魔王城 『星』の子ども達
魔王城の夜。
明日は騎士試験が始まるので、朝一で戻らなければならない。
「その前に、どうしても皆に相談しておかなければならないことがあるの。
忙しさに紛れて忘れちゃうと大変だから」
私はリオン、フェイ、アル、クラージュさん。
皆を広間に集めた。
広間の中央には、子ども達のために設えた勉強用のテーブル。
壁際には整然と並ぶロッカー。
城とは思えない生活感のある光景に、クラージュさんは苦笑いを浮かべていたけれど、
魔王城で私が保育士を始めて三年強、ずっとそうしてきたのだから、諦めてもらおう。
「いえ、海斗の視点から見ればありだとは思いますよ。
子ども達を安全に育てるには、どうしても広い空間で目を届かせないといけないですからね。
それで、相談すべきこととはなんですか?」
「特に海斗先生に見てほしいものが。同じむこうの世界の記憶を持つ者としてご意見を賜りたく」
「なんですか? 改まって」
首を捻って問いかける異世界転生者に、私はフェイに準備して貰った精霊古語の書物を見せる。
古びた羊皮紙。
しかしそこに刻まれた文字は、どこか懐かしい違和感を伴っていた。
「これは……向こうの世界の言葉?」
「やっぱりそうですよね? 海斗先生読めます?」
「剣道と体力しか取り柄のない男性保育士に何を期待しているんですか? 真里香先生?
そんな都合よく外国語なんて読めませんよ。
英語がギリギリなんとかなるかな? です」
「ですよね~?」
思わず苦笑が漏れる。
私も同類。
義務教育を含めた十四年の学校生活で学んで、英語を読むくらいならまあなんとかなるかな、という程度。
でも他の言葉は、完全に理解の外側にある。
「これが、この世界の『精霊古語』。かつて『精霊神』が使っていた言葉なんだとか」
「知りませんでした。『星』が我々を向こうの世界に転生させたことといい、向こうの世界とこちらの世界は何か関連があるのでしょうか?」
やっぱり同じ結論に行き当たる。
というか、他に考えようがない。
「リオンはこの文字読めるんだそうです」
「本当に?」
「読めるというより、意味が理解できるってだけですけど。
この言葉で会話できるか? って言ったら無理です」
クラージュさんの問いに、リオンは静かに告げる。
先生相手だからか、ほんの少しだけ丁寧な口調になるのが妙に可愛くて——
……なんてことを考えている余裕はない。
「あの頃、君に誰かそんな事を教えていましたか? フェイアル? それとも精霊の貴人でしょうか?」
「そんなにはっきりと教わった訳じゃないですけど、なんとなく読めるんです。
細かいところはマリカ様が教えて下さいました」
「そうなの?」
「ああ。見ていると自然に内容が理解できる。文字の仕組みとか細かい文法は後からマリカ様が教えてくれた」
「ふーん、凄いね。向こうの世界にもそういう天才がたまにいたって聞いたけど」
リオンは戦士だけど地頭は十分にいい。
だからマリカ様に教えて貰って覚えて読めるようになったんだろうなあ、と素直に納得した。
「クラージュさん、どうかしました?」
「いえ、大したことでは。気にしないで下さい。
では、アルフィリーガ。この本はどんな内容か解りますか?」
差し出された一冊を、リオンがパラパラと捲って目を通す。
静かなページの擦れる音だけが、広間に響いた。
「この世界のと似ているけど違う神話、ですか?
全能の神はまず最初に光を作り、七日間かけてこの世界を作り上げた、みたいな?」
「聖書かな?」「聖書ですね?」
その他色々と見てもらったけれど、現代日本人が読んで直ぐ解ったのは聖書だけで、あとはよく解らないものが多かった。
あえて言うなら哲学書みたいなものとか。
それから医学書みたいな本。
人間の体や病気について書かれているものがあった。
図解も少ないけど存在していて、人間の身体構造はほとんど同じだと解る。
後は、農業書。
野菜の効率的な作り方。
ほぼ手書き。羊皮紙で作られているのに内容はかなり近代的だ。
土壌改良。作付け。
どれも、この世界の常識を一歩踏み越えた知識だった。
「これは、元々別に印刷された本があって、羊皮紙に写したのではないでしょうか?」
「え?」
「和紙などならともかく、現代……向こうのですが、紙は耐久性がなく、ある程度の年月、空気や直射日光に晒されると朽ちてしまうと言われています。
その為、実用書などを耐久性の高い羊皮紙に写して本にしたのでは?」
クラージュさんの言っていることは理解できる。
けれど——
「でも、これだけの本を作る羊皮紙をどうやって?」
今、アルケディウスでフル羊皮紙の本を作ろうとしたら金貨数枚は軽く吹っ飛ぶ。
羊皮紙を作るには羊を潰さないといけないからだ。
魔王城にある本、約千冊以上。
そのために必要な羊皮紙=羊は数十倍。
想像するだけで気が遠くなる。
「それは解らないとしか言えませんね。
元々、精霊国騎士団長といえ、私はフリーの傭兵で、魔王討伐を目指していた時、剣の腕を見込まれ。
また私が『精霊の貴人』に命を救われ惚れ込んで、迎え入れられた存在なので、『精霊』に関して詳しいことはよく知らないのです。フェイアルであればもう少しいろいろ知っていたでしょうが」
「結局、解らないってことが解っただけですね。そういえば、この魔王城って作ったのは誰なんでしょう?」
「え?」
「いえ、フリュッスカイトで公子様が各国のお城は『精霊神が作った』とおっしゃっていたので、じゃあ、このお城は誰が作ったのかなって?
