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魔王城 『精霊』の秘密 後編

「私には、もう『彼』と戦う資格はないのですよ」


 かつて自分が握り、戦った剣を愛しそうに眺めながら、『星』の転生者。

 元精霊国騎士団長 クラージュさんはそう言った。


「どういう、こと、なんですか?」

「精霊石のついた武器防具は『精霊の力を持つ者』には使えないんです」


 静かに、何かを諦めたように語るクラージュさん。

 彼は、アルが差し出す剣に触れることさえしようとしない。


「精霊石のついた武器、防具は主に『星』、一部は『精霊神』の手によるものもありますが、子ども達、人間を補助する為に作られた者です。

 ですから、人型精霊や、精霊の力をその身に宿す者には使う資格が無いのですよ」

「『精霊の力をその身に宿す者?』」

「『星』の転生者、変生を受けて精霊の族に招き入れられた魔術師、ですね。

 後は各国の王族。

 もっとも、『精霊神』や『星』の許可を得て、直々に繋がれた者同士はまた別なのですが」


 例えば各国の王杓や、アーヴェントルクで『精霊神』ナハトクルム様が皇子に授けた指環などは、許された血族や本人には使える。

 でも、生まれながらに精霊の力を得ている者には必要ないから使えない、ということなのだろうか?


「そもそも、精霊石のついた武器、防具そのものが絶対数が少なく、精霊の力を持つ人間はなお少ない。だから、今まで滅多に問題になったことは無かったのです。私もこの身になって初めて理解した事です」

「この身、って?」

「『星』の転生者。『星』と契約して魂の変生を受け、生まれ変わる事です」


 そう言えばクラージュさんは、元精霊国の騎士団長で、人間。

 『神』と『勇者』の会見の時に殺され、魂を拾われて転生したって言ってたっけ。


「本来、『星』の転生者と呼ばれる存在が生まれたのは、魔王の降臨によって『魔術師の杖』が生まれるようになってからの事です。

 三本の王の杖を始めとする魔術師の杖を持つ者は、より強い魔術を行使する為に『精霊』との契約を経て『魔術師』になることができます。

 そして彼らは死後、もう一度記憶を持ちこして生まれ変わり、『星』の為に生きるかどうかの選択を問われるのです」


 なんだか、難しい話になって来た。


「昔は転生を許可される『星』の転生者は魔術師だけ、だったんですね?」

「ええ。それと『精霊の貴人(エルトリンデ)』。

精霊の獣(アルフィリーガ)』は精霊国最後の時が初代でしたから。

 魔術師適正のある存在が多くなかったなど理由はあったのかもしれませんが、魔術師の多くは転生を望まず、命の理に従い星に還っていきました。

 私が知っている『星』の転生者は前精霊国魔術師 フェイアルとその『妹』リーテのみです」

「妹、って血の繋がりでは無く、そういう意味での兄妹だったんですか?」

「はい。当時の私は、一剣士から騎士に、そして騎士団長に召し上げられ、『精霊の貴人(エルトリンデ)』に彼を授けられました。私は剣一筋であったので、積極的に精霊石の剣を使って術を使う等したことはありませんでしたが、戦いの中、彼が守ってくれた、助けてくれる。そう思った事は少なくありませんでした」


 精霊石を媒介にして術を使う、ではなく、身体の機能を高めてくれるって感じなのかな?


「彼、って言ってるけれど、この剣の精霊石、男なのか?」


 そう問うたのはアル。

 クラージュさんに返そうと差し出した剣は、受ける手を持たず、まだアルの腕の中にある。


「失礼、言葉の綾、ですね。私はその剣と言葉で会話した事はありません。なんとなく意志を感じあっていただけ。ですから女性なのかもしれませんが、私は男性、友人、仲間。

 命を預ける友と思って接していました」

「前の主とも……話をしてなかったのか」

「認めて貰うまでが大変でしたよ。でも、いざという時には守りの術を与えてくれる優しく面倒見のいい剣でした」


 アルが小さく呟くと、微かな笑みをクラージュさんは零す。

 懐かしむようでいて、どこか痛みも滲んだ笑みだった。


「多分、剣士が『星』の転生者になるという事例も、生前、変生を受けずに死後、魂だけ召し上げられるという事も前例のない、想定外の事だったのでしょうね。私自身、今の自分が『正しい『星』の転生者』であるのかはわかりません。

 私はマリカ様と一緒に異世界に送られ、その後かなりの空白期間を経てエルディランドに転生しました。エルディランドでの最初の転生時代、魔術師の才能があるのではと魔術師の杖に触れる機会が在り、そこで『星』の転生者には精霊石が使えない事を知ったのです」

「魔術師の杖?」

「ええ。魔術師の杖の多くは人格を持っているので、出会った時は話し相手になって貰いました。もっとも彼らの多くは、不老不死時代、選んだ子ども達を手伝うので精いっぱいでしたが」


 外の世界の魔術師の杖は、主人に精霊魔術を使わせる杖であるのが精いっぱいで、極限まで力を使い果たしては眠るの繰り返し。

 術者を『魔術師』にすることはできないだろうという。


「じゃあ、今世に『星』の転生者ってここにいる人以外いないんでしょうか?」

「解りません。『星』も教えて下さった事はありませんから、少なくとも私は会ったことがありません」


 外の世界で術者を『魔術師』にできる可能性があるのはそもそも三本の王の杖くらいで、そのうちの一本、大地の王の杖は不老不死者を術者に選んでいるから『星』の転生者にはできない。

 ということは、いて一人? 火の王の杖の術者。

 でも『星』の転生者だったら『魔王城』に来るんじゃないかな?

