魔王城 来訪者と精霊の秘密
第三皇子家で行われた祝勝のパーティを終えた後。
私は、お父様とお母様に時間をとって頂き、王宮での皇王陛下とのやり取りを一つ一つ報告していた。
静かな執務室。
先ほどまでの喧騒が嘘のように遠く、言葉だけがやけに鮮明に響く。
「で、最後に皇王陛下、
『大祭の精霊に会ってみたかった』、っておっしゃったんです。
すごーく、意味深な笑顔で。私、背筋が寒くなっちゃいました。
あれ、って何なんでしょう?」
「俺が知るか!」
お父様は腕組みしたまま、不機嫌そうにさらに腕を組み直し、ぷいと顔を背けた。
短く吐き捨てるその声に、わずかな苛立ちが滲む。
「お父様、お母様。私とリオンが大祭の精霊だって話、皇王陛下になさったりしませんよね?」
「当然です。そんなことを吹聴して何になるのです?
私はあの場に居合わせたミーティラ以外に、誰にも話してはいません」
きっぱりと断言するお母様。
迷いのないその言葉に、胸の奥にあった小さな不安が静かに消えていく。
だよね。
私達の秘密をあらかたご存じのお二人。
この二人が信用できなかったら、私はもう、何も信用できない。
「深読みする必要も今は無かろう。
純粋に噂を知って興味をもった。それだけだろう。と、知らんふりをして余計な事は言うな」
「わかりました」
あの言葉と笑みの意味は、どうしても引っかかるけれど。
それでも、今は。
「皇王陛下の許可も出たのですから、明日と明後日はゆっくりしていらっしゃい。
明後日は、私も子ども達を連れて遊びに行きたいのだけれど、いいかしら」
「はい、お待ちしています
「俺も顔を出せるようなら行くが、父上のおっしゃった通り、体と気持ちをゆっくり休めてこい」
「ありがとうございます」
ぐちゃぐちゃと答えの出ないことを考えていても仕方がない。
私は小さく息を吐き、胸の中のもやを押し出す。
気持ちを切り替えて、楽しもう。
大祭が始まったら、その後はまた仕事がノンストップだ。
アドラクィーレ様の出産。
秋国への旅行。
そして、おそらく続くであろう騒動。
暫く魔王城に戻ることも、難しくなるかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながら眠りにつき。
翌朝、朝一で貴族街店舗の転移陣を使って魔王城へと帰った私は
その場で、あんぐりと口を開けることになる。
「遅かったな。待っていたぞ」
「こ、皇王陛下。どうして魔王城の島に?」
そこに立っていたのは、昨日別れたばかりのアルケディウス皇王陛下だったからだ。
うそ。なんで?
「すみません。僕が連れてきました。どうしてもと頼まれて、断り切れず」
申し訳なさそうに頭を下げたのはフェイ。
その後ろには、やや苦い顔のリオンもいる。
アルケディウスから魔王城の島へ繋がる転移門は二つ。
ゲシュマック商会の長、ガルフの館。
そして、私達が利用している貴族街店舗。
でも。
そのどちらも使わない方法が、一つだけある。
魔術師による転移術。
一度訪れた場所へ空間を繋ぐ風の転移術を、この国で扱えるのはフェイと宮廷魔術師ソレルティア様だけ。
けれど、皇王陛下に命じられれば、二人に断る術はない。
「すまぬな。どうしても大祭前に、いくつか確認しなければならないことがあったのだ。
お前の許可なく島に入ることは、以後行わぬので許せ」
「いえ、それはいいですが……確認しなければならないこと、とは?」
「うむ。まずは『精霊神』様と話がしたい。
取り次いで貰えぬか?」
「取り次ぐって言われても……」
『精霊神』様には基本、自由にして頂いている。
いない時は、本当にどこにも見当たらない。
――でも。
いて欲しい時には、不思議と側にいる。
『呼んだ?』
「うわっ! ラス様?」
まるで最初から聞いていたかのように。
いや、絶対聞いていたのだろうけれど。
ぴょこっと、ノアールとセリーナが運んできてくれた荷物の中から、灰色の単耳兎が顔を出した。
……あれ?
