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皇国 夢の始まり

 子ども達に本物の感動を見せてあげたい。


 そんな気持ちから始まった孤児院での新作劇の初演鑑賞会(予定)は、思いもよらない大事になりそうだった。


「マリカ、その舞台劇の初演、私にも見せるように」

「陛下?」


 王宮の応接間で、私はそんな事を思いながら息を呑んだ。


 明日は、私が後援した舞台の初日。

 呼び出されたのは私とお母様、護衛にカマラとミーティラ様。


 応接間には護衛兵さんと、皇王陛下、タートザッヘ様がいる。


「えっと、劇団については以前、申請を出したとおりです。

 私個人の道楽、というか、趣味なので。

 皇王陛下や貴族の方々に見せられる力をもっていたら、最終日の舞踏会で余興にでもお見せできればと思っております」

「はい、その話は伺っております。舞台も用意しておりますし、上演できない時には姫君の少年楽師が色を添えてくれるとのこと。冬を前に皆も良い土産話ができて喜ぶことでしょう」


 タートザッヘ様が頷いてくれる。


 劇団を作る時や、舞踏会での上演を考えた時、皇族の特権を振り回すだけじゃいけないなと思って、私はちゃんと文官長に相談したのだ。


 元々、ミリアソリスはタートザッヘ様の配下でもあるし、舞踏会で貴族達にお目見えさせるなら準備も必要だしね。


 で、その結果、皇王陛下に劇団のことと、新作完成が伝わっても不思議はないのだけれど。


「其方が色々と思惑ありとはいえ、楽しみを見出したというのならそれはいいことだ。

 別に止める気は無い。

 だが、皇女お抱えの劇団として後援を与えるつもりであるのなら、皇家を代表する者として、劇団の者達にそれだけの力があるか、しっかりと確認せねばなるまい」


 重々しい口調を作って私にそう言う皇王陛下だけど、目元はそう言ってない。

 あれ、絶対に笑ってる。


「なんだか、カッコいい事おっしゃってますけど、実際は新作劇を誰よりも早く見たいだけじゃないんですか? お祖父様」

「マリカ」


 私は視線を少し下げながら皇王陛下を見る。

 いわゆるジト目ってやつ?


 お母様は、こら、というように私を諌めるけど、似たようなことに覚えがある。


 去年の大祭前。

 麦酒の新酒の試飲会。


 あの時も突然、新酒を飲みたい。誰よりも先に。ってやってきたのだ。

 いきなりの申し出に、ガルフは心臓が止まりそうなくらい驚いてたっけ。


「お祖父様、なんだかんだで新しもの好きでいらっしゃるでしょう?

 江戸っ子みたい」

「エドッコ?」

「いえ、こちらの話です。ちゃんと本心をおっしゃって下さい」


 孫が突くと、お祖父様はバレたか、というように表情を緩ませる。


「まあ、そのとおりだ。正直に言えば、私は劇など殆ど見たことが無い。

 記憶も遠い遙か彼方、即位前の皇子であった時、大聖都の学び舎を抜け出し恋人と、というのが、自分で望み劇を見たおそらく最後だ」


「その後、劇を見ようとはなさらなかったのですか?

 王宮に呼ぶとか、外にお忍びで出るとか?」


「それどころでは無かったからな。プラーミァから反対を押し切って妻を娶り、その後亡くなった父王に代わり皇位についたのは二十代になって間もなく。

 そこからは皇王として国をより良く治めるので精いっぱいであった。


 お前は庶民育ちでライオットの子だから色々麻痺しておるのだろうが、そもそも皇族というものは外に出るものでも無く、何かを簡単にすることが許される者でもないのだ」


「そうですか? 皇族として命令すれば何でも思いのまま、という印象でしたけれど」

「実際、皇族になって何でも思い通りに進んだか?」

「あ、いえ、そうですね」


 皇王陛下の寂しそうな声を聞くまでも無い。


 皇女として迎えられて、仕事をするようになって解ったけれど、皇族は皇族で自由なんて殆どない。


 下手に外に出れば騒ぎになるし、ちょっと外に出ただけで人が群がって来る。

 手を振った、振らないだけで不公平と言われ、自由に買い物に出る事もできない。


「不老不死後はそんな事を考える気力も無くなっていたし、何よりライオットは舞台劇、正確に言えば『庶民に美しく語られる』アルフィリーガ伝説、というのを嫌悪していたからな。

