いものが苦手でなくて何よりです。
これはカカオという、プラーミァ特産の果実の種を加工して作ります。
シュトルムスルフトでも見つかるといいのですが……」
「プラーミァとの国境近辺は、ほぼ砂漠地帯なので難しいでしょうね。
もしかしたら昔は採れたのかもしれませんが」
カカオは、どちらかというと温帯湿潤気候でないと難しい。
アフリカとか、南米とか。
砂漠地帯だと確かに厳しいね。
「でも、砂漠でも採れるものは色々ありますし。
私はデーツなど、ぜひお菓子に使ってみたいです」
「姫君は他国からいらしたのに、各国の産品の加工に詳しくていらっしゃいますね」
「本で、読んだのです」
「そのような本が残されているのですか。
いつか見せて頂きたいものです」
前にプラーミァでも突っ込まれたので、ここはにっこり笑顔で流す。
私はテアを王太子様へ差し出した。
毒見代わりに、同じポットから注いだお茶を先に飲んでみせると、王太子は静かに微笑んで口を付けてくれた。
最近ちょっと緩んでいたけれど、ここは仮想敵国シュトルムスルフト。
注意は必要だ。
「夜も遅いので、あまり時間をかけると失礼ですし、変な勘繰りも受けます。
手短に済ませましょう」
「はい、よろしくお願いします」
私はマクハーン王太子を見る。
彼が、今後の打ち合わせと称して部屋へ寄ったのは、フェイの母上であるかもしれないファイルーズ王女について話してくれると言ったからだ。
「まず、ファイルーズの事を話す前の大前提として知っておいて頂きたいのですが――シュトルムスルフトには、徹底した男尊女卑が敷かれています」
「はい」
「その起源は、『精霊神』が残した書物であると言われています。
『精霊神』自身と思われる預言者は、その書物の中で
『男性は女性の下に在るべし』
と書いているのです」
「『精霊神』自身が、それを布告した訳ではなく?」
「そのようですね。
『精霊神』自身も、『聖なる乙女』を正妃にしつつ、かなりの女性を妻にしていたので、同一視されているようですが……。
はっきりと男尊女卑を始めとする様々な風習が広まったのは、『精霊神』がお隠れになって以後のことです」
私は、『精霊神』様自身が――彼らが元は地球の人間だったという前提のもと――自分の信じていた教義を広めたのかな、と思っていたけれど、どうやら違うっぽい?
「シュトルムスルフトは、風の『精霊神』の恵みを受けて、当初はかなり裕福な国であったと言われています。
何より、『移動』という点において優位を持っていたのです。
王が『精霊神』より授けられた王勺には転移の術が込められていて、主要各地と王都を繋ぐ転移陣が敷かれ、貴族だけでなく一般人もその恩恵に与っていたそうです」
王子の話は、アルケディウスの上級随員皆で聞かせてもらっている。
中でも、やはり一番真剣な顔で話を聞いているのはフェイだ。
「それが崩壊したのは、とある女王の即位がきっかけでした。
『聖なる乙女』と王を兼任した彼女は、シュトルムスルフトの歴史上唯一の女性王。
優れた知識と判断力、気力、そして精霊に愛される魂を持っていて、父王に重用され、数多の兄弟を飛び越して王に任じられたそうです。
彼女は男尊女卑を緩め、国を豊かにする為に様々な施策を行いました。
また、他国との間に転移陣を作り、国交を深めようとしたようです。
国の重臣などから大反対を受けながらも、それを強行しようとした彼女は、プラーミァの王から手酷い攻撃を受けます。
当時のプラーミァは、かなり好戦的な国王が治めていたようで、試験的に作った転移陣から兵士を送り込んだ挙句、国境近辺を焼き討ちにしたのだとか。
大きな戦が起こり、多くの犠牲が出ました。
戦の中で女王は死亡。
精霊神は女王の愚かさに怒り、国境付近を砂漠化して王勺を取り上げ、国を見捨てた――と言われています」
「シュトルムスルフトの国王陛下が
『精霊に見捨てられた国』
と自嘲するのは、そういうことがあったからなのですか?」
「はい。
『精霊神』の加護を失った南地方は砂漠地となりました。
オアシスや、『黒い油』など、砂漠になってから得られたものも在るにはあるのですが、元が裕福な穀倉地帯だったので、人々の衝撃と恨みは大きかったようです。
同時期にプラーミァも国王が誅され、王勺を取り上げられました。
次代を引き継いだ国王陛下は正式に謝罪し、国交は表向き戻りましたが……。
シュトルムスルフトにおいて、今もプラーミァに対する恨みや敵対心は、国民の心に根強く残っていると思います」
なるほど。
現世利益の高い力を有するが故に、驕ってしまったということなのかな。
プラーミァの『精霊神』アーレリオス様が、
『自分の子孫も聖人君子ばかりではなかった』
みたいなことも言っていたし。
長い年月があれば、良い王様も出るし、悪い王様が出ることもある。
『精霊神』様を責めるのは、ちょっと気の毒だ。
「女王の失敗から、シュトルムスルフトでは女性の王位継承権は無くなり、男尊女卑がさらに進みました。
王族でも、成人までは『聖なる乙女』として多少尊重はされますが、早々に大貴族との結婚を決められるのが宿命。
私の妹やファイルーズも、生まれついて婚約者が定められ、成人したらすぐに結婚することになっていました」
「私の妹?
ファイルーズ様ではなく、他にもいらっしゃったのですか?」
ファイルーズ様とは別に『妹』と言葉に出したので、首を傾げていると。
寂しそうに笑って、マクハーン様は頷いた。
「ええ。私は双子として生まれたのです。
幼い頃、本当に三歳にも満たないうちに妹は病没しましたが。
『聖なる乙女』になることもなく死んだ妹の事を、今も覚えている者は殆どいないでしょう」
少し可哀想な気がする。
小さい頃から下に見られて、生まれた時から政治の道具に使われて。
昔から女性はそういう立場になりやすかったんだろうけど、切ないなあ。
「それに比べると、ファイルーズは少し自由に生きてきたでしょうか。
不老不死世になり、国全体が飢えに苦しむこともなくなった。
『神』の神官という、『精霊』の力を使う術者も戻り、長い年月、砂漠と共存する術も手に入れた。
そんな中で生まれた『聖なる乙女』ファイルーズは、兄の欲目ですが、賢く、美しく、国中を虜にしました。
成人後には大貴族の元へ嫁ぐことが内定していましたが、その舞の美しさと親しみやすい性格から、『聖なる乙女』の役割は続けて欲しいと国中から懇願される程に愛されていたのです」
フェイと生き写しというのであれば、それは間違いなく美人だろう。
銀髪だったら華やかさも私以上だし、きっと本当に、国中から愛される姫巫女だったのかなと思う。
「父もファイルーズを溺愛し、神殿に登録こそしたものの、大聖都へ巫女として出すことは拒み続けていました。
そして今から十余年前。
ファイルーズが十四歳の春を迎え、成人と結婚の準備が始まった頃――あの事件が起きたのです」




