表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
713/759

魔王城 騎士団長の帰還

 帰国の晩餐会を終えた私達は、その足で魔王城に戻って来た。

 夜もすっかり更けている時間帯ではあるけれど、一刻も早く、皆の顔が見たかった、という思いが勝っていた。


「ただいま! みんな!」


 転移の光が収まると同時に、私は思わず声を張り上げる。

 一応、今日戻るということは、先に仕事を終えたアルに伝えてあった。だから思った通り、皆待っていてくれたようだ。


「おかえりなさい。マリカ姉!」「おかえり」「まってたよ~」


 転移魔方陣から一歩踏み出した瞬間、小さな影がいくつも弾けるように飛びついてくる。

 子ども達の温もりと、少し汗ばんだ体温。懐かしい匂いに胸がいっぱいになる。


「お帰りなさいませ。マリカ様」

「ただいま、ティーナ。リグも元気にしてた?」

「ねーね、りーりー」

「お話、随分できるようになってきたんだね。うん、ねえねだよ。

 ただいま、リグ」


 ティーナと一緒に駆け寄って来るリグを抱き上げ、頬ずりする。

 一月も会えなかったのに、こうしてちゃんと覚えていてくれたことが、嬉しくてたまらない。小さな腕がぎゅっと首に回る。


(頭がいいなあ……。かわいいかわいい)


 自然と頬が緩む。


「ねえ、マリカ姉。あの人だあれ?」


 子ども達の声に促されて振り返る。

 私が再会の温もりに浸っているその背後で、ただ一人、息を呑んだまま立ち尽くしている人がいた。


 夜闇の中に、白く浮かび上がる白亜の城。

 その姿を見上げながら、静かに涙を流しているのは――


「ユン、じゃない……クラージュさん。

 リオンの先生みたいな、大事な人だよ」


 彼にとっては五百年ぶり。

 死の間際まで焦がれ、求め続けた帰国。

 その現実が、今、目の前にある。


「おかえりなさいませ。マリカ様、アルフィリーガ。

 そして、おかえりなさい。クラージュ」

「エルフィリーネ」


 子ども達の賑やかな気配の向こうから、静かに現れたのは魔王城の守護精霊。

 優雅に一礼するその姿を見た瞬間、クラージュさんは迷いなく膝をついた。


「……麗しのエルフィリーネ。また、お会いできる日が来ようとは、夢のようです。

 クラージュ。ただいま戻りました」

「長旅、本当にお疲れ様でした」


 柔らかな声音。けれど、その奥にある確かな重みが感じられる。


「いえ、騎士団長の身でありながら女王陛下を守りきれず、エルトゥリアを滅亡に追いやった生き恥さらしの身。本来なら、星と貴女に合わせる顔はありません。

 しかし、こうして戻って来たからには今度こそマリカ様と新しいエルトゥリアを守る為に命を捧げたいと思っています」


 絞り出すような言葉が落ちた。

 五百年という時間の重さが、そこに凝縮されている。


「星も、貴方が苦しみながらも自らに課せられた役割を果たした事をご存知です。

 ええ、頼りにしています。クラージュ。

 これからもマリカ様や、アルフィリーガ。

 この国と精霊達を、よろしくお願いします」

「『星』と『精霊』とわが命にかけて」


 誓いは、静かでありながら、胸に刺さるほど真っ直ぐだった。

 その美しさに、見ているこちらの胸まで締め付けられる。


(本当に……)


 苦しみながら、遠い異国で、この日を待ち続けていたのだろう。


 言葉を探す。

 けれど、何一つ見つからない。


「改めて、おかえりなさい。クラージュさん」


 結局、ありふれた言葉しか出てこなかった。

 それでも――


「はい。ようやく、戻ってくることができました。

 マリカ様のおかげです」


 震える声で、涙を溜めたまま微笑んでくれる。


(良かった……)


 心から、そう思えた。


「とりあえず、今日はもう遅いですし、話は後にしましょう。

 エルフィリーネ。クラージュさんのお部屋は使える?」

「はい。勿論、昔のままにございます」

「ゆっくりお風呂に入って、お部屋で休んで下さい。積もる話は後にしましょう」

「ありがとうございます。お言葉に甘えます」

「リオン、お願いしていい」

「ああ。先生」

「ありがとう。アルフィリーガ」


 リオンはクラージュさんを支えるようにして、先に城の中へと戻って行った。


「皆も、今日は遅いから寝て。話は明日ゆっくりするから」

「皆様、マリカ様の言う事を聞いて、今日は戻りましょう」

「うん」「わかった」「また明日ね」


 子ども達を促してくれたティーナを見送りながら、私はふと息を吐く。

 そして、振り向いた。


 そこにはセリーナやノアールと並んで立つカマラの姿がある。

 その表情は――明らかに思いつめていた。


「カマラは城下町へ。ノアール、一緒に、とお願いしてもいいですか?」

「かしこまりました」

「あ、あの! マリカ様!」

「言いたい事は、なんとなく解っています。

 でも、今日はもう遅いですし、対処方法を考えても実行できません。

 カマラも長旅で疲れているでしょう? ゆっくり一晩考えて明日、相談しましょう」

「…………解りました」


 言葉を飲み込むように、カマラは一礼し、城下町の宿へと向かっていった。

 その背中には、迷いと焦りが滲んでいるのが見えるようだ。


(騎士試験……)


 直前に迫ったそれを前に、彼女が抱えているもの、願っていることは分かっている。

 だからこそ、明日は逃げずに向き合うつもり。


(助けたいし、提案もあるし)


 小さく息を吸い、気持ちを切り替えて。


 私達は二人を見送った後、魔王城へと戻った。

 二匹の精霊獣様達も、静かに寄り添うように続く。


 久しぶりの魔王城。

 守護精霊の手入れのおかげで、埃一つなく、空気は澄んでいる。


(……帰ってきたなあ)


 胸の奥が、じんわりと緩むようだ。


「マリカ様も、今日はゆっくり休んで下さいませ」

「うん、ありがとう」

「あ、その前に、フェイ。頼みがあるんだけど」

「? 何です?」


 フェイにひそひそと頼みごとを伝える。

 ほんの小さな仕込み。でも、明日に繋がる大事な一手だと思う。


 それから私は部屋へと戻った。


 セリーナと一緒に、クラージュさん達が使い終わったのを確認してからお風呂へ入る。

 湯気に包まれ、肩まで沈めると、じわりと疲れが溶けていくようだ。


(魔王城のお風呂、やっぱり最高……)


 身体が温まり、意識がふわりと緩む。

 心地よさに引きずられるように、眠気が押し寄せてくる。


 なんとかベッドまで辿り着いたものの、思考はもうドロドロ。溶けかけていた。


 やらなくてはならないことは、山ほどある。

 考えるべきことも、山ほどある。


 けれど――今は無理だ。


(いつものパターン……)


 朦朧とした意識の中で、ぼんやりと思う。


 このまま寝てしまえば、きっとまた何かを忘れる。

 大事なことを。

 でも――


(今回は、手を打っておいたから……)


 多分、大丈夫。


 そうして私は、抗えないまま、甘く優しい眠りへと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