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皇国 誕生と和解

 第一皇子妃が男児出産!


 アルケディウスは大祭明けだというのに、喜びに沸き立ち、国中がお祭り騒ぎになった。


 商人達はこぞって皇族の誕生を祝してのバーゲンセール。

 飲食を商う店も同じく、大安売りで人々に祝いの膳を振る舞っているらしい。


 街には笑顔が溢れ、子ども達は菓子を手に走り回り、大人達は酒を酌み交わしながら未来の皇子の誕生を語り合う。

 まるで国そのものが一つの家族のように、この新しい命を歓迎しているかのようだった。


 そんな大騒ぎの中、出産から一夜明けたアルケディウスの王宮では――


「新しい七精霊の子(アルプリエール)の誕生に祝福を」「乾杯!」


 比較的静かに、けれど確かな喜びに満ちた空気の中で、皇族の祝賀の宴が行われていた。


 煌びやかな宴ではなく、あくまで家族水入らず。

 その温度の違いが、かえってこの場の特別さを際立たせている。


「どうだ。ケントニス、父親となった気分は?」


 まだ起き出して来られないアドラクィーレ様と、まだ誕生月も迎えていないフォルトフィーグ君とレヴィーナちゃんを除く皇族全員が揃っての食事会だ。


 今日の亭主は、父親になったばかりの第一皇子ケントニス様。

 出産に向けて助力した女性陣への労いと、報告の意味合いがあるという。


「その……なんとも言えない気分です」


 皇王陛下に水を向けられ、照れたように顔を上げるケントニス皇子の瞳には、今まで見られなかった不思議な優しさが見える。


 その変化はほんの僅かなものかもしれない。

 けれど確かに、父となった者の光が宿っていた。


「手の中に納まるような小さな体であるのに、しっかりと人の身体を作る部品は全て揃っていて。しわくちゃで赤ら顔。本当に猿のようであるのに、自分の血を分けた我が子であると思うと、たまらなく愛しくなるのです。

 まさか、自分にこのような感情が湧いてくる日があろうとは。

 正直、驚き、戸惑っております」


「そうだな、父親とはそういうものだ」


 我が子の変容、素直な思いの吐露を受け止め、皇王陛下は微笑む。


「自らが腹を痛めて産むわけではない。であるがゆえに戸惑いも多いが、無垢なる命に頼られ、縋られる時、この命を守りたい、守らねばと強く思うのだ」


「正しく、おっしゃる通りです。

 子が生まれたことで、今まで目を閉じていた色々な事にやっと気付けたような気がします。我が事しか考えず、愚かであった自分を恥じ、これからこの国で生きる我が子の為にもアルケディウスを良き国にして治めていかないと、と改めて思っています」


 噛みしめるように告げた後、ケントニス皇子は意を決したようにグラスを煽り、ピルスナーのグラスを空にする。


 その動作には、決意と覚悟、そしてまだ言葉にしきれない感情が滲んでいた。


「父上、母上。招いておきながら失礼な話ですが、少し時間を頂戴したい。トレランスも少し待たせる。

 だが、今、この時に、やっておかねばならぬことがあるのです」


 そう言って立ち上がり、卓の下座の方にやってきた。


 一番上の座が皇王陛下と皇王妃様、反対側がケントニス皇子で、その隣が第二皇子夫妻。

 下座と言っても、皇王妃様の隣だけど。


 つまりは、お父様とお母様。第三皇子家の席。


「ライオット、ティラトリーツェ」


 弟一家へと向けられたその声は、先ほどまでとは違い、どこか張り詰めている。


 ライオット皇子、ティラトリーツェ妃――そして私の方へとやってくると、ケントニス皇子は後ろを振り向いたお二人に向けて、スッと跪いた。


 その動きに、場の空気が一瞬で凍りつく。

「まず、遺恨を抱きながらもマリカを差し向け、出産を助けてくれたことに感謝を述べたい。

 そして……アドラクィーレも、産後の身体が戻り次第、正式に謝りたいと言っていたが、私からも先んじて告げさせて貰う。

 かつて、アドラクィーレが行った非道に対し、我々は心から悔い謝罪する。

 謝ったからすむというものではないことは承知だが、我々の無知と傲慢が招いた罪に対し今は、それ以外にできることが思いつかない。望むなら叶う限りの賠償をするつもりではある」


