表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
699/782

水国 感謝の言葉

 夢を、見た。


 不思議な、白い空間の中、一人の少女が、一匹の猫と向かい合っている。

 清らかな水をそのまま填めこんだような美しい瞳をしたあの猫は、さっきの会話からして『フリュッスカイト』の精霊神様、なのだろう。

 白いだけの空間なのに、どこか水底のような静けさと、冷たくも優しい気配が満ちていた。


「では『精霊神』様は私を、次期公主としてお認め下さるのですか?」


 少女は猫に問いかける。

 その声には不安と緊張が滲んでいたけれど、瞳の奥にはそれ以上に揺るがぬ覚悟があった。


『反対する理由は何もない』


 猫は、いや、猫の姿をしたモノは応える。

 小さな身体でありながら、その声音には海そのもののような深さと重みがあった。


『お前は優れた知恵と知識を持ち、私が眠るこの部屋の封印を解いた。

 魔術の才能を秘めた、聖なる乙女。

 お前なら良き君主になるだろう』

「お父様が亡くなってから、お兄様達は皆、次期君主の座を巡っていがみ合い争ってばかり。

 私は、王に、公主になりたい訳ではありませんが、争いを収め、この国を護る為には君主の座が必要なのです。どうか、お力をお貸し下さい」

『いいだろう。その代わり、王杓の精霊石と契約し、魔術師となれ。

 そして其方の気力を、精霊石と、私に捧げるのだ。

 あの方の封印を解くためには膨大な力が必要だ。この身は本体から切り離された端末。

 運よく封印を免れたが力を使い切れば、霧散して二度と形をとることはできなくなる』

「解りました。私の力と、命の全てはこの国と、『精霊神』様に捧げます」

『良い返事だ。我が娘。

 水の『精霊神』オーシェアーンの名において、其方が志を失わぬ限り、私はこの身が消えるその時までこの国と、其方の力になろう』


 少女の腕の中に飛び込んだ猫は、その身を摺り寄せ、祝福する。

 きっと、これはフリュッスカイト公主 ナターティア様と『精霊神』様との出会い。

『精霊神』様と出会い、国にその身を捧げた少女の始まりの、物語。

 その光景は夢というより、誰かの大切な記憶をそっと覗き見ているようだった。




「マリカ様? お気付きになられましたか? マリカ様?」


 重い瞼をゆっくりと開く。全身から力が抜けて、軽いのに指先も腕も、頭も鉛のようにけだるい。

 でも、声をかけてくれたのが女官長 ミュールズさんだということは解っている。

 今の状況もちょっと整理できないので、私はどうにか声帯を動かしてなんとか、問いかけた。


「ミュールズ、さん。私は……?」

「ソレイル公の要請を受けて、大嵐の救援に向かわれ、助力に力を使い果たした様だ、とリオン様が申しておりました。

 嵐は遠ざかり、フリュッスカイトも大きな被害は免れた様子。

 今は深夜です。とりあえずは、何も考えずお身体をお休めになって下さいませ」

「あ。うん。ありがとう」


 ミュールズさんの言葉に私はそのまま甘えて二度目寝落ちして、気が付いたら翌日の二の刻だった。うわー、半日惰眠を貪ってしまった。

 目を覚ました時には、窓の外の空気まで昨日とは別物みたいに静かで、嵐が本当に去ったのだとそこでようやく実感した。


「惰眠では無く、激しく消耗した体力と気力の回復の為、身体が欲していたのです。ご無理はなさらず。

 フリュッスカイトの方も相当に混乱している様子。滞在延長を申し込まれアルケディウスに向けて早馬を出したとのことなので、体調が戻られたのでしたら、通信鏡で連絡を取るのが良いかと思います」

「解りました」


 その後、やっぱり消耗し倒れていたフェイの回復を待って私は通信鏡を開き、アルケディウスに連絡を入れた。

 正直ちょっと気が重かった。いや、かなり重かった。


『だからお前は、なんで騒動を巻き起こす!」

「だから、何度も言っている通り、私のせいじゃありません、ってば。

 それともヴェーネの街が水に沈むのを黙って見ていろ? と?」

『極端に走るな! 行動そのものを諌めてはおらぬ。ただ、本当にお前と言う娘は騒動とは無縁ではいられぬ、と思っただけだ。

 まったく』


 思った通り怒られたから。

 ただ、皇王陛下には呆れ顔でため息をつかれたけれど、それ以上は怒らず、最大一週間の滞在延長も認めて下さった。

 怒鳴りつけられはしたけれど、本気で叱責するというより、半ば諦め混じりだったあたりが何とも言えない。


『それ以上遅れると今度は騎士試験が始まるぞ』

「そうですね。忘れてました」


 今年は騎士試験の参加希望者が随員の中に三人もいるのだ。絶対に戻ってあげないといけない。

 他にいくつか打ち合わせて、お母様にも怒られて。

 通信連絡を切ったほぼ直後


「お疲れかと思いますが、公主様と公子様からのお見舞いと連絡が届いております。お受けになりますか? 必要ならこちらに出向く、とのことですが?」

「そんな訳には参りません。こちらから参ります」


 との申し入れが入り、私は公主様の元へと向かうことになった。

 流石に一国の主にこちらまで来ていただくわけにはいかないし、何より私も、きちんと顔を見て話がしたかった。


「この度は、フリュッスカイトの危機を救って下さいまして、本当にありがとうございました」


 私が非公式用の応接の間に着くと間もなく公主様が膝をつき、頭を下げて下さった。

 側には随員や護衛がそれなりにいるのに。

 背後に控えるメルクーリオ様、ソレイル様も同様に。

 その動作には一切の迷いも打算も感じられず、心からの謝意なのだと解ってしまって、こちらの方が慌ててしまう。


「そんな、お顔を上げて下さい。ナターティア様」

「いいえ、正直に申し上げますと、フリュッスカイトはマリカ様に最初から、料理指導は勿論重要ではあるのですが、それ以上に『聖なる乙女』の力をもってこの国の問題を解決して下さることを求めておりました。