連れてきた覚え、ないんだけど。
「ラス様、いつも私の周囲の話を聞いてるんですか?」
『聞いてない、とは言わないかな。流石に四六時中聞き耳を立てている訳ではないけれど、君の周辺には特に注意しているから』
「それは、どうも……」
心配してくださっているのは分かる。
だから、それ以上は追及しない。
……納得はしてないけど。
プライバシーとか。プライバシーとか。
『それで何? 確認したいことって』
「お手数をおかけして申し訳ございません。
マリカにプラーミァの国宝が授けられたことをきっかけに、ずっと気になっていたことについて、この機に確認したいと思いました。
アルケディウスの『精霊神の宝』……我が王勺について」
小さな獣に対して一切の躊躇なく跪く皇王陛下。
その姿に、この場の空気が僅かに張り詰める。
私も気になっていたことだ。
口を挟まず、黙って耳を傾ける。
ふわり、と。
宙に浮かび、この国の最高権力者を見下ろす『精霊獣』。
なんだか、とても不思議な光景だ。
「フリュッスカイト。かの国の公主殿は、王勺を杖として魔術を行使する術者だと伺いました。
術者の杖は意思があり、主を選ぶとも。
アルケディウスの王勺を使い、私や子らが術を行使することは可能なのでしょうか?」
『今の皇族達には無理。悪いがお前もだ。シュヴェールヴァッフェ
「やはり、そうですか」
一刀両断。
ばっさりと切り捨てられた皇王陛下は、静かにため息を吐き、肩を落とした。
『それは今、力を使い果たして眠っている。
起こしてやることは、僕とマリカがいるからできなくはないけれど、大した術の行使はできないよ。
お前達は皆、不老不死だし、術の知識も無いだろう?』
つまり。
今、アルケディウスの王勺。
木の王の力を宿す魔術師の杖は、いわば充電切れ。
私と『精霊神』様でエネルギーを補充することはできる。
けれど、たとえ充電できても、使用権限も知識も無い以上、扱うことはできない。
「術の知識があれば、少しは使えるんです?」
『ホントに多少ね。主が不老不死だと、石は気力を補充できないから。あの子は力が大きい分、燃費も悪いし』
「あの子……」
やっぱり。
王勺。木の王の石にも、人格があるみたいだ。
どんな人。
……いや、どんな精霊なんだろう?
『精霊神』様の言葉に、皇王陛下は一瞬だけ目を閉じる。
逡巡するように、わずかな間を置いて。
そして、再び目を開いた時。
その瞳には、明確な決意が宿っていた。
「『精霊神』様。
多少でも構いません。我が国の至宝たる王勺に精霊が宿るというのなら、ぜひご尊顔を拝するお許しを賜りたく……」
『解った。大祭の時にマリカが、僕に力を捧げてくれる。それで経路を繋いでやろう。
一時しのぎでしかないけれど』
「私も第一皇子に皇位を譲れば、皇王の責から解かれます。その暁には不老不死を返上し、魔術を学び直すつもりです」
「陛下?」
思わず声が漏れる。
「命を粗末にするつもりはございませんが、不老不死は本来、命の摂理の外にあるもの。
私は、正しき自然の流れに戻りたく存じます」
『まあ、その辺の話は後にしよう。簡単に結論を出すことじゃない。
取り返しはつかないことだから、よく考えることだ』
「ありがとうございます」
精霊に仕えるのに、不老不死は邪魔。
そんな考えをお持ちなのは、薄々感じていた。
でも。
ここまで、本気だったなんて。
応援したい気持ちと。
止めたい気持ちと。
胸の中で、ぐるぐると絡み合う。
複雑だ。
「あ、陛下。『いくつか』確認したいとおっしゃっていた残りは、なんですか?」
「ああ、そうだな。そちらも交渉しておかねばなるまいな。ライオットや保護者達がやってくる前に」
そう言って、皇王陛下は再び膝をついた。
今度は。
私とリオンに向けて。
「へ?」
「気高き『精霊の貴人』と『精霊の獣』。
大祭の精霊よ。
その顔を我が前に表し給え」
……と。