 驚いた。

 随分と真摯にケントニス皇子はお二人に頭を下げている。


 謝るとしても上から目線かと思っていたので、人は変われば変わるものなのだなあと、ちょっと見直した。


 とはいえ、謝罪を受けてもお二人の表情は硬いままだ。


「謝罪や賠償を受けても、失われた子が戻ってくるわけではございませんから」

「そうだな……」


 お母様の言葉に、お父様も静かに同意する。


「解っている。だが、これから先の事を考えても二人には遺恨を飲み込んで、我らに許しを与えて欲しい。

 生まれた子はお前達の息子、娘を兄姉として仰ぎながらも、最終的には臣下にし、上に立つことになる。不満や悔恨を受け継いだままでは国を割ることになる」


 あ、なるほど。


 随分素直に頭を下げたな、と思ったけど――我が子のこれからのことがあったからなんだ。


 ケントニス皇子の子は今のところの王位継承権は、お父様と、お父様の子、フォルトフィーグ君の下の五位になる。

 でもケントニス皇子が皇王陛下の課題をクリアして、三年の間に皇位に着けば、二位に上がってお父様達の上に立つことになるわけだし。


「あれも二国の血を引く英傑の才。きっと良き王になる。

 だがお前達から見れば物足りないと感じるかもしれん。

 自分より能力が下の者に上に立たれるのは不快と思うかもしれない」


「俺は、兄上達を自分より下だ、などと思ったことは無かったんだがな。兄上達が勝手に劣等感をもって、勝手に恨んだだけで」


 我が子を流されたお母様だけでなく、お父様も色々と複雑な思いがお有りのようだ。


 幼いころから文武両道に秀でていたことと、母親の愛を独り占めしていると思われて恨まれ、酷い目にあったと言ってたっけ。


「解っている。子どもの愚かさ、いや自分の盲さに呆れる。

 だが、その時は本当に解らなかったのだ。お前の生まれ持った力に嫉妬し、自分の力不足を恥に思い、己を押さえられずに行動に出た。

 今思えば父上も、母上も一度として私を貶めることなく愛していて下さったというのに」


 この点に関してはケントニス皇子だけを責めるのは可愛そうな気もするかな。


 私は当時の状況を知らないからなんとも言えないけれど。

 子どもの自己肯定感の不足が引き起こす嫉妬は、何時の世も子育てする親の悩みの種だ。


 育児に正解はない。

 どんな家だって間違い、悩みながら少しでも良い結末に向けて頑張るしかないのだから。


「この後悔と反省は必ず、無駄にはしない。我が子には同じ思いをさせないと誓うし、お前達の子も尊重させる。

 だから、どうか我らを許し、この国と皇族、七精霊の子(アルプリエール)の血の流れを守る為に力を貸してほしい」


 うーん。


 これ、謝罪の名を借りたパフォーマンスかな、と正直思った。


 子どもが生まれ、お父様お母様に対して悪いと思ったのも、反省しているのも確かだろうけれど。

 それ以上に――我が子と自分の立場固めだね。


 お父様やお母様は勿論、きっと皇王陛下達も、トレランス皇子達も気付いている。


 でも、許す権利、決める権利があるのはお父様とお母様だけだと思っていた時。


「……ふぅ。どう思うマリカ?」


「へ? どうしてそこで私、ですか?」


 いきなり話を振られてビックリした。


 大きく息を吐きだしたお父様が、お母様と私の方を見やったのだ。


「別に。お前も家族だからな。純粋に意見を聞きたかっただけだ」

「そうね。子どもの立場から考えて、貴女はどう思う?」


 お母様まで。


 ただ、お二人の話を聞いて思ったことはあったので、ちょっと言ってみる。


「保育園、作ってみませんか?」


「ホイクエン?」

「保育室、というか幼児室というか。集団経験の場を作ってみるのはどうかなって思います」


「集団経験、というのはどういう事だ?」


 今まで、ずっと口を噤んでいた皇王陛下が首を傾げながら私に問いかける。


「皇族とか王族って、子どもたった一人で育つじゃないですか? 乳母や大人に囲まれて。そのせいで人との関わり方がよく分からなくなっちゃうんじゃないか、って思うんです。

 周囲の人も教育係や、臣下であっても友達じゃないから対等に話したり、注意してくれるひとがいなかったり。そのせいで自分が間違っていることが解らなくなりがちだし、兄弟としての愛着がもてなかったり、良い所に気付けなかったりしますよね」


「まあ、そうだな。親にもそれぞれ教育方針がある。それを否定したくはないが」


「もちろん。親に愛され大事にされるのが大前提です。でも、親とさえ殆ど話ができなかったりするのが王族でしょう?

 だったら、日に何刻かでも同じ年頃同士で集まって一緒に遊んだり、過ごしたり、学んだりする時間があってもいいと思うんです」


「なるほど、学び舎のようなものか?」

「その前段階ですね」


「一緒に遊んで学んで、ご飯を食べて。

 そうすれば皇子もフォル君やレヴィーナちゃんも自然に仲良くなると思います。

 どっちが王で、どっちが臣下とか私達が決めることじゃないですよ。本人達が決めればいいと私は思います」

「だが、ライオットの子達の方が一つ上なのだ。

 努力しても追いつけない劣等感に苛まれたらどうする?」


 ケントニス皇子は父親として我が子が心配のようだ。

 それは間違ってはいない。むしろ正しいとは思うけれど


「ちゃんと、お父様とお母様が愛してくれている。認めてくれていると理解できている子はそんなに劣等感を持ったりしませんよ。

 自分の後悔を我が子には繰り返さないようにする。とおっしゃいましたよね?」


 私はまだちょびっとお二人を信用していないんだよね。

 いろいろあったし。だから。


 保護者教育と言ったら生意気だけど、そういう毒親にならないように注意して、相談に乗ったり子育てを助けてあげたりする為にも、親は子から離れて広い世界を見て、子は親から離れて人と親しむ。

 そんな『保育園』はやはり必要だと思うのだ。


「ふむ、面白い発想だな」


 皇王陛下が頷き、褒めて下さった。

 まだ色々と考えを巡らせている様子のケントニス皇子の背中を押すように。


「現にま……孤児院では、一緒に育った者達を兄弟のように慕い、互いに協力し合う姿も見られます。子ども同士、仲良くするのが一番だと思いませんか?

