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皇国 世継ぎの皇子の誕生

 アルケディウス王宮で二度目の出産ということで、出産の為の準備は万全に取られていた。


 前回、お母様。ティラトリーツェ妃の出産のときには、産婆でもある乳母のコリーヌさんが助けてくれたのだけれど、今回はいないので、出産を専門家として取り仕切ることができる者がいない。


 その為……。


「私のような身分低き者が、尊き御方々の前に出ることをどうか、お許し下さいませ」


 孤児院からリタさんに、助手、というかこの場を仕切る大人として来て貰った。


「私達が頼み、無理を押し願ってきてもらっているのです。気にせず王宮の全てを使って、生まれ出ようとする孫を助けてやってください」

「もったいないお言葉。私の全力を尽くします」


 皇家立の孤児院院長として、私やお母様など、一般の人よりは皇族に慣れているリタさんだけれども、やっぱり緊張するよね。


 でも、私を除けばリタさんは孤児院で現在三回の出産介助を経験している。ベテラン、ではまだないけど経験者だ。自身の妊娠出産経験も豊富だから頼りになる。


「主に赤ちゃんを取り上げるのはリタさんとミュールズさんにお願いします。

 私は出産全体の様子を見て、お手伝いしますから」

「お願いいたします」


 私の知識は基本、向こうで学んだ本の中でのもの。

 しかも産婦人科医などの専門的なものじゃないから、トラブルには弱い。


 出産は正しく生もの。

 妊婦や胎児の状態によって、一回一回すべて違う。


「挨拶をする時間も惜しいので早速。

 ティラトリーツェの時とは違って、もうかなり出産が進んでいるようなのです。とにかく出血が酷いの」


 皇王妃様に促されて、私達は産屋に入る。


 周囲にはたくさんの侍女さん達がお湯運びなどで歩き回っている。

 室内には熱気と血の匂い、緊張に押し潰されそうな重い空気が満ちていた。


 そんな中、出産用の椅子に座り、呻き声を上げ続けるアドラクィーレ様。

 側にはメリーディエーラ様もいるけれど、顔は真っ白だ。


 絨毯を汚さないようにと何重にも敷かれた布は、もう血の湖のように赤く染まっている。


「ご気分は、どうですか? アドラクィーレ様……」

「最悪……です。身体の、中から、内臓も、何もかも……全て、流れ落ちるような痛み。

 ……子は、大丈夫ですか?」

「……今のところは、まだ……」

「大丈夫です! 大丈夫ですから、アドラクィーレ様は気持ちをしっかりと持っていてくださいね」


 現状に顔を顰めて言いかけたミュールズさんを制止して、私はアドラクィーレ様を励ます。


 ここは空元気でも、気持ちをしっかり持ってもらわないといけない状況だ。


「ですが、姫様。これは……かなり」

「解っています。胎盤に何か異常が起きている可能性があるので、もう危険を承知で一気に進めてしまうしかないと思います」


 破水は間違いなく始まっている上に、大量出血。

 しかもレバーもどきの血液の塊がいくつも出てきている。


 胎盤の早期剥離とかかもしれない。

 一刻を争う。


 幸い、子宮口はかなり開いているっぽい。

 なんとか、出てきてもらわないと。


「メリーディエーラ様はアドラクィーレ様の汗を拭いたり、手を握ったりしてあげて下さい。皇王妃様は身体を支えて、力を入れるタイミングを……あと」

「何か、私も手伝えることはありますか?」

「お母様!」


 突然、後ろから思いもかけない声がかかったのでびっくりした。


 いつの間に来ていたのか、お母様がミーティラ様とそこにいる。

 出産が始まったことと、手伝いに向かうことは言ってきたけど、まさかおいでになるとは思わなかったよ。


「ティラト……リーツェ?」

「思うことが無いとは言いません。でも、お腹の中の子に罪は無いのは解っています。

 決して害を与えるようなことはしませんので、手伝えることがあるのなら手伝わせて頂戴」

「ありがとうございます。お願いします」

「マリカ……」

「力のある方の方がいいと思いますから、アドラクィーレ様のお腹の上を赤ちゃんが出てきやすいように、押して下さい。お二人で優しく、でも強く」

「ティラトリーツェ様の時のように、ですね。解りました」


 分娩台を挟んで、左右にお母様とミーティラ様が付く。

