皇国 騎士試験予選 マリカの騎士
翌日、朝早く私達はアルケディウスに戻った。
まだ空気に朝の冷たさが残る時間帯で、王城の白い壁が淡い光を受けて静かに輝いている。
騎士試験の予選が今日から始まるからだ。
「カマラ。試験官の指示に従って落ち着いて頑張って下さいね」
「はい、全力をつくして参ります」
護衛士であるカマラと、お母様が貸して下さっているミーティラ様。
両方が試験に出るので、私は残念ながら外出禁止でお留守番。
リオンもお父様も騎士試験の監督で、私の専属護衛がみんないないからね。
応援に行きたいと言ったら却下されてしまったのだ。
ぐっすん。
そういうわけで城に籠り、フリュッスカイトでの報告をしながら結果を待つことになった。
今回、私の身内での参加者は護衛士カマラとユン君、そしてミーティラ様だ。
大貴族から預かっていたクレスト君も出るというけれど、応援度はちょっと低め。
ユン君とミーティラ様はどちらも外国からの参加者で、本国で騎士資格を持っているから予選突破くらいなら問題ないと思う。
だから、とにもかくにもカマラに頑張ってほしい。
「集中できておらぬな」
「皇王陛下」
私の落ち着かない様子を察せられたのだろう。
皇王陛下が、心配とも苦笑とも言えない柔らかな表情で私を見る。
「側近を主が心配していてどうする?
動じるな。主は側近を信じてドンと構えておればいい。上の不安は下に伝わるぞ」
「申し訳ございません」
「まあ、其方の思いは解らなくもないが、今は待つことだ。
其方の側近は筋が良い。
良い指導者に恵まれたようだし、まだ若いからおそらくこれからも伸びる。
騎士試験は今年だけでは無い。今年落ちたとしても来年は必ず合格できるだろうからな」
「はい」
お父様も、あと一年、じっくりと良い指導者の元で訓練を重ねれば間違いなく予選突破、かなりのところまで行けると太鼓判を押して下さった。
今年がギリギリのボーダーラインの上、ライバルが多すぎるだけ。
予選でユン君やミーティラ様、ヴァルさんとぶつかって予選落ちなんてことにならないといいのだけれど。
お父様、ちゃんとお願い聞いて下さったかな?
皇王陛下に注意されたけれども、今一つ気が乗らないまま、午前中が終わり、午後がかなり過ぎた頃。
ようやく——
リオンが戻って来た。
「お帰りなさい。リオン」
「ただいま戻りました。姫様。お迎えに上がりました」
「ありがとう。騎士試験は終わりましたか?」
「終わりました。今、合格者は本選に向けての講習、というか連絡事項を受けています。
もう少ししたら皆、戻って来るでしょう」
「合格者? 皆、ということは?」
「本人から直接報告を受けた方がいいかと思いますが、ご心配なら結果だけお知らせしますか?」
「お願いします」
私がやきもきしているのが解ったのだろう。
リオンは、少しだけ意地悪そうに——けれど安心させるように笑って答えてくれた。
「カマラ、ユン殿、ミーティラ殿は合格しました。
俺の配下で言うならヴァルも予選突破です。
ピオはミーティラ殿と、クレストはユン殿と当たって惜しくも予選突破に至りませんでした」
「そうですか」
胸の奥に溜まっていたものが、すっと軽くなる。
クレスト君には悪いけど、とりあえず一安心。
これでカマラは最低でも準騎士の資格を得たことで、私の護衛として堂々と付いて貰う事ができる。
ピオさんは元々準騎士だから予選落ちしても地位が剥奪されることは無いもんね。
「良かったな」
「はい、ホッとしました」
皇王陛下の言葉に、自分がどれほど気を張っていたのかようやく気付く。
後の戦いの詳しい様子については、本人が帰ってから聞こう。
そして第三皇子家の私の私室。
「マリカ様、ただいま戻りました」
扉が開き、カマラが入ってくる。
その顔には——
自信に満ち、輝くような笑顔。
数日前までどこか不安げで危うかった面影は、もうどこにもなかった。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
「おかげさまを持ちまして、なんとか予選を突破することができました」
「おめでとう。どんな対戦相手だったか聞いてもいいですか?」
「はい。私はリオン様が勧めて下さった箱からくじを引いたので、幸いユン様とミーティラ様と違う区画に入ることができました。
お二人も特別枠ということで離されたので、予選でぶつかることは無かったようです」