このお城、なんだか既視感ありません? 海斗先生?」
「言われれば、メルヘンチックですよね。ドイツの有名なお城っぽくて。エルディランドはそのまま中国、紫禁城のイメージですし、アルケディウスはロシア風のように感じます。
王宮はエルミタージュやエカテリーナ宮殿に似ているでしょうか?」
「私はフランスの宮殿に似てるなって思ったんですけど。でも国全体のイメージはロシア風ですね」
「すみません。マリカ。クラージュ殿」
会話に盛り上がる私達に、フェイが躊躇いがちに声をかける。
「お二人が同じ異世界からの転生者であることは承知していますが、二人だけが分かる前提の会話に僕たちはついていけない。
説明をお願いするわけにはいかないでしょうか?」
「あ、ごめん。そうだよね」
つい、同じ記憶を持つ者同士で話してしまった。
それでは皆を置いていってしまう。
私は三人に、とりあえず向こうの世界の概要だけ話しておく。
複数の国。複数の言葉。土地ごとに違う風土。
「つまり、この国はマリカたちの世界と多くの共通点をもっている。精霊古語と呼ばれているものはマリカ達の世界で使われていた言葉である」
「私も異世界に行くまで解らなかった事です。向こうに私とマリカ様が転生させられた事にもきっと意味があったのでしょう」
「向こうの世界の知識をこちらに持ち帰る為ですか?」
「もしくは向こうの世界とこちらの世界に関連があると知らせる為か?」
昔、記憶が蘇って間もない頃。
リオンは言った。
私は元々こちらの世界の住人で、理由があって向こうに送られたのだと。
……やっぱり、私のルーツはこちらにあるのだろうか。
「今、この会話を魔王城の守護精霊は勿論聞いているでしょうし、『精霊神』達もきっと僕たちがここまで辿り着いたことは理解していると思います。
彼らは『星』の許しがなければ真実を語れない。
『星』に繋がる経路は魔王城の守護精霊だけ。
そして『星』は、なるべくなら僕らに真実を教えたくはない。
『星』から真実を聞き出すなら、ある程度の推察を固めるか、教えてもらう資格を手に入れるしかない」
自力で辿り着けば、隠す意味はなくなる。
そのためにも、今は——
「この件については残り二国を訪問し、同時にアルケディウスの王宮などで情報を集めてまた考えた方がいいですね」
「まあ、今はどんなに考えても答えが出ることじゃないしな」
フェイが纏めてくれたので、今日のところはここまでにする。
「明日からは騎士試験だし、クラージュさんもあんまり夜更かしして体調崩されてはいけないですしね」
「そんな、やわな鍛え方はしていませんが、ええ、今はお心遣いに甘えましょう。
……アルフィリーガ?」
「何ですか? 先生?」
「……いえ、なんでもありません。私は自分の事は自分でなんとかします。
君はカマラのことを気にかけてあげて下さい」
「解りました」
何かを知ったと思えば、また新しい疑問が増える。
この世界の秘密は、本当に底が見えない。
——とりあえず、焦らず深呼吸。
一つずつ、確かめていくしかないのだから。
そして、これは精霊達の内緒話。
「クラージュ。アルフィリーガ生誕の秘密を、マリカ様達に言わずにいてくれた事、感謝します」
「言おうかとも思ったのですが、言葉になりませんでした。
あれも『精霊』にかけられた制限、ですか?」
「そう思ってくれても構いません」
「……僕は、向こうの世界でけっこうSFとか好きだったんですよ。
子ども達と一緒にラノベとか読んだりしましたけど、断然SF派でした。
この城にも、もしかしたらあるんですか?」
「言っている意味が解りませんわ」
「気にしなくていいです。単なる独り言ですから。
アルフィリーガ生誕の秘密。あの時は本当に『精霊』と『星』の祝福だと感動したんですが……
我が身がそうなり、知識が増えると『精霊の奇跡』も素直に受け取れなくなるのは困りものですね」
「……クラージュ。星は貴方を本当に見込んで招き入れたのです。二人を支える存在として」
「解っていますよ。私に元より異論はない。ライオットとも約束しましたし。
『精霊の貴人』と『精霊の獣』を必ず守り、導いて見せましょう。
愛しくも哀しい宿命をもつ、『星』の子どもたちを」