 うーん。


「この身になって解りましたが、『精霊』の力を持つ者には便利な反面、いろいろと制限がかけられているようです。精霊石の道具を持てないこともそうですが、子どもを作り辛いなども」

「子どもを?」

「不老不死時代ということもあるのでしょうが、私がエルディランドでカイトであった頃、一度も実子を授かることができませんでした」

「……不躾な話ですけど、行為そのものはできた?」

「できました。

 相手が体調を崩す事も無かったようです。廃棄児などを集め、助ける過程で助けた子どもも含め、不老不死者やそうでない者とも関係を持つ機会が少なからずありましたが、彼女等が子を宿すことは一度もありませんでした」

「そうなんですか? でも、各国の王族には結構子どもが生まれているような……。

 彼等も『精霊の力を持つ者』括りなんですよね?」

「そのあたりは各王家に色々伝わっているのかもしれませんね。まあ、その辺はさておき」


 そう言ってクラージュさんはアルを見つめると、優しく剣を押し戻す。


「今の私には精霊石の剣は使えないのです。

 彼は、君を選んでいるようでもある。私に遠慮することなく、できれば大事に使ってあげて下さい」


 クラージュさんの言葉に、アルは目を見開いて剣を見つめている。


「オレを選んでる? 本当に?」

「ええ。貴方に素直に握られている。最初に授けられた頃は大変でしたよ。

 青二才に握られたくない、と言わんばかりにバチバチ静電気を走らせて文句を言うし」

「わっ!」

「おっと!」


 バチン!


 小さな光が爆ぜた。

 クラージュさんに向けて剣から稲光――にしては小さいな。

 静電気の大きいものが弾けたような気がしたのだ。


「……元気そうで何よりです」


 くすっと、小さく、でも朗らかに彼は笑って剣に語り掛ける。

 まるで本当の友人に向けるように。


「こんな形で再会が叶ったこと。君は不本意かもしれませんが、私は嬉しく思います。

 あの日、あの時、ここで終わっても!

 そう思って振るった最期の剣に続きが在った。今は、それで十分です。

 新しい主を、どうか、護ってあげて下さいね」


 そう言うと振り返り、背を向け、彼は部屋を出て行った。


「待って下さい! クラージュさん」

「先生!」

「城下町に行くのでしょう? 時間がもったいないですよ」


 剣を抱きかかえたままのアルを残して。


 


「この剣、本当にオレが使っていいのかな?」


 アルは剣を見据えたまま、ぽつりと呟く。


「オレ、解るんだ。この剣。

 あの騎士団長みたいな同志として戦ってるんじゃない。

 弱い者、庇護するべき存在としてオレを護ってるんだ」

「アル」

「オレはあの人やリオン兄みたいに剣に全てを懸けて、戦士として自分を磨き上げるなんて多分できない。

 オレはただ、兄貴やマリカ、魔王城の皆や大切なモノを護る為の力がほしいだけだから」


 もう結論は出ていることだ。

 さっきの会話からして、この剣は今代の主人としてアルを認めている。

 共に戦う仲間としてではなく、護るべき者。加護を与えるべき存在、だとしても。


「それで、いい。ううん。それだからその剣はアルを選んだんじゃないかな?」

「それだから?」

「うん。クラージュさんはきっと、その剣でなくても戦える人。でもアルにはその剣が必要だから。だから、剣はアルに使って欲しいんだと思う」


 カマラの件でも思ったけれど、精霊石の武器防具はきっと、魔性や魔王、脅威に対して使用する人間を護る為に生まれたモノだ。

 だから、力を必要とし、求める人間に反応する。


「オレでいいのかな?」

「嫌だったら、使えないってリオン前に言ってたよ。だから、いい。

 使って欲しいんだと思う」

「卑屈な精神を『精霊』は嫌う、ともリオンは言ってました。前の主よりも使いこなしてやる! くらいの意気でいいのでは?」

「簡単に言ってくれるなあ。でも、ん。そうする」


 私とフェイの言葉を噛みしめるように聞いていたアルは、小さく頷くと剣を持つ手に力を込めたようだった。


「オレが嫌だったら、そう言ってくれて構わない。

 でも、嫌じゃなかったら力を貸してくれ。オレにしかできないことが、きっとありそうなんだ」


 カマラの時のように、解りやすく喋ったり、光ったりはしてくれない。

 でも、黙ってアルに握られている剣が、妙に嬉しそうな気がするのは気のせいだろうか?


「フェイ兄。オレ、ちょっと出て来るからチビ共頼むわ。

 リオン兄に稽古付けて貰って来る」

「リオンなら、街でカマラの稽古してるよ。クラージュさんと一緒に」

「りょーかい!」

「え? 稽古ならおれも行きたい!」

「アーサーは課題がまだ残ってます。旅行や仕事で最近サボっていた分、こういう時にしっかりと再確認しておかないと」

「そんなあ~」


 泣き出しそうなアーサーに肩を竦めながら、フェイは私にだけ聞こえるように、小さく、でも重く呟く。


「精霊石と精霊、『星』と転生者。

 まだまだ秘密が多そうですね」

「うん」


 いろいろな意図が込められている彼の思いに、私も頷きながら、遠ざかるアルの背中を見つめたのだった。

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