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水国 『新しい』化粧品

 フリュッスカイトの滞在は色々と話し合った結果、三日間の延長と決まった。

 当初は明日帰国の予定だったけれど、今日と明日でフリュッスカイトとアルケディウスの美容品についての情報交換と契約。

 明後日、晩餐会に向けた調理実習を行い、その翌日に送別会と晩餐会をして帰国、という流れだ。


 慌ただしいけれど、ここまで積み上げてきた交流と信頼が形になる大切な数日間。

 私としても気を抜くわけにはいかない。


 で、今日は化粧品関連の契約と打ち合わせ。

 形式としてはフリュッスカイトを代表する服飾商会、スメーチカ商会と、アルケディウスのシュライフェ商会の契約だけれども、どちらも国の後ろ盾を持つ科学化粧品扱いの店だから、実質的には国同士の契約にも等しい重みがある。


 柔らかな香りの漂う応接室。

 並べられた見本品の瓶や小箱が、窓から差し込む光を受けてきらりと輝いている。


「今日は宜しくお願い致しますね。姫君のドレスを一手に引き受けるシュライフェ商会の噂はかねがね」

「こ、こちらこそ、宜しくお願い致します。公子妃様」

「あまり硬くならないで、アルケディウスの化粧品にはとても注目しているのです」


 柔らかな声音とは裏腹に、フェリーチェ様の瞳は鋭く、そして興味に満ちている。

 その視線を受けて、プリーツェはかなり緊張しているみたいだった。


 商会長の信頼篤い名代とはいえ、彼女は基本、デザイナー兼お針子だからね。

 スメーチカ商会を指揮する公子妃、フェリーチェ様と対等に渡り合うのは大変だと思う。

 肩に力が入っているのが、見ているこちらにも伝わってくる。


 できる限りのフォローはしてあげよう。


「フリュッスカイトの女性の間で主に使われているのは、髪に塗って艶を出す髪油と、手に塗ることで肌が潤うクリーム。後は、肌を白く見せる白粉ですね。白粉は今まで他国に出したことはありませんでした。

 それから肌に優しい石鹸も人気です」


 私が去年手に入れたのはクリームだけだったけれど、白粉とかもあったのだと、見本を見せてもらって感心する。

 細かな粉は、まるで雪のように白く、指先に乗せるとすっと溶けるように広がった。


「どれも素晴らしい品ばかりですね。これらを扱わせて頂けるのでしょうか?」


 プリーツェも目を輝かせている。

 緊張の中にも、ものづくりに携わる者としての純粋な興味が滲んでいた。


「今まで取引していたオルトザム商会の顔を潰すわけにはいかないので専売にはできませんが、貴族向けに少量ずつでしたらいいですよ。交換販売という形になりますが。こちらとしては、アルケディウスの美髪の液、口紅、香り水などを希望したいところです」

「美髪の液と口紅については、比較的安定生産が可能になってきていますので問題ないと思います」

「美髪の液はフリュッスカイトとまったく違う視点から髪を美しくするということで、今、特に注目が高まっているのです」


 フリュッスカイトが売り出しているのは、オリーヴァのオイルを加工した所謂髪油。

 髪の艶を外的に足すだけなので、髪の毛や地肌を清潔にして働きかけるアルケディウスのシャンプーとは、基本的な考え方からして大きく異なる。


 どちらが優れているという話ではなく、方向性の違い。

 だからこそ、交流する意味があると思う。


「香り水は期間限定をお許しいただければ」

「花の季節だけ、ということでしたね」

「はい。香り成分が飛んでしまう為、長期保存ができないのでございます。

 顔に付けて良し、服やハンカチなどに染み込ませても良し。応用範囲はかなり高いのですが……」

「ということでしたら、化粧品や石鹸を卸す代わりに、花の水や油の作り方を教えて頂けないかしら? 輸送の間にも香りが飛んでしまうのであれば勿体ないですもの」

「売買契約となるのであれば、かなりの金額を頂くことになりますが……」

「長期的に考えれば、十分に元が取れるでしょうから、その辺出し惜しみはしませんよ」


 穏やかな口調の裏で、しっかりと利益を見据えたやり取り。

 さすがは商業国家の公子妃様だと思う。


 色々と話し合って、シャンプーと口紅、クリームと石鹸は現物を輸出、花の水については作り方を教えるということで大凡合意した。


 私は基本、店同士の契約には口出ししない。

 どうしても纏まらない時だけ、権利者として、皇女として介入するだけだ。


 花の水は煮出し法を教授。

 蒸留法はコイルガラスが完成してから、かな?


 それにしても……この白粉、ちょっと気になる。

 指先で転がすたび、違和感が胸の奥に引っかかる。


 なので、話の区切りにちょっと聞いてみた。


「フェリーチェ様、この白粉、もしかして鉛とか入ってませんか?」

「……流石、マリカ様でいらっしゃいますね。

 ペルレリアという植物の根から採れる粉に、鉛の微細粉末を入れてあります。肌がしっとりするのですよ」


 やっぱり。


 胸の奥で、小さくため息をつく。


「フェリーチェ様。白粉を使用して体調を崩す方とかいませんか?」

「私達は不老不死ですから、そもそも体調不良というものは滅多になるものではありません。どうしてです?」

「鉛の粉、鉛白というのは加工しやすく、またおっしゃる通り肌になじみやすいのですが、身体の害になります。不老不死だから大丈夫かも知れませんが、できるなら避けた方がいいと思いますよ」

「まあ! そんなことが?」

「不老不死ではない子どもが触れると、赤ちゃんなどは特に明確な健康被害を及ぼすと聞いているので、私は使用したくないと思っています」


 向こうの世界で、鉛白被害の話は色々と聞いたことがある。

 美しさの裏に潜む危険は何度も社会問題になったらしい。


 不老不死の人達は大丈夫かも知れないけれど、危険があるものは使わないに越したことはないと思う。


「白粉はまだ実は研究段階なのです。

 食が重要視されていなかった頃、小麦やパータトの粉に鉛粉末を入れると肌への付きがいいと評判になっていたのですが、最近は小麦やパータトが入手しづらくなっていて。

 最近、ペルレリアの根がいい粉質であることが知れて活用されるようになってきています」


 ほぼスキンケア、化粧品何もなしだったアルケディウスより、やっぱり美容品の研究についてはフリュッスカイトの方が先んじているなと思う。

 因みにペルレリアっていうのは話に聞く限り、葛みたい。フリュッスカイトにも葛があるのなら、アルケディウスでも探してみよう。葛粉は料理にも色々使えるし。


 子どもの戯言と無視せず、ちゃんと話を聞いて下さるのは助かる。


「実は、アルケディウスでも白粉は研究しているんです。ベースになる粉にいいのが無くて困っていたのですけれど、鉛の粉の代わりにこんなのを入れてみてはどうでしょうか?」


 私は持ってきたいくつかの品物を見せてみた。

 こんなこともあろうかと準備していたものだ。


「きめ細やかで美しい粉ですね。これは一体?」

「こっちがパール、真珠を粉にしたもの。これはシルク、精霊上布の糸を粉にしたものです。

 後は、雲母と言って艶のある石を砂にしたもの。艶やきめが良くなるみたいです」

「真珠を粉に?」

「勿論、宝飾品にならない低級品ですよ」


 ずっと前にアルケディウス唯一の海に面した港町、ビエイリークの領主様に頼んでいたものだ。

 バロックパールとしても使えないものを粉末にして、フリュッスカイトのクリームに混ぜると、なんだかより効果が高まったようだとお母様やティーナ達からは好評だった。


「後、ガラスの着色剤に酸化した鉄や銅を使っているのなら、鉛よりはそちらの方がまだ肌にはいいと思います。とにかくできる限り鉛の使用は避けて頂けるといいな、と思います」

「研究者と相談してみますね。女性の肌に付けるものですから、身体に害する可能性がある物は避けた方がいいと、私も確かに思います」

「花の香り水を化粧水として先に顔に付けて、肌を整えてから白粉を付けるとかすれば、肌へのノリなども改善できるのではないでしょうか?」

「なるほど。ただ肌に直接付けるだけではなく、事前に肌を整える、ということですね。

 今まではただ、あるものを売っていればいい、という考え方が強かったですが、最近はより良いものを作ろうという意欲も、多くの者の中から出てきています。

 研究者や公子に伝えてみますね」


 鉛白ファンデーションだけはとにかく避けるように働きかけて、後はじっくり研究してもらおう。

 私にはちょっと、そこまでやっている余裕はない。


 後の話になるけれど、私とフェリーチェ様の会話に、プリーツェは本気で刺激を受けたらしい。


「フリュッスカイトが美の先進国たる、その理由を垣間見させて頂いた気がしますわ。

 私共ももっとマリカ様や、その知識に頼るばかりではなく、『より良い』物を作りだし、生み出す努力をしなくては!」


 って。


 今まで気力ややる気が吸い取られていたみたいだから、彼女達のせいばっかりではないけれど。

 それでも、こうして前を向く言葉が出てくるのは嬉しい。


 より良いものを作っていこう、という気持ちは、きっとこれからの国を変えていく。

 そんな小さな芽が、今ここで確かに芽吹いたのだと感じた。


 トントン、と。

 打ち合わせも終盤になった頃、部屋の扉を誰かが叩く音がした。


 場の空気が、わずかに引き締まる。


「誰です? 今は大事な会談中ですよ」

「申しわけございません。公子より、ガラス工房から依頼の品が届いた。姫君がおいでなら見て頂けという御伝言ですが、いかがいたしましょうか?」

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