——良かった。
胸の奥で静かに安堵が広がる。
お父様は約束を守って下さったようだ。
「せめて予選だけでも側近同士でつぶし合うのは避けたいんです。
枠を離して頂けませんか?」
「どの区画にも貴族など上位戦士には優遇枠があるから、他国の騎士資格を持つ二人をそこに入れれば予選でぶつからないようにすることは可能だろう。
カマラがその枠のある区画に入らない様にすることくらいは、まあしてやってもいい。
だがカマラを弱い戦士だけの区画に入れる、なんてことは聞けないぞ」
「大丈夫です。お二人とかち合わなければ予選突破も可能だってリオンも言ってました。私はカマラを信じていますから」
そんな会話は内緒。
カマラがリオンの指示に従わず、お二人のいる枠の籤を引いてしまう可能性もあったし、
実際、リオンの監督する籤と枠を避けたクレスト君はクラージュさんと当たって予選落ちした訳だし。
「第一試合は比較的普通の実力の兵士さんだったので危なげなく勝てたのですが、第二試合は実力のある軽戦士で、第三試合は防御力の高い鎧を纏った準騎士様だったので少し大変でした。
リオン様に師事せず、フリュスカイトに行かず、そしてシャースレオがいてくれなかったら厳しい戦いになったと思います」
カマラが優しい笑みで、腰に帯びた剣を見つめる。
でも——
『少し大変』
『なかったら厳しかった』
つまりは、それでも勝ち切ったということだ。
「全てはマリカ様のおかげでございます」
「え? どうして?」
スッと膝をつき、頭を下げるカマラに私は首をひねる。
「それを言ったら身も蓋も、という感じですが、軽戦士はリオン様やクラージュ様より弱く、鎧騎士はフリュッスカイトの騎士将軍ルイヴィル様ほど強くは無かったので、皆様との手合わせの時に頂いたヒントを元に冷静に立ち回れば、なんとかできたんです」
ああ、そういうことか。
勇者とその師匠に師事し、世界最高峰の鎧騎士と手合わせした。
その経験があれば、確かに『普通』はもう普通じゃない。
でも——
「その経験を無駄にせず、自分の身に着けたカマラの努力あってのことです。
卑下する必要はありません。自分の実力と胸を張っていいと思いますよ」
「はい。リオン様にもそう言われました。今まで色々と自分に自信がもてませんでしたが、もう卑屈になりません。
マリカ様の護衛騎士、精霊国の戦士だと誇りを持っていきます!」
「ええ、頼りにしています」
強く輝くカマラの瞳が、眩しくて、嬉しい。
カマラがいてくれないと、私はどこにも行けないし、何もできない。
本当に頼りにしている。
「そう言えば、本戦出場者は招待客を一人と、セコンド、付き添いを一人試合に連れて行けるそうですね。誰に頼みますか?」
「招待状はフェイ様にお願いして、エクトール様に来て頂けないかなと思っています。
付き添いは……その、勿体なくもリオン様がついて下さることになってて」
「え? リオンが?」
「はい。クラージュ様につかなくていいのか? と伺いましたら——」
『先生にはアルがつく。付き添いは二回目だから慣れてるし、そもそも先生に俺が世話を焼く必要はないからな』と」
「それなら安心ですね。フェイに頼めば今日にも招待状を届けてくれて、二日後の本戦には来て頂けるでしょう」
「だと嬉しいのですが……」
ぜひ呼んであげよう。
親とも言えるエクトール様に、自分の晴れ舞台は見て欲しいはずだ。
「カマラは本選までの二日間、試合の準備に専念して下さいね。
私、全力で後援しますから」
そう言ったのだけれど、カマラは小さく笑って首を振る。
「その辺はお気になさらず、明日と明後日は普通通り、訓練をしつつマリカ様の護衛にあたらせて下さい。
自惚れるようですが、私がいないとマリカ様の外出許可が出ないでしょうし」
「え? いいの?」
「はい。元々、私に今回の大会で優勝する実力が無いのは解っています。
準騎士の資格を取れて、マリカ様の側に堂々とつけるようになっただけでも私には十分な成果です。
後は格上の皆様の胸を借りるつもりで全力で頑張るだけですから」
「ありがとう。カマラ!」
思わず私は、手にしていた皇女猫をぽいっと投げ出して——
カマラに抱き付いた。
「本当に頼りにしていますから。私の騎士」
皇女にいきなり抱き付かれてカマラもきっと驚いただろう。
けれど彼女は、暖かい春の日差しのような優しさを帯びた眼差しで応えてくれた。
「はい、お任せ下さい。我が主」




