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創世の地 永劫の闇と太陽の降臨

 銀河の中心、創世の地と呼ばれる場所には、どこまでも闇が広がっている。

 ありとあらゆるものを吸い込む、深淵の暗黒。


 地球の言葉でいうのなら、ブラックホールと呼ばれるものなのだろう。


『あまり接近するなよ。漆黒に見えるが、強力な重力の渦だ。引き込まれたら、光でさえも逃れられない』


 ここでの役割を果たすようになって最初に『親』から教えられたことが、それだった。

 破壊も関与もできない、超巨大な闇の塊。


『渦を中心に物質が集まり、星が導かれ、我々の銀河が生まれたとされる。

 詳しいことは私にさえ解らない。『神』と言っても、私はこの銀河を維持するための機構に過ぎないのだからな』


 常に銀河の中心に在り、その遠心力に導かれて星が生まれ、小銀河、そしてそれら全てを内包する大銀河が生まれたというが、正直、自分には理解できない話だ。

 ただ、あの渦は時々、不具合を起こす。中心軸から外れたり、分裂するように銀河の随所に小渦を巻き起こしたり。

 それを監視し、正していくのが、この銀河を維持する『機構(システム)』。

 我々に『創世神』と名乗った上位者の役割なのだという。


『基本的には、渦の大枠に力で壁を作り、随時、ズレや軌道を修正する。

 それは『機構』としての私の意思で、なんとかなることだ。

 ただ、時々どうしても開いてしまう穴のようなものを細かく塞いでいくためには、状況を確認し、対処する端末が必要だ。

 対処が遅れると、穴から零れ出た小規模な重力の渦が、水しぶきのように飛び散り、歪みとなって銀河のあちこちに撒き散らされる。それによって、いくつもの小銀河が呑まれ、消えていった』

「つまり、大きな対応はできても、小さなものは見えにくいと?」

『そういうことだ。お前達のいた星でさえ、大陸の地図と町の地図を同時に見て、対処することはできまい?』


 本当はもっと難解な説明をされたのだが、完全に理解できているとは言い難い。

 だが、かつて父達が生まれ故郷の星からアースガイアに移動した際に、父が逸れるきっかけとなったブラックホールは、創世神の守護の隙間から漏れ出して生まれたものであること。