 お母様と、アドラクィーレ様の視線がパチリ、とあった。


「……ティラトリーツェ……、私……は」

「泣き言も、詫びも、今は聞きません。必死で苦しみに耐えている我が子を、今はなんとしてでもこの世に送り届けなさい」


 感情の無い、冷たい言葉に聞こえる。

 でも、アドラクィーレ様の目に、力と意思が宿ったように見えた。


「解っています。貴女になど……負けるわけにはいきません、から……」


 呼吸とリズムを整えながら、アドラクィーレ様の死闘が続く。


 血の塊がドバドバと落ちて来るのはやはり、胎盤剥離系なのだろうか?


「胎盤が剥がれて、先に出てきてしまうと危険なので……なんとか先に赤ちゃんに出てきて欲しいのですが」


 帝王切開で子宮を切って赤ちゃんを取り出すとかできない中世異世界。

 これはもう、祈るしかない。


 と思っていたその時。


「マリカ!」


 ふと、お母様が手を放し、私の身体を引いた。


「な、なんですか? お母様」

「さっき胎盤が先に剥がれて出てくるかもと言っていましたね?」

「はい。その可能性が高いように思えています。胎盤は赤ちゃんに栄養や酸素……呼吸の代わりの空気を送る為に大事なところなんです。

 普通なら、赤ちゃんが出てきた後自然に出てくるのですが、今、それが剥がれかけているような……」


 お腹の中を見られるわけではないから、はっきりとは言えないけれど、胎盤剥離系は胎盤と子宮壁の間に血とかが溜まって、先に剥がれてしまう事故だ。


「なら、胎盤の位置を元に戻せればなんとかなるのではなくて?」

「そうですが、それができれば苦労は……」

「できるでしょう? 貴女なら」

「え?」


 小声で、私にだけ囁かれた言葉に、なんだか目の前が一気に明るくなった。


 青天の霹靂?

 そういうことできる?

 やってもいい?


「失敗したとしても今以上に悪くはならないでしょう。

 私には解らないけれど、貴女には子宮の内部構造とかも解っているのでしょう? あのガリ版の出産手引書の絵などからすれば。試してみなさい。

 今は赤子の命が最優先です」

「解りました」


 私はお母様に場所を譲られて、アドラクィーレ様のお腹の真横に来た。


 膨らんで固く張ったその上に手を当てて、意識を集中させる。


「マリカ?」

「何を?」

「静かに……」


 お母様が止めて下さった声から後は聞こえない。


 私には透視の能力とかは無いから、全力でイメージする。


 胎盤剥離。

 子宮内で剥がれかかっている胎盤の間の血液が抜けて、元の場所に戻るように。


 細胞が増えて子宮の中の傷が、埋まる様に。

 出血が止まる様に……。


「え?」


 アドラクィーレ様が、小さな声を上げた。


 私には上手くいったかそうでないかは解らないけれど……ほぼ同時。


「あうっ!」


 仰け反る様にアドラクィーレ様が身を反らし、いきむ。


「マリカ様! 子宮口が大きく開いて、子どもの頭が!」

「良かった。後はそのまま、いつもの通りに!」


 その後は、簡単、とは勿論行かなかったけれど、約一刻の格闘の後。


「出ました!」

「おぎゃあああ!!」


 元気な産声と共に、男の子が生まれた。


「よかったあ……」


 産湯でそっと血液などを洗い流して、産着で包む。


 今のところ、外見に大きな欠損その他は見られない。

 軽いけど、しっかりとした重さもある。


 とりあえずは、大きな心配はなさそうだ。


「お疲れさまでした。アドラクィーレ様。

 世継ぎの皇子の誕生ですね」


 私は後産を終え、大きく息を吐きだしたアドラクィーレ様に赤ちゃんを手渡す。


「マリカ……」

「はい」

「いえ、なんでもありません。この子を無事にこの世に出してあげることができて、本当に良かった。

 ありがとう……」


 赤ちゃんをそっと、でもしっかり抱きしめるアドラクィーレ様。


「ご苦労様」

「いえ、本当に無事に生まれて良かったです」


 私とお母様は並んで、幸せそうな二人を見る。


 意地の悪い第一皇子妃は、そこにはいない。

 我が子の誕生をただただ、喜び慈しむ『お母さん』の顔が、そこにはあるだけだった。

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