 無理に呼ぼうとは思わなんだ」

「申しわけありませんでした。生意気を申し上げました」


「別に構わん。だが、夢ではあったのだ。

 大切な者と共に、何の気負いも責任も無く、ただ未知なる世界を楽しむことはな」


 言われてみれば、そういうのもあると納得できる。

 やさしいお祖父様が、息子が嫌っているアルフィリーガ劇を王宮に招いてまで見ようとするわけがない。


 私だって、リオンに楽しんで劇を見て貰いたい。

 それが劇団を作るきっかけだったのだし。


「アルフィリーガ伝説では無い劇が完成した。

 孫と、アルケディウスに埋もれていた才能達によって。


 なれば見てみたい。叶うなら誰よりも早く。

 そして新時代に産声を上げた新しい芸術を祝福してやりたいのだ」


「お祖父様の期待に副えるところまで、まだ行ってないかもしれませんよ」

「なあに、それはそれで今後の伸びしろが大きいということだ。

 最低限、昔見た劇の域に達していれば、悪しざまに言うつもりはない」


 アルケディウスを治める皇王陛下は名君だ。

 疑う余地も無く。


 伝統や古いものを守りつつ、新しいものに対しても寛仁で懐深い。

 そのおかげで『新しい食』が受け入れられ、私は今、ここに立っていられる訳で。


「大祭の精霊を題材にした劇という話も聞いている。

 王宮にはなかなか情報が入ってこないが、国の流行は押さえておきたいところでもあるしな」


「実際に現れた者と劇は別物だと思いますけれど……」

「精霊を恭敬する我が国で、精霊を貶める舞台などは創るまい?

 劇の題材にされる程愛され、親しまれる大祭の精霊というものの解釈に触れてみたいというのもある」


 何か、嫌な笑いをされた気がする。

 まさか、大祭の精霊の正体に気付いておられるわけはないと思うけれど。


 大祭の精霊のモデルは私達です。

 恥ずかしいから嫌です。


 などとはとても言えないし、もう劇にも許可を出してしまったし。

 それに。


「結局のところはご命令、ですよね」


「うむ、その通り」


 あ、開き直った。


 アルケディウスにおいて皇王陛下の命令を断れる訳はない。


「かしこまりました。エンテシウス達にもそう伝えます」


 私は深々と頭を下げた。

 結局はこうなるのだ。


「うむ。馬車で向かった方が良いか? お忍びの方が良いのであれば転移術を使わせるが」

「では、今回は馬車でいらして頂けますか?

 孤児院に皇王陛下がいらっしゃった、ということが孤児院そのものに箔を与えますので」


「解った。そのように」


「孤児院の子ども達や、職員に無礼があってもお許し下さいね」

「其方は私が、そんな事をいちいち気にすると思っておるのか?」

「思ってません。念の為、です」


 私の信頼に、お祖父様も柔らかく笑み返してくれた。


 その笑顔に。


(皇王陛下ならきっと大丈夫。きっと、新しい芸術の最高の後援者になってくれる)


 そう思った。



「な、なんと! 皇王陛下の御行幸を我が初演に?」


 勿論そう思ったのは私だけで、劇団員とエンテシウスは翌日、話を聞いて腰を抜かしていたけれど。


「驚くのも、緊張するのも解りますが、舞台を見る者は全て観客。老いも若きも身分も関係ありませんよ」

「……。いかにも。

 その通りでございます。私達もどうやら、まだ覚悟が足りなかったようで」


 私がそう告げると、それぞれが真剣な眼差しで腹を括ったように黙って頷いてくれた。

 私が最初に話をした時から、人は随分と増えている。


 裏方を含めた劇団員が二十人余り。

 主人公らしい二人に、小姓役。街の人間役に、リュートや魔術師の杖を持っている人もいた。


 そして主宰と、演出兼進行役のエンテシウスが一歩前に出る。


 強い意志の籠った眼差しで、彼は深々と頭を下げた。

 私に向けて。


「どうか『聖なる乙女』よ。

 ご照覧あれ。

 新しい時代を開く、『夢』の幕開けを」


 簡単なやり取りだけ終えて、私は席に戻った。


 既に、孤児院の食堂には仮設舞台が組み立てられている。

 紅い緞帳が降ろされていて、向こうの世界の舞台を見るようで胸が躍る。


 組み立て式の舞台。

 室内でも室外でも上演できるように、という注文に上手く添ってくれたようだ。


 部屋の明かりを全て落として欲しいという彼らの要望に従い、室内が漆黒に包まれる。


 リーン!


 開幕を告げるベルが、高らかに響くと同時。


「さあ、(ソーンティアル)の始まりだ。諸君、ご用意はいかがかな?」


 舞台に現れた案内人と共に、新しい夢が始まったのだった。

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