 このような慌ただしい形になりましたが、最良に近い形で事が進んだことに感謝以外の言葉がございません」

「フリュッスカイトは、『精霊神』が眠っていた、ではなく封印されていた、ということをご存知だったのですか?」


 改めて思えば、だけれどこの国に来る前からフリュッスカイトは私に「『精霊神』を復活させた」「我が国の『精霊神』を復活させてほしい」と願ってきた。

 各国で精霊神を蘇らせて来たので情報収集をしているんだな、と私は違和感を持たなかったけれど、改めて考えれば「目覚めさせて」ではなく「復活させて」。

 ということは事情をご存知だったのだろうか?

 あの国の切迫感の理由が、ようやく一本の線として繋がっていく。


「今だから、申し上げますが、我が国には『精霊神』様の分け身が残されておりました。

 とある場所に封印されており、君主の試練を潜り抜け見つけ出した者のみが『精霊神』様の祝福を受けて魔術師となりフリュッスカイトとヴェーネをその力で守り続けていたのです。

 他の国はどうか解りませんが、フリュッスカイトの王杓は水を支配、制御する力をもつ精霊石。君主の地位に立ち王権を担うという事は魔術師となることと同義でした。

 フリュッスカイト、特にヴェーネは住むに難しい土地であったので、精霊の助けが必須であったそうなのです」


 ですが、とナターティア様は後ろに控える二人の息子を見やる。

 その眼差しには安堵がある一方で、長く抱えてきた重荷の跡もまだ色濃く残っていた。


「不老不死を受けたことにより、次期君主となる筈のメルクーリオは魔術師になれなくなりました。

 私は、不老不死前に精霊石と契約していたので細々ながら『精霊神』様の助力を得て、その関係を維持する事ができましたが、精霊石に力を送ることが殆どできずにこのまま力が失われるのを待つばかりだったのです。

 唯一の希望が不老不死後に生まれたソレイル。彼が魔術師になるのが早いか、私の力の枯渇が早いか。

 綱渡りの中、食をとると、特に『新しい食』を食べる事で僅かながら精霊石に力が届く事が解り、時間を稼ぐことができ、今回、なんとか王権の継承を行う事ができたのです。

 全てはアルケディウスと皇女マリカ様のおかげ。

 心から感謝しております」

「儀式には膨大な力がいる。

 『精霊神』様の復活が叶えば、聖域にて王権の継承はできるが、外では無理だろうと言われていたのだが、姫君の御力をお借りした事でなんとかあの場で儀式を行い、危機を切り抜ける事ができた。

 心から感謝申し上げる」


 メルクーリオ公子、ううん。もう実質的には公主? 大公とでも言うのかな? が強い眼差しで顔を上げる。国を率いる力と実力を持つ王の目だと私は思った。

 昨日までの彼と同じ顔なのに、その奥に宿るものは確かに変わっている。

 重責を引き受ける覚悟と、自分が前に立つのだという静かな誇りが見えた。


「今回の措置は一時的なモノ。

 本来フリュッスカイトの王権は魔術師の力と同じ場所に在る。

 ソレイルが、いずれ君主に相応しい知識と実力を得たら私は退く。それまでは弟と二人で一人の王族魔術師として国を治めていくつもりだ」

「そんな! 僕に兄上のような王者の資質はありません。

 兄上の手足となれるように頑張りますから、どうかそんな事を言わないで下さい!」

「あるか、ないかではなく、やるかやらないかだ。

 まあ、姫君のおかげで時間ができた。『精霊神』様が復活すれば、かなり余裕もできるだろう。これから母上とみっちり鍛え直してやる」


 頼りない子どものように、いや、実際子どもだけど。

 今にも泣き出さんばかりにソレイル様が顔を歪めるのを諌めながらも、見つめる公子の目は優しい。自らの地位をいずれ奪うかもしれない弟を疎むことなく、自らのバトンを渡す者として見守っている。

 正しくて、強い、大人の姿だと、私は感じたのだ。

 それは支配する者の強さではなく、託すことのできる者の強さだった。


「あ、そういえば『精霊神』様の端末……、分身であった精霊獣は?」


 私の問いに少し寂しげにナターティア様は頭を振る。

 ほんのわずかに伏せられた瞳に、長く寄り添ってくれた相手を失った人の寂しさが滲んでいた。


「継承の儀式を終え、力を使い果たしたのでしょう。消失いたしました。

 姫君には重ねてのお願いで恐縮ではありますが、『精霊神』復活の儀式をお願いしたく存じます」

「『精霊神』の復活があればおそらく、精霊獣を再び賜ることができるのではないかと密かに期待している。どうか、よろしくお願いする。

 アルケディウスへの負債は貯まる一方だが、必ずお返しする所存だ」

「その辺は、どうぞお気になさらず。

 今後とも隣国としてフリュッスカイトとは良い関係を築いていきたいと思っておりますので」


 私の言葉に、お三方はにこやかに微笑み、頷いて下さった。

 悩んでいた子どもを助け、道を開き、フリュッスカイトの役に立てたのなら、力を使い果たし気絶したかいはあったというもの。

 まあ、気絶ばっかりしている状況はいい加減に打破したいものだけど。

 そこだけは本当に、切実に。


 私は翌日『精霊神』復活の儀式に臨んだ。

 そこで、


『色々と面倒をかけたな。マリカ。『精霊の貴人』』


 柔らかい面差しで私達を見守る五人目の『精霊神』と私達は出会う事になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