 今後、トレランス様達やアドラクィーレ様、お父様やお母様にも、側近達にも子どもができる人が増えるかもしれません。

 そういう人達にも平等に教育を与えることで、子ども達一人一人の才能や興味を伸ばして育てることができると思います」


「うむ、確かに教育は重要だ。正しい教育によって厩に打ち捨てられていた子どもも大人も舌を巻く存在に育つのだからな」


 うむうむと頷いた後、皇王陛下はケントニス皇子に微笑んだ。


「心配するな。ケントニス。

 お前は確かに我が第一皇子にしてこの国を継ぐ才を持つもの。お前とアーヴェントルクの子なのだ。非才であろうはずがない。我が子を信じてやれ」

「そう……ですね。あの子は、私の子なのです。決して皇族の立場やライオットの子に負けるだけの存在にはならない。きっと」

「子育ては、勝ち負けじゃないですよ。一人一人みんな、特別で大事。その才能を認めて育ててあげることが大事だと思います」

「マリカ!」

 

 私の生意気なセリフに眉を顰めたのはお母様だけど言われたケントニス皇子は苦笑いながらも怒らないでくれた。


「お前は相変わらず手厳しいな。父親には子どもが生まれたら自動的になれるのではない。

 父親になろうという意思が父親にするのだ、と言っていたか?」

「はい」


 つい余計な事を言って、上位者の話に嘴を挟んでしまったけれど、これは本心だから。


「まったくあなたは……。でも……そうですね。

 マリカの言葉は至言であり、流れた我が子の言葉のようにも思います。プラーミァでは王族には必ず同年代の世話役が付きます。彼、彼女らとの生活の中で学ぶことはとても大きかったと思い出しました」


 こら、と注意の眼差しを向けながらも、次の瞬間、花のように微笑んでお母様は私の頭をそっと撫でてくれた。


 その手は優しく、温かく、そしてどこか決意を含んでいるように感じられた。


「ですから、ある程度自立できるようになったら、保育園とやらで一緒に生活させましょうか。

 対等の存在として共に、育ち、学び、その果てに子らがどういう選択をするか、子ども達に任せましょう」

「俺は、子ども達に遺恨は伝えることはしない。王になれと強制も絶対にしない。

 子ども達の選択を尊重する。その上で、我が子が王になりたいと思うのなら手助けするかもしれんが……その時はその時だな」

「おい、ライオット!」

「まあ、冗談だ。俺の息子を俺が思うとおりに育てれば、王になりたいなんてまず思わない」

「それはそれで、困った話だがな。

 だがケントニス。我が子可愛さに焦る気持ちは解るが、マリカの言った通り、次世代のさらにその先を決めるのはやはり当人たちであるべきであろう」


 皇王陛下は苦笑しながら、二人の皇子の間に入り、仲立ちする。


 場の空気が、少しだけ柔らいだ。


「マリカ。急ぎの話では無い。皇子、皇女がある程度自立するまでに其方の考える『保育園』とやらについて、計画を提出せよ。考慮に値すると思えば取り入れる」

「かしこまりました」

「ライオット、ティラトリーツェ。我が子を失った悲しみを忘れよとは言わぬ。

 だが、その遺恨を子にまで継がせてくれるな」

「はい」「心得ております」


 お父様とお母様は頷くと立ち上がり、ケントニス皇子の前に立った。

 その動きに、場の視線が自然と集まる。


「『星』と『精霊』の名において、我々は以後、ティラトリーツェの流産、その悔恨を口にしないとする。

 同じ皇王家の家族として新たな命に恨みを向けることはせず、共に歩む努力をしていく。

 無論、同じことを繰り返された場合にはその限りではないが」

「感謝する。決して同様の事はしない、させないと誓う」


 家族の場でだけれども、皇王陛下立ち合いの正式な謝罪と許し。


 ずっと憎み合っていた兄弟の和解に、満足そうに皇王陛下は頷いた。

 皇王妃様は目元を拭っている。やっぱり嬉しいのかもしれない。


 長く張り詰めていたものが、ようやくほどけたような空気が広がっていく。


「では、この話はここまでだ。ケントニス。

 祝いのやり直しだ。料理の支度を」


「はい、宴席の前に無礼な真似をし、申し訳ありませんでした」


 再び並々と注がれた黄金の酒(私はジュース)のグラスが、皇王陛下の合図によって掲げられた。


「新たなる家族の誕生に祝福を!」


 弾ける泡とグラスの音は、新しく生まれた小さな命と、家族の絆。

 その祝福の歌を静かに、しかし確かに、この場にいる全員で分かち合うように、高らかに響かせたのだった。


 だからこそ。

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