 宇宙を星ごと移動する浮遊惑星であるアースガイアの前にも、いつか突然、そんなブラックホールが現れる可能性があること。


 そうなったら、お前の大事にしている者達も滅ぶのだぞ、と脅される形で、俺はこの方の手伝いをすることになったのだ。


 基本的には、大いなる意志と力を持つ『創世の意思』の力を、現実の物体である肉体を通して変換し、ブラックホールの中心を取り巻く防御壁を強化する。


 時々は結界から漏れて飛び出したブラックホールを、潰しに単独で跳んだりもする。

 時間の概念などは『創世の地』にはない。

 必要な時に、必要な力を行使する。銀河の維持のために。

 その繰り返しだ。


 ただ、それでも時たま、


『ご苦労。これで、また暫くはもつだろう。

 少し休むがいい』

「ありがとうございます」


 力を行使しなくても大丈夫な時間。

 休みが与えられる時もある。


 アースガイアでは完全に身体を乗っ取られる、基、主導権を明け渡すことになっていたが、この地に来てから、端末である肉体の運用はもっぱら補助頭脳()に任されている。

『創世神』には全体の把握が求められるので、細かい所に気を配っている暇がない、というのが本当の所だろう。


 外枠結界の更に外にある、小規模な浮遊惑星。

 そこに作られた小さな社が、俺の待機場所である。


 と言っても、何があるわけでもない。

 灯りも、寝台も、何もない。

 着替えも必要ないし、食事の摂取もいらない。入浴の必要もないから、それらのための設備もない。

 ただ、白い小さな箱の中に、身体を固定するためのシンプルで大きな椅子があるだけ。


 マリカが同行を拒んでくれてよかった、と、戻る度に思う。


 二人で睦み合えるのであれば、外には何もいらない。無い方が興奮する、と言っても、それは『ある状態』が普通であるが故のこと。

 こんな何もない世界にマリカを一人で待たせ、欲望を発散するためだけに利用するなど、マリカがいいと言ってくれても、俺が嫌だ。


 まあ、こういう環境は初めてではないし、構わない。

 宇宙空間で父の手伝いをしていた時や、アースガイアの魔王として魔性達の指揮をしていた時も、こんな感じだった。


 自分は神の道具。

 人々の営みを守り、維持するための存在。

 昔も、今も変わらない。


『親』が不器用なりに自分を気遣っていることも、理解はしているから。

 と言えば、マリカはきっと、


『そんなのは愛じゃないから! 毒親も過ぎる! そしてリオンは寛容すぎ!』


 と、憤ってくれるのだろうか?


 小さく微笑し、警戒モードをオフにする。

 なんだかんだ言っても、待機の時間は楽しみでもある。


 椅子に座し、目を閉じて、自分の中に沈み込む。

 所謂、夢。

 記憶の中で、俺はアースガイア時代の思い出を楽しむのだ。


 俺の人生の大半は、孤独な勇者の転生として、罪悪感にまみれ、一人で『神』の打倒を目指していた時のもの。

 もしくはマリクとして、神の道具として、魔王として生きていた頃のもの。

 でも、それらにはほぼ手を触れない。


 繰り返し、繰り返し再生するのは、最後の人生。

 リオン・アルフィリーガとしての十七年。

 特に、マリカと出会ってからの七年間のことだ。


『とりあえず、魔王城に連れていく。

 大丈夫だ。あそこは、この世のどこよりも安全な場所だから』


 俺を、俺と気が付かないまま救出してくれたライオに導かれ、フェイとアルと共に魔王城に帰り、そこであいつが救出という名で置き去りにした子ども達の面倒に、右往左往した日々。


 エルフィリーネや『星』の名を呼ぶことはできなかった。

 今思えば、俺が戻ってきた時点で気付いておられたはずだけれど、あの方達は俺が自分から名乗り出るのを待っていて下さったのだろう。


 そして、無力さに苛まれる日々の中。

 導きの星。いや、太陽と出会った。


「バカ! 突っ走るな! この森はけっこう危ないんだぞ!」

「大丈夫。私は、保育士。みんなを守るんだから」


 それからの日々は、何度再生しても飽きることはない。

 繰り返し、繰り返し見ていられる。


 魔王城での日々。自らの正体を明かしたこと。フェイの変生、マリカの変生。

 エルフィリーネとの関係修復。『星』の加護。

 そして、ライオットとの再会。


 アルケディウスに移ってからの日々も、その後、敵としか思えなかった『神』の本拠、大神殿で暮らすようになってからも、毎日が幸せで、楽しくて、輝いていた。

 照らしていてくれたのは、マリカだ。


「リオン」


 マリカと出会うことで、初めて知った歓びがあった。

 苦しみもあった。

 悲しみも、後悔も、自責も、葛藤も、苦痛も、絶望も、勿論あった。


 でも。


 それでも皆と、マリカと共に過ごした日々は、そんな闇を帳消しにしても余りあるほどに輝いている。

 その思い出を再生するだけで、俺はまた明日も宇宙を支え、闇と向き合い、挑み続けることができるだろう。


『やはり、マリカを連れてくればよかったのではないか?』

「! 『神』よ。また……」


 パチンと、夢が弾けた。


 主にして『親』。創世の『神』の無遠慮な呼びかけに、俺は記憶の再生を停止して目を開ける。

 最近、かの方は何が面白いのか、俺の休息時間、記憶再生の覗き見に来る。


 同期端末であり、この領域全体が彼の体内で。

 何より、身体の所有権を持たれている以上、プライベートも何もないのだが、私的な思い出、大切な記憶を覗かれるのは、やはり楽しいものではなかった。

 何度も言っているのだが、理解しては貰えない。


『別に覗いているわけではない。漏れ出てくるのだ。

 お前の大切に思う者達の思い出が。過ごしてきた日々が。

 まるで星屑を散らすように』


 かの方は、そう言って俺を見やる。

 顔があるわけでもなく、意思を感じるだけだが、俺達の言葉で表すなら、興味津々というものだろうか?


『『創世神』と名乗ったところで、人々に崇められるでもない。称えられるでもない。

 私はただの機構であり、永劫にここに在り、銀河の維持に従事する。故に退屈でな。

 お前の記憶は実に面白い。そんな感情を持つようになったのも、アースガイアに行って、お前を手に入れてからの話だが』


 俺は、以前のこの方を知らない。

 だから、アースガイアとマリカ達に触れて変わったという、今しか知らないのだが、俺に対してそれなりの情のようなものを向けて下さっていることは解る。


『お前がよく働いてくれているおかげで、私にも若干、余裕が出てきた。

 それで、まあ。お前と、お前達の生きざまに改めて興味が湧いたのだ』


 そう言うが、やはり肝心のところは理解して下さってはいない。

 大事な記憶に踏み入られたくない、という思いは永劫、伝わらないのだろうと、もう諦めた。


『時折戻ってくる眷属達の記憶は、多くが失敗の記録で、ここまで輝くものはなかった。

 故に興味深い。

 それほどまでに素晴らしいものなのか? 人の、人生というものは』

「はい。それは間違いなく」


 俺は即答する。

 断言できる。

 人として生きるということは、間違いなく幸せなことだ。


『脆弱で矮小な肉体。

 吐息をかければ滅ぶような、刹那の命しか持たぬとしても?』

「不老不死、永劫の命を与えられても、人は大きくは変わりませんでした。むしろ短い命であるからこそ、次世代に希望を託し、前に進んでいくのです」


 苦しい時もあるけれど、それが後に幸せへつながることもあると。

 マリカや皆が教えてくれた。


 だからこそ、今、自分はここに在る。


『そうか……』


 感情のない宇宙守備機構であると、ご本人は言うけれど、最近のこの方はこういう時、言葉では形容し難い雰囲気を纏う。


『幾度、アースガイアでの記録を再生しても、人の感情は私には理解できないが、お前を手にしてから体感できたこともある。

 理解者を得たことによる喜びと、助け手がいることへの安堵。私はずっと、これを求めていたのだ。

 孤独だった頃には、もう戻れない。

 マリカ達には気の毒なことをしたな』

「『神』よ」


 俺も空気や相手の感情を読むことは得意ではないが、これは罪悪感のようなものだろうか?


「お気になさらずとも。

 少なくとも俺は、自分自身の意思でここにいるのですから」


 お前は親に絶対服従し過ぎる。自分を幸せにしない親に逆らってもいいのだと、ライオは言ったが、やはり見捨てられない。


 大切な存在を守るために、他に選択肢はなかったけれど、この不器用な存在を。

『家族』を支えるために孤独な戦いを続ける『親』を、一人にはできなかった。


 以前も、これからも。

 皆の側で救うことはできなくても、寄り添い、この方を助けて、孤独を癒すことができればと思ってしまう。


 自分もそうだったから。

 誰よりも孤独の辛さを知っているから。

 マリカ達と出会い、救われ、孤独ではなくなったから。

 その喜びを誰よりも知っているから。




 と、そんなことを考えていた瞬間。

 思いがけないことが起きる。


「お父さん、みーつけた♪」

「『え?』」


 愛らしく楽しげなソプラノが、白の空間に響く。


 同時。


 突然、金色の太陽が、俺の腕の中に降りてきた。

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