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魔王城 二人の騎士の思い

 実を言えば、その朝は他にも騒動があったのだけれども、私は翌朝、一先ずの対応が終わった後、すぐに城下町に降りてカマラとノアールの所に向かった。


 朝の空気はひんやりとしていて、夜の名残をわずかに引きずっている。

 無人の街は静まり返っていて、ただ一軒の家から立ち上る竈の煙だけが人の存在を示していた。


「おはよう。カマラ、ノアール。

 朝ごはんもってきたよ」

「マリカ様。いつもありがとうございます」


 扉を開けると、香ばしい匂いと一緒に、ほっとしたような空気が流れ出てくる。


 今回、魔王城に戻ってきた一番の目的は、明日から始まるアルケディウスの騎士試験。

 それに出場する予定の、私の護衛士カマラの準備と手助けをするためだった。


 今年の春、プラーミァへの訪問の前から私に付いてもらい、約半年。

 彼女に稽古をつけているリオン曰く、その実力は――


「当たり運が悪くなければ、予選突破はいけると思う。相手が女子どもと侮っている油断を突くのがいいな」

「ここしばらくの間にぐんぐん腕を上げてる。先生、ミーティラ、ヴァルと予選で当たらなければ大丈夫」


 もちろん油断も慢心もできないけれど、世界最高峰の戦士、勇者アルフィリーガのお墨付きだ。

 かなりいい線をいけると思う。


 特にフリュッスカイトで様々な武器を使う戦士と戦い、最高峰の鎧騎士ルイヴィル様に稽古をつけてもらったことで、対人戦の経験値も確実に上がっている。

 リオンに弟子入りしてからは体力作りにも真剣に取り組んでいるし、動きは以前よりも滑らかで、美しくなっているのは間違いない。


 ――それでも。


 カマラ本人は、どこか思い詰めたように悩み、考え込んでいる様子だった。

 だからこそ、なんとか力になってあげたいと思ったのだ。


 出迎えてくれたのはノアール。

 その声を聞きつけて、カマラも慌てた様子で玄関に飛び出してくる。


「マリカ様。ご相談したい事が……あ」


 そして――私の後ろに立つ二人を見た瞬間、反射的に跪いた。


「リオン様、クラージュ様」

「久しぶりですね。秘密を守ってくれてありがとう」


 魔王城では、エルディランドからやってきた少年ユンではなく、クラージュとして振る舞う。

 そう決めているらしい。


 朝、目覚めた時から、身体年齢は十六歳だというのに――

 どこからどう見ても、成熟した騎士の顔をしていた。


 カマラはエルディランドで、勇者の師としてのクラージュを知っている。

 だからこそ、この反応は当然だった。


「貴方は、私の正体を黙っていてくれている。実力もあって誠実で良い戦士です。

 差し出口かと思いますが、こと騎士としての戦い方についてなら、助言できることがあるのではないかと思い、しゃしゃり出てきました。同席させて頂いてもいいでしょうか?」

「お、お願いします」


 緊張で声が少し上ずりながらも、カマラは深く頭を下げ、私達を部屋へと招き入れてくれた。



 魔王城の島の中だから護衛はいらない、と言ったのだけれど、

「弟子のことが心配だ」と言ってついてきたリオンが自然に私をエスコートする。

 その後ろに、静かにクラージュさんが立つ。彼も、カマラのことが心配だから、とついてきてくれたのだ。


 勧められた椅子に腰を下ろした、その直後。


 カマラは私の前に膝をつき、強い決意を込めて口を開いた。


「マリカ様。不老不死を解除することをお許し頂けませんか?」

「やはりそれですか?

 繰り返しになりますが、一度決断してしまうとやり直しの利かない事です。後で後悔するかもしれませんよ」

「解っています。私が不老不死を得た時も、同じようにエクトール様に注意を受け、それでも押し通したので。

 今、その時の自分を責めたい位に本気で悔いています」


 唇を強く噛みしめるカマラ。

 指先がわずかに震えている。


 以前聞いた話では、彼女はエクトール領の中で最年少。

 実年齢は十八歳。不老不死を得たのは、女子の成人とされる十四歳になってすぐのこと。

 実質三年ほどしか経っていない。


 だからこそ、その選択の記憶はまだ生々しいのだろう。


「あの頃はエクトール荘領が一番苦しい時期でした。

 売れない麦酒をただひたすらに作り続けて数百年。ほぼ自給自足の生活を続けて収入も無く。そんな中、廃棄児の為にいつまでもお金を使わせるわけにはいかない。

 早く一人前になって恩を返したいと、それしか考えられなかったのです」


 この世界では餓死は無い。

 けれど、不老不死者は食事を必要としない一方で、子どもには栄養が必要だと分かっている。


 だからエクトール荘領では、貴重な麦酒用の大麦を使い、パンもどきを作ってカマラに与えていたという。


 力仕事も任せてもらえない。

 戦えば怪我をする。


 ――役に立てない子ども。


 その現実の中で「早く大人になりたい」と願った彼女を、責めることはできない。


「ですが、マリカ様の護衛に入れて頂き、崇めていた『神』の真実、精霊の力、何より『不老不死を得た』事で失ったものに気付くにつけ、何故、自分はあんな決断をしてしまったのだろう、という思いでいっぱいになるのです」


 これまでは周囲も皆、不老不死者だった。

 けれど、今は違う。


 私の周りには、不老不死ではない子ども達がいる。

 彼らはそれぞれに『能力』を発現させ、カマラには扱えない異能で活躍している。


 そして何より――

 不老不死者は、魔王城に入れない。


 白亜の城へと楽しそうに戻っていく私達を、外から見送るしかない。

 遠いこの家から指を咥えて見ているしか。


(……わかる、かな)


 胸が痛くなるほど、その気持ちは理解できた。


「頂いた剣は私に確かに力を貸してくれます。でも、私は彼に力を与えられてないのも、その力を引き出していないのも解るのです。

 戦い方もそう。ただ勢いに任せて剣を振り回しているだけ。

 ミーティラ様、ヴァル様、何よりリオン様の正しい剣術の美しさには到底及ばない。

 歴戦の戦士、騎士が集う騎士試験。それでは勝てない。勝ちきれない。と解っています」

「カマラ」


 彼女は自学独習で戦ってきた。

 天性の身軽さと力に頼り、己の感覚だけで剣を振るってきた。


 本格的に上位の剣術を学び始めたのは、リオンに師事してから。

 当然、限界はある。


「私は、強くなりたいんです。

 エクトール荘領を救い、世界を照らす宵闇の星。

 自らの剣を捧げ、生涯守りたい、仕えたいと思った我が主の為に……」


 無意識だろう。

 肩に腕を回し、自分自身を抱きしめるその姿。


 それは、無力さを責める仕草であり――同時に、諦めていない証でもあった。


 変わりたい。

 強くなりたい。


 その想いが、痛いほど伝わってくる。


「だから……どうか……」

「カマラ……!」

「だったら、試してみましょうか?」

「え?」


 差し伸べようとした私の言葉は、伸びてきた手に制され、静かに押し戻された。


「剣を持って、外に出なさい。

 私の知らない『精霊の貴人の騎士』

 精霊国騎士団長クラージュの名に懸けて、貴女がその名に相応しいか。

 試させてもらいます」


「クラージュさん!」「先生!!」


 あまりにも唐突な宣言に目を見開くカマラ。


 私とリオンは慌てて止めに入るが――


「二人共、口出し無用。

 仮にもこの精霊国で『騎士』を名乗るのなら、それは『精霊国騎士団長』である私の配下です。

 戻った以上、そして女王からその地位を奪われない以上、監督責任の義務が私には在ります。

 私の命令を聞けないのなら、この国で『女王の騎士』を名乗ることは許しません」


 ぴしゃりと、言い切り払いのけられた。

 一切の揺らぎもない声音、強い意志。


(正論なのは解る。……だけど……)


「……解りました。宜しくお願いします」

「カマラ!」


 私達の焦りをよそに、カマラは立ち上がり、剣を取る。


「私は、生涯の忠誠をマリカ様に捧げると誓ったのです。

 精霊国騎士団長(クラージュ様)の配下に入ることに異論はありません。

 むしろ、私の方から膝をつき、希うことですから」


 その瞳には、迷いがなかった。


「良い返事です。剣は何よりも雄弁にその人物の全てを語る。

 見せて下さい。貴女の思いと力を」

「はい!」


 クラージュさんが先に歩き出し、カマラはその背を追う。


 私達も慌てて後を追った。


 ――魔王城城下町、中央広場。


 かつてリオンとライオット皇子が剣を交えた場所だ。

 そこに立つと、クラージュさんは静かに剣を抜き放つ。


 構えは中段。

 手にしているのは精霊石ではなく、ごく普通の長剣。


「貴女は不老不死者ですからね。少々手荒に行っても大丈夫でしょう。

 手加減はしませんよ」

「よろしくお願いします!」


 カマラもショートソードを正眼に構える。

 空気が、一瞬で張り詰めた。


「アルフィリーガ、合図を」

「は、はい。始め!!」


 不安を瞳に宿しながらも、リオンは声を張り上げる。


 ――次の瞬間。


 鋼と鋼がぶつかり合い、甲高い音が響き渡った。


 それはまるで――

 騎士同士の、意思と信念という名の歌だった。

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