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水国 香りの製法と『精霊古語』

 伝令の言葉に、不思議そうに首を傾げるフェリーチェ様。


「ガラス工房?」

「あ、頼んでおいたコイルガラスですね。フェリーチェ様。

 美容品関連の重要な品物なので、もし良ければぜひ一緒に見て頂けませんか?」


 面会を受け入れる旨を伝えると、私は同行していたノアールに荷物を持ってきて貰うように頼む。


「俺も手伝おう。重いし、壊れやすいからな」

「ありがとう」


 程なくして、ガラス工房からピラールと弟子、そしてメルクーリオ公子がやってくる。

 弟子が緊張の面持ちで抱えてきている箱には、きっと頼んだものが入っているのだろう。


「よく来て下さいました。ピラール」

「お待たせしました。姫君。なんとか納得のいくものができましたのでご覧下さい」


 木箱をテーブルの上に置き、そっと開ける。

 緩衝材のおがくずの中から、依頼したコイルガラスと寸分違わぬ同じ品が現れた。

 隣に置かれた見本と比べても、違いが分からないくらいに。


「素晴らしいですね。よくここまでこの短期間に再現して下さいました」

「愚痴をこぼしてよいのであれば、難しい仕事でした。神が作り上げたかのような精緻で複雑な作業。これを最初に考え、作り上げた人物を、同じ職人として心から尊敬致します」


 ハハハ、実は私が『能力』でズルして作ったものだからね。

 それを人の手で再現しろ、なんて無茶ぶりを言い、それに応えてくれたことに心から感謝しつつ品物を見せて貰う。

 うん、すごくいい出来だ。


「持ってまいりました」

「プリーツェ。シュライフェ商会に与えたものと同じです。組み立てて下さい」

「畏まりました」

「コイルガラスのところは、この国のものを使って」

「はい」


 程なくしてノアールとリオンが蒸留器を持ってきてくれたので、皆の前で組み立てて貰った。

 ガラス製のフラスコや管と、銅や金属で作った台、皮のつなぎ目の管を合わせてできる機械に、公子もフェリーチェ様も目を輝かせて見入っている。


「これが蒸留器、と呼ばれる品物です。花や、葉、果物の皮などから精油と香り水を抽出する為の機械です」

「ほほう。火をかけて成分を気体化させるのか?」


 気体化という言葉がすんなり出てきて、ちょっとビックリ。

 液体、気体、固体の概念は知られているということだ。

 そういえば、エクトール様がウイスキーの蒸留をやってたっけ。


「流石、メルクーリオ様。成分を変質させないように直接は火を当てないことが重要です。一度、熱を加えられて素材から抜け出た成分は、このコイルガラスで冷やされて、また液体に戻って油と水分に分離されます」

「興味深いですわ。先程教えて頂いた香り水の作成方法とはまた違いますのね?」

「あちらは直ぐに使い切る分を手早く大量に作るのに向いています。こちらは保存が効き、濃い分、少しずつしかできませんから」


 精油をティースプーン一杯分作るだけでも、籠いっぱいの花や葉っぱが必要になる。

 手間も素材もかかる。だからこそ、価値があると言えるのだけれど。


「実際にやっているところを見たいな。何か良い花などはないか?」

「秋咲きのロッサであれば、多少は集まると思います。でなければキトロンの皮とか、ですか?」

「キトロンは夏に採れるのではないのですか?」

「収穫期は秋から冬です。今、出始めですね」


 南国の果実のイメージがあったけれど、そういえばミカンも旬は冬だしね。


「では、キトロンの皮でやってみましょうか? 果汁を絞って料理や飲み物に使えば無駄になりませんし」

「解りました。急いで手配させましょう」


 なら頼もう。

 これから冬になると精油は作れないと思っていた。

 プラーミァもキトロンの栽培が盛んのようだから、作って貰おうかな。

 あと、やるべきことは……そうだ。


「フェリーチェ様。成功し、気に入って頂けたのなら、蒸留器の製法と使用方法は購入して頂けますか?」


 一度見せれば相手はフリュッスカイト。

 頭もいいし技術者もいる。再現されてしまう可能性は高い。

 しっかり言質は取っておかないと。


「勿論。さっきの花の水の販売方法は金貨三枚でしたので、それ以上を考えますわ」

「ありがとうございます。

 では明日、また同じ時間頃に」



 そして翌日。

 書記官を連れてきたり、本を持ってきたりとやる気満々の公子夫妻とピラールの前で、私は作業を始めた。


 調理実習の後、料理人さん達が頑張って果汁を絞ってくれた後の大量の皮を、ビーカーに似た器に入れる。

 フラスコやビーカー、真っ直ぐの管は、アルケディウスの工房でも作ることができていた。

 後は水の入ったフラスコやコイルガラスと繋ぎ、直接火が当たらないように気を付けながら熱をかける。


 キトロンの強い香りが漂う中、程なくしてぽた、ぽた、と分離された精油が落ちてくると、フリュッスカイト陣から感嘆の声が上がった。


「面白いですね。それにこの油分、キトロンの香りが凝縮されていて目が覚めるようです」

「精油はかなり長期保存ができます。ただ、直射日光に当てると変質してしまうので、青系のガラス小瓶に入れるのが一番いいと思います」

「香り水の方も、芳香が強いな。これは上手く使えば面白いことができるのではないか?」

「ええ、香り付きの石鹸とか、クリームなど絶対に人気が出ますわ」


 流石、科学の国フリュッスカイト。目の付け所が違う。

 アルケディウスでもシャンプーや口紅に混ぜたり、香り水を売り始めたりしたばかりなのに。


「後は、身につけて香りを纏うこともできるのか?」

「姫君は時々、爽やかな香りを漂わせておられますよね」

「精油はそのまま身に着けるには濃いので、油で薄めるか、ハンカチやドレスの肌に触れないところに垂らすくらいで。私はこうして精油を垂らした布をペンダントの中に入れて身に着けています」


 私は服の下から、シュウが作ってくれたペンダントを取り出す。

 今日は香りをセットしていなかったけれど、出てきた精油を中の布に一たらし。

 蓋をすれば、程よい香りを身に纏うことができる。


「マリカ様。この素晴らしい技術はぜひ、フリュッスカイトでも扱わせて下さいませ」

「機材の現物と利用方法のアイデア込み。金貨十枚でいいですか?」

「新しい技術なのにそんなに安くていいのですか?」


 約一千万円を安いと言ってしまうあたり、お貴族様だなあと思いつつ、動揺はにっこり笑顔で隠す。


「ピラールには今後、ガラス機器を量産して頂かなくてはなりませんし。フリュッスカイトの頭脳陣でしたら再現や改良も可能でしょうから、持ちつ持たれつ、ということで。

 今後も良いお付き合いができれば幸いです」


 そうして、私は改めて頑張ってくれたピラールに向かい合った。

 皇女モード全開で微笑み、努力を労う。


「数日で、素晴らしい成果を見せて下さってありがとう。

 貴方はやはり、フリュッスカイト一の腕を持つ名工ですね」


 リオンに頼んで代金として金貨一枚を渡して貰った。


「安かったらごめんなさい」

「と、とんでもありません!」

「後、これはお礼です。

 良ければ工房の皆様で味わって下さい」


 あと、アルケディウスのビールの小樽、それから完成したばかりのオリーヴァの塩漬けをご褒美に。

 身に着けていたものでもプレゼントできればスマートなのだろうけれど、まだまだ修行が足りない。


「今後もお世話になりますね。貴方の腕が私達には必要です」

「勿体ないお言葉、ありがとうございます。

 不老不死になってから初めてというくらいに、胸が沸き立つ難しくも楽しい仕事でございました。

 こちらこそ、どうぞ今後とも御贔屓頂ければ幸いにございます」


 今後、アロマ関係のみならず、食料品の長期保存や新しい何かをやろうとすれば、ガラスは必需品だし、腕のいいガラス職人も必須だ。

 こちらこそ、長く付き合って欲しいもの。

 人を掴むのに、お金と手間は惜しんじゃいけない。


 これで、私の仕事は終わりかな。


「姫君、これを見て欲しい」


 フェリーチェ様とプリーツェの契約中、少し肩の力を抜いた私はメルクーリオ様に手招きされた。


「何です? これ?」


 テーブルは使っているので、端っこのライティングテーブルの上にメルクーリオ様が本を広げている。

 踏み台も用意して下さったので、背伸びして広げられた本に視線を落とし――


「え?」


 凍り付く。

 気を抜いたところにアッパーカットを食らったような衝撃が、頭を揺らした。


 そこに書かれていた文字を、私は知っている。


「これは、フリュッスカイトに古くから伝わる本だ。精霊古語で書かれている。

 ここに、姫君がおっしゃった蒸留? 液体の気化についての事例が図になって……」


 メルクーリオ様の説明は大半、頭からすり抜けていく。

 私の意識と視線は本から動かせない。

 手書きの筆記体で読みづらい、というか読めないけれど、そこにはこの世界の文字とは異なる、良く知った『文字』。


 アルファベットで綴られた文章が、記されていたから